アイム ア ヒーロー   作:ぜおん

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クリムゾン•コメット

 本当に一瞬の出来事だった。

 アカアシラ攻略の糸口が見つかり、討伐できるかもしれないという僅かな希望もあった。それが、一瞬にして思わぬ形で打ち砕かれたんだ。

 

「なんだコイツ……」

 

 突如乱入してきた謎のモンスターは、異形な翼脚を折り畳んでこの場に佇む。

 見たことのない造形に、奴の放つ異様な雰囲気。それは肌で何となくわかる曖昧なもので、言うなればハンターの勘ってヤツ。でもこういうのは得てして当たるんだ。

 

 コイツはヤバい。

 アカアシラもとんでもない雰囲気があったが、まだ抗えていた。だが、そんな比じゃねぇ。コイツは相手したらダメな部類だ。

 

「クレア、麻痺弾はまだ残―――」

 

 逃げる前に奴の動きを止めておきたい。そうなればクレアの援護は必要不可欠。そう思って振り返ると、思いもよらない光景がそこにあった。

 

「……クレア?」

「ごめん、なさい……。震えが、震えが止まらないの……」

 

 大胆不敵、恐れ知らずのクレアがまるで別人のようだった。髪色と同化したかと思うほど顔面は蒼白で、目に見えてわかるほど震えている。

 目は朧げ、喘息を患ったように息が荒い。それでも戦う意志を見せてリロードしようとするが、手元もグズグズで弾を溢す始末。狩場に立っていい精神状態じゃない。

 

 このままでは命に関わる。落ち着かせないといけない。だが、そんな余裕をあのモンスターが与えてくれるわけがなく。

 かの襲撃者(仮名)は翼脚を変形。赤いエネルギーのようなものが、翼の先端に集まっていく。

 

「くそッ!」

 

 クレアを抱きかかえて跳ぶ。

 瞬間、襲撃者の翼から何かが放たれた。赤黒い稲妻のような、高密度のエネルギー弾。龍属性ってやつか?イビルジョーとか、古龍種が使うっていう。実物で見るのは初めてだ。

 

 エネルギー弾は様々な軌道を描き、地面に着弾して爆ぜる。被弾しなかったのは奇跡だった。

 しかし、襲撃者は攻撃の手を緩めない。容赦なく距離を詰め、いつの間にか畳んでいた翼を槍のように突き立てる。

 

「勘弁しろよ全く!」

 

 ローリングで回避する。突き刺すようにして叩きつけた一撃は、地面を陥没させる威力。その威力に驚く暇もなく、奴はもう一つの翼を振りかざす。

 

 しかし、翼を振り下ろそうとした瞬間に襲撃者の巨体が揺らいだ。いつの間に目覚めたのか、アカアシラだった。安眠を妨害した怒りか縄張り意識なのか知らないが、奴に食ってかかる。

 ハンターvsモンスターvsモンスター。三つ巴のカオスな状況に付き合うつもりはない。アカアシラが襲撃者に襲いかかる間に、俺はクレアの手を引いてその場を離脱する。

 

「……大丈夫か?意識保ててるか?」

 

 俺に引かれるだけのクレアは力ない。

 まだカタカタと震えている。

 

「私、アイツ知ってる。絶対戦っちゃ、ダメ……」

 

 まるでうわ言のよう。

 過去何があったのか分からないが、トラウマがあるのは間違いない。が、気にするのは後だ。まったく、どうなってんだよ今日の密林は。

 

 ベースキャンプとこのエリアを繋ぐ横穴。そこならモンスターは入ってこれないから、とにかくそこまで。何とか肩を貸し、ゆっくりと歩を進める。

 

「もうちょいだ。頑張―――」

 

 俺の言葉を遮ったのは、何かが壁に激突した音。

 アカアシラの巨体が、岩壁に痛々しく叩きつけられていた。おそるおそる振り返ると、そこには余裕の様相で佇む襲撃者。アカアシラに対して、格の違いを見せつけていた。

 

 ……この化け物め。

 

 いくらアカアシラでも力の差を見せつけられては戦意を喪失したらしい。奴が背を向けて立ち去るのを、襲撃者は追うことをしなかった。強者の余裕なのか、勝利の余韻に浸っている最中なのか。

 どちらにせよ、俺たちからしたら最悪の状況になってしまった。アカアシラがいない今、次に狙われるのは俺たちだ。

 

 クレアは精神がボロボロで動けない。アカアシラがいなくなり、次のターゲットは俺たち。いよいよ以てヤバい。

 

 無理じゃね?このまま死ぬ?クレアを助けられないで生き恥を晒すのか?『また』みっともない思いをしたいのか?

