「ここも大概ひでぇな……」
オロミドロを追ってエリア9までやってきた。さっきまでいた浅瀬と違って、ここは完全に陸の上だから幾分か戦いやすい。少なくとも、泥まみれにはならなくて済みそう。
だけど、ここも地獄絵図。小型モンスターの死骸こそないけど、草木が枯れ果てている。まるで土地が死んでいるみたい。
ヴォルグくんがここ『も』って言うのは、つまり彼は他の場所でも似た光景を見てきたってこと。私たちも行く途中でいくつも見た。つまり、水没林のほぼ全域に影響が出ていることになる。
「オロミドロ、どこ行ったんすかねぇ」
「探すにしても、エリア5から探した方がいいんじゃないの?こんなとこ来るっけ?」
私たちが戦ってたのがエリア7――滝の下にあるエリアで、オロミドロはその滝とは真逆の方に逃げていった。
そこから今いる陸のエリア9と、シアンちゃんが言った浅瀬のエリア5に分かれる。どっちかに逃げたのは確定してるわけなんだけど。
「普通は来ないな。わざわざ高い段差上らなきゃいけないし、弱って逃げたなら洞窟に行くだろ」
と、ヴォルグくんの推察はごもっとも。なら尚更どうしてという話だけど、それを示すように彼は地面を指差す。
「這いずり跡がある。それもまだ新しい」
そのまま歩いてたら気づかないような跡だね。流石によく見てる。
これは、オロミドロが腹を擦りながら歩いて逃げた証拠。リオレイアならこうはならない。
「なんで森の方に移動してるのかは知らん。ただ、関係があるかは分からんが……洞窟ん中はルドロスの死骸だらけだったな。そりゃ居心地も悪くなる」
「……アタシも見た。下の浅瀬でガライーバが仰向けで浮いてんの」
ヴォルグくんが口から煙草を離し、フゥーっと煙を吐く。随分と深刻な表情。彼の言ったことは、私たちも見た光景であり。
小型モンスターの数がそもそも少なくて、仮に見つけてもそれは死骸で……。ハンターの仕業ではない。絶対に。
「原因はわからないの?」
「知らん。毒かなんかだと思うが、プケプケやリオレイアにこんな派手なこと出来るとは思えん」
「……ナズチとか?」
「まさか」
姿なき者オオナズチ。古龍種って聞いた。強力な毒を使い、そのうえ姿も消せるって。
確かに存在を疑うけど、そんなのがいたら結局撤退するしかないよね。戦ってみたいけど。
そんなことを話しながら探索をしてると、オロミドロはあっさり現れた。ヴォルグくんの推察通り、やっぱり森の方へ逃げていたみたい。
……でも、それならなんで戻ってきた?
「散れ!」
私たちを見つけるや否や、オロミドロは尻尾で泥を飛ばしてきた。ヴォルグくんの掛け声を合図にみんな散り散りになり、狩猟開始。
さっきまで戦った感じだと、弱ってはいるものの討伐寸前とまではいかない感じ。ここは万全を期すなら、麻痺弾か罠を仕掛け―――いや。
「……弱ってる?」
オロミドロの動きが、見るからに鈍い。あの鬱陶しかった尻尾も振りが遅く、なにより気怠そうにしている。
もはや拘束手段は必要ない。押せばすぐ討伐できるような、そんな状態。でもどうして?
ほんの僅かな間で、あのモンスターに何が起こったの?
