周より一足先に――歩く速度の違いからいつも真昼の方が早く家を出ているのだ――学校に到着した真昼は、期待と不安を胸に、もう生徒が集まっている掲示板へと移動した。
今日は新学期最初の日。
二年へ進級しての最初の日。
つまり、今年一年のクラスが発表される日でもある。
できれば、というか本音を言えば絶対に、周と同じクラスになりたい。
クラスが同じだからと言って、学校で『天使様』である真昼と周が普通に話すのは難しいだろう。
けれど、同じクラスであればチャンスはあるかもしれないし、少なくともいつも彼の姿を捉えることができる。
一学年は四クラス。
確率は二十五パーセント。
高いとは言えないが、かといってあり得ない、というほど低いとも言えない。
その期待を胸に真昼は掲示板の前に立って自分の名前を探し、すぐ周の名前を見つけた。
飛び上がって喜びを表すのをこらえたのは、『天使様』のガワのおかげだろう。
同じA組に、『椎名真昼』と『藤宮周』の名前が両方あったのだ。
これで一年間、同じクラスで過ごすことができる。
それは本当に嬉しい。
あとは誰が同じクラス――と思ってみて再度掲示板をみて、思わず目が丸くなった。
(赤澤さんと千歳さんまで同じクラスって……)
思わず、誰かに自分たちの関係が知られていて、配慮されたのか、とすら思った。
秘密を知る人間が全員同じクラスに固まるなど、さすがに想像していなかった。
四人全員が同じクラスになる可能性は、二パーセントもなかったはずなのに。
とはいえ、その偶然に真昼は心の底から感謝した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「美味しいでしょ、まひるん」
「はい。とっても美味しいです」
新学期最初の学校は、始業式と学活だけで早々に終わる。
真昼も属するA組は、他にも『王子様』と呼ばれる門脇もいて、『天使様と王子様が揃ってるクラス』などとクラスメイトが話していた。
真昼としては王子様はともかく、周と同じクラスのであることは本当に嬉しくて、時々周を盗み見ていたくらいである。
今日は十時過ぎには学校が終わってしまうので、あとは帰るだけだったのだが、千歳と一緒に駅前の彼女おすすめのクレープ屋に来ているのだ。
生クリームをたっぷり使ったイチゴのクレープは、職人芸ともいえる薄いクレープ生地に包まれ、上にアイスが乗っかっている。
まだ肌寒いこともある季節だが、今日は天気が良く、少し暑かったので、トッピングを増やしたのである。
二人が座っているのはクレープ屋の前にあるオープンテラスだ。
同じ学校の生徒が他にもいるかと思ったが、今日はいないらしい。
時間が昼前ということもあり、クレープより食事、という人が多いのだろう。
人はまばらだ。
「ところでまひるんに聞きたいことがあるんだけど」
お互いクレープを食べ終わって、セットのジュースに口を付けたところで、千歳が改まったように口を開いた。
「周と、なんかあった?」
危うく口に含んだジュースを噴き出すところだった。
かろうじてそれをこらえ、何とか飲み干す。
「な、なんでそんな。私と周くんは、別に何も」
「うん、あったよね、それ。っていうか、呼び方違うし」
あ、と口を抑えるが遅かった。
「ど、どうして……?」
「どうしてっていうか、今日、まひるん何度も周の方見てるし。まあ周が気付いた様子もないし、いつもとそんなに変わった様子はなかったけど、でもなんかあったのかな、と思って」
「私、そんな、態度に出てました……?」
「どうだろ。私は疑ってたから気付いた感じ。周は気付いてないんじゃないかぁ。いっくんは分からないけど。で、どうなの?」
ずい、と身を乗り出してくる千歳に対し後ずさりたくなるが……椅子の背もたれまでが限界だった。
「えと、その……」
「周と付き合うようになった、とか?」
「いえ、それは……ないです」
「じゃあ……周のことが好きだって、自覚したの?」
ボン、という音でもしたのではないかというほど、一瞬で真昼の顔が紅潮した。
もうそれだけで、すべてが雄弁に語られている。
千歳が思わず周囲を見渡し、真昼も頬を隠すように手で覆うが、幸い注目されていたりはしないようだ。
「え、えと……はい……そう、です……」
最後は消え入りそうなほど小さな声。
正面にいる千歳にしか聞こえないような声だが、それで十分千歳には伝わったようだ。
「そっかー。まあ、私からすればまひるんずーっと周のこと好きだと思ってたけど、なんか隠そうというか、そんな感じだったから、どうなのかなー、と思ってたんだよね。でも、やっと自分で認めたってことでいい?」
「……はい。できれば……お付き合い、したい、です」
顔がなおも紅潮しっぱなしなのが分かるが、改めて言葉にするとそれを抑えるのは不可能だった。
できれば、といったが、正直に言うなら『絶対に』というくらい、その気持ちは強い。