 ……いや、そんなのは勘弁。クレアはダメでも俺はまだ動ける。足掻けるだけ足掻いて、無理だったらその時はその時。

 

「クレア、安全なところへ」

「……何を、する気?」

 

 律儀に答えている暇などない。

 襲撃者が、あの赤いエネルギーを放射しながらホバリングしている。リオレウスみたいに翼で羽ばたいてるんじゃなくて、空中で静止してる感じ。

 嫌な予感。キィィンと甲高い音で鳴くと、奴はいきなり動いた。赤いエネルギーを噴出させながら、地面に突き刺す勢いで突っ込んでくる。

 

「はっや……!」

 

 クレアを押し退けて逃がし、俺自身はローリングしながら前へ。頭から突っ込んで体勢を低くし、襲撃者の下を潜り抜ける。

 

 地面に翼脚が突き刺さって少しのタイムラグ。その間に尻尾を斬りつけて、襲撃者の意識を俺へ。思惑通り、奴はこちらを振り向いた。

 その動きに合わせて、俺は翔蟲を上に飛ばす。

 

「っらあああぁぁっ!」

 

 翔蟲が引っ張る勢いを利用して跳躍。構えた盾で下から殴り、振り向いたところの奴の顎を撥ね上げてやった。昇竜撃大成功。

 襲撃者は一瞬だがバランスを崩した。俺はその隙を逃さずに頭にしがみつく。顔に覆いかぶさって体を確保し、それと同時に奴の視界を塞いだ。

 

 前が見えなくて流石に焦ったのか、襲撃者は見境なく暴れ始める。なんとか俺を振り落とそうと、必死に頭を振って体を揺する。

 不格好でもなんでもいい。少しでもクレアが避難するまでの時間を稼げれば。

 

 頭にしがみついたまま、激しく揺られる。あまりにもグワングワン揺れるもんで、口から何か出てきそうだ。徐々に暴れ方がメチャクチャになり始め、岩壁に体を打ちつけてまで俺を引き剥がそうとしている。

 

「ちぃ……流石に無理があるか」

 

 乗りは無理か。

 まぁいい。だが、問題は次。襲撃者の頭から飛び退き、地上に着地したところにまた翼脚が襲いかかってくる。

 翼脚を縦方向に突き刺した箇所から、地面で赤いエネルギーが爆発。それを盾で抑えると、その隙を狙って奴はさらに突き刺しを狙ってきた。全く反応できなかったが、運良く盾を掠めただけで済んだ。

 

「くそ、ジリ貧すぎる……」

 

 辛くも凌いでるだけで、追い返すとかそんな次元じゃない。盾で防ぐんじゃダメだ。全部避け切るぐらいの気概がないと。

 まだ足掻ける。俺は、まだやるべきことをやり切っていない。決めたろ、足掻けるだけ足掻くって。

 

 フーッと大きく息を吐く。こんな化け物の相手、盾でチマチマ防ぎながらじゃ埒が明かないし、いつか根負けするのが目に見えてる。

 攻めるしかない。今から俺が取る行動は、安定とはかけ離れたものだ。正直怖い。だが、乗り越えなきゃいけない。

 

 覚悟を決めた。

 盾のベルトを外して放り捨て、腰に下げたもう一つの剣を空いた手に取る。両手に剣を持つ、超々攻撃的スタイル。

 

「おらああああああ!!!」

 

 半ばヤケクソかもしんねぇ。でも俺は果敢に前に出た。この得体の知れないバケモンに対して、打って変わって迷いなき前進。

 無謀な特攻?いいや違うね、これが双剣のあるべきスタイルだ。迎え打つ襲撃者は、翼脚を前方に伸ばしてくる。

 

 突っ込むのが少しでも遅れてたら、串刺しだっただろう。前転して襲撃者の懐に潜り込むと、俺は素早く背後に回る。

 考えるよりも先に動け。翼脚の届かない範囲までくると、俺は尻尾の棘を起点にして奴の背中まで駆け上がる。

 

「ラセンザン!!」

 

 強く踏み込み、跳躍すると同時に翔蟲を前方に展開。彼に引かれながらきりもみ回転し、翼脚部分を両の刃で抉るように斬る。

 ヤツの力の源であろう赤いエネルギー。それが溢れている部位。だからこそなのか、肉質はかなり柔らかい。ねじ込むように剣で押すと、面白いように刃は通った。

 

