アイム ア ヒーロー   作:ぜおん

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ストレイト•オレンジ

 私は、人の感情の動きがなんとなく分かる。その人が喜んでいるのか悲しんでいるのか、はたまた怒っているのか。

 それは不思議な力でもなんでもなくて、たまたまそう感じ取れるだけ。小さな頃から人の視線を気にして過ごしてきたから、その影響かも。そう考えると、喜ばしい力でもなんでもないね。

 

 でも、これは決して私が特別なんじゃない。目は口ほどにというように、態度や雰囲気でその人が何を考えてるのかなんとなく分かるもの。

 

「っはぁ〜〜〜〜〜〜」

 

 例えば、カウンター席でどんよりとした表情でうつ伏せになるシアンちゃん。彼女が今どんな感情かなんて、わざわざ説明するまでもないと思う。

 

 

 

 

 

 二日前の話。

 

「っくぅ〜!逃がしたっす」

 

 砂原。ボルボロスの狩猟をしていた時のことだった。私とガルザくんでもう少しのところまで追い詰めたけど、逃げられてしまったというところ。

 

「二人ともやるじゃーん!ほぼ討伐したようなもんだし、こんなに上達してるなんてビックリだわ」

「……まだまだだよ」

 

 ヴォルグくんはいつも通り来なかったけど、その日はシアンちゃんが同行していた。

 とはいっても狩りには参加しなくて、あくまで見ていただけ。ついてきた理由も、『二人がどれくらい成長したのか知りたい』だった。

 

 シアンちゃんは褒めてくれたけど、私もガルザくんも満足はしていない。ボルボロスなんて、もはや私たちの障壁にならないもの。

 そんな私たちが、わざわざ砂原にまで来た理由は別にある。

 

「で、どうだったっすか?俺、ちゃんと動けてたっすかね?」

「まだ遅れてる……かな」

「そ、そうっすか……」

 

 それは、私とガルザくんの息を合わせるため。

 私がガルザくんを撃っちゃった後日。ちゃんと謝ったら、彼は文句ひとつ言わずに許してくれた。それだけでなく、また一緒に狩りに行こうとも言ってくれた。

 

 それは素直に嬉しかったし、その言葉を裏切るわけにはいかないと思った。二度目はない。そう思って、以降も何度か一緒に狩りに出た。

 でも、やっぱり上手くいかない。私と彼の息が合わない。具体的には、ガルザくんの動きがワンテンポ遅れる。私がどう合わせようとしても、必ずガルザくんの動きが私の予想より遅くなる。

 

「そんな悪くは見えなかったけどなー。ガルザ、モンスターの攻撃を惹きつけすぎなんじゃない?」

「……惹きつける?」

 

 迷宮入りしそうなところを、シアンちゃんが言葉を投げかける。

 確かに、ガルザくんはモンスターを惹きつけて戦う傾向にある。だから、いつも回避はギリギリ。

 

「理由は分かんないけどさ。ほら、太刀ってカウンターするじゃん?だから、片手剣のセンパイと違って息が合わないのかなーって」

 

 カウンターは、モンスターの攻撃を見切って即座に反撃する高等技術。私には縁のない話だけど、ガルザくんが使う太刀にとっては大事みたい。

 ……でも、それだと私が彼に合わせられない理由にはならないような。少し腑に落ちないけど、そういうものかと一旦深く考えないことにしよう。

 

「うーん、そうっすねぇ。カウンター、苦手なんすよね。ほら、やっぱ……怖いし」

 

 ははは、とガルザくんは気弱な笑顔を私たちに向ける。なんとか口角を上げてはいるけど、どこか引き攣っているような。情けなく諦めてるようにも見えるし、その場を誤魔化してるようにも見える。

 

 ガルザくんがカウンターをしている場面は、ほとんど見たことない。理由は、彼が言った通りなんだと思う。

 私は太刀使いじゃないから、それが良いのか悪いのかは知らない。今は安全第一で、死ななきゃいいような気もするけど。

 

「ちょっと貸してみ〜?」

 

