「椎名さんが他校の誰かに片思いってホントなのかな」
教室の雑踏の中、そんな会話を耳が捉えたのは、昼休みが終わる間際。
あの周が化けた――と言っていいと思う――姿と一緒に歩いているのを目撃されたのが今月の頭と、学校が始まってすぐの二回。
完全に否定してもう半月以上経つのに、まだ噂されるのだからいい加減辟易する。
どちらも、周だと気付かれていないのが幸いだが、さすがにいい加減、沈静化してほしい。
何より――このままそんな噂が燻り続けると、周にまで迷惑がかかるかも知れない。
それが一番、真昼にとっては嫌だった。
少なくとも現状、真昼と周の関係を知る者は、本当にごくわずかしかいない。
学校で知るのは樹、千歳だけだ。
だが、もしこの噂がいつまでも残り続けると、相手が誰なのか、というのをより直接的に探ろうとする人が出てくる恐れがある。
最悪、ストーカーよろしく付け回す人がいないとも限らず、周と同じマンションに住んでいることが発覚するかもしれない。
そうなれば、正体不明の男性が周であることが露見する可能性が高くなる。
しかしそれは真昼も、そして何より周自身が絶対に望まない展開だ。
(完全に鎮静化しないと、ですね……)
そこまでいかなくても、周との関係がぎくしゃくする恐れはある。
真昼にとしては、そんな事態になるのも何としても回避したい。
「失礼いたします、お二方」
突然話しかけられたクラスメイトは、噂の対象の本人が現れたので、ぎょっとしたように硬直した。
教室はずいぶん騒がしかったから、聞こえてないと思っていたのだろう。
少し悪い、とは思いつつ、しかしここで甘い態度を見せていては、事態を収拾できない。
真昼は、ゆっくりと――天使様と呼ばれるその『ガワ』を、本当に全開にして微笑む。
多分目は笑ってないだろうが、それは気にしない。
「あ、あの、椎名さん?」
「先ほど私についての話が聞こえましたけど……私、何度も否定していますよね? ただの知人ですって」
語気を強める。
実際、真昼は怒っていた。
「そのような話をされてしまうと、私にもその方にもとても迷惑になるのはお分かりいただけると思います。何度も言うように、ただの知人ですから、これ以上不確かな話を広めないでいただけますか?」
周りが少しざわついている。
自分でもらしくないことをしてる気はするが、ここは天使様がとても不快に思っている、と感じてもらうのが一番だろう。
「あ、ご、ごめんなさい。そうよね、ただの知人だって言ってたものね」
だいぶ怖がらせたような気がするが、このくらい強く言っておけば、さすがにもうこれ以上話題にしようとはすまい。
ここまでしたくはなかったのだが、仕方がない。
周に迷惑をかけないためには、必要なことだ。
「わかっていただければいいんです」
にこ、といつもの天使のような、と云われる――外向けの――笑みを浮かべて、真昼は自分の席に戻ろうとして――廊下に、千歳の姿を見つけた。
少し驚いたような表情を浮かべていたが、千歳は何も言わずに自分の教室に戻っていく。
多分、彼女は真実に気付いているだろうが、秘密にはしてくれるだろう。
ふぅ、とため息をつく。
慣れないことをしたからか、少しだけ疲れた気がする。
同じように噂する人が他にもいるかもしれないが、今回のことが広まればそれも収まるに違いない。
少なくとも今は、周との関係を知られたくはない。
そうなってしまえば、おそらく彼との時間が失われる。
それが一番嫌だ。
それがどうして嫌なのか――真昼はもう、あまり疑問を持たなくなっていた。
噂について黙らせる真昼さんです。
原作では千歳が「有無を言わさない威圧感があった」と評したあれですね。
まあなんでそこまで徹底否定したのかな、という理由を考えると……こうなんだろうなぁ、という感じです。