「クレア、ボーッとすんな!」
ヴォルグくんの声で我に帰る。気がつけば、オロミドロに接近を許していた。すぐに貫通弾を放って出鼻を挫き、すぐに距離を取る。
私を守るようにシアンちゃんとヴォルグくんが立ち塞がり、オロミドロを追撃。二人で斬りかかると、オロミドロはたたらを踏んだ。
いける。
私もその場で足を止めて、貫通弾をひたすら撃ち込む。もう少しで討伐できる、早く討伐をしなくては。少しばかり、そんな欲が出た。
でも、手負いの獣は恐ろしいという簡単なことを私は忘れていた。足を止めている私を狙いやすいと思ったのか、オロミドロはヴォルグくんたちを無視して私に対して尻尾を叩きつけようと振りかぶる。
マズい。油断した。すぐ後ろに翔蟲を……
「クレアちゃん!」
割り込んできたのは、ガルザくんだった。私の体を突き飛ばした彼は、身を翻しながらオロミドロの尻尾をも躱す。
ただ躱すだけじゃ終わらない。尻尾が叩きつけられたと同時に、大きく踏み込んで斬り上げ。そのまま渾身の大回転斬りを決めた。
これが、太刀のカウンター。ガルザくんの一撃が決め手になって、オロミドロは昏倒。そのまま起き上がることはなく、討伐完了となった。
「あ、ありがとうガルザくん……」
彼のおかげで助かった。目の前のモンスターを相手に、集中力が散漫だったのは大反省。
だけど、それすら忘れさせる『何か』を私は感じた。確証はない。でも、きっとおそらく。
「一頭討伐したのに浮かねぇ顔だな。気になるもんでもあるか?」
「そんなとこ、かな」
私は、オロミドロが現れた先を見やる。あそこに何かいる。この子を弱らせ、水没林を異常な光景にしている犯人が。
行って確かめないといけない。私が向かおうとすると、ヴォルグくんが進路を塞ぐようにして私に背を向ける。
「俺が行く。剥ぎ取りでもして待ってろ」
ヴォルグくんはそれ以上を話さなかった。お前は来るなと、そんな圧を感じる。
私も彼も、決して口数は多くない。必要最小限のことしか話さないけど、それで意思疎通ができるから問題はなかった。
でも、ここまで有無を言わさない口調は初めてだな。結局、ヴォルグくんの背中が小さくなるのを私は眺めるしか出来ない。
「できるだけ、クーちゃんを危険な目に遭わせたくないんだよ」
シアンちゃんが、そんなことを言う。それは分かるし嬉しいけど、仲間としてそれは不満だった。実力を信頼されてないようで。
彼は、そういう傾向がある。自分よりも他人。密林の時がそうだった。
裏を返せば、向こうにいるのはそれだけ力のある存在だってことなんだろうけど……。でも、私だってハンターの端くれ。守られるより、隣に立つ存在でいたい。
何か手掛かりはないか。オロミドロの亡骸を調べてみる。
他の小型モンスターと同じなら、目立った外傷は見当たらないかもしれないけど……。
「この棘……」
「これ、さっき見た奴っすね」
私とガルザくんは、それに見覚えがあった。
オロミドロの背中に刺さっていたのは、毒々しい色をした棘。この子と出会う直前、滝の上のエリア11で見たものと全く同じ。
あの時はブルファンゴが犠牲になってたけど、近くの地面に刺さっていただけで、直接襲われた形跡はなかった。
でも今回は、これがオロミドロの体にしっかり深く刺さっている。水没林の環境を破壊したモンスターと、オロミドロを襲ったモンスターは同一。これで繋がった。
あとはまだ見ぬリオレイアの行方と、件のモンスターの正体だけど―――
「……爆発音?」
私の思考を中断させたのは、何かが炸裂したような音。微かだけど聞こえた、それも三発。場所は……ヴォルグくんが向かった先。
「あ、クーちゃん!」
「いきなりどこ行くっすか!?」
二人には聞こえなかったみたいだけど、説明する時間が惜しい。
彼女たちの声を無視して、目的の場所に一直線。音からしてブレス。リオレイアの可能性は高いけど……。オロミドロより強力なリオレイアなんて存在するの?
場所はエリア10。そこそこ広くて、水嵩もなくて戦うには理想の場所。
坂を駆け上がり開けた場所に出るそこで、私は思わず足を止めた。
「うっ……。何この空気」
まず感じたのは、思わず顔を顰めるぐらいに澱んだ空気。口を覆うでもしないと、吐き気が込み上げてきそう。
まだエリアにはいったばかりでこれ。渦中はどれだけ酷いのか窺い知れる。それこそ、環境を丸々変えるぐらいの。
そして、地面に刺さっているあの結晶。紫色の毒々しい液体が滴っていて、あれがこの空気を生み出しているのは明白。それが二本も三本も突き刺さっている。
