クレアと出会い、三日が経過した。飛行船から落ちて遭難という大惨事に見舞われたわけだが、奇跡的になんとか生きている。とはいえギルドが救助に現れるという展開など起こらず、今の俺はサバイバル生活の真っ只中。
だが、不思議と絶望感はない。というのも、幸いにも俺が墜落したのはテロス密林の外れだった。クレアの隠れ家から少し歩けば、地図にも記載されている場所に辿り着く。
密林はギルドが狩猟区域に定めている正式な狩場で、それ即ちギルドの目が届く範囲ということ。未開の地じゃなくて良かった。待てばいずれ助けが来る。それに、誰か他のハンターが狩りで訪れるかもしれない。
「今日も無し……か」
そんな俺の日課は、支給品ボックスの確認から始まる。だが、今日もここは空だった。
「毎日来てるけど、何か意味あるの?」
「もちろん。ここに物が入ってるってことは……」
「私の物資が増える。ここ、たまに来ると弾やご飯が入ってるから助かる」
違うわ。
というか、支給品をネコババすんな。
クレアは野生児そのものだった。ハンターの資格を持っていないのに武具を持ち、この密林で何年も暮らしている。食事も弾薬も自給自足。今までよくギルドにバレなかったものだ。
「いいか?この箱には、ハンターが狩りをするのに役立つ道具が入れられるんだ。箱の中身が補充されるってことは、近々ハンターが来るってことだろ」
俺には、自分が遭難したことを外部に知らせる手段がない。よくある方法だと信号弾を撃つとか、観測隊の気球に見つけてもらうとかあるんだが……。
信号弾を持ってないのは仕方ないにせよ、ここ数日気球をひとつも見かけない。狩場付近ではよく飛んでるのに、どうしてこういう時に限って。結局、誰かが来るのを待つしかない現状である。
とはいえ、その気配もなく。もうしばらくはサバイバル生活が続きそうだ。
「ヴォルグくんは帰りたいの?」
「当たり前だろ。いつまでもこんなジャングルにいれるかよ」
「人間なんかの集落よりはマシだと思うけど」
吐き捨てるようにクレアは言った。
人間なんかって。お前も人間だろうに。
どうも訳ありらしい。そうでもなければ、こんな場所に一人でいようとは思うまいが。初対面で俺にボウガンを向けてくる辺り、かなりの人間嫌いなのは間違いない。
いや、待てよ。それだと矛盾だな。
「聞こうと思ってたんだが……。俺を介抱したのってお前だよな?」
「そうだよ。森の中で倒れてた」
「なんで助けた?お前、見るからに外の人間とは関係を絶ってるだろ」
何年もこんなジャングルで一人で暮らし、フレンドリーとはかけ離れた振る舞い。そんなクレアがなぜ俺を助けたのか疑問だった。親切で人助けをするような人種には見えない。
問われたクレアは、表情そのままに顔だけ近づけてくる。数日間コイツと寝食を共にしたが、相変わらず何を考えてるんだか分からねぇんだよな。そして距離感がおかしい。
見つめること数秒。
……ああ、そういうこと?
「惚れたとか言うなよ」
「私が?キミに?……ぷふっ」
「軽い冗談だから辞めろその反応」
否定より嘲笑の方がよっぽど腹立つな。いつまで笑ってんだよ、しばきまわすぞテメェ。
……てか、笑うんだなコイツ。
「理由、ね。単純明快。キミは普通の人間とは違う輝きを持っているから」
……予想斜め上の答えが来たな。輝き、どういうことだ。どこが輝いてるってんだ。
俺は断じてツルッパゲじゃないぞ。桃色の毛根は今もなお健在。ちゃんとフサフサだし癖っ毛。一応、俺の名誉のためにもね。
いや、そんなことはマジでどうでもよくてだね。
「私は、人の色を見ることができる。その色の輝きが強いほど、魅力的に映るの。共感覚っていうらしいけど」
説明されてもいまいちピンと来ん。
共感覚というのも知らん。クレア曰く、普通の人とは違った感覚で見たり聞いたりできるらしい。文字を見た時に色を感じるとか、風景を見た時に音を感じるとか。便利なような不便なような。
クレアは立ち上がると、背伸びしながら俺の服の裾を掴んで密着する。
「今まで見た中で、キミは特に輝いていた。どんな人なのか気になる。だから助けた。単純でしょ?」
「へ、へぇ……」
だから近いっつの。
女特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。これを好意の目じゃなくて、好奇心の目でやってるんだから困ったもの。
クレアは恥ずかしげもなく、俺をじっと見つめる。人と対して付き合ってこなかったからか、さっきから距離感がおかしい。他の男にしたら勘違いさせそうだ。紅色の瞳に吸い込まれそうになる。
とりあえずクレアを引き剥がす。まぁなんにせよ、前向きな理由らしい。それに、美女に褒められちゃ悪い気はせんか。
世の中は広い。他より個性が強い奴の一人や二人ぐらい散々見てきた。その中でも一際変な奴だ。
「で、俺の色ってのは?」
クールな空色とか、カッコいい黒とか?
