お隣の天使様:真昼視点   作:和泉将樹

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天使様の裏取引

 一人の昼食を自分の家で終えて、後片付けが終わったのは十三時過ぎだった。

 そこから軽く掃除、洗濯と終えても十五時前。

 周の家に夕食を作りに行くには、まだ少し早い。

 

 長期連休であるこの時期、真昼はほとんど周の家に入り浸っていた。

 なんなら、この部屋はもうお風呂と寝るため以外ほとんど使ってないのでは、とすら思えてくる。

 実際、キッチンの使用頻度は間違いなく周の家の方が上だ。

 まあ実際には朝から一緒にいることは平日はないので、毎日自分の家のキッチンにも立っているが――ゴールデンウィークが始まってからは、それこそ朝食から――食費折半の方が色々作れるという名目で――周の家で一緒にいることすらあった。

 

 今日は、周は昼過ぎまでは出かけていたらしく、昼食は外で食べてくると言っていた。

 おそらく今はもう家にいると思われるが、行くのは夕方からの予定だ。

 真昼としても、家主のいない家で自分一人だけ昼食を作るというのはさすがに非常識だと思うし、食事を作るという大義名分がないのに居座るのも妙なので、今日は珍しく自室にいる。

 

 すでに連休用に出された課題なども終わらせているので、とりあえず夕方までは特にやることはない。

 

「なんか……暇ですね」

 

 この時間から周の家に行っても、やることはない。

 なくても行きたいのが正直なところだが、周にだってプライベートはある。

 いつも一緒にいて、負担に思われるのも嫌だった。

 

 ふと、昨日聞いた、あの二人と一緒にいて声をかけられていたことを続けて思い出した。

 あの話をよく聞くと、どうやらその時は、例の前髪をちゃんと分けた姿だったらしい。

 周は『おまけだろ』と言っていたが、絶対に違う、と確信できる。

 周の自己評価はともかく、あの二人と並んでいると女性からすれば――少なくとも見た目に限るなら――とても魅力的な三人組だったはずだ。

 

「私だって、たまにしか見てないのに」

 

 そんな周が多くの女性に見られて、声をかけられたことが、周の評価になっていると分かっていても――面白くない。

 先日も思ったが、自分は独占欲が強かったらしい。

 

 それもこれも、周と付き合えていないのが原因ではあるのだが――こればかりはどうしようもない。

 周の自己評価の低さ故か、未だに踏み込んでくれていないが、では真昼から踏み込めるかというと――それもできないのだから、自分たちは似た者同士なのだろう。

 踏み込めない理由はお互い違うのだろうが。

 

 ふぅ、とため息を一つ。

 とりあえず時間ももったいないし、少し予習でも――と思った時、真昼のスマホが着信を知らせるアラームを鳴らす。

 

「誰でしょう……?」

 

 伏せて置いてあったスマホを手に取ると、表示されたのは『志保子さん』の文字。

 

「ちょっと久しぶり……でしょうか」

 

 連絡先を交換したのは去年の十二月。

 直接会ったのは正月にやってきた時だけが、それ以外にも何回か電話を――ほぼ雑談を――している。ただ、二年生になってからは初だ。

 先月、周の家に大きなビーズクッションが届けられて、周はそのお礼の電話はしてたようだが。

 

 とりあえず、通話のアイコンをタップする。

 

『久しぶりー、真昼ちゃん。元気かしら?」

 

 元気な志保子の声がスマホから響いた。

 

「はい、お久しぶりです、志保子さん。元気ですよ。今日は何かありました?」

『あー。特に何かってわけじゃないんだけどね。久しぶりに真昼ちゃんと話したいと思ったから電話しただけ。今大丈夫? 周は?」

「あ、はい。大丈夫です。周くんは今は多分家にいると思いますが……」

『あら。一緒にいないのね。可愛い彼女と一緒にいたい、とか思ってないのかしら?」

「か、彼女じゃありません、から」

 

 どもってしまっているので、自分でも説得力はないと思うが、一応否定しておかないとまずいだろう。

 一瞬、志保子には周への気持ちを話してしまおうか、と思ったが――本人より先にその親に言うのは、いくら何でもルール違反な気がしたので、思いとどまった。

 

『そうなの? でもせっかくのゴールデンウィーク、どこか一緒に出掛けたりはしてないの?』

「え、えっと……あの、ちょっとだけはもう行った、ので」

 

 数日前に思いっきりデートしてたとはちょっと言いにくい。

 そもそも志保子は、周と真昼が一緒に出歩いた場合にどのくらい騒がれるか、という事はあまり知らないだろう。

 初詣の時も周が警戒はしていたから、多少は分かってるとは思うが。

 

『そうなの? どこに?』

「ち、近くのお店とかです。そ、それより志保子さんは、修斗さんとどこかへ行かれたのですか?」

『私たち? うん、まあそれなりに。周がいないから、ある意味あちこち行きやすいのは否定しないわね。今日は家にいるけど。明日はまだ未定ね。子供の日だから子供ありきのイベントが多いみたいだけど、さすがに周連れていけないし』