 勢いで背中に乗ったが、この後のことなんて何も考えていない。とにかく攻め続けろ。乗りダウンさえとって、追い払えれば―――

 

「うごあっ!?」

 

 甘くなかった。あっさり振り払われる。

 何もできずに地面に墜落。結構な高さから落ちた。受け身を取ることもできず、全身に鈍い痛みが走る。

 

 痛いのもそうだが、それ以上に身体中から力が抜けていく感じ。ダメージ食らって、今まで忘れてた疲労が負債みたいに押し寄せてくるような。アカアシラと戦ってた時に、クレアから体力を心配されたのを思い出した。

 

 やべ。もう体動かん。

 体の異変にようやく気づいても遅い。襲撃者が四つ足で駆け寄ってくる。それに対して、俺の体はもう動かない。目と鼻の先まで来られた。もう間に合わんない。

 

 

 

 まぁ、最低限のことはやったかぁ。アイツが逃げるだけの時間は稼いだし上出来だろ。

 ―――強く生きろよ、野生ガンナー。

 

「まだ、終わってない……!」

 

 タァン、という小気味良い銃声が雨音を貫く。弾が当たった箇所から電撃が奔り、襲撃者の顎が撥ね上がった。さっきまで怯んでどうしようもなかったクレアが、顔を真っ青にしながらもなおボウガンを構えて奴に立ちはだかっていた。

 あられのように降り注ぐ電撃弾。属性が多少効くのか、襲撃者は嫌がって前進する足を緩めた。

 

「早く立って!」

 

 俺の体に回復弾が撃ち込まれる。少しだけ力が戻った。奴の動きが鈍った隙に、俺はなんとか立ち上がる。

 さっきまで心は諦めてたのに、体は正直だ。ひたすらに生存本能が突き動かす。それもこれも、クレアが来てくれたおかげだ。そうだよな、俺が命を粗末にしちゃ説得力ねぇわな。

 

 襲撃者を背に全力で走る。だが、思うように足が進まない。チラリと後ろを見る。奴は翼脚を展開して、エネルギー弾を放つ構えをとっていた。

 ヤバい。まだ射程圏内だ。

 

「ヴォルグくん!!」

 

 エネルギー弾から守るようにして、クレアが俺を突き飛ばした。それでも奴との距離が近かったせいで、俺たちは爆風の余波を受ける。

 

「つ、あ……」

 

 直撃は避けられたが、それでも痛いことに代わりない。爆風で皮膚が焼けたのか、雨に打たれてヒリついてしゃーない。

 庇われた俺がこうってことは。

 

「ったた……」

「クレア!」

「だい、じょうぶ。少し焼けちゃっただけ……」

 

 苦しいだろうに、クレアは顔を歪ませながらも口角を上げる。爆発をモロに受けたせいか、雪のように白くか細い腕は火傷で爛れていた。

 ……何やってんだ俺は。結局助けられてんじゃねーか。怖かっただろう、こんな震えてんのに。

 

「ほら、言ったでしょ。キミには、死んでほしくないから……。だから、勇気を出せたの」

 

 痛みと震えで覚束ないながらも、クレアの手は依然としてボウガンを離さない。体を起こし、ゆっくりと銃口を奴に向ける。

 

「確か、あの辺り。一発撃ち込めたら……」

 

 荒い息、今にも消え入りそうな声色のくせにクレアの目は死んでいない。銃口は、襲撃者の足元に向いている。だが、震えで狙いが定まっていない。

 あそこに仕掛けたのは確か……。確認は不要。コイツを信じて託す。

 

 俺は、クレアの手にそっと自分の手を重ねた。二人で一つのボウガンを持つ形で、俺はクレアの体を支える。

 

『……シュート』

 

 声を合わせて、一発の弾丸が放たれた。

 狙いは襲撃者本体ではなく地面。そこに撃ち込んだ答え合わせは、着弾した直後だった。

 

 足元で起こる爆発、その数は十を優に超えた。威力も高いのか、襲撃者が初めてよろめく。

 奴が来る直前に仕掛けた起爆竜弾だ。あれだけの爆発、倒すとはいかずとも撤退してくれればと思ったのだが。

 

「クソ……。少しは効いた素振りのひとつでもしろっつーの……」

 

