「ふっふっふ。じゃあこれから女子トークの時間だよね」
床に敷いた布団の上で、千歳が楽しそうにしていた。
昨日突然、樹が周の部屋に宿泊した。
理由はなにやら家庭の事情らしいが、どうやら過去にも何回か泊めたことはあったらしい。
あの汚部屋に泊まったのか、と思うとちょっとどうかと思うが。
そうしたところ、千歳が「いっくんだけずるいー」といって押しかけ――真昼の家に泊まることになったのが、今日。
食事は周の家で四人で食べて、ある程度雑談後、真昼と千歳は真昼の部屋へ。
そしてお互い風呂も終わり――あとは寝るだけ、となるのだが、千歳のテンション的にむしろこれから、というつもりなのだろう。
若干勢いに押されたのはあるが、真昼もこの家に他人を入れたのは初めてなので、少し期待してしまっているのは否定できない。
「女子トーク……って言っても、何を話すのでしょう?」
真昼はこういう経験は皆無だ。
友人との付き合いは、学校かあるいはせいぜい放課後にカフェなどで多少雑談することはあるが、話の内容は学校のことくらいだ。
他にはせいぜいたまにカラオケに行くことがあるくらいで、いずれも『天使様』としての振舞をしないことはなかった。
しかし千歳は、学校での真昼より今の真昼の方が好きだ、と断言してくれた。
彼女は気付いていないだろうが、真昼にとっては今までで初めての、素で付き合える同性の友人なのだ。
「そりゃあ、女子トークといえば
「こ、こいばな……」
無論単語は知っている。
そういう話題で女子同士が盛り上がるのも理解している。
だが、これまで真昼にそういう話題を振ってきた人間は当然だが一人もいなかった。
皆無ではないが『そんな方いません』で話は終わってしまう。
「と言っても……千歳さんは赤澤さんののろけをしたいので?」
あの二人が学校一のバカップル、とまで言われているのは、真昼の耳にも届いている。
実際そうでなければ、樹がいいと思っている女子はそれなりにいるらしい。
ただ、あそこまで明け透けに交際しているのを見れば、誰もそこに割り込もうとかは考えないだろう。
「ん~。それはまあ、いっくんのことを語ろうと思ったら、徹夜コースでも余裕だけど」
そこで千歳は、ゆっくりと……まるで獲物を狙う猫のような雰囲気で真昼を見やる。
「な、なんでしょう?」
「まひるんは、周のことをどう思ってるの?」
「どうって、その、友人としては好ましいと思ってます、よ?」
心の動揺をかろうじて押しとどめた。
誰か好きな人がいないのか、と言われたら平気なつもりだったが、具体的に周の名前が出ると、わずかに動揺してしまう。
それでも、そんな態度をできるだけ押しとどめて、平静を装った。
しかし、先の食事の時も同じようにからかってきたが、千歳はなおもしつこく食い下がる。
「え~。それだけぇ?」
「ですから、私と藤宮さんはそういうことはありませんから」
「むー」
千歳が残念そうに唇を尖らせた。
正直に言うなら、異性として好きかと言われれば、好きだ、というのはすでに自覚している。
ただ、恋愛関係と友人関係が共存するのかについては、色々な意見を見てみても結論の出ない、男女間の永遠のテーマの一つのようなもので。
周が真昼のことを友人だと思ってる、と確信している真昼にとっては、その関係を壊してまで恋愛関係になりたいと思っていないのは、事実だ。
「周はまひるんのこと好きなんじゃないかなぁと思うんだけど」
心臓が跳ね上がる。
もしそうなら――という思いがないといえば嘘だ。
ただ――
「いえ、それはないですよ。藤宮さんと私は、友人ではあっても、そういう関係ではないですから」
「むー。まあ、まひるんがそこまで言うならいいけど……周も苦労してる気がするなぁ」
「なんです?」
「いえいえ、なんでもないですよ?」
はぐらかされている、という気はしたが、あまりこの話題を続けると自爆する気がしたので、それ以上は追求しない。
すると、カシャ、というスマホの写真撮影時の音が響いた。
「ちょっと千歳さん」
「いや、まひるんがあまりに可愛いから。その、くまのぬいぐるみ抱えているとことか、特に」
「え?」
いつもの癖で、くまのぬいぐるみを抱きかかえていたらしい。
思わず羞恥で顔が赤くなる。
