「あれ? 周、寝てない?」
いつもの周宅のキッチン。
ただ今日はいつもと様子が違って、普段いない人物――千歳がいた。
千歳発案(かつ強引に実施された)『真昼のお料理教室』のため、二人とも周宅で料理をしているのだ。
この約束それ自体はクラスメイトの前でさらっと行われたわけだが、考えてみればすさまじく強引だった。
千歳が真昼に料理を教えてもらう、というのはいい。
ただ、その毒見役として周を指定するのはどういうことか。
普通に考えれば、恋人である樹を指名しそうなものだが――千歳曰く『まず毒見役にきっちり味を確認もらうのが一番』という事だった。
ちなみにこの後、出来上がったら樹にもご馳走するらしい。
そしてそもそも開催場所が周の家、というのはその約束を聞いていたクラスメイトでは思いもしないだろう。
とくにどこ、とは指定されていないが、普通に考えれば千歳の家というのが妥当だ。
周と千歳、それに恋人の樹は一年の時から仲の良い友人であることは知られている。
料理するのが真昼と千歳である以上、普通に考えればどちらかの家だが、周が行っても不自然ではないのは千歳の家だろう。
まさかそれが周の家だと思う人は普通はいない。
ただ、事情を知る人間からすれば、一番無難な場所が周の家なのは間違いない。
が。
その家主である周は、来客二人――真昼についてはほとんど自分の家のような感覚だが――の前で、眠りこけていた。
「……寝てますね、本当に」
今日に関しては料理を手伝ってもらう必要もないので、座っていて下さい、とは確かに言った。
手持無沙汰な周がソファでうとうとするのは仕方ないとしても――来客の前で寝てしまう、というのはさすがに油断が過ぎるのでは、と思う。
(けど、私も千歳さんも、それだけ周くんの中で安心できる枠なんでしょうね)
一年の時から付き合いのある千歳と同じだけ心を許してもらえてる、という事だと思うと、少し嬉しかった。
もっとも、すでにお互いの前で眠りこけたことは何度かあるので、今更だとは思うが、それでもこうやって安心されていると思えるのは悪い気はしない。
料理はもうほぼ終わっていて、あとはキッシュの焼き上がりを待つだけである。
台所周りの片付けも料理をしながら並行して行っているので、やることがなくなった二人はリビングに移動した。
「いやぁ、よく寝てるね、周」
千歳は周の正面、リビングテーブルの逆側のクッションの上に座る。
真昼はいつものように周の座るソファの、周のすぐ隣に座ると――その座った動きでクッションが動いたのか、周の身体が揺れた。
「あ……」
こてん、と。
周の頭が真昼の方に倒れ込んできた。
「おおー」
千歳が感嘆の声を上げる。
その声と衝撃で起きるかと思ったが、周はそのまま眠り続けていた。
「周がそういう無防備な状態なのは珍しいねぇ。まひるんに甘えてるのかな?」
「ち、違います。単にこれは、寝ぼけているっていうかほぼ寝てるわけですから……」
倒れ込んだ周の頬がちょうど真昼の肩に触れていて、その感覚が嬉しいのは否めない。
千歳にはすでに周への気持ちを知られているので今更ではあるが、気恥ずかしさは覚える。
「いやぁ、男って寝ぼけてる時こそ本能的に甘えるよ? いっくんもそうだし」
「そ、そうなのですか……?」
「うん。にしても無防備だねぇ。こうやってると寝顔が可愛いというか」
「ええ、それは……ホントにそうですね……」
すると千歳が訝しげに真昼に視線を移す。
「……まひるん、周の寝顔見るの、初めてじゃないよね?」
「え」
「だってなんか見慣れてる、とまでは言わないけど、初めてだともうちょっとまひるんならなんかありそうだし」
「……いや、まあそれは……」
寝顔に関してだけであれば、そもそも一番最初、周が風邪で体調を崩していた時に見ている。
ただあの時は風邪でかなり寝苦しそうにしていたのは覚えているが、彼に対する好意などそれこそ微塵もなかったから、別に思うところはなかった。
心配こそすれど、ずっと見ていたいと思うことはなく。
意識し始めてから見たのは、真昼が体調を崩して、周のベッドで寝かされた時か。
目が覚めた時、周の顔があって安心したのはよく覚えている。
それでも、あの時はまだ明確に好意があるという意識はなかったが。
次となるとつい先日、あの膝枕をした時か。
「うん、まあ……あ、膝枕したの? そしたら周、寝ちゃったんじゃない? その時に堪能した?」
経験者は語る、という言葉が頭をかすめる。
何も言わずに下を向いて黙っていたが、それがどうやっても肯定としかとられない、とは真昼もわかっていた。
「ん……」
千歳の声に反応したのか、わずかに周が身じろいだ。
起きたのかと思ったが、まだ眠っているようで、目が開く気配はない。
(これだけ寝てるなら――)
空いている左手を回すと、周の頭の触れる。
もふもふ、という表現をしたくなるような、柔らかい髪がの感覚が真昼の手に伝わってきた。
その感触に、頬が緩む。
しかしまだ周が起きる気配はない。
そのまま手をずらし、指先で周の頬を押した。
ぷに、という音でもしたように、頬が凹む。
ぷに。
ぷにぷに。
ぷにぷにぷに。
完全に眠りこけている周の頬が、指を押し込むたびに形を変え、一部が膨らんだ様になるのがなぜかリスのように思えて可愛かった。
ちょっと、止め時を見失っている気がする――。
「まひるんも結構悪戯するねぇ」
ぴた、と手が止まる。
一瞬忘れかけていたが、ここには自分達以外にも人がいたのだ。
「あ、いえ、その……」
「いえいえ、私は石っころだと思って周を堪能いただければ」
「千歳さん!」
その声が引き金になったのか、周の身体が動く。
ただ、まだ寝ぼけているのか――頬を肩にこすりつけるような動きをする。
「わぉ」
「ちょ、ちょっと周くん……」
多分寝ぼけているのだろう。
これはこれで嬉しいが、せめて人前ではやめてほしい、というか恥ずかしすぎる。
さすがに起きてもらいたい、と思って周の腿を軽く叩いたが、反応がまだ鈍い。
「……あ、あの、くすぐったいのですが……」
この時間を終わらせなければという思いと、終わらせたくないという思いが混在し、まるでささやくような声になってしまったが――。
「……真昼?」
どうやらそれで起きてくれたらしい。
その一部始終を見ていた千歳は、いつまでもにやにやと――そしてどこか嬉しそうに――二人を見続けていた。
後で悪戯を告白するわけですが(笑)
しかし千歳も樹も、確実に情報共有はしてるだろうから、この時点で相思相愛であることは把握してるのに見守るあたり、人がいいというか楽しんでいるというか……千歳は後者な気がします(ぉ
一応この時点ではまだ周の気持ちは真昼には伝えてない、という感じです。