お隣の天使様:真昼視点   作:和泉将樹

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天使様の包囲網

 新学期が始まって一週間あまりが過ぎた。

 新入生だった時とは異なり、クラスの四分の一は元クラスメイト。

 それに部活などのつながりを含めてれば、半数近くはもともと友人だったり顔見知りだったりするので、すでにクラス内ではある程度のグループも構築されている。

 

 そんな中でも、特に人が集まるのは『天使様』と呼ばれる椎名真昼と、『王子様』とも呼ばれる門脇優太の二人の周り……なのだが、最近はその輪が重なりつつあった。

 樹と千歳は、そもそも同じ輪にいる。

 優太は樹と中学以来の友人であり、また、千歳とも友人らしく、その輪にいることが多い。

 周は樹以外では千歳、優太くらいしかまだ話す相手のいないため、必然的にそこにいる。

 そして千歳が、特に二年生から仲良くなり『まひるん』などと呼ぶようになった真昼を引っ張ってくる、という構図だ。

 

 結果、美男美女の中に周が入る、という構図が出来上がっている。

 同じ輪の中にいれば、真昼と周が話すのは不自然ではないため、当然会話する頻度は上がった。

 ただ無論、真昼と話したい(主に男子の)クラスメイトもそれを座視しているわけではなく、話に入ってこようとするが――。

 

「ああ、三角関数って、そういう使い方するのか。確かにそういうのがわかると、さらに頭に入りやすくなるな」

「そうですね。数学は特に、それだけではわからなくても、実際には周りのものにいろいろ応用されていたりするので、そうやって覚えると身につきやすいと思います」

 

 真昼と周の会話に入ってこれる者は、この場にはいなかった。

 三角関数は二年の秋頃に履修予定の分野であり、この時点でその意味を理解している者は普通いない。

 大半の生徒にとっては――というよりは樹や優太、千歳も――その内容はおそらくこの先の授業で習うことなのだろう、という以上はわからない。

 真昼と話したい男子生徒は多くいても、優太がいる場所に行くだけでも気後れする上に、会話の内容がまるで分らないのでは相槌すら打てないのだ。

 

 周はもともと定期考査の上位者名簿に一年次からずっと名前が挙がっている一人であるため、こと、勉強においては常時学年首席である真昼と話が出来る、と認識されつつあった。

 最近では勉強の話や軽い世間話――直近のニュースなど――についての話をする分には、真昼と周が話していてもそれに対する妬みを持った視線は減っている。

 それ自体は、真昼の狙った通りではあるのだが――

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「これ以上学校で仲良くなる方法が思いつきません……」

 

 学校帰り。

 真昼と千歳は千歳お勧めのクレープ屋のオープンテラスにいた。

 もう遅い時間なのもあり、クレープ一つ食べてしまうと夕食が入らない恐れもあるため、ミニクレープ一つとコーヒーという組み合わせだ。

 

 勉強の――それも他の生徒ではついてこれないだろうという――話や世間話をして、学校でも周といる時間を増やすという計画は、ある程度の成功を収めている。

 しかし、すでにその状態が一週間。

 これ以上となると、どうしてもクラスメイトの目があるため周に迷惑がかかるのでは、と思うと踏み込めない。

 勉強や世間話だけでいつまでも周の側にいるのも難しい。

 本当はずっと一緒にいたいくらいなのだが、周に迷惑をかけてしまうだろう。それは、真昼の本意ではない。

 何よりそれで、周が真昼の存在を疎んじたら、凹むどころでは済まない。

 

 そんなわけで進退窮まった――と本人は思ってる――真昼は、千歳に相談することにしたのだ。

 具体的に相談するのは、新学期になった直後以来である。

 

「うーん。まあ、今強引にまひるんが周に近づくのは、確かによくないもんねぇ」

 

 周の学校での立ち位置と真昼のそれはあまりに異なる。

 周が、例えば他の普通の女子生徒と仲良くしていたところで、おそらくそうは気にされない。

 