「んと……燃えるような真っ赤。他を照らすぐらいに明るい赤色、かな」
全然違った。俺って赤なのか。うおおお!ってなるタイプではないんだが。
とか考えてると、クレアが『でも』と言葉を区切って寄ってくる。
「その中に少し陰り……澱みが見える。何かあった?」
「……さぁな」
意外と馬鹿にできない力らしい。過去の話はしたくないから逃げさせてもらうけど。
というか、俺は自分がそんなに優れた人間だとは思わない。だから、クレアが特別視する理由も分からないんだが……。
ま、そのおかげで命拾ったからいいか。
「ところで、俺がそこらの人間だったらどうしてたんだ?」
「見捨ててたかもね。今頃は小型モンスターの餌だったんじゃない?」
やっぱこえーよ、この女。
◇ ◇ ◇
「ごちそうさんっした」
夕暮れ時。洞窟の隠れ家に戻って早めの夕食を終え、俺はすぐにタバコを蒸す。食後はこれに限る。
「もう終わり?遠慮しなくていいのに」
「……少食なもんで」
口に飯を詰めながらクレアが心配そうに尋ねる。
嘘だ。本当はまだ食える。
贅沢を言える状況でも立場でもないことは重々承知。だが、それを踏まえてでも言わせてほしい。
献立が虫とキノコの素焼きじゃ限界がある。キノコはまだしも、食卓に銀色コオロギやマレコガネが並ぶのは何日経っても悍ましい。
クレアは平気な顔でモリモリ食べているが、こればっかりは慣れない。年頃の女の子が見たら裸足で逃げ出すような食事なのに、随分とたくましいですこと。だから密林で何年も過ごせるんだろうが。
「それ、美味しいの?」
「食いもんじゃねぇよ。……吸うか?」
クレアが俺が咥えているタバコに興味を示す。これは俺の私物だ。趣味なんて持たない俺だが、これだけは止められない。
嗜好品……と言っても伝わらんだろうな。腹が膨れるもんでもないし。とりあえず口にすれば分かるだろってことで、吸いかけのを与えてみる。
「……マズい。最近の人間はこんな変なものを食べてるの?」
「食い物じゃねぇっつの」
クレアは、オエーッと顔を歪ませてタバコを口から離す。当然と言えば当然の反応。これが文化の違いという奴か。
タバコから離れ、クレアは再び食事を続ける。密林で暮らすだけあって、クレアの食生活はワイルドそのものだ。素朴な味付けのみで、それを淡々と作業のように腹に詰め込んでいる。
虫も魚もキノコも野草も隔てなく、量は常人の三倍ぐらい。その小さい体のどこに栄養がいってるんだろう。
「お前はなんで密林に?」
クレアに尋ねてみる。出会った時から、ずっと気になってたことだ。なんで人間社会を離れてまで、こんなジャングルで暮らすのか。
「私、親も兄弟もいないから。他の家に預けられはしたけど、人と暮らすのが合わなかったってだけ」
口に詰めたものを全て飲み込み、クレアは言葉短くぽつぽつ話す。
答えになっているようでなっていない。その経緯が知りたかったのだが、追及は避けた方がいいんだろう。人間、聞かれたくないことのひとつやふたつぐらいある。
このご時世、孤児は決して珍しくない。集落がモンスターに襲われ、家族を亡くして孤独になるというのはよくある話。そこからサバイバル生活というのは聞いたこともないが。
寂しくないのか、という問いは野暮だろう。コイツは好んでこの場所にいる。文字通り、俺達のような常人とは住む世界が違うんだ。
クレアはまた食事に戻る。俺ももう問うのは辞めて黙って眺めていると、入り口の方から音がした。大型モンスターかと思って身構えたが、どうやらその必要はない。
洞窟に入ってきたのは一匹のケルビだった。あの草食獣の、である。
「久しぶりだね。遊びに来たの?」
クレアは特に驚きもせず、食事の手を止めてケルビと戯れ合う。言葉を聞くに、日常なんだろうか。
雄のケルビだ。確かに自ら人に害を為す存在ではないが、イコール人懐っこいかと言われれば違う。野生のモンスターが自分から寄ってくるなんて、聞いたことない。
一通り戯れ終えると、ケルビはクレアの隣でくつろぎ始めた。なんとも異様な光景だ。
「仲良いんだな」
「そうだね。この子は何も悪意がなくて純粋だし、一緒にいて落ち着くから」
人間よりも、とでも言いたげな。
クレアは穏やかな表情で、ケルビの背を優しく撫でる。モンスターと人間、その垣根を越えた関係がそこにはあった。
密林の奥地で暮らす、感受性豊かな少々変わったこの女。変ではあるが見ていて飽きない。遭難している状況にも関わらずこの生活を苦に思わないのは、間違いなくこの女のおかげなんだろうなと俺は改めて感じた。
「そんな可愛いキミには大サービス。コオロギの串焼きをお裾分け……あ、逃げちゃった」
可愛がるなら主食ぐらい理解してやれよ。