アイム ア ヒーロー   作:ぜおん

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パニック•ジャングル

 降りしきる雨は、弱まるどころか激しさが加速していた。まるで空が憤るよう。

 密林に長らくいて、その間も雨が降ることはあった。だが、ここまでの悪天候は記憶にないな。時間帯でいえば昼なのに暗くて周りは見えにくいし、轟音で耳も遠い。最悪の環境だ。

 

 クレアの奴、こんな土砂降りの中どこまで行ったんだか。

 

「仲間と逸れたのはこの先なんだな?」

「そっすね。変なアオアシラを見たのもそこっす」

 

 後ろをついてくるガルザは、大粒の雨に顔を顰める。

 もちろん、コイツの仲間を探すのも忘れていない。密林内で逸れたといっていたが、今のところそっちも見つからなかった。ベースキャンプやここまでの道筋までいないとなると、洞窟の可能性が高い。この雨だし、クレアも含めてそっちに避難したとか。そんな程度で済めばいいんだが。

 

 そんなことを考えながらエリア3に出る。密林で主戦場となりうる、北部の広大なエリア。ジャングル地帯の捜索はこれで最後になる。

 みんな雨宿りしているからジャングルにいないだけ。予想というより願望に近いそれは、あっさりと覆った。三人のハンターがこのエリアで見つかったのだ。

 

「……ひっでえなコレ」

 

 考え得る最悪の形で。

 木々が薙ぎ倒され、その倒木に人が寄りかかっている。ジャングルの緑に、この雨でも掻き消せない赤黒い血がこびりついていた。

 生死確認の必要はない。職業柄、動物の亡骸には見慣れているはずだったんだが。ここまでの惨状は、長いハンター生活で数えるほどしか見たことがない。これほどまでの……人の遺体が散らばる光景は。

 

 致命傷はほとんどが鋭利な爪だろうか。木にも痕が残っている。とにかくデカい。爪と爪の間隔だが、俺の拳分くらいはありそうだ。

 遺体は四肢の一部がもげているものや内臓が飛び出たものもあって、個人の判別ができない。雨も相まって、形容しがたいほどグチャグチャになっている。

 クレアは……多分いない。転がってるのは全員男だろうし、装備もフルフルのじゃない。まだ無事だと思いたい。

 

 だが、この亡骸はきっと……。

 

「そん、な……」

 

 ガルザが放心状態で遺体の手を取る。それが答えとなった。

 この亡骸は、ガルザの仲間だろう。人数が三人、ガルザ自身を含めれば四人だからちょうどいい。

 

「俺だけ、生き残って……」

「自分を責めるな。こいつ等もハンターなら覚悟はできてたはずだ」

 

 落胆するガルザの肩に手を置く。

 

 気持ちは分かる。俺も狩場で散っていく命をいくつも見てきた。自分に責を感じたこともあった。

 だが、ハンターたるもの命の危険は承知の上。反省は時に必要だが、気負って自分を責めすぎるのは毒だ。それに、狩場で感情的になっている場合ではない。

 

 ガルザの手を引いてその場を飛び退く。すると、俺たちがいた場所を馬鹿でかい丸太みたいな腕が通り過ぎた。

 間一髪だった。危ねえな、気付くのが遅れてたら亡骸の仲間入りしていた。

 

「マナーのなってねえ挨拶だな」

 

 俺を襲ったのは渓流等で馴染みのモンスター、アオアシラ。確かに密林にも生息してたな。普通なら焦る相手ではない。初心者が最初に狩るモンスターとして選ばれるくらいだ。

 

 だが、このアオアシラは通常個体とは明らかに違った。サイズからして桁違いに大きいし、何より毛並みが真っ赤。

 青熊獣の名に違わず、基本的にアオアシラの毛並みは青だ。だが、目の前の奴は全然違う。まるで返り血を浴びたみたいに赤く、そのせいもあって攻撃的な印象を受けた。

 

 それに、纏う雰囲気が別物。今まで対峙したどの大型モンスターよりも。この惨状を引き起こしたのは、コイツだと断定して良さそうだな。

 たかがアオアシラ相手に、脳が『危険だ』と警告している。なるほど、これがガルザの言ってた『変なアオアシラ』って奴か。確かに別物だな。こんなの見たことねぇや。

 

「逃げるが勝ち……ってか!」

 

 無理だ無理。こんなんやってられるかい。追ってくるアカアシラに対して、俺たちはすぐに背を向けて走り出す。

 

 隣で走るガルザをチラと見る。顔面蒼白で息も荒い。仲間の死と恐怖で精神状態が荒れている。交戦は無謀だな。とはいえ、走力も向こうが上。追いつかれるのも時間の問題だ。

 奴の突進を躱し、振り向きざまに剥ぎ取りナイフを投げつける。上手く刺さった。これでこっち狙うだろ。

 

