お風呂も終わって、いつもの手入れも終わり。
あとは寝るだけ、という状態だったが、とても眠れる気分ではなかった。
今日一日のことを振り返ると――胸が高鳴ってどうしようもない。
今日一日、周と一緒に出掛けた。
多分、世間一般の女性からすれば、ごく普通のことなのだろう。
そんなことは真昼にも十分わかっていた。
ただ、そんなどこにでもあることが、それでも本人にとっては特別かどうかは、人によるものだ。
そして今日のことは、真昼にとっては本当に特別だった。
猫カフェで猫と戯れたのは楽しかった。
お昼ごはんを普段と違う場所で食べるのも楽しかったし、ショッピングも楽しかった。
途中、少しだけ離れた時――さすがに下着売り場に彼を同道させるわけにはいかず――に、周が女性に声をかけられていたのを見た時は焦った。
周は本当に自覚がないが、少なくとも今日の出で立ちで一人でショッピングモールにいれば、アクティブな女性から声をかけられても仕方がないのは分かっていた。
だが、もう少し上手くあしらってくれても……とは思うが。
「それができる周くんではないですよね、考えてみたら」
女性に対して常に紳士的で優しく、相手の立場を考えて行動するのが常。
相当強引に来られたらともかく、そうではなければ強く拒否するのも難しかったのだろう。
それがわかっていても、彼が女性と話していると不快に思ってしまうのは、どうしようもなかった。
「私って独占欲……強いんでしょうかね……」
今までそもそも独占したいと思うものがなかったから、気付くことがなかっただけなのかもしれない。
誰にでも分け隔てなく、特別な存在を作らずに来た。
例外は両親だったが、その両親には全く顧みられることはなかったから、そういう執着はもう捨てた、と思っていたのだが――。
人を好きになるという事は、そういう自分の中の定義をあっさりと崩されてしまうほどのことだったらしい。
その後に行ったゲームセンターで、初めてのクレーンゲームでぬいぐるみを獲得できたのはとても嬉しかったが、クラスメイトに――それも、周のことをよく知る人物に会うのは予想外だった。
多少見られるくらいは覚悟していたし、そうなったらそうなったで考えてはいたが――。
完全に発覚するところまでは想定していなかったのは事実だ。
ただそれでも、多分彼との関係は破綻しない自信はあった。
『これはね、いっくん情報だけど、ほぼ確実だから』
昨日千歳と会っていた時のことを思い出す。
あの時の話がなければ、あるいはもっと動揺していたとは思う。
『周はね、まひるんのコト、好きだってさ』
聞いた時は天にも昇る気持ちとはこういう事か、とすら思えた。
今まで、空回りだったらどうしよう、とずっと考えていた。
それが、周も同じ気持ちを共有しているらしい、と分かっただけでも、ものすごく嬉しかった。
『ただね。周、やっぱ遠慮してるみたいなんだよね。自分なんかがまひるんとなんてって』
その後に続いた話は、おそらく千歳は言葉を選んでくれたのだろうが――。
真昼の歓喜を地に叩き落してしまった。
確かに周は真昼に好意を抱いているらしいが、真昼が幸せなら別に自分以外でもいいと思っている、というのだ。
唖然とした。
よくその場で大声を出さなかったと、自分の自制心を褒めたくなったほどだ。
どうしてそこまで自己評価が低いのか。
思えば今日も、周のそういうところは垣間見えた。
周は『癖だから』と言っていたが、本当になぜそんな癖というか、考え方が染みついてしまってるのか――。
何か理由はあるのだろう。
ただ、周が言わない以上、それ以上真昼に踏み込む権利はないし、踏み込むつもりもない。
好きな人のことだからすべてを知りたい、などというのは傲慢だ。
周が真昼を尊重して、ただ支えてくれたように、真昼も周を支えられればいい。
お互いの事情をすべて知っている必要はないのだ。
真昼だって、すべてを彼に話しているわけではない。
ふぅ、とため息が出た。
楽しかったことを思い出していたつもりが、いつの間にか少し気持ちが沈んでいる。
周のことだけを考え続けているのは同じではあるのだが。
実際、周が好意を持ってくれているという事実は、真昼にとっては今後どうすべきかについて、大きな指針になった。
彼が自分に自信がなくて踏み出せないというのなら、自分がどれだけ周のことを好きなのかわかってもらうしかない。
好きになってもらう、という段階を飛ばせると分かっただけでも、大きな前進なのだ。
もちろん環境の問題もある。
学校での『天使様』である真昼と周の立ち位置の違いが、彼が踏み出すのを躊躇わせている一因でもあるだろう。
だから、少なくとも周りに、椎名真昼と藤宮周が友人であり、仲が良くても不思議はない、と思わせなければならない。
それで周が自信を持ってくれるかはともかく、周りから――外堀を埋めるというべきか――攻めないと、周は踏み出してくれない気がした。
少なくとも今、真昼が気持ちをはっきり言ったところで、彼はしり込みして応えてくれない気がする。
だからこそ、今日クラスメイトの門脇優太に知られてしまった時、現状での関係は否定しておいたのだ。
あそこでそのまま認めた場合にどういう影響があるか分からず、周との関係がぎくしゃくする方が怖かったからだ。
もっとも、彼にはいろいろ推察されていた気はするが。
「……自分で言うのもなんですけど、厄介な人を好きになってますね、私も」
それを言うと自分だって相当に厄介だという自覚がある。
外面を『天使様』で覆った、穴だらけの自分。
だが周は、そんな自分を、それでもいい、と言ってくれた。
天使ではなく、椎名真昼を見てくれたのだ。
「捕まえていてくれるって、言ったのに」
あの時周が真昼を好きになってくれていたのかは分からない。
ただ、あの時あのままの勢いで付き合うことにしていれば――と今更ながらに思わなくもない。
もっともあの時点では、周の好意が自分にあることには全く自信がなかった――むしろないと思っていた――から、そんな勇気はなかったのだが。
頭の中で考えがぐるぐる回っている。
はっきりしていることは、もう自分は彼以外にはない、と確信できることだけだ。
だから――。
「私はあきらめませんからね、周くん」
絶対に、絶対に。
そう決意を込めて、真昼は強く強く想うのだった。
デート後の話。
デート前日も考えましたが、こっちでいいかな、と。
ちょっと補足というかお断りというか。
この、『真昼が周が好意を抱いていることを知る』というのは原作では明記されてはいません。
おそらくそれだろう、というのが、GWの千歳との料理教室の翌日、千歳と二人で出かけた時の『相談』内容です。
というか、この際の『相談内容』は原作では推測がしきれませんでした。
ただ、よく見るとこれ以降、真昼のアプローチはより明確になっていってると思うので、そうではないかな、と思ったためこういう展開にしました。
大外れだったらごめんなさい。
おそらくこれに近いことは言われてるとは思うんですが。
実際、周が真昼のことを異性として意識していることを確信できてない限り、少なくともあの体育祭の行動は難しいでしょうし。