左手首を彩る、周が手ずから着けてくれたブレスレットを外すのは、とても躊躇《ためら》われた。
とはいえこれからお風呂に入るのに、装飾品を着けたまま、というわけにはいかない。
後ろ髪をひかれる思いがしたが、金具を操作してブレスレットを外すと、もらった箱に丁寧にしまう。
「こういうセンスは本当にいいですね」
ぬいぐるみといい、キーケースといい、このブレスレットといい。
女性に対する贈り物のセンスの良さは、失礼ながら普段の彼からは想像できない。
もちろん、彼自身だけではなく、樹や千歳、あるいは店員などにも協力してはもらっているのだろうが、だとしても最終的に選ぶのは彼なわけで、やはりセンスがいい、と言っていいだろう。
客観的に見ても、藤宮周という人物は大半の女性から見て素敵な人だ、と思う。
女性への扱いが紳士的で優しく、かつ細やかな気遣いができるのはこの四カ月でよくわかっている。
普段隠れている素顔も、本来は女性がはっとするような整った顔立ちだ。
さらにこういうセンスまであるとなると、ある程度付き合いがあれば、たいていの女性は本当に彼のことを好きになるだろう。
あのような――自己評価曰く陰キャ――性格ではなく、もっと積極的にとは言わなくても普通に女性と接するような行動がとれれば、今までに女性と付き合うことはあったのでは、と思う。
(……そうじゃなくて、よかったです)
彼の周りに女性がいる光景は、真昼には面白くない――というよりもう受け入れがたい。
それが独占欲から来てるのは分かっていて、自分の浅ましさを自覚して陰鬱たる気分になるが、それでもそう思ってしまうくらいに彼のことが気になってるのは、もう否定できない。
幸いというか、彼の周りにいる女性といえば、家族を別にすれば千歳くらいであり、彼女は友人としての好意はともかく、恋愛感情を抱いているはずはない。
ただ、彼女も周の良さは知っている可能性が高い。
(今度話を聞いてみたくなってきますね)
連絡先を交換したのもあって、最近千歳とは放課後や休日に会うこともある。
周のことが話題に出ることがなくもないが、まだ彼女にも周のことが好きだということは知られてないはずだ。
そもそも、この気持ちを表に出すことはやはりまだ躊躇《ためら》われる。
そうしてしまうと、今の関係が壊れるかもしれないと思うと、踏み出す覚悟は未だにない。
(ほかの女性はどうしてああも積極的になれるのでしょうね)
ふと、今日、クラスの女子が他クラスの男子からホワイトデーでお菓子を送られていたのを思い出した。
確か門脇、という周と同じクラスの男子だ。
きゃあきゃあと騒いではいたが、あれは本当に形通りの『お返し』ではあるだろう。
ただそれでも、渡された女子たち――複数の時点で形通りだとわかろうものだが――はそれだけでもとても嬉しそうにしていた。
(周くんは、ちゃんと私のことを考えて、選んでくれましたよね)
もう一度、箱に収まったブレスレットを見る。
渡す時にわざわざ、外で真昼と接触せざるを得ない時――遅くなったらわざわざ迎えに来てくれる――にしかしない、前髪をちゃんと分けた髪型をして、いつものスウェットではなくきっちりした服を着て、これを渡してくれた。
本人が『ホワイトデーだし、正装というか』と言っていたから、少なくとも真昼を特別扱いしてくれたことは確かで、それが嬉しい。
(にしても……本当にあの格好は、ドキドキする、というか……)
真昼は自分が見た目で人を好きになることはない、と断言できる。
過去にも真昼に好意を示した――そして全部断ってきた――男性にも見目の整った人はいたが、それで好意を抱いたことはない。
周の場合は順番が逆だ。
好意を抱いた男性が、突然――本当に『化けた』というレベルで――かっこよくなってしまうと、とたんに胸が高鳴る。
迎えに来てくれる時は、最近はそうすると理解しているので不意打ちにならないが、それでも顔はできるだけ見ないようにしている。
周もパーカーなどで隠していることも多い。
だが、今日のは不意打ちだった。
自分ばかりドキドキさせられているのがずるい、と思ってしまうが、好きになった弱味、ということになるだろうか。
自分が客観的に見て男性に好まれやすい容姿をしている、というのは分かっているが、周に対してはそれがアドバンテージにならない。
そういう線引きをしてしまったのは他ならぬ自分自身だが、それが枷になってるのはまさに自縄自縛というべきか。
ただそれでも、今の関係が継続できるなら、真昼はそれで十分満足だった。
少なくとも、今は。
こうやって、イベントごとでちょっと互いを気遣って贈り物を贈って、のんびりと過ごす。
それだけでも、真昼は十分幸せだと思える。
(もうすぐ春休みですが――前と同じになりそうですね)
冬休みは結局毎日周と会っていた。今回も同じになりそうだ。
周が帰省する可能性もあるが、その場合は仕方ない。
そういえば、志保子が帰省する際には真昼も連れてくるように、と周に言い含めていたが、今回もし帰省するなら連れて行ってくれるのだろうか。
全く準備を――主に心の――していないので、少し戸惑う。
もし行くとなったら、周とずっと一緒にいられるのは嬉しい。
彼の地元に行くのであれば、他の生徒に知られる可能性はないので、普通にお出かけすることもできるだろう。
それは想像すると少し楽しい。
もう一度、ブレスレットを見る。
(あ、そうだ……)
その箱の中にある、小さな紙片のことを思い出し、真昼はリビングに移動した。
薬などを小分けにするためにある、小さなジッパー付の袋を一枚取り出す。
それに、紙片――『何でもいう事を聞く券』を入れると、そのままスマホケースのポケットに格納した。
ブレスレットはいつも付けているわけではないし、この箱に入れてしまっては、使いたいときに手元にない可能性がある。
スマホならいつでも持ち歩くから、使いたいときに手元にない、ということにはならないだろう。
そのままではなく袋に入れたのは、こすれて文字やあの可愛らしいクマの絵が滲んでしまわない様に、と思ったからだ。
(何に使いましょうかね)
実のところ、意外に使い道に困る。
周は大抵のことはお願いすればしてくれる気がするので、これを使ってまで、となると――
(頭を撫でてもらう、とか?)
なくてもやってくれそうだ。
(手を握ってもらう、とか?)
同上。
(髪を触らせてもらう、とか?)
悪くない気がするが、理由が難しい。
(ほっぺむにむにさせてもらう、とか?)
これはありかも知れないが……恥ずかしさが先に来そうだ。
(抱きしめてもら……)「それはありません!」
一人盛り上がってジタバタしていた。
「そ、そのうち何か思いつきますね、うん」
顔が火照っている。
その熱を振り払うようにぶんぶん、と頭を振ると、お風呂に入るべく準備を開始した。
実はすでにいつもより一時間以上遅くなっていた。