ワイルド•インパクト
ふと目を覚ますと、空一面に星々が煌めいていた。
どうやら、ひと眠りしていた間に日が落ちてしまったらしい。体を起こして辺りを見回すと、昼間賑やかだったのが嘘のように静まり返っていた。
ここはギルドが用意した飛行船、その甲板の上。クエストを受けた俺は、目的地に向かうまでの交通手段として利用していた。今はその旅路の途中といったところ。
陸路よりは便利になったが、空路もたいがい時間がかかる。今回だって、二日前に村を発ったのにまだ着かねえんだから。
先は長い。寝ても覚めても空の上。最初こそ飛竜の気分を味わえて爽快だったが、人間は慣れの生き物。すっかり飽きた。
そんな空路、数少ない楽しみは食事だがこの夜中じゃ船内の飯屋も閉まっている。起きて空腹に気づいたんだが、腹を満たすことも叶わない。口寂しさを紛らわせるように、俺は煙草に火をつけた。
「はよーっす、ヴォルグ先輩」
周りが静まるこの時間帯に似つかわしくない、明るくチャラけた声色が俺を呼ぶ。振り返ると、少女が快活な笑みで手を振っていた。
「いや、おそようの方がいいか……?」
「どっちだっていいよ、何の用だシアン」
「何だっていいじゃん。暇なんだしぃ」
シアンはそう言うと、俺の隣までやってきて床に腰を下ろす。寝ろ、と言いたいが俺が今言っても説得力がないので止めた。
彼女は俺のハンター仲間だ。今回、同じクエストを受けた。ちなみに先輩と呼ばれているが、別に師弟関係でもなんでもない。勝手にそう呼ばれているだけ。
「あとどんくらいー?」
「着くのは明け方から昼ぐらいだな。」
「うげ、遠っ……」
可愛げのある顔立ちが一気に汚くなる。言葉以上に分かりやすいうんざりっぷり。シアンは表情がコロコロと変わる奴だ。
本当に何かをしに来たわけではないようで、シアンは床に寝そべって伸びをする。こんなところで寝ると風邪ひくぞ。
俺ももう少し休もうと思ったが、防具を身につけたままであることに気がつく。有事に備えて、昼間は着けてたっけか。
邪魔だしいらないし、先に外してくるか。一旦船室に戻ろうと立ち上がると、激しい音と共に船体が激しく揺れた。
「うおっ、なんだ!?」
「え、なに?地震?」
いや、ここ空の上だぞ。
とかツッコんでる場合じゃない。
音がした飛行船の後方まで行くと、俺たちが今乗っているものよりもやや小型な飛行船がぶつかって停止していた。どうやら、揺れはこれの衝突が原因らしい。そこから、人が次々と雪崩れ込んでくる。
「た、助けてくれ……!乗せてくれ!」
移り渡ってくる連中は、皆疲弊し切っていた。ただの事故とは明らかに様相が違う。まるで何かに怯えているような。
この騒動に、船内からも人がわらわらと集まってきて騒がしくなり始めた頃。ようやく人の移動が落ち着いてきた。
全員無事なのか?点呼のひとつでもしてほしいが、誰一人としてそんなことができる状態ではないようで。これじゃ全員無事かが分からない。
参ったなと衝突してきた飛行船をふと見ると、一匹のアイルーと偶然目が合った。甲板の柱を掴んで、怯え切っている。
「まさか、あの子渡って来れないんじゃ……ってセンパイ!?」
シアンの静止を振り切って、飛行船を移る。悪いな。危険は承知だが、目の前の命を見捨てるほど人間終わってねーんだ。
一応の
「ゥニャァ……」
「はーい、怖くない怖くない―――っと」
船体の揺れが激しい。ヤバそうだな、長くは持ちそうにないか。早く向こうに戻らねぇと。
あとは向こうに渡れば終わり。幸いにも今の飛行船にダメージはないし、何事もなくこの事故は収束すると思っていた。
本当に単なる事故なのであれば。
「……ん?」
ほんの少し覚えた違和感は、『音』だった。明らかに自然音ではないもの。それが嫌に耳に残って、俺はつい足を止めて振り返った。
目に映ったのは赤く光り輝く何か。キィンという耳を貫くような甲高い音が大きくなると同時に、その物体はどんどん近づいてくる。
ヤバい。アレが何か知らねぇが、ヤバいことだけははっきりしている。
アイルーを小脇に抱えて走る。だが、その間も音は次第に大きくなっていく。超速で背後から迫ってくるのが嫌でもわかった。多分、飛び移っている余裕はない。
―――ええい、間に合え。
「誰か受け取れぇ!」
飛行船に向けてアイルーをぶん投げた瞬間、俺のいた足場がぶっ壊れた。爆速で通り過ぎて行ったのは、紛れもなく『赤い隕石』。取り残された俺は、空中に投げ出される。
まぁ、アイツが助かったみたいだからいっか。
あのアイルーを船員がキャッチしたのが最後の記憶。パラシュートをちゃんと開いたかどうかも、もう分からない。俺は、上空でゆっくりと意識を手放した。
ヒーローになりたい。
いつからの話かはさておき、ガキの頃から俺にはそんな野望があった。気づいた時には武器を握り、ハンターを志していた。
それは、男児ならば誰もが考える夢。
命を張って強大なモンスターに立ち向かい、村人たちの歓喜に包まれながら凱旋する。まるで物語の主人公のように。これに憧れない人間などいない。
腕のあるハンターになれば稼ぎもいいし、女の子にだってモテる。いいことづくめだ。
……っていうのは、あくまで子どもの発想。