この超強力な毒を生み出しているモンスター。そこにいたのは、紛れもなくリオレイアだった。
一見、通常種に見えた。でも、よくよく見るとまずサイズが全然違う。実物は数えるくらいしか見たことないけど、それでも違和感を覚えるぐらいには大きい。
それに、よく見れば鱗の色も少し違う。通常種の深緑に、ほんの僅か紫がかってるような。
そして決定的なのは、通常のリオレイアにこんな力はないってこと。
これは……どうしようね。いや、それよりも先に。
「ヴォルグくん!」
すぐに見つかった。彼は健在で、ひとまず安心。
「言うこと聞かねぇ奴め……」
右腕を抑えながら、彼はぼやく。大きな怪我ではなさそうだけど、攻撃を受けて出血したみたい。
それに……少し体がダルそう。この空気のせいかな。彼はヘルムを着けないし、モンスターに接近して戦う剣士。毒をたっぷり吸い込んでてもおかしくない。
「解毒薬は?」
「飲んだよ。でもこの有様じゃ、まるで意味ねぇ」
逃げなきゃいけない。
でも、当然逃がしてくれそうにはない。
「ブレス来るぞ!」
私たちが分散して、そこにブレスが飛んでくる。ブレスは地面に着弾すると、爆発して拡散。かなりの範囲になる。
だけど、ブレスならチャンス。今のうちに麻痺弾撃ち込んで、逃げる隙を―――
「え?」
弾込め中断。私がいたところに、拡散ブレスの二発目が飛んできた。気付くのが遅れてたら、今頃は肉付きの悪いこんがり肉ができあがってたね。
早速、原種と違うところが。通常のリオレイアなら大技に値する拡散ブレス。それを軽々と三連発してくるなんて。
この隙に逃げよう。無言で私たちの意見は一致した。リオレイアに背中を向けて、元来た道を戻る。
リオレイアは当然、自慢の脚力で私たちを追いかけてくる。なんとか全速力で走ってれば、轢き殺されることはなさそうだけど……。
「クーちゃん!センパイ!」
「……って、なんすか後ろにいるの!?」
「二人とも走れ!早く!」
私を追って来たシアンちゃん達と合流。でも四人揃ったところで、ヴォルグくんの判断は戦わず。誰も異を唱えずに、それに従う。
幸いなのは、見るからにパワーアップしてるあの個体のスピードは上がってないこと。体が大きい影響か、むしろ遅くなってる気すらする。
だから、なんとかキャンプまで逃げられれば。
そう思っていたんだけど。
「……チッ」
「ヴォルグくん?」
段々と、ヴォルグくんの足が緩み始めた。顎が上がって、口元から涎が漏れている。息も荒い。明らかに様子がおかしい。
「くっ……。みんな目を瞑るっす!」
ガルザくんの投げた閃光玉が炸裂して、リオレイアの目を焼いた。足が止まって、その場に留める。
「わ、わり……」
「喋らないでいいから。早く飲んで」
ヴォルグくんは、その場で片膝を付いた。解毒薬を飲ませるけど、血と一緒に吐き出す。普通の毒ならここまで酷くはならないのに。飲むのがダメならと、持っていた漢方の粉塵を撒く。これが効けばいいけど……。
リオレイアは見えないながらも、狙いを定めてこちらに突っ込んでくる。音で探るのか、匂いか、それとも勘か。いずれにせよ、巻き込まれないようにヴォルグくんに肩を貸して離れる。
あのヴォルグくんが、この短時間でこれだけ弱るなんて。外傷はせいぜい右腕の傷だけなのに。これもブルファンゴの状況に似てる。
「しっ……ぽ」
「どうしたの?」
ヴォルグくんの口が小さく動く。
「奴の、尻尾から毒液が……。ガードした時に」
ガードした時……だから右腕に傷を。言葉が断片的だから推測だけど、その時に毒が体に侵入したのかも。吸い込んだのもあるだろうけど。
通常リオレイアにそんな攻撃はない。あの子の危険性と、貴重な情報がもうひとつ。あの棘は、通常種同様に尻尾にあるってことも。
「クレアちゃん、危ない!」
ガルザくんの声で振り返ると、リオレイアがまたもこっちに突っ込んできた。閃光玉は効いているのに、なんて執念。ヴォルグくんを前方に投げ出して、私も飛び込んで避ける。
なんとか免れる。起き上がって後ろを振り向くと、リオレイアの口が大きく開いていた。
噛みつき?それなら届かないから大丈夫だと思ったけど、その安心は一瞬で覆る。リオレイアの口内が燃えた。
「そこ退け……!」
爆炎が迫ってきたところ、ヴォルグくんが私を押し退けて盾を構えた。
でも、片手剣の小さな盾じゃ防ぎきれるわけもなくて、ヴォルグくんは盾ごと炎に包まれる。
「センパイ、センパイ!」
「っつぅ……!」
彼がその場で蹲る。毒と爆炎―――その相乗効果で、もはや彼は動けないほどに。