 だが、学校随一の美少女であり、冗談抜きで学校の男子の少なくとも一割ほどが本気で恋焦がれているであろう『天使様』が、突然周と仲良くしだせば、どうなるか。

 多少の接触はともかく、直接的に周や真昼が行動しての変化があれば、目敏《めざと》く感づく生徒は絶対にいる。

 だからこそ真昼も、直接周に声をかけることは極力せず、友人の友人、という立場から話の輪に入って、そこから会話するよう努力しているのだ。

 一週間ほどかけてようやく、勉強や世間話程度であれば直接話しても――樹や千歳が周囲にいることが前提だが――それほど注目を集めなくなったが、これ以上が手詰まりだった。

 

 まだかろうじて『話が出来るクラスメイト』の立ち位置。

 せめてこれを『友人の一人』まで引き上げなければ、学校で気軽に話すのは難しいのだ。

 

「要は……一緒にいるのが不自然じゃない状況を作ればいいんだよね」

「そうですけど……私が希望してしまうと、どうやっても現状では不自然になりますし」

 

 本音を言えば、こんな面倒なステップは全て無視して、周と一緒にいたい、と思う。

 いつも家で一緒にいるとはいえ、最近の周は以前よりもよそよそしい、と感じてしまうこともある。

 

「昨日も、ちょっと疲れたから肩を借りますってしただけなのに、数分ですぐお風呂入るって行っちゃいますし」

「ああ、うん……そだね」

 

 千歳の反応は微妙だった。

 なにか呆れているようにも見える。

 

「家はまだちゃんと周くんに言えば何とかなりますが、学校では……千歳さん、なんかいい方法、ないでしょうか?」

「そだねー。うーん。昔みたいに、班分けとかあればいいんだけど」

「班分け?」

「うん。小学校の頃なかった? クラスの中で大体四人から六人くらいの班を作って、集団で学習するのは大体その班で活動するやつ」

「あった……のでしょうか」

 

 実のところ自信がない。

 真昼の通っていた小学校は普通の公立ではなく、特別に試験を受けて入るような私立の小学校だった。

 その中でも真昼は特に優秀だったが、友人といえる人はほぼいなかったため、クラスの輪からも外れていた。

 ただ、家庭科の授業や一部の体育の授業などでは、班分けのようなものはあったが、あれは出席番号順に自動的に割り振られていた気がする。

 

「まあ、高校生にもなってそういうのはないけどね。それなら、強制的にグループ作れるのになぁ、と思って……まひるん?」

「いえ、思い出したのですが、明日の家庭科の授業、来週の調理実習のためのグループを作るって話を先生が言ってませんでしたっけ」

「……あ、そういえば」

 

 四人または五人グループで栄養も考慮したメニューを考えて、時間内に料理を仕上げ、レポートを提出する、という課題だ。

 その後、作った料理をグループで食べる予定になっている。

 

「ああ、確かに。そか、それなら自然に周と一緒のグループになれるね」

「え?」

「まひるんは私の友達ってことで同じ班になるのは不自然じゃない。で、私は当然いっくんを引っ張ってくる。そしたら、周がついてくる。これで四人」

 

 数珠つなぎの様だが、確かに不自然さはない。

 

「そこで一緒に食事もできるでしょ? そしたら、それからはたまにお昼ご飯を一緒にするってのは、そんな無理はないと思わない? 一緒に食事を作ったんだからさ」

 

 お昼ご飯を周と一緒にできる。

 春休みはずっと当たり前にしていたのが最近(学校があるから当然だが)なくなってしまって、寂しい思いをしていた真昼にとって、それはとても魅力的なアイデアだった。

 それが続けば、友人という立ち位置になるのは難しくない。

 

「ぜひお願いします、千歳さん」

「うん、任された。まあ、タイミングは図るけどね。……あと、どうせなら――」

 