「あ、いえ、これはその」
「それ、周から送られたぬいぐるみだよね。大切にしているんだ」
「そ、それはまあ、せっかくいただいたものですし」
「いや、ほんとに可愛い。いっくんいなかったら、
なんか色々間違ってる気がする。
その間に、立て続けに写真が撮られてしまった。
「ちょ、ちょっと千歳さん、やめてください」
「ダメ? 別に他に流したりはしないよ? というか雑誌のモデルじゃないかってくらい可愛いと思うし」
「……絶対に他の人に見せないなら、まあいいです、が……」
目の前で見られてしまっているのだから、今更ではある。
「いや、ほんとに可愛いと思うよ。私ではこうはならないから……あ、そだ。周になら送ってもいい?」
「はいぃ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「周だって見てみたいと思ってると思うよ?」
「だ、だからってこんな、ゆるゆるの格好なんて」
「ほら、折角お隣同士でお泊り会同時にやってるんだしさ。そんなヤバイ画像じゃないでしょ?」
そういってざっとフォルダの中身を見せてくれるが、確かに着衣が乱れているといった画像はない。
「一枚だけ、ね?」
「でも……」
「周も可愛いまひるんを見てみたいと思ってると思うし」
「だからってこんな寝間着姿なんて」
「ほら、プレゼントのぬいぐるみを大事にしてるって証拠的にさ」
「……わかり、ました」
ほとんど押し切られた、としか思えない状態で承諾の言葉を呟けば、その一秒後には送信完了の音が千歳のスマホから響いた。
あまりの早業に『やっぱりやめてください』と言おうとしていたのが手遅れだと悟る。
その間に、千歳はさらにメッセージを送っているようだ。
ややあって、千歳が思いついたように顔を上げる。
「あ、そだ、まひるん。いっくんにアカウント教えてもいい?」
「……そうですね。構いませんよ」
千歳のはすでに聞いていたが、樹のはまだ登録されていなかった。
だが、周との関係を知る周の友人の連絡先は、いざという時に何かと助けになる気がするので、登録を拒否する理由はない。
「了解~。んじゃ、ちょっと待ってね~」
千歳がなにやらメッセージを送る。
ややあって、真昼のスマホに樹からの登録申請のメッセージが届いた。
一応千歳に本人で間違いないか確認してもらって、承認をタップする。
すると、ややあって、メッセージが届いた。
てっきり挨拶のメッセージだと思ったら、なにやら写真が添付されている。
なんだろう、と開いて……真昼は固まった。
映っていたのは、いつものスウェットを着る前の、シャツ一枚とジャージだけを着た周の姿。
風呂上りなのだろう。
まだ少し濡れていると思われる髪が額に貼りついていて、何とも言えない色気がある。
とても悪いものを見てしまったような気がして、真昼は思わず目を白黒させていた。
「どったの、まひるん?」
千歳の言葉に、慌ててスマホのアプリを閉じる。
「い、いえ、何でもないです」
どう考えても何でもない、という様子ではないとは自分でも思ったが、どうしようもない。
しかし千歳はなぜか、それ以上は追求してこなかった。
「そっかー。まあいいや。ところでまひるん、話変わるけど……」
千歳自身が話題を変更してくれて、助かった。
その後は新学期の期待や、春休みに遊ぶ計画などを話し、日替わり付近まで起きていたが、楽しかった。
眠る直前に、もらった写真をこっそりとフォルダの奥深くに押し込む。
樹がどういうつもりで送ってきたのかは分からないが、真昼はこれを消す気にはならなかった。
ただ。
後日、よく考えれば樹がどういう写真を送ったか、千歳が知らないはずはない、と気付く。
道理であの時、千歳が微笑ましい目で自分を見ていたと気付いたが、それを追求することは真昼にはできなかった。
春休み、千歳が強引に泊まった時のお話……ですが。
実は真昼の家に他人が入るのって、確実に初ですよね。
周の写真はアニメ版準拠です(笑)
なお、タイミング的にそろそろ例の事件(?)が起きますが、そのあたりはあまり書きません(ないとは言わない)
書こうとすると本編大量引用せざるを得ないし、十分(それ以降で)語られている気がしますので。