 シアンちゃんは、肩を落としているガルザくんから太刀を鞘ごと奪い取る。鞘から太刀を抜いて、その場で素振り。ヒュオンヒュオンと、ガルザくんが扱う時と大差ないぐらいの鋭い風切り音が鳴る。

 振りに一切の無駄がない。シアンちゃんは太刀使いじゃないのに、随分と慣れてるように見える。ひと通り振り終えたところで、むふーっとシアンちゃんは鼻息荒く自慢げな表情。

 

「ちょっち、アタシが試してみっから」

「え」

 

 太陽のような笑顔を見せるシアンちゃんとは真逆に、ガルザくんがみるみる表情を曇らせていた。

 思えば、これが全ての始まりだった。

 

 

 

 

 

 

「で、調子に乗ってカウンターを決めてボルボロスを討伐したはいいけど、肝心のガルザの心を打ち砕いちゃったと」

「悪気はなかったんだってば〜!」

 

 シアンちゃんが天を仰いで嘆く。そんな妹の様子を、レイヴンくんはカウンター越しに呆れた表情で見つめ、小さく溜め息を落とした。

 レイヴンくんのお店は休憩中で、私たち以外に誰もいない。相談事で集まるには、うってつけだった。あの日以来、目に見えて気を落としたガルザくんを何とかしようと、シアンちゃんに協力を頼み込まれて私はここにいる。暇じゃないんだけどな。

 

 でも彼が立ち直ってくれないと私も狩りに行けないし、結局シアンちゃんに従うしかなくて。

 彼女が言うには、お手本を見せようとしただけとのこと。確かに嫌味で見せつけたり、人が出来ないことをバカにする子ではない。彼女が良かれと思って行動した結果であることは、その場にいた私が証人。

 

「シアンは伝え方がドストレート過ぎだよ。見様見真似でいきなり成功させちゃったら、そりゃ彼が萎えるのも無理ない」

「う~、グサグサ来る……クーちゃん、何かいいアイデアないー?」

 

 レイヴンくんの言葉を受けて、またシアンちゃんが沈む。アドバイスを求めにきたはずなのに、さっきから傷口を抉るようなことしか言ってないのは、私の気のせいかな。兄妹だから遠慮がないのかもしれないね。

 少し羨ましく思う。私には、こうしてやり取りできるお兄ちゃんがもういないから。

 

 レイヴンくんは誰にでも爽やかで、温厚な性格。それでいて気さくだから、村のみんな……というか女性を中心に人気もあるみたい。

 私も、不思議と彼のことは気にならなかった。ハンターの面々を除いて、私が唯一気軽に話しかけることができる存在。

 そんな彼からは、澄み渡るような空色を感じる。どこまでも透き通っていて、雲一つなく広がる空みたいな。

 

 これは、あくまで私の主観。その人のことを、私がどう捉えているか。

 熱血な人。冷静な人。穏やかな人。そういった印象を言葉で表現するより先に、私は色で感じることができる。これが便利なのか不便なのかは、未だに自分でもわからない。私の感覚が必ずしも正解とは限らないし。

 

 だから、私の感じた色というのは過信しない。人の印象なんて、付き合い方で変わるかもしれないしね。ヴォルグくんは……ちょっと別だけど。

 そんな私の感覚なんかより、よっぽど信頼できて変わらない事実がある。

 

 彼は、料理が凄く上手い。

 

「とりあえずおかわり」

「クーちゃん、私の話聞いてた?てか食べ過ぎじゃない?もう次で五人前だよ?」

 

 大丈夫。

 私の今のお金なら七人前はいけるって、レイヴンくんに確認してもらった。

 味なんて今まで気にしてなかったけど、彼の料理ははっきり美味しいといえる。村でも人気なのも納得した。

 

「これだけキレイに食べてくれると、料理人冥利に尽きるよ」

「味見のバイトならいつでも参加するから、その時は最初に呼んでほしい」

「募集することはないかな……」

 

 残念。それなら、尚更味わって食べないとね。

 ってことで、六皿目のガーグァのソテーに手をつける。お肉は柔らかくてホロホロ。掛かっているソースがさっぱりしてるから、あんまりお肉の脂を感じない。オレンジ使ってるのかな?よくわかんないけど、美味しいなら何でもオーケー。