すぐに彼に駆け寄りたいけど、先にすることがある。私は位置を調節して、リオレイアに麻痺弾を撃ち込む。まだリオレイアの目が見えてないなら、彼から離れるように誘導すれば……。
お願い、釣られて。その願いが届いたのか、リオレイアは弾が飛んできた方向に突進。ヴォルグくんから引き剥がすことができた。
「ヴォルグくん、立てる?」
「なん、と……か……うえっ!ゲホっ!?」
「これヤバいっすよ!?」
駄目だ。とても走れるとは思えない。ヴォルグくんの吐き出した血が、泥で澱んだ水溜まりを紅くする。
ガルザくんと私で、彼の両脇を抱える。普段なら意地張って振り払うようなところ、彼は力なくそれに従うだけ。それだけマズい状態。
チラッと見ると、リオレイアが頭を振って、視界を回復させようとしていた。もう閃光玉の効果時間も残り少ない。
こうなったら彼はガルザくんに任せて、私だけでも残って囮に―――
「……殺す」
私が振り返ろうとしたところ、およそ普段からは想像できない物騒な言葉と共にシアンちゃんが飛びかかった。
躊躇なくリオレイアに接近して、操虫棍を使ってその背中に飛び移る。
そんな無茶な。視界が戻らないのも相まって、リオレイアは派手に暴れ回る。シアンちゃんを振り落とそうと体を揺すったり、背中を岩壁に擦り付けたりと、もはや見境ない。
シアンちゃんは慣れてるのか、器用に背中から尻尾に移る。でもあそこは、おそらく毒棘がびっしり生えているデッドゾーン。それでも構わず、空いた手で剥ぎ取りナイフを持って尻尾に突き刺す。
「ガルザくん、ヴォルグくんをお願い!」
「は、はいっす!」
黙って見てられない。少しでもシアンちゃんのサポートになるよう、私も銃撃で応戦。貫通電撃弾を放つと、意外にも勢いよく二枚の翼を貫いた。元がリオレイアだからか、そこは共通してるみたい。
密林で見た紅いアオアシラほど、意味不明な肉質じゃないと思う。これなら攻撃する方はなんとかなりそう。
シアンちゃんはというと、尻尾から再び背中に移っていた。片方の腕でリオレイアにしがみつきながら、空いた手でひたすらにナイフを振るう。
暴れ回るリオレイアの尻尾が地面に擦れるたびに、毒棘が地面に突き刺さる。やっぱり、あれがオロミドロやヴォルグくんを衰弱させた正体。
だとしたら、あそこに触れたシアンちゃんも危ない。毒棘が地面にばら撒かれたことで、また周囲に毒が散布される。
「クーちゃん、早く逃げて!コイツはアタシがしばくんだから!」
彼女の口調が荒い。あんな粗暴なシアンちゃん、見たことない。
口調が激しくなるにつれて、攻撃も怒りに任せたものに。普段笑顔を絶やさない彼女が、鬼気迫る表情でナイフでリオレイアの肉を抉る。
当然リオレイアはそれを嫌がって、また振り落とそうと暴れ回る。毒も相まって、あのままじゃジリ貧。短期で決着をつけないと。
「シアンちゃん、頭に飛び移って!岩壁にぶつけさせるの!」
「簡単に言うじゃん……!」
悪態つきながらも、シアンちゃんはリオレイアの頭へ。私の思惑通り、リオレイアはなりふり構わず頭を岩壁に叩きつける。
シアンちゃんは、それに巻き込まれる前にひらりと身を躱して再び背中へ。ナイフを捨て、棍を握って振るう。
頭を強く打ったリオレイアに、追い打ちをかけるような電撃弾。あの子が怯んでいる間に、シアンちゃんが操虫棍を容赦なく突き刺した。
痛みで思わずリオレイアが倒れ込む。その間にシアンちゃんは背中から脱出。乗り成功に乗じてさらに斬り込もうとするも、リオレイアは素早く立ち上がって、そのまま飛び立った。
「ちっ……。追うよ、クーちゃん」
「シアンちゃん、待った」
やっぱり、今の彼女はどこか語気が強い。私が待ったをかけると、シアンちゃんはジロッと私を見つめる。
睨む、とまではいかずとも限りなくそれに近いぐらい強い視線。それでも私は怯まず、彼女の右腕をグイッと掴む。
彼女の表情が一瞬だけ軋んだのを見逃さない。手のひらからは、血が滴っていた。
「力任せにしがみついた結果かな。毒が回らないうちに、早く体を休めた方がいい」
「……めざとぉ」
彼女はそれ以上言い返そうとはしなかった。武器をしまって、私に追従する。
怪我をしてようがしてまいが、どのみちヴォルグくんの経過を確認する方が優先。このまま追って狩猟を続ける選択肢なんてなかった。それくらい、分かりそうなものなのに。
何かを焦っているのか、何かにムキになっているのか。どこか不服そうなシアンちゃんは幼子のようで、それでいて凶暴な牙を剥き出しにする獣のようにすら見えた。
今年内でこの章終わらせたかったです(過去形)