アイム ア ヒーロー   作:ぜおん

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ロンリー•アイ

 結論から言うと、俺たちは生き延びた。

 遺跡上部の空洞から飛び降りた俺たちは、翔蟲に掴まりながら安全に着地。雨の降り込まない場所まで避難してようやく一息つく。流石のアカアシラも、遺跡内部までは追って来ないようだった。やっと諦めてくれたか。

 

 寒い。さっきまで土砂降りの雨に打たれていたせいか。さっさと火でも起こして暖まろう。このままだと風邪を引いてしまう。

 気まずいのか、クレアは一言も発さない。ただでさえ天気もどんよりしてんのに、辛気臭えなぁもう。

 ……いや、切り替えだ切り替え。むしろ、二人で話す時間ができた。

 

「少しひと休みするか。クレア、火ぃ起こすのてつだ……」

 

 クレアの方を向くと、目が合った。右目を隠していた前髪が、雨のせいで崩れて素顔が露わになる。

 俺と目が合った瞬間、クレアはそれを慌てて隠した。思わず、俺の方も目を逸らした。

 

「そういう反応の方が意外と傷つくんだよ」

「あ、いや……そういう意味じゃなくてだな」

 

 クレアの顔の右半分は、火傷で皮膚が酷く爛れていた。赤く腫れ上がって、ケロイドっつーんだっけか。その傷は眼にまで達している。右眼はおそらく見えていないだろう。

 ガノトトス戦を終えた時、クレアの顔に触れようとしたら拒絶されたのを覚えている。今、その理由がわかった。

 

 ぷいっと、クレアはそっぽを向いて行ってしまった。俺が引き止める間も与えずに。気分を害してしまっただろうか。

 仕方なし俺は一人で火を起こし、防具も脱いで乾かす。

 

 マズったな。傷痕なんてこの業界ならいくらでもあるってのに。余計雰囲気を悪くして、俺は何やってんだか。

 少し自虐に陥っていると、程なくしてクレアは戻ってきた。思いのほか早かった。そして両手に何やら色々抱えている。

 

「お腹空いたから。この辺のもの色々採ってきた」

「お、おう」

 

 何事もなかったように、クレアは食材を火にくべ始めた。キノコに特産ゼンマイに……虫は見なかったことにしよう。いつもの調子といえばいつもの調子。結構な大惨事が目の前で起こっていたはずなのに、ケロッとしている。

 クレアは、焼けたものから手当たり次第に貪る。相変わらず腹の隙間を埋められればいいという、そんな食事―――もはや作業。

 

 俺もクレアの隣に座ってひとつ頂戴するが、やはり味気ない。塩でいいから、というのはやはり贅沢か。この状況下、少しでも腹に詰めておくに限る。

 

「離れた方がいいんじゃない?コレが感染るかもしれないよ?」

「わけねーだろ。さみーんだから火に当たらせろ」

 

 ジトっと、凍てつくような視線を向けられる。その捻くれた物言いに、クレアが過去どのような扱いを受けてきたのか想起させた。

 その怪我が病気の類いでないことぐらい、俺でも分かる。伝染などあり得ない。だが人という生き物は愚かなもので、自分達と違うものを嫌う傾向にある。その傷一つで、どれだけ汚い言葉を浴びせられ、拒絶されたのか。

 

「……そうだね。そんなわけない。でも私は子どもの頃から、罵られて蔑まれて生きてきたよ。光のない薄汚い、不完全な人間なんかと暮らすより、大自然の中で過ごした時間の方が幸せだった」

 

 インナーから露出した白い肌には、複数種類の傷が目立つ。擦り傷、切り傷、ミミズ腫れ。狩りで受けたものもあるだろうが、その割には傷の箇所が分散しすぎている。明らかに人為的なものだ。……罵られたって、物理的にもか。

 焼いた食材を手掴みで貪りながら、クレアは淡々と語る。今まで平然としていたから気にならなかったが、子どもが最初から順調にサバイバルできるはずがない。食わねば死ぬ、そんな過酷な環境で独りで生きてきたんだ。

 

 だから、ガルザの発言にやたら噛みついた。他の人間に助けを求めようとした姿にムカついたから。

 もちろん、ガルザが悪いわけではない。クレアが過敏すぎるんだ。

 