 

「もー。人が困ってるのに、二人とも他人事すぎるし」

 

 そう言われても。

 シアンちゃんが悪いとは思えないし、慰めたら余計惨めな気分になる気もするし。

 

「放っておこうとは言わないけど、もう少し様子見ない?辞めるって言いだしたわけでもないんだし」

「そうだけどぉ。でも、アタシのせいでってなったら嫌じゃん……」

 

 気にしすぎだと思うけどな。シアンちゃんは、またカウンター席に突っ伏す。萎れた花みたい。

 こう見えてシアンちゃんは繊細というか、思考がマイナスな時がある。普段底抜けに明るくて、快活で人懐っこいから意外な一面。ギャップが凄い。

 

 最初、目を疑ったもんね。シアンちゃんの色が、青だったから。

 それもレイヴンくんとは違って、濃く深い水底のような青。これが何を表してるかはわからない。でも、普段の彼女から得られる印象とはかけ離れた色なのは確か。

 

「放っておいていいんじゃない?」

 

 少し話題が逸れた。

 その間に、レイヴンくんが突き放すようなことを言っててビックリ。流石の私も、食べる手を止めた。

 

「お兄ちゃん、それ本気?」

「本気。彼はああ見えて、そんな簡単に諦めるようなヤワじゃないから」

 

 心配性のシアンちゃんに対して、なぜかレイヴンくんは自信あり気というか。当事者じゃないという違いはあっても、こうも差が出るものかな。

 そういえば、ヴォルグくんも似たようなことを言っていた。意外と根性あるって。何がそう思わせるんだろう。

 

「その感じ、クレアも信じてなさそうだね?」

「まぁ……そこまで信頼してる理由もさっぱりわからないし」

 

 見透かしたようにレイヴンくんが言う。彼を疑うわけじゃないけど、信じ難いのは本音。

 それでも彼は、余裕のある表情を崩さない。ガルザくんの動向なんて、まるで気にしてないような。

 

「そ。なら、明日の朝早起きしなよ。僕の言ったことの意味がわかると思うから」

 

 そんな様子だから、レイヴンくんの提案に私もシアンちゃんも頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 翌朝。

 わざわざ家にまで訪ねてきたレイヴンくんに連れられ、私は外に出た。

 朝早くとは聞いていたものの、まだ日も昇りきらない時間帯に起こされるとは思わなかった。ひんやりとした空気は、涼しいより寒いが勝る。

 

「クーちゃん……おふぁよ」

「お、おはよう。シアンちゃん」

 

 一緒に来たシアンちゃんは、目が半分くらい潰れてた。頭が起きてないのか、いつもの元気さも覇気も何もない。消えかけの蝋燭みたいに、力無くフラフラ立っている。

 無理もないと思う。私は早起き苦手じゃないけど、普通の人は起きてないもの。

 

 村のみんなだって、まだ誰も活動してない。不気味なくらい静まりかえった村中央を抜けて、やってきたのは農場だった。

 私にはあまり馴染みのない場所。ヴォルグくんが昼寝の場所に使ってるぐらいしか知らなくて、それ以外で立ち寄ったこともない。

 

 中に入る前にまず感じたのは、音だった。村中心部では音ひとつなかったのに、掛け声のような威勢のいい声が聞こえる。

 農作業でもしてるのかな?そんなものを見せるために、人を叩き起こしたんじゃないよね。

 

「さ、入った入った」

 

 見た方が早い。とでも言わんばかりに、レイヴンくんに背中を押されて中に入る。

 

 そこにいたのは、防具を着込んで太刀を振るうガルザくんだった。聞こえてきた声は、言うまでもなく彼の掛け声だったみたい。

 もっと驚いたのは、そこにヴォルグくんが同伴していたこと。どうりで、起きた時に見かけないと思った。彼は武器を持っていなくて、体を動かしてもいない。

 ガルザくんの特訓にヴォルグくんが付き合う。そんな構図に見えた。

 

「二人ともこんな朝早くから……」

「あれ、なんだろ。木の枝に、ロープで丸太をくくりつけてるけど……」

 