 ダメージは与えられたが決して大きくはない。少し鱗が焼けたぐらいで、とても逃げ帰るような傷ではない。クレアの切り札を以てしても、全く歯が立たないのかよ……。

 クレアはボウガンを手にすることもできずに事切れている。戦えるわけない。でも、なんとかしてコイツを守らねぇと。

 こうなりゃもう一回特攻して……。

 

「やっと見つけたと思ったら、まーた無茶してるんだから」

 

 剣を握ろうとした俺の眼前を横切った黒い影。それは、猟虫と呼ばれる特殊な虫だ。乱入してきた猟虫は高い機動力で襲撃者を撹乱し、標的を俺から自分に向けさせる。

 猟虫は単体では成り立たない。必ず使役する人間がいる。この高いレベルで猟虫を扱える、上質な操虫棍使い。俺はただ一人知っている。

 

「てえええええええい!!」

 

 片手に長大な棍を持ったソイツは、俊敏な動きで棒を支えに跳躍して天を舞う。金髪のサイドテールを揺らし、そのまま襲撃者の背中に飛び乗った。

 飛行船で以来別れたままだった。少しアホだけど頼もしい後輩。

 

「シアン!」

「ちぃっす。元気そーじゃん、センパイ。でも、ちょっち痩せた?」

 

 シアン•フルーリ。俺がここに迷い込む前、飛行船から墜落する前に一緒にいた仲間だ。俺と同じ上位の、ハイレベルな操虫棍使い。

 

「ちょっと待っててよ!コイツ鎮めるから!」

 

 軽やかに言いながらシアンは剥ぎ取りナイフを襲撃者の背中に突き立てる。それを嫌がり当然奴は暴れ回るが、簡単には振り落とされない。

 突き立てたナイフを支えに踏ん張り、翔蟲の放つ糸で奴の腕を器用に縛って動きを制限し、猟虫に指示して攻撃を加えながら。あの手この手で襲撃者を翻弄し、必死にしがみつく。

 

「でも、どうして……」

「たまたまベースキャンプで出会ったんすよ」

 

 どうしてこの騒ぎが分かったのか。何故ここにいるのか。その疑問を遮る、もうひとつの若々しい声があった。

 

「ヴォルグさんと別れて、どうしようかって時に出会って。ギルドに派遣されたみたいだったんで事情を話したら、すぐに動いてくれたっす」

「ガルザ……!」

 

 一緒に来ていたのは、アカアシラと出会った時に逃がしたガルザだった。彼の差し出してくれた回復薬を手に取り、一気に飲み干す。体力の回復と同時に、俺の頭もようやく落ち着いてきた。

 そうか。全て繋がってたんだ……。

 

「どうっすか。俺も結構イケるっすよね」

 

 へへんと、少し調子に乗った感じで俺を見る。俺を置いて一人だけ逃げた悔しさ、仲間が一人残らず殺された絶望。それらを乗り越えて、こうして危険な狩場に戻ってきてくれた。そのおかげで、俺はこうして助かっている。

 自信持てよ。紛れもないヒーローじゃねえか。

 

「ああ、最高の救世主だ」

 

 襲撃者が岩壁に叩きつけられ、シアンが奴の背中から離脱する。流石は操虫棍使い、あっさり乗りを成功させた。

 襲撃者はすぐに起き上がり、こちらを憎々しい様相で睨みつける。まだ痛い目見せないとダメか。下位ハンターのガルザにクレアを任せて下げ、俺とシアンが前に出る。

 

 だが、再び戦闘のラウンドが始まることはなかった。今までのダメージが蓄積されたのか敵が増えて戦うのが面倒になったのか。襲撃者は開いていた翼を畳み、赤いエネルギーを後ろ向きに放出。そのまま爆速で飛翔していった。

 離脱した……ってことでいいんだよな?

 

「あっ!ちょっと、お楽しみはこれからだってのにぃ!」

 

 シアンの奴、呑気なことを言いやがって。奴の力量を知らないのか自信があるのか、バカなのか。こっちは死を覚悟したというのに……まぁ、助けてもらったからいいけどさ。

 

 なんかドッと疲れた。俺はその場に座り込む。

 曇天が広がる空に、奴の放出した赤いエネルギーが尾を引く。まるで箒星のよう。また降ってくんじゃねぇかと気が気じゃなくて、俺はしばらく空を茫然と眺めていた。

 ようやく終わったんだ。長いようで短かった奇妙な密林生活は、こうして幕を下ろしたのである。

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