『海はモガ、山はベルナ、湯はユクモ』という言葉がある。いやない。俺が即興で考えただけ。
ま、それぐらいユクモの温泉は魅力的ということだ。これを目当てに観光客が来るぐらいで、ユクモ村発展の根幹を支えているといっていい。ここにいれば、大抵の嫌なことは忘れられる。
そんな素敵な温泉のある集会浴場だが、今は利用者がいなかった。時間帯が昼過ぎで、単に温泉に入ろうってなる奴が少ないんだ。かく言う俺も、普段こんな時間帯に来ることはまない。
密林生活では水浴びでやり過ごしていた頃を考えると、とんでもない贅沢だ。あっちから帰ってきてからというもの、心なしか入浴回数が増えたかもしれない。それはさておき。
一人だ。今日は定休日で店の手伝いもなく、これといってやることもない。狩りもないしな。
たまにはこんな日もいいだろう。働きすぎは身体に良くない。クレアはというと、こないだから訓練所か狩場に通い詰めだ。今日何をしてるかは知らんが、なんにせよ良い傾向だな。
「あーっ、こんなところにいた!」
うるさいのが来たな。シアンは外から俺を見つけると、ササっと脱衣所を抜けてタオル姿で入ってきた。恥じらいとかはないらしい。最も、そういうのを気にする奴じゃないが。
ちなみに、ユクモ村の温泉は混浴だ。
「ふぃ〜、極楽極楽〜」
「ババくせ」
「はーっ!?アタシまだピッチピチの十六なんですけどぉ?見てよ、このスベスベの肌」
見せんな見せんな。
「で、用があるんじゃないのか」
「ないよ。アタシも暇なんだよねぇ。することなくてさぁ」
暇人が一人から二人に増えただけだった。狩りがない時の狩人というのは暇なもの。する事なくて温泉に来たはいいけど、長居してもふやけて逆上せるだけだしなぁ。
「ドリンク屋、酒とお猪口」
「あっ、ずるーい!」
酒を飲むのも久々だ。当然、密林生活じゃ飲むことも出来なかったし。
温泉に浸かって、紅葉を見ながら酒をやる。なんと贅沢なものか。米の甘みを感じながら、酒を舌の上でで転がす。
とそんな感じで俺が一人酒を嗜んでいると、シアンが徳利に鼻を近づける。
「う、変な匂い……」
「勝手に触るな。子どもにはまだ早い」
「なっ……!さっきはババくさいとか言ったくせに。その気になればアタシだって……」
いや、飲もうとするな。酒は二十になってからってこの地域では決まってんだ。
徳利を取ろうとするシアンを手で払いのける。暴れるな、色んな意味で事故が起こりかねないから。
「騒がしいと思ったら何してるんだか……」
「あっ、お兄ちゃん」
腰に手を当て、呆れた様子で入ってきたのはレイヴンだった。服を脱ぐと、足の具合がより一層分かる。膝から下は義足をつけたまま、濡れた床面をものともせず器用にこちらまでやってくる。
「手伝うか?」
「酔っ払いに任せたら事故になりそうだし、遠慮しておく。湯船で飲むのは、酔いが回って危ないんだからね?」
酔ってねえんだけどな。
一人で義足を外して、そのまま入浴。この動作があるだけ人目を気にしてか、レイヴンは滅多にここの温泉には来たがらない。自分から来るなんて珍しいな。
「僕にもお猪口。半分手伝ってあげる」
飲みたいならそう言えばいいものを。
勝手知ったる風に、レイヴンは徳利から酒を注いで一気に飲み干す。穏やかな日だ。とうとう、暇人が三人になってしまった。
「クレアとガルザは?」
「知らん。渓流にでも行ってんじゃねーの?」
むむ、と少しレイヴンが眉を顰める。回答があまりにも雑すぎたか。
知らないのは本当だ。俺は極力、クレアに口出しをしていない。求められればアドバイス程度はするが、クエストに同行することはない。クレアもそれを分かっているのか、最近は誘ってこなくなった。
俺がクレアを放任しているのには、いくつか理由がある。ひとつは、俺自身が最近まで目まぐるしく忙しかったから。もうひとつは、俺以外の人間ともコミュニケーションを取ってほしいからだ。
「まぁ確かに、アタシたちがクーちゃん達を見てる余裕はなかったよねぇ」
「依頼、依頼、依頼……。最近多すぎる」
ひとつ目の理由。
それは、異常なほどのクエストがユクモ村に押し寄せていたから。近隣の渓流だけではない。砂原に水没林、孤島とユクモ村管轄の狩猟区域で次々と依頼が届いたんだ。
しかもどれもこれも上位のキツい奴ばかり。当然クレアたちが受注できるものではない。必然的に捌くのは俺とシアンの二人になり、ここ最近は狩場に出ずっぱりだったというわけだ。
それが、ここ最近ようやく落ち着いてきた頃だった。酒も飲みたくなるってもんだ。
「なぁんでこんなに依頼増えたんだろ」
「各地で一斉にっていうのは、ちょっと珍しいね」