実際は、好んでハンターをやる人間は少ない。理由は単純明快で危険だから。
人間はちょっとしたことで簡単に死ぬ。モンスターはあまりに強大で、それに立ち向かうハンターは常に死と隣合わせだ。
成長すれば、皆それに気づく。命を危険に晒してまでハンターをする必要があるのかと。
人間誰しも死にたくない。いくら富や名声があっても、死んでしまっては意味がない。誰かが作り出す平和の上に乗っかって、穏やかに過ごせればそれがいい。
そんな世界で……いや、そんな世界だからこそハンターは偉大であり、人々から尊敬される存在だ。彼らが命を張って戦ってくれるから、人間はここまで発展の道を辿れた。我々の生活は、多くのハンターの活躍と犠牲の上に成り立っている。これをヒーローと言わず、何と呼ぼうか。
そんなヒーローに、俺はなりたかったのだ。
◇ ◇ ◇
頬に落ちる雫。そのヒンヤリとした感触で、俺は自分の生を実感した。どうも悪運が強いらしい。
ここはどこだ?どれぐらい寝ていた?なんであの高さから落ちて生きている?体が動くよりも先に、頭で捌ききれないほどの疑問が浮かび上がる。
まずは……そう。ゆっくり目を開く。ようやく肉体と精神の輪郭が一致した。俺が目覚めた場所は、想像よりずっと薄暗い場所だった。どうやら洞窟のようだ。
「あ、起きた」
体を起こすよりも先に視界に映り込んできたのは、白髪の女だった。前髪が片目に被さるぐらいの長さで、まるで隻眼みたい。あとは短く切り揃えていて、ややアンバランスさを感じた。
まだ意識が覚束ない。視界がぼやけてフラフラする。その女は、俺の無事を確認すると少し離れて見下ろすように立ち上がった。
背負ったボウガンを、こちらに向けながら。
「おおい!?何してんだお前ぇ!?」
体の痛みとか、そんなもんぶっ飛んだ。だって、現在進行形で命の危険を感じているんだから。
慌てふためく俺とは対照的に、女はのんびりとした反応。あ、自分に言われてるの?とでも言いたそうに首を傾げる。
「何って……安全確認?」
「こっちが聞いてるのに疑問で返すな!いいから銃口外せ!人に武器向けんのは御法度だろ!?」
「何それ。人間社会ではそれがルールなの?」
薄幸の美女に助けられたと思ったら、いきなり銃口突きつけてくるやべー奴だった件について。これが誇張抜きなんだから笑えねぇ。
必死に訴えて、ようやく納得したのかボウガンを下ろす。それでも女は警戒心を解かないようで、一定の距離は保たれたまま。もう扱いが大型モンスターに対するそれなんだが。
状況の整理がしたいのに、この女がわからない。下手に刺激して撃たれたくないし。
とりあえず現時点でわかるのは俺は助かったことと、この女が見つけてくれたことぐらい。パラシュートは見当たらないが、あの高さから落ちて生きてるってことはちゃんと開いたんだろ。空から落っこちた俺が洞窟の中に迷い込むわけないし、運んだのもコイツなんだろう。
ジィっと、女は俺を見つめ続ける。幼子が住み着いたような無心な瞳。いきなり人に銃口を突きつけるような、野蛮な人間とは思えない。片目でしか見られてないのに、視線のなんと強いことか。
「キミは、ハンターなの?」
「そうだが……」
僅かな沈黙の後に聞かれたのは、聞く意味があるのかという質問。そんなもの、俺が防具を着ているのを見れば、聞かずともわかりそうなのに。
思っても口には出さないが。下手なこと言ってまた銃口を向けられたくないし。
それなのに、女は納得してないというか判断ができないというか。そんな表情。
「ほら、ギルドカード。これが証拠だ」
ギルドカードは、ハンターであることの身分を証明するカード。それを渡してもなお、女の表情は変わらないまま。
「何これ。釣りミミズでも描いた?」
「いや、俺の名前。ヴォルグって書いてるだろ」
「文字読めない」
嘘だろコイツ。今日び文字が読めない奴なんてそうはおらんぞ。年も俺より少し若いくらい……十代後半から二十前半だろうに。
「……ま、いいや。お前だってハンターだろ?同じもの持ってるんじゃねーの?」
「私、ハンターじゃないよ?」
…………はぁ?
あんな立派なボウガンを人に向けといて何をいまさら。それだけじゃない。この女は防具だって着ている。真っ白な艶のあるそのデザインは、フルフルシリーズだろ。
「これは拾ったの。ここに来たハンターが死んだのを、私が貰っただけ」
拾った?ハンターのを?
理解が追いつかない。なんなんだこの女。
「私はクレア。クレア•アークライト。ずーっと昔からここで暮らしてる、何者でもない死に損ない」
世の中は耐えず移ろう。それは俺自身にも言えること。人生の転機は、生涯で二〜三回程度だという。今まで二十四年生きてきて、それを感じたことはなかった。……嘘、一回はあるか。その話はいずれするとして。
その数少ない転機が今なのだろうかと、そう思わざるを得ないほどに、この女の印象は強烈だった。自己紹介を終えたクレアは薄く不気味に微笑む。
この物語は、偉大なヒーローが世界の危機を救うような、大それた話ではない。過度な期待はしないでいただきたい。分相応の生活をしていた男が、ちょっぴりだけ背伸びして頑張る程度のものだ。
これは、ヒーローになりゆく者達の物語。