アイム ア ヒーロー   作:ぜおん

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ユアー•マイヒーロー

「くぁ……あ」

 

 今日何度目か分からないあくび。目に溜まった涙を拭い、俺は水面に垂らした釣り糸を眺める。

 平和だ。あまりにも平和すぎる。つい最近まで起こっていた激動の数日間は夢だったんじゃないかと思うくらいだ。

 

 謎のモンスターとの狩猟を終え、俺はようやく居着いているユクモ村に戻ることができた。ここまで長かった。本当に。

 湯煙立ち上るこの村は平和そのもの。先の狩猟で受けた傷の治療に絶対安静を言い渡されたが、言われずとも大人しくできるぐらいには平和。やることが無さすぎるがゆえ、こうして農場で釣りを嗜むに至る。

 

 最も、俺の受けた傷など大したことはない。むしろ不安視されたのは健康状態で、あのサバイバル生活のせいか体重がごっそり減った。驚きはなく、それもそうかという感想。

 

「しかし、アレがモンスターだったとはな」

 

 飛行船の件。

 俺が密林で遭難する羽目になった直接の原因。飛行船を襲い、大破して去っていったあの飛来物のことだ。

 

 リオレウスすら飛んでこないような、超高高度のあの場所。俺たちを襲ったのはモンスターだったと、ギルドの報告から明らかになった。てっきり、隕石か何かの類かと思ったんだが。

 

 天彗龍。名をバルファルク。

 それが飛行船でいきなり襲ってきたモンスターであり、密林で乱入してきたモンスターとも同一個体だったとのこと。分かってるのはそれぐらいで、なにせ神出鬼没だからギルドも奴が去って以降の足取りが掴めてないとか。アカアシラも逃げ出してからは消息不明だし、密林の件はかなり消化不良となっている。

 

 極めて凶悪な個体だ。単体の力も、周りに与える影響も。直近で密林の様子がおかしかったのは、バルファルクが現れた影響と推測して間違いない。

 長らくギルドが密林に来られなかったのも、気球が何日も飛んでいなかったのも全て辻褄が合う。あんなのがいたんじゃ、気球など飛ばせるわけない。

 

 さらに恐ろしいのは、奴の行動範囲。飛行船が飛ぶような高度を高速で移動するような奴だ。どこに現れても不思議じゃない。先日の件は、決して密林で終わる話じゃないと俺は思う。

 もし、奴が近隣の渓流に現れた時。俺は村を守るハンターとして出向かなければいけない。

 

 狩猟できるだろうか。結果生き延びたとはいえ、完敗だった。奴の襲撃から村を守るような自信は俺にはない。

 もう、何も守れないのは勘弁だ。

 

「……考えるのヤメヤメ」

 

 タバコを蒸し、不安事と一緒に煙を吐き出す。ようやくマトモな生活に戻れたんだ。しばらくは現実逃避していよう。

 こんな陽気のいい日に、モヤモヤした考え事なんて勿体無い。でも釣り竿が動く気配はなく、どうしても暇で考え事をしそうになって。

 いっそ何も考えずに……目を、瞑れば……。

 

 

 

 

 

 俺がヒーローになろうと……、ハンターを目指した理由は、ガキの頃まで遡る。

 両親を火事で亡くした。ある日突然だ。俺は運良く助かったが、両親はすでに火の中だった。助けに行きたい、でも無力な子どもにはどうしようもなくて火が燃え上がる様子を見るしかできなかった。

 

 その日から。自分みたいな悲しい想いをする人間が出ないように、みんなを守れる強い人間になろうと思ったのは。

 それを叶えられるのがハンターをすることだと思っていた。俺の願いは、あの時までは叶っていたんだ。あの悪夢の日までは。

 

 ずっとずっと、俺は立ち止まったまま前に進めないでいる。

 

 

 

 

 

 どれくらい過ぎたんだろう。ずっと寝てたような気もするし、一瞬だった気もする。整理のつかない意識がハッキリしたのは、船を漕ぐようにしていた頭がガクンと揺れた瞬間だった。

 ハッとなって首だけ動かす。いつの間にか隣にいたクレアと、絡みつくように視線が合った。

 

「あ、起きた」

 

 相変わらず片目を髪で隠し、無表情な様子。クレアは『ばーん』と片手で銃の形を作って俺を撃つような仕草をする。なぜに。

 

「私がキミの目覚めを待つ感じ、最初に会った時と同じだなと思って」

「あぁ。銃口、ね」

 

 だいぶ昔の話に感じる。あの時は目覚めて早々、ボウガンを間近に向けられてたっけ。とんでもない女と出会ったと、身の危険を感じたほどだ。

 ずいぶんクソったれな夢を見てた気もするが、クレアのしょーもないジョークで吹き飛んだ。分かっててやったのか、ただの偶然か。

 そういえば、ユクモ村に戻ってきてからクレアと会うのは初めてだ。

 

「もう出歩いていいのか?」

「うん。抜け出してきた」

 

 おい。

 何がうん、だ。

 

「だって暇だったから。窮屈で」

「……やっぱ、周りに人がいると嫌だったか?」

「そうでもない。意外だけど」

 