「お子さん連れ前提のイベントってことですか?」

『そ。昔は周もよく連れて行ったんだけどね。この辺り、そこそこ田舎、そこそこ都会って場所だけど、そういうイベントやるようなモールとかは多いのよ。そのうちいらっしゃいね。若い高校生カップルが楽しめるような場所だってあるわよ』

 

 だから(まだ)カップルでは……と言おうと思ったが、無駄だろう。

 それよりふと気になったことがあった。

 

「なんかそういうイベントって、周くんはあまり遊ぶイメージないですが……」

 

 どちらかというとインドア派の周が、そういうイベントではしゃいでいるイメージはあまりない。

 

『そんなことないわよ? まあ大きくなって、かっこつけるようになってからはそうかもだけど、それこそ小学生の頃は思いっきり遊んでたし、やんちゃもしてたわよ?』

 

 志保子はそのまま、周の過去のエピソードを次々と教えてくれた。

 本人は嫌がるかも知れないが、こういう話を聞くのは、とても面白いし、好きだ。

 

「なんか面白いです。周くん、さぞ可愛かったんでしょうね……」

『お。真昼ちゃんもそう思う? うん、可愛かったわよ、周。ちょっと女顔だったから、服もある意味選び放題で、色々おめかしさせたりしてね。興味ある?』

「はい。ちょっと見てみたいと思うくらいには」

『じゃあ、ちょっと送ったげようか?』

「え!?」

 

 見てみたい、と言ったのは社交辞令としてのつもりだった。

 だが、こういう時悪ノリするのが志保子だというのは心のどこかで分かっていたし、期待していなかったといえば――嘘になる。

 

 本人の預かり知らぬところで、そんな写真をもらっていいのか……と思わなくはない。

 というか、周にバレたら確実に彼は怒りそうな気はするが――好奇心には勝てなかった。

 

「え、えと、じゃあ……お、お願いしてもいいでしょうか……」

『おっけー。見繕ってすぐ送るわね。期待しててね』

 

 それを最後に通話は切れた。

 

「……いいんでしょうか……」

 

 言ってしまってから、少しだけ罪悪感から後悔の念がわく。

 やはりやめてもらった方が――と思いかけたら、スマホからメッセージの着信を知らせる通知音が響いた。

 

「え!? 早すぎません!?」

 

 見ると、立て続けに画像ファイル付きのメッセージが並んでいる。

 差出人はもちろんすべて志保子だ。

 

 恐る恐る画像を開くと――そこには、端午の節句の時だろう。

 兜を被って楽しそうにしている男の子の画像があった。

 

「わ……可愛い」

 

 すぐに周だと分かる。

 おそらくは五、六歳くらいか。

 他にも小学生低学年くらいだろうか、どれも記念撮影的なもので、共通しているのはどれも楽しそうな表情をしていることだ。

 何枚かは修斗と志保子も一緒に映っていて、彼がどれだけ両親に愛されているかが分かった。

 

 思わず自分と比べそうになる。

 真昼にこういう写真は一枚もない。

 子供の頃の写真は、小雪が一応撮ってくれていたが、それもアルバムに保存するようなことはせず、しまい込んでしまっている。

 そして当然だが、両親と一緒の写真など一枚もなく、心から――この周のように笑っている写真も一枚もない。

 

 だから、このような写真を見ることは憧れるし、こういう写真を残してくれる両親に気に入られていることは、真昼にとってもとても嬉しいことなのだ。

 とりあえず、メッセージの一つにお礼の返信をしてから、画像ファイルを全部スマホのストレージに保存する。

 

 ふと気づくと、時計はすでに十七時近くになっていた。

 

「あ、そろそろ食事の準備をしないとですね」

 

 画像は後で見ようと思って、真昼は隣の部屋に移動するのだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「びっくり、した……」

 

 唇に指を這わせる。

 もしあの時、周が――と考えると、心臓は早鐘を打つように動悸した。

 

 周の横で夕方にもらった画像を見ていたのは、確かに迂闊だった。

 今の周と見比べてそのギャップが楽しくて熱中していて、見咎められてしまったのだ。

 

 その写真を確認する、と周が迫るように脅してきたが、正直に言えば怖かったという事は全くない。

 むしろ彼が積極的な態度に――脅すためとはいえ――出てくるのが新鮮で、ドキドキしたくらいである。

 しかしその視線に耐え切れず、顔をふさごうとしたクッションも奪い取られ――抜け出そうとした後。

 

 まるで周に押し倒されたような体勢になったのは、予想外だった。

 鼻先同士の距離で言えば、おそらく数センチ程度。

 これまでも顔が近づいたことは何度もあったが、最も短い距離だった。

 

 キスされる。

 本能的にそう思った時、真昼は目を閉じていた。

 それは、むしろ期待だったと思う。

 それで関係が進められるなら――むしろ望むところだった。

 

 結局、周はキスしてくることなく、真昼の頬をつねって誤魔化してきたが――もしあの時、自分から抱き着いていたらどうなったのか。

 そう思わずにはいられない。

 自分がどれだけ彼のことを好きか、最も確実にわかってもらえたのではないかと思うと、千載一遇のチャンスを逃したのでは、とすら思えてくる。

 

 が、そこまで想像した時点で、頬に手を当てると、その熱が本当にすごいことになっていた。

 

「……で、できなかった、ですね、私」