「私はずっと独りで生きてきた。これまでも、そしてこれからも変わらない。誰の力も借りないで生きていく」

「どこ行くんだよ」

「お腹も満たしたし十分休んだ。もうここにいる理由はないでしょ?私は自分の家に戻る。キミはガルザくんだっけ?あの子と帰ったらいい。いつあのモンスターが帰ってくるとも限らないしね」

「おい、クレア!」

 

 ボウガンを背負い、クレアは背を向けた。

 好きに言うだけ言って、勝手に去る気かよ。余計なお世話と分かっていながらも、俺はクレアを追いかける。

 

「何?まだ何か?」

「あんな話聞かされたのにこのまま行かせるなんて、そんな後味の悪いこと出来るかよ」

 

 クレアは目を丸くした。

 

 確かにこのままベースキャンプに戻って、ガルザと一緒に帰れば全て丸く収まる。クレアも俺も元通りの生活に戻るだけだ。

 でも、それはなぜか心の隅に引っ掛かるものがあって。コイツを放って置けない気がした。俺のエゴでしかないのは分かってる。でもここまで一緒に過ごして、はいそうですかって引き下がれるか。

 

「……見立て通り、キミは他の人とは違うね。見ず知らずの人を打算無しに助けて、こんな私にも構ってくれる。変な人」

「別に俺が特別なんじゃねぇよ。お前だって、さっき俺を助けてくれただろ。同じだ」

「ううん。思ってても行動に移せる人はいない。もっと早くにキミみたいな人と出会ってたら、私も違ったかもしれないね」

 

 そう言うと、クレアはボウガンを俺に向けた。

 

「これ以上キミといると、色々と決心が鈍りそうだから。ごめんなさい、もう私のことは忘れて」

 

 もう近寄るなという圧。薄らと、どこか儚げに笑みを浮かべながらクレアはそう口にする。

 流石に、こうされては抵抗しようがなかった。俺はクレアから距離を取るように後退る。

 

 雨音と、焚き火の音だけが響く遺跡内。ヒリつく空気を破ったのは、俺でもクレアでもない第三者だった。俺のすぐ背後で、ズシンと何かが降り立つ音がした。

 

「な……!?さっきの……!」

「マズい……!」

 

 そこにいたのは、さっきの紅いアオアシラ。どうやら、脇の獣道からここまで来たらしい。なんてしつこい野郎だ。

 

「って、待て待て待て待て!」

 

 奴は、俺を見つけると間髪入れずに襲いかかってきやがった。何とか一撃は避けられたが、今の俺は丸腰状態。いつもとは比にならない緊張感が身体を巡る。

 ヤバい。防具もつけてない状態で抗戦とか言ってられん。攻撃喰らえば問答無用で死ぬ。

 

「こっちを向きなさい……!」

 

 クレアもこの状況を鑑みてすぐさま援護射撃してくれた。電撃弾の乱射で何とか気を惹こうとする。

 だが、そんなものは知らんと言わんばかりにアカアシラの視線は俺だ。この図体で賢いのか、誰を優先して仕留めるか分かってやがる。

 

 アカアシラが両腕を振り上げた。ベアハッグの前動作。これは何とか外せる。でも、避けたところでどうする?掠めたら終わりの状況で、延々と逃げ回れるもんなのか?

 クレアの銃撃にも全く怯まない。対抗手段がない。詰みってこういうことをいうんだなと、いやに俺は冷静だった。

 

「そういえば……!」

 

 だからこそ、思い出せたのかもしれない。

 ポケットに手を突っ込み、さっきもらった切り札を取り出す。

 サンキュー、ガルザ。使わせてもらうぜ。

 

「クレア、目ぇ瞑ってろ!」

 

 ガルザから去り際にもらった閃光玉。俺がそれを投げつけると、アカアシラの眼前で眩く発光。

 目を抑えてもなお貫通しそうな強い光は、アカアシラの目を焼いた。

 

「これ、は……?」

「奴は今目が見えない!早く逃げるぞ!」

 

 説明する暇が惜しい。俺は防具を抱えると、クレアを連れて洞窟の外へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

「ち、これじゃ乾かした意味がねーや」

 

 洞窟を抜けてエリア5。ベースキャンプ真上の崖を登った先にあるところまで逃げてきた。雨は未だ止んでおらず、また防具やインナーをぐっしょりと濡らす。髪もぐしゃぐしゃだ。