それを見て、千歳は嬉しそうに頷く。
「いや、私としても嬉しいですよ。周のことを好きになってくれる子が出てきてくれて」
「千歳さん?」
「まひるんには今更だろうけど、周って誤解されやすいんだよね。自分を陰キャだって決めつけて、たいていの人に対しての態度は素気ないし、自己評価低いし。勉強あんだけできるんだからそれだけでも自信持てって私なんかは思うんだけどさ」
「そう、ですね……」
「周って実際友達少ないんだよね。というか、普段学校で話すのなんて、いっくんくらいしかいないし」
「赤澤さんは、いつから藤……周くんと仲良く?」
もうばれてしまったので、開き直っていつもの呼び方に直す。
この方が真昼もしっくりくるのだ。
「なんか最初から周のことを気にしてたって。なんか、入学前から知ってたようなこと言ってたけど、よくは聞いてないんだよね」
その情報は驚いた。
樹や千歳は、電車の距離ではあるがこの地元の出身だ。
対して周は、ここからは新幹線や在来線を乗り継いでいくようなところから来ている。
高校に入学して以降ならともかく、入学する前に接点などほとんどあるはずがない。
「入試の時に知り合った、とかでしょうか?」
「わかんない。私も特に気にしてなかったから、詳しく聞いてないんだよねー」
それはともかく、と千歳は話の方向を修正する。
「そんなわけで、私といっくんは一年の最初から周と付き合ってたわけですが、付き合ってみるとあいつってとてもいいやつなんだよね。まあ、いっくんは最初からわかってた、みたいな感じなんだけど」
「そうですね……ホントに、すごく優しくて、誠実で素敵な人です」
挙げようと思えば、両手の指で足りないくらいに、彼のいいところを列挙できる。
それでもおそらく、言葉が足りないと思えるくらいに。
「だから、まひるんがその良さに気付いて、周を好きになってくれるのは、友人として私も嬉しいのです」
だから全面的に応援するね、と続ける。
真昼は思わず顔を綻ばせた。
実際、今後どうやって周と接すれば今の関係を進められるのか、全くと言っていいほど無策だった。
だがここに、樹という恋人がいる、そして真昼と周の関係を知る助言者がいてくれることは、とても心強い。
「はい、お願いします、千歳さん」
「うん、頼まれた。でさ。とりあえず今までどう……っていうか、二人が家でどんな感じなのか、教えてくれない?」
「え」
「いやだって、まひるんが普段家でどういう風に周と接してるか知らないと、助言もできないよね。学校では全然でしょ?」
言われてみればその通りだ。
学校ではこれまでクラスが違ったから、本当に接触はなかった。
そして家での状況は、当然だが千歳が知るはずはない。
今までと同じことをしていては、この関係が進むことは全くないとは言わないが、大きな進展はあまり見込めない。
真昼としてはこの気持ちを一日も早く周にわかってもらって、関係を進めたいと思っている。
そのために助言を求めるなら、今までどうしていたかをある程度は話す必要があるのは当然だろう。
「えと……普段、といっても先日来ていただいた時とそうは変わらないですが……」
とりあえず、恥ずかしいと思えること――頭を撫でてもらったりとか実は不可抗力でお泊りしてたとか――は伏せつつも、普段の生活の様子をできるだけ客観的に伝える。といっても、先日千歳らが泊りに来た時とそう変わらないはずだったが――。
途中からだんだん千歳の顔がしかめっ面になっていくのに気が付いた。
「あの、千歳さん?」
「……いや、むしろ周がなんでそれで落ちてないのかが分からない。つか、落ちてないかな」
「はい?」
「この間も思ったんだけど、まひるんと周って、一緒にいるの当たり前になってるよね?」
「……そうですね」
「なんなら、寝る時とお風呂以外一日中一緒にいてもいい、とすら思ってない?」
「いえ、お互いのプライバシーもありますし、個人の生活もありますから、一日中一緒、というわけでは……ないです」
とはいえ、春休み、とくにあの後はほとんど一緒にいたが――それは言わないでおいた。
千歳は訝しげにしていたが、特にそれには触れずに、話を続ける。
「でも、一緒にいても負担になるとは思ってないよね?」
「それは、まあ」
一緒にいることが心地よい、というのが正しいかもしれない。
特に話をしなくても、同じ場所にいるのが自然で、そして安心できる。
それが真昼にとっての周の
「それってもう夫婦……それも新婚ほやほやとかじゃなくて、何年も連れ添った熟年夫婦って感じじゃないかな」
夫婦という言葉に、再び真昼の顔が真っ赤になる。
その変化に、千歳は「可愛いなぁ、まひるん」などと言っているが、その後にあきれたようにため息をつく。
「……うん、わかった。普通にやってたんじゃ、多分何も進まない」
「え、ええ……?」