狩猟依頼は、モンスターがそこにいたから出るわけではない。モンスターが人の生活を脅かすと断定して初めて依頼が成立する。
モンスター出てきた、じゃあ狩猟してこいで成り立つような簡単な話じゃない。俺たちはモンスターを滅ぼすわけでなく、ただ人間が暮らすうえで最低限の安寧を保っているだけ。
要するに、狩猟依頼などそうそう頻繁に出るものではないのだ。だからこそ、各地で狩猟依頼が大量に出ることが異常というわけ。
なぜモンスターが人の目の付くところに現れるのか。一番多い理由として、元の住処を追われたというものがある。そして、その住処を追うのも別のモンスターだったりする。
かつてユクモ村近隣でもそんな事案があった。渓流奥地の霊峰に住んでいたジンオウガが古龍に住処を追われ、渓流付近に現れるようになったと。結果として、ユクモ村に影響が及ぶ事態となった。
一地域なら有り得た話だが、各地で同じ事象が一度に起こるとは考えにくい。考えすぎならいいが。
「ま、クーちゃんとガルザが上位に上がればアタシたちも楽になるっしょ。ね、センパイ」
どうだろうね。
そんな簡単にいけばいいが。
うん、と即答はできない。
ガルザはまだまだ実力不足。クレアも別のところに問題はある。もっと時間はかかるだろう。最も、二人を急かす必要は全くないんだが。
「浮かないね?聞けば、アオアシラの特殊個体を君と二人で追い詰めたって話だけど。十分な実力は持ってるんじゃないの?」
「実力は……うん。間違いねぇよ」
密林で紅いアオアシラとやり合えたのは、確かにクレアの力無くしては不可能だった。アイツのポテンシャルは、そこらの下位ハンターをすでに超えてると思う。
それでもレイヴンの問いかけに肯定しないのは、クレアの特殊な生い立ちと性格が起因する。
シアンにもレイヴンにも、クレアの過去については一切話していない。どういう経緯で密林にいたのか、なぜ一人で生きてきたのか。
だから、クレアがどれだけ人付き合いが苦手かを知らない。
クレアがどう生きるかはさておき。これから先この村でハンターとして過ごすなら、他のハンターとのコミュニケーションは必須。結局、人間社会で生きる以上これは避けられない。
密林での騒動を経て、アイツは協力することを知った。あとは、それを他の人間とも同じように出来るかどうか。多少荒技だが、ここは物は試しということで。
「ま、一人の力じゃ限界があるってこったな」
狩りをするのも、生きるのも……な。
まぁ、無理そうなら一旦諦めればいい。
◇ ◇ ◇
「……のぼせた」
なんて事を話してたらこのザマである。
酒が入ったことも相まって、脱衣所から出た俺は千鳥足。頭がクラクラする。
「センパイかっこわるぅ」
「調子乗って徳利三つも飲むから……」
「なぁんでお前はケロッとしてんだよ」
お前も同じぐらい飲んだだろうが。と思ったけどレイヴンの奴、酒は滅法強いんだった。義足のくせに、俺より足取りがずっと軽い。
頭がガンガンする。今日が完全にオフの日で良かった。一応体は清めたし、このまま部屋で寝たい。
集会浴場はハンターズギルドと隣接している。泉質の優れた温泉で身を清め、ドリンクで力を蓄えて狩りに挑むというのがこの村のハンターのルーティーン。ピーク時はハンターでごった返したものだ。
ま、今日は誰もいねーけど。受付嬢もいつも二人いるのが一人。その一人さえも暇そう。あとは飲んだくれのギルドマスターぐらいのもんで。
平和だなぁと、半ば意識が飛びそうな頭で思ってたら急に出入り口の方が騒がしくなった。
誰か行ったわけではないから、帰ってきた方だろう。とはいえ該当者は絞られる。出口まで辿り着いたソイツは、膝から崩れ落ちて床に突っ伏した。
「ガルザ、どしたの〜?寝るなら、着替えて布団行かなきゃね?」
「あの、第一声がそれっすか……?」
「だって元気そーじゃん?」
ケロッとしたシアンの対応に、ガルザの声が明らかに落胆しているのが分かる。顔は見えないが、きっと涙で濡れてるんだろう。
んなことはさておき。なんで狩りから戻ってそんなヘトヘトなのか。シアンの言う通り、大怪我でぶっ倒れたわけではなさそうだが。
「クレアは?一緒じゃないのか?」
俺がその名を出すと、ガルザの体がビクンと跳ねた。何かあったのは明らかだ。
「も、もう無理っす……。あの人といたら、いつか殺されるっす……」
半泣きの情けない顔で、ガルザはそう訴える。
どうやら、俺が想定していた以上にあのコンビはマズかったらしい。何があったんだよ本当に。
rocky…不安定な、問題を抱えた
次話からしばらくの間、視点がクレアになります