 千歳の提案に、真昼はさらに目を丸くした。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 盛大なため息が出た。

 ともすれば、泣きたくなる気分だった。

 

 学校での周との距離は、千歳の計画通りに縮めることができていた。

 家庭科の班を一緒にして、さらにそこから昼食をたまに――できれば毎日にしたいがそこは我慢して――周と一緒に食べることができるようになった。

 これに関しては、千歳に本当に感謝している。

 彼女は樹にも手回しをしてくれていたらしく、そういう意味では包囲網は完璧だった。

 

 さらに、あの場で千歳と真昼、それに周の三人でお料理教室を開く、という約束を取り付けることにも成功。

 目論見が成功したのもあって、とても嬉しかった。

 

 だが――帰宅後の周の言葉に、心乱されてしまったのだ。

 

「友人……」

 

 分かってはいる。

 確かにあの場面ではそう言うのは自然だろう。

 それでも、自分が不機嫌になるのは止められなかった。

 もっともその後に頭を撫でられて――それで満足してしまう自分もどうなのか、と思ってしまうが。

 

(ホントに、どこまで私は……)

 

 頑張っても頑張ってもダメなのでは、とすら思えてくる。

 ともすると、全然見込みがなくて、空回りしているだけなのでは、という恐怖すらある。

 

 もちろん周は本当に誠実で、そして優しい性格なのは疑いようがなく、あの時交わした約束を違えることはないと信じられる。

 だがあの言葉は、約束は、仲のいい他人としてお願いしたつもりはない。

 

(どこまで頑張れば、気付いてもらえるのですか……)

 

 少なくとも家では、周のことが好きだという気持ちを、隠しているつもりはない。

 無論学校では、それは出来るだけ抑えているが、千歳などにはもう見抜かれている。

 ただ、誰よりも気付いてほしい人は、未だに気付いてくれない。

 いっそ、直接聞ければ、と思うが、それは怖くてまだできなかった。

 

 もし、拒否されたら。

 真昼に、立ち直れる自信は全くない。

 

人伝(ひとづて)に聞く、という手もあります、けど……)

 

 樹であれば、周が真昼をどう思っているかを訊くことができる気はする。

 それを千歳から聞くことは、多分できる。

 ただ。

 

(もしそれでダメだったら、どう接すればいいのか……)

 

 そうなったら、周に告白することなくすべてが終わってしまう。

 真昼としてはその後どう周と接すればいいのか分からない。

 というかその時点で立ち直れなくなる可能性すらある。

 周はおそらくそんな自分を確実に心配するだろうが、それこそ傷口に塩を塗り込む行為にしかならないのは、容易に想像できる。

 それなら、玉砕覚悟で自分で訊く方がいい。その方が周の対応は違うだろう。

 もちろん玉砕などしたくはないが。

 

 結局結論が出ず、ベッドの上でじたばたとしている。

 ふと、枕元にあるくまのぬいぐるみが目に入った。

 それを抱き上げると、正面に見据え――

 

「ホントに困ったものですね、周くんには」

 

 声をかけるが、もちろん応える者はいない。

 

「私がこんなに周くんのことが大好きなの、いつになったらわかってくれるのでしょう?」

 

 ぬいぐるみを動かすと、なぜか『わかんないよ』と答えたようにも見えた。

 その想像に真昼は「そうですよね」と呟いて笑う。

 

 友人ではなく恋人。

 いつかそうなれると信じて、真昼は静かに目を閉じていた。

 




まひるんが学校でも周に近づくべく頑張ってる下り。
まひるんからしても結構綱渡り、手探りでやっていたんだとは思いますが、原作での千歳の強引さが光りますね(笑)
本当はお弁当を作ってあげたいのでしょうが……。
三角関数の下りは実はガチ。あれ、習った当時何のためだと思ったんですが、当時わかってたら面白かったのになぁ、と思う。
数学とかそういう教え方してくれると、もっと面白いのではないかなぁ。
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