 

「とりあえず、これで一安心と」

 

 防具を着込み、万が一奴が来ても抗う準備はできた。本当は来なけりゃいいんだが。

 一方のクレアはというと、呆然として一言も発さなかった。それでも先ほどからしきりに髪を気にしているのは、また雨で髪型が崩れないかだろうか。俺は気にしないってのに。

 

「……またキミに助けられた。あの目眩しがなかったら、どうなっていたか」

「感謝ならガルザにするんだな。あれは、アイツから譲り受けたアイテムだ」

「助け助けられ……ね。私だけ何もしていない。全然アイツに攻撃効かない。一人じゃ倒せない」

 

 奴は、クレアがどれだけ弾を撃ち込んでも怯むことはなかった。雷属性が通らないのか、よほど外殻が堅いのか、その両方か。

 いずれにせよ、単騎では太刀打ち不可能だ。それを痛感したらしい。

 

 クレアの髪の毛がいつも以上に垂れ下がり、顔の半分ほどを隠す。雨粒が滴り、悲壮感をより演出させた。

 

「アイツに出会ったのは、隠れ家から出てすぐだった。全然歯が立たないと分かって、何とか命からがら逃げ出した」

「そか。だから、帰って来れなかったんだな」

「偉そうなこと言っておきながら、結局一人じゃ何も出来ないのは私の方。キミがいなかったら、とっくに死んでる。それなのに虚勢吐いて、本当に惨めな生き物だね私」

 

 ヒクヒクと、クレアは自嘲気味に頬を引き攣らせる。薄ら寒い笑みは、クレアの全てが崩れかけていることを暗に示していた。今まで一人で生きてきたという自負が、粉々になっている。

 

 今まで通り、この先も自分一人の力で生き抜けると思っていた。

 いや、薄々は一人の力じゃ限界があることぐらい、本当は感じていたのかもしれない。それを力という最もわかりやすい形でアカアシラは突きつけてきた。

 

 あのアオアシラ、間違いなく何らかの特殊個体であり上位相当。クレアの下位武器で歯が立たないのは当然なんだ。

 でも、それを伝えたところでコイツは納得しないだろうし、武器の強化が望めないこんな場所ではどうしようもない。

 

 人に頼らないのは楽だ。何事も自分で完結するなら、その方がいい。だが現実はそう甘くなくて、ありきたりな言葉だが人は一人じゃ生きていけない。

 コイツは人に頼ることを知らない。やたら悲観的なのは、さっき聞いた生い立ちが強く影響してるんだろう。そこまで知ってしまうと、なおさら俺はコイツを放って置けない。面倒な性格だから。

 

「皆そうだ。お前がさっき言った通り、人間は不完全な生き物なんだよ。自惚れんな。俺もお前も、一人では生きていけない」

 

 洞窟の中から、アカアシラが姿を現す。コイツを退けなければ密林に平和は訪れない。クレアの隠れ家にだって、影響を及ぼす可能性は高い。

 相手するしかない。だがコイツを討伐するのは、今のクレア一人では不可能だ。

 

「俺はここからベースキャンプに帰って、ガルザと帰る選択肢も取れるが……どうする?あんな化け物がいたら、心配でおちおち眠れねぇだろ」

「協力してくれるって、そう言いたいの?」

「そうだ。どうせ戦うつもりだろ?命を救われた恩返しもしてねぇしな」

「……バレてたんだ」

 

 ぶっちゃけ、密林にアカアシラが居座ろうが俺には一切関係のない話だ。だが、俺はクレアと戦う決心がついていた。

 理由なんてない。伸ばされた手は掴み取る。それだけは曲げられない信条だから。

 

「……じゃあ、私の命を半分キミに託す。だから、キミの命を半分私に預けさせて。戦おう、一緒に」

「ハハッ、可愛くねぇヤツ」

 

 見かけによらず、気の強い野郎め。助けての一言でもあれば、ちっとは可愛くなるだろうに。

 だが、コイツは強い。心が折れかけてたのに、一人であっさり立ち直りやがった。俺も安心して背中を任せられる。

 

 あの化け物を相手するのに、不思議と絶望感はない。どこかいけそうな気がするのは、決して慢心ではないだろう。

 さて。帰る前にもう一踏ん張りといきますか。

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