「明日から、新学期ですね」
冬休み最後の日。
この日、真昼は夕方から周の家に来ていた。
お昼過ぎまで、お互い明日の準備のため、として出かけていてたからだ。
結局冬休みで、二人が会わなかった日は一回もなかった。
日によっては昼も夜も食事を一緒にしていたほどで、つまりその間の時間も周の家でのんびり過ごしていた、ということになる。
もはや、お互いが周の家にいるのが当たり前になっている感覚すらある。
それだけに、明日からは以前の日常に戻るのか、というのは、一抹の寂しさがあった。
「ああ。なんか……色々あった冬休み、という気がする。帰省しなかったんだから、のんびり楽だと思ってたんだが」
確かにその通りだ。
冬休み開始早々に樹と千歳に、真昼が周の家の隣人であることが発覚。
正月最初には、うっかり真昼が周の家にお泊りをしてしまった――あれをお泊りというのかはともかく。
さらに、周の両親との出会い。
もっとも、それらは全部よかったことだと、真昼は思っている。
「色々ありましたけど、でも、楽しかったですよ」
嘘ではない。
特に、周の家族との交流は、家族で過ごした経験のない真昼にとっては、とても得難く、楽しい経験だった。
また、その時に知った周の格好も、ある意味衝撃的だった。
目鼻立ちが整っているのは分かっていたが、おしゃれをしたらあそこまで化けるとは思わなかったのだ。
「まあ、真昼に負担になってなければいいよ。特に母さん、ホントに真昼気に入ったみたいだから……迷惑だったら、言ってくれよ。まあ、俺ではストッパーにならないかもだけど、父さんなら何とかなると思うから」
「はい、大丈夫です」
実際、周の両親は見ていて――羨ましかった。
どうしても自分の両親のことを考えてしまう。
まあ、あれは世間一般で見ても相当に仲が良い部類なのはわかるが、その二人に受け入れられている事実は真昼にとっても嬉しいのだ。
将来的に周とどうこうなる、という未来を想像――はほとんどできないが、あの両親は周の選択した女性であれば、誰であろうと実の娘のように迎えてくれるだろう。
そこまで想像したところで、少しだけ胸がもやもやした。
(……まさか、ですね)
確かに周は好人物、と言えるだろう。
客観的に見て、一生涯のパートナーとしておそらく理想的なのではないかと思う。
第一印象《見た目や口の悪さ》はあまりよくないことの方が多いだろうが、実際に付き合ってみると、その印象は変わる。
細やかな気遣いも出来るし、常識的だし、女性に対してはとても紳士的で優しい。
真昼自身、周でなければここまで親しくはならなかっただろう、というのは確信できる。
(いつか、彼の良さに気付く女性が現れるんでしょうね)
誤解されがちで、なぜか自己評価が非常に低い周だが、それでもこの二カ月あまりの付き合いで、彼の良さは他者に壁を作っていたはずの真昼にも伝わった。
そのうち、彼の良さに気付き、彼の心をつかむ女性が現れる。
その時、周はきっとその女性をとても大切にするだろう。
そうなれば――自分はお払い箱になるのだろうか。
なんとなくその想像は嫌だった。
自分で『それはない』などといつも言っておきながら、それはとても我侭な思いだ。
(……自分勝手過ぎますね)
周とそのような関係になるというのはない、と自分でも断言してしまっている。
ただ一方で、周の一番近く、という今の場所を失うことは嫌だと感じていた。
ただの隣人では、満足できなくなっている。
そこは本来、可愛げのない自分などではなく、もっと可愛らしい、彼を慕う女性がいるべき場所だというのに。
「……って、何を考えているんですか、私」
「真昼?」
「ふえ?!」
目の前に周の顔があった。
いつものように前髪に隠された顔の、その奥にある瞳は、今は真昼だけを映している。
「あ、いえ、ちょっと考え事をしてた、だけです」
まっすぐに見つめられたのが気恥ずかしくて、思わず視線を逸らす。
「そうか。体調が悪いってことはなさそうだけど、無理はするなよ。今日は早めに寝た方がいいし」
「わかってます。夕食の準備ももう終わりますし」
「終わりって……ああ、鍋?」
切られた食材が盛られた大皿と、横に置いてあるきれいな霜降りの薄切り肉を見て、今日のメニューを察したらしい。
「近いですね。寒いですしお鍋……と思ったのですが、いいお肉があったので、すき焼きです。ちょっとだけ奮発しました」
「それは……テンション上がるな」
「やっぱり好きですか、すき焼き」
「ああ、卵をつけて食べるのがたまらないからな」
周が笑う。
その笑顔が嬉しい。
「割り下は?」
「当然作りました。だしにこだわってみました」
「それは楽しみだ」
そういうと、周はキッチンに置いてあったカセットコンロを持っていく。
普段はダイニングテーブルで食べるが、中央に鍋を置くと狭いため、今回はリビングテーブルで食べる。
鍋に割り下を注ぎ、コンロのスイッチを入れる。
煮立ってくる前に、ネギ、白菜、白滝、シイタケ、焼き豆腐を入れる。
野菜が入ったので一度温度が下がるが、やがてぐつぐつと煮立って、香ばしい匂いがリビングを満たしていく。
さらにそこに肉を投入すると、あっという間に色が変わる。
「もういいですよ、周くん」
「おぅ。じゃあ――」
いただきます、という声が唱和する。
目の前で美味しそうに肉を頬張る周を見て、真昼はまだしばらくこの関係が続けば、と思っていた。
内容はほとんどないお話。
真昼が明確に周への好意を自覚したのって、多分バレンタイン前後からだと思うので、この時点ではまだまだです。