「ガルザ。お前はベースキャンプに戻って、ギルドに応援要請してこい」

「え……?」

「二人で逃げんのは無理だ。ここに残るべきは、装備の整ってる俺の仕事だろ?」

「あ……う……」

 

 戸惑っている。また自分だけ助かるのかという葛藤が、きっとガルザの中を駆け巡っている。

 だが、迷っている時間はない。奴を倒すことを目的としない以上、この場に二人もいらねぇんだ。

 

「早く行け。お前が呼んだ応援で俺が助かれば、お前は立派なヒーローだぞ?」

「う……!せ、せめてこれを!」

 

 ガルザはポイっと俺に何かを投げ渡した。

 閃光玉か。逃げの一手としても、攻撃の起点作りとしても有効な万能アイテムだ。

 

「サンキュー。ありがたく使わせてもらうぜ」

「これしか出来ないのが面目ねぇっす……。なんとか、助け呼んでくるんで!」

 

 ようやく行ってくれたか。これで、最悪の状況だけは回避できそうだ。

 ギルドの応援なんて期待できるのかって?んなもんは知らん。いれば嬉しいなぐらい。別に連れて来なくともガルザを恨んだりはしない。

 

 逃げるガルザは諦め、俺を標的にアカアシラが襲い掛かってきた。

 爪を大きく横に振りながら向かってくる。左右に交互、振り子のようにリズム良く。小枝をへし折るかのように、木の幹が攻撃の余波でいとも容易く粉々にされてゆく。ひとつミスしたら、自分がこうなると思うとゾッとしねぇ。

 

「あ、ヤベ」

 

 思いの外アカアシラの攻撃の回転が早くて、つい背後の警戒を怠った。背後に木があってつっかえてしまう。しくじった、逃げ場がない。

 思い切ってその場で屈むと、真上スレスレを爪が通り過ぎた。メキメキと音を立て、背後の木が倒れる。馬鹿力にも程があるだろ、俺の胴体の倍ぐらいの太さはあったぞその木。

 

 これでは終わらず、アカアシラは体を捻じる。らべぇ、まだ追撃を加える気だこれ。下から振り上げようとしている。

 しゃがんだ体勢では咄嗟の回避はとれない。盾で防ぐのは……あの破壊力を考えたら試すだけ無駄だ。爪に引き裂かれた遺体の姿が頭に過る。

 

「死んでたまるか……!!」

 

 懐の中の翔蟲を手に取る。それを伸ばして、なんとか回避を図ろうとしたが必要なかった。

 この土砂降りの中で響く、乾いた一発の銃声。アカアシラの腕が銃撃によって弾かれる。

 

「クレア!?」

「早く立って!ソイツはキミでも手に負えない!」

 

 そこには、フルットシリンジを構えたクレアの姿が確かにあった。普段物怖じしないアイツが珍しく焦燥していて、早口で俺を捲し立てる。

 口ぶりからして、コイツと交戦したんだろう。だから恐ろしさも知っていると。

 

 銃撃を受けたことで、アカアシラのターゲットがクレアに向く。クレアの背後は海。マズいな、逃げ場がない。

 ……いや、ひとつだけあるな。俺は翔蟲を前方に飛ばし、クレアの元まで急ぐ。

 

「何しに来たの?私が囮になるから早く逃げ……」

「捨て置けるかよ。いいからこれ持て」

 

 多めに持っててよかった翔蟲。その辺で拾ったのも合わせて合計四匹、うち二匹をクレアに渡す。

 これだけあれば足りるだろ。俺は迷わず、海に向かって翔蟲を飛ばした。

 

「死にたくなけりゃ、真似してついて来い!」

 

 密林の雨量は伊達じゃなくて、海の水位がグッと上がる。普段は徒歩で渡れる場所も、この時ばかりは進行不可になってしまう。

 が、それは陸路に限った話。翔蟲で空を駆ければ関係ない。このまま、古代遺跡があるエリア10まで逃げちまおう。

 翔蟲二匹使ってちょうど向こう岸まで渡り切れた。アカアシラもここまでは追ってこれまい。

 

「追ってきてるけど……」

 

 そう思っていた時期が俺にもあった。あの野郎、水位が増えようがお構いなしに普通に追いかけてくる。

 そらそうだよな!元がアオアシラだもんな、水の中ぐらい平気だよなチクショウが!

 

「早くこっちに来い!」

 

 追って来なかったら儲けもんだったがしゃーねぇ。俺は迷わず遺跡に上る。罰当たりだろうが知ったこっちゃない。ここは天井が崩れてるのか、遺跡上部に大穴が空いてんだ。

 

「待って、まさかここから降りる気じゃ……」

「飛べ!!」

 

 あとは天運に託せ。何もせずにここで死ぬよりはマシだ。

 躊躇するクレアの手を強引に引き、俺たちは大穴の中……地下遺跡へと飛び込んだ。

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