「まひるんがそんなことまでしてたのにダメって、普通の男じゃあり得ないと思う。けど、周ならあるかもって思えるから、そこが微妙。まあなんか周のことだから、『自分なんか』って思ってる気もするけど。いっくんに聞いてみるかなぁ」
千歳はそういうと、腕組みをして考え込む。
「千歳、さん……?」
「そだ。膝枕はさすがにまだやってないよね?」
「え? それは……ない、ですね」
「とりあえずそれやってみるとか。いっくんによると疲れてる時の膝枕は、ロマンが満たされて疲労も回復できる最高の癒しだって言ってたから」
そんな話は初めて聞いた。
ただ、確かに今までのままでは関係が進まないなら、これまでやったことがないことをする、というのは納得できる。
問題は何をすればいいのかが真昼も知識不足だが、ここに男女交際に関しては先輩がいるのだ。
その先輩の意見は、聞くに値するだろう。
「とりあえず物は試し。なんでもやってみないと。もう二年生で、無限の時間があるわけじゃないんだしさ」
確かに千歳の言う通りだ。
大学受験のことを考えたら、二年生の後半からもう受験のための準備が始まる。
真昼も周も勉強はできる方だし慌てるようなことはないが、それでものんびりしていられるのは年内までだろう。
年が明けたら進路について本格的に考えなければならないし、その時までに今のままだと、高校卒業後の進路が全く重ならない、という事になる可能性もある。
そんな未来は、真昼は絶対に嫌だった。
二年生になったばかりとはいえ、うかうかしていたら時間はあっという間に過ぎるのだ。
「……わかりました。がんばって、みます」
小さく握りこぶしを作って、気合を入れる。
その様子を、千歳は微笑ましく見守っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
真昼の膝枕で、周が眠りこけていた。
完全に熟睡しているようで、規則正しい寝息がかすかに聞こえる。
もふもふと頭を触っても特に反応もないが、たまに頬をつつくと少し顔をしかめるようになるのが面白い。
千歳の助言に従って、『頭を触るため』という強引な理由で膝枕をしてみたら、周が眠ってしまったのだ。
おかげで、真昼としては周の寝顔を堪能出来て、何気に大満足な状態である。
「ん……」
周の身体に力が入る。
やりすぎて起こしてしまったと思ったが、周はわずかに体をよじると、九十度体を回転させ、天井を見上げる形で停止した。
単に寝返りをうっただけのようだ。
そして角度が変わったおかげで、周の顔が完全に見えるようになった。
ふと思いついて、前髪をすっと上げる。
あの、整った目鼻立ちが真昼のすぐ近くで、無防備な様を晒していた。
「可愛い寝顔ですね、ほんとに」
周の寝顔を見るのは、これで二度目。
自分が周に寝顔を見られたのは、志保子が来た時とあの正月に寝こけた時と、体調を崩してしまった時の三回だから、これでようやくあと一つ。
あの、最初に周が風邪をひいて体調を崩した時は真昼も周の寝顔を見ているが、あの時と今では、その心境が違い過ぎた。
無防備すぎる寝顔に愛おしさがこみあげてくる。
二人以外誰もいない部屋。
そして周は完全に眠っている。
今なら、何をしても誰にも見られることはない――という事に気付いて、とたんに頬が紅潮した。
一体今、何をしようと考えたのか。
(ほ、ほっぺたぷにぷにするだけ、です)
それはそれでどうなんだ、というツッコミが頭のどこかで響いた気がするが、思い浮かべたことをやることで、他に思いついていたかもしれない
ぷに。
ぷにぷに。
前にも少しだけ触ったが、やはりぷにぷにと柔らかくてどこか気持ちいいい。
続けていると、やや寝苦しそうに顔をしかめる。
ちょっとやりすぎたかもしれない、と手を止め、髪をもふるのに切り替えた。
すると落ち着いたのか、再び安らかな寝顔に戻る。
(そうえいば――)
今日、周はどこかおかしかった。
顔色が悪いというか、正しくは何か不安を抱えているような、そんな表情に見えたのだ。
夢見が悪かった、と言っていたが、そんな単純な話ではない気がする。
多分何か、彼が心の中に押し込んでいるものがあるのだろう、とは思う。
「私ばかり助けられているのは不公平ですから、いざという時は、ちゃんと頼ってくださいね……」
もう一度髪を撫でる。
それが合図になったのか、周の瞼がかすかに動いた。
どうやら、この時間は終わりらしい。
「大好きです、周くん」
多分まだ認識できないだろうけど。
それでもいつか、その告白が届くことを祈るように、真昼はそれを呟いていた。
二年生編スタート。真昼さんのターン開始とも。
ここから千歳の出番が大幅に増えるでしょう。
とりあえず、膝枕について吹き込まれたタイミングは、ほぼ確実にここだと思います(笑)
膝枕のシーンは5.5巻のSSとタイミング丸被った……まあパラレルってことでお願いします。