 丸太の真ん中と木の枝をロープで括って、木からぶら下げたようになっている。

 ヴォルグくんがそれを押すと、振り子みたいにガルザくんの方へ向かっていく。それをガルザくんはギリギリで引きつけて、見切ったように回避。丸太がヴォルグくんの方に戻っていくと同時に、彼は太刀を抜きながら丸太との距離を詰めていった。

 

 そっか。あれ、見切り斬り……カウンターの練習なんだ。

 

「この村に来てからずっと、彼は一日も欠かさずにあれをやってる。カウンターが苦手なのを自覚してるからね」

「……そう。本当に杞憂だったみたいだね」

「ア、アタシちょっと行ってくる!センパイ、私にそれやらせてー!」

 

 さっきまでの眠そうな表情は消えたみたい。シアンちゃんはガルザくんの方まで駆け出していく。元気が出たみたいで良かった。

 

 下位ハンターの私たちは、狩りに行かない日は訓練所で鍛錬している。これは、その時間とはまた別。ガルザくんは、私よりもずっと多くのトレーニングを積んでいることになる。

 それだけ自分に厳しい彼が、簡単に挫折するはずない。シアンちゃんの心配は杞憂だし、ヴォルグくんやガルザくんが彼を認める理由も分かった。

 

 私も……少し彼への見方が変わった。

 

「ったく、シアンの奴に追い出されちまった。このことは内密にって言ったろ」

「ごめんごめん。シアンがかなり気にしてたみたいだからさ。ま、後は任せたよ」

「あっ、おいコラ」

 

 レイヴンくんは『店の仕込みがあるから』と、ヴォルグくんから逃れるように去っていった。

 いつの間にか、ガルザくんのトレーニングパートナーがシアンちゃんに変わっている。こうして知ってもらえて、協力者が増えたから良かったんじゃないかな。彼本人も嬉しそうだし。……少しニヤついてるのが気になるけど。

 

 最初に出会ったときはヘラヘラしていて、自分だけじゃ何もできない人間だと思っていた。

 でも、今はもうそんな印象はない。弱い人間が恥なんじゃない。自分を弱いと認めない人間が恥なんだ。

 

 自分の弱点を認めて、それに真っ直ぐ向き合える人間は思うに少ないんじゃないかな。普通は目を逸らしたくなるし、考えたくもないはず。私だって都合の悪いことは見たくない。

 だからこそ、彼は強い。誠実に愚直に自分を高めようとしているから。上辺の付き合いだけじゃ、絶対に分かり得なかった。

 

 今なら、彼と息を合わせられるかもしれない。不思議とそう思えた。

 

「……ま、お前らに分かってもらえたなら結果オーライか」

「トレーニングの付き添い、彼に頼まれたの?」

「まぁな。早起きなんかしたかねーけど……断るのも無粋だろ」

 

 ぼやきながらも、ちゃんと付き合ってあげるところが何ともヴォルグくんらしい。そうだよね。キミなら、人からの頼みは断らないよね。

 

「で、どうだ?アイツと上手くやれそうか?」

「……そうだね。前よりは」

 

 根拠はないけど予感に近いものはある。でも自信がないから、控えめな回答。それでもヴォルグくんは察してくれたのか、満足そうだった。

 あとで、集会浴場のクエストカウンターに行こうかな。もちろん、何かいいクエストがないか探しに行くために。

 

 太陽が顔を出し始め、段々と空が明るくなる。その光は力強くて、眉間の辺りが少しくすぐったい。

 エネルギーに満ちていて、それでいてどこか暖かい橙色。薄暗かった農場はその色を中心に、少しずつ色付いていく。……そっか。そういう色なんだ。

 

 自分の見ていた世界が彩られていって、塗り替えられていく感覚。不思議だね。自分の世界が広がっていくのを感じる。ずっと眺めていたい。

 もしかしたらと思って、朝日の光に手をかざしてみる。そこには、小さな肌色の手が映るだけ。今は何もわからない。

 

 もし自分の色が見えたら、私はどんな色を持っているんだろうね。

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