 密林から帰還する際、クレアを連れて帰るかどうか悩んだ。人嫌いなコイツを、人間の集落に連れてきていいものかと。

 それでもあの時はクレアが気を失ってたし、放置するわけにもいかないから、連れて帰るのは自然な流れだった。

 

 ユクモ村の住民は皆親切だ。素性の分からないクレアを受け入れてくれたし、こうして回復するまで診療所で面倒を見てくれた。クレアもそれは感じたのだろう。俺の問いに対して首を横に振る。

 

「じゃあ大人しく帰れよ。まだ安静の身だろ」

「わかった。なら、ここでゆっくりしてる」

 

 全然分かってない。

 クレアはペタンと座り、俺の隣にズリズリとにじり寄ってくる。コイツ、絶対動かない気だ。

 

「話し相手にはなるよ」

 

 オマケにこんなことを言い出す始末。

 言動は無邪気な子どものようでも、その表情からは何を考えてるのか読み取れない。説得しても動きそうにないので、気の済むまで付き合うことにするか。まぁ動き回るわけじゃないしいい……のか?

 釣り?どうせ釣れないから知らん。ヤメだヤメ。

 

「私、あのモンスター知ってる」

「……バルファルクのことか?」

 

 クレアが唐突に呟いた。俺が聞き返すと、顔は水面を向いたまま顎を引くようにして頷く。

 

「アイツが、私の生まれた村を焼け野原にした。小さな村だから一瞬でね。家族も他の人も、みんなみんな死んだ。この顔も……その時に」

 

 クレアは、髪の毛を掻き分けて俺に傷を見せてくる。いつ見ても夥しい火傷だ。

 あの過剰なまでに怯えてたのはそういうことだったのかと、自分の中で辻褄が合う。ガキの頃にそんな経験をすれば、トラウマになるのは無理もない。

 

「ハンターだった兄さんがいてね。凄く正義感が強くて、ヒーローみたいな人で。そのバルファルクが来た時も村の皆を守ろうとして立ち向かったんだけど、結局歯が立たなかった。最期は、私を逃がすために犠牲になって死んだ。逃げようと思えば、自分も逃げられたはずなのに……」

 

 小さな村のハンター。

 そんなに人数も多くないだろう。だからこそ頼られてたに違いない。村の住民みんなの命を背負ってモンスターに立ち向かう姿は、みんなの憧れ。

 それはまさに俺が目指していた……。

 

「キミみたいな人だった。困った人を放って置けなくて、必要以上にお人好しな人」

「……俺はそんな立派じゃねぇよ」

 

 その姿はあくまで憧れ、だ。

 俺は自分のやれる範囲でやってるに過ぎない。そんな憧れはとうに捨てたはずのに、まだヒーローごっこをしている。中途半端に未練を残した、損をする性格した男ってだけなんだ。

 

「ううん。私の命を救ってくれた兄さんも、人として死んでいた私を救ってくれたキミも、同じくらい私のヒーローだよ」

 

 そんなことは……と否定の言葉が出なかった。クレアの笑みが、あまりにも穏やかだったから。何かと切羽詰まっていたのが、暗がりで火を灯したようなぽかぁっとした安寧の表情を浮かべていた。

 ズルいなぁ、そんな顔されたら何も言い返せないだろうが。

 

「キミの色は兄さんに似てる。キミがどんな道を辿るのか、私は見届けたい。だから、もうちょっとこの村で一緒にいさせてほしい」

「それは構わんが……。わざわざそれを言いに?」

「すぐに動くのが私の良いところだから」

 

 自分で言うな。

 でもま、断る理由はない。まぁ、なんだ。結構な長い間一緒にいたわけだし、元気になったから密林に帰るとか言い出したらどうしようかと思った。口には出さないが、少し安心した自分がいた。

 

「……ちなみに断ってたら?」

「キミを脅してでも拘束してでも密林に連れて帰ってたかも。麻痺弾もあるし、睡眠弾もあるから」

 

 やっぱこえーよこの女。

 俺が無言になると、クレアは察したのか小さく笑った。少しだけ、表情が明るくなったような。冗談で言ってる……よな?

 

 でもま、なんにせよ少し立ち直ってくれたみたいで良かった。

 俺が助けたという自覚はない。立ち直れたのはクレア自身の強さ故だと今でも思っている。それでも何かの助けになれたのなら……、誰かのヒーローになれたのならこれほど嬉しいことはない。

 

 救ったなんてとんでもない。むしろ、俺の方こそ救われた。少しだけ、ほんの少しだけ自分に自信が持てた気がする。こちらこそありがとうだ。おかげで前に進むことができそうだ。

 

 コテン、とクレアの頭が俺の肩に乗る。大人しくなったかと思えば、いつの間にか安心しきった表情ですぅすぅと小さな寝息を立てていた。

 

「話し相手になるって言ったくせに」

 

 これじゃまた退屈になるだろ。

 そう零したのが最後の記憶。俺もゆっくりと瞼を閉じて、また眠りの世界へと意識を落とす。

 無駄な考えを振り払うようにして眠ったさっきとは違う。根拠はないがどこか安心した気持ちで、陽気な空気に包まれる。

 もう、今日は変な夢を見ないで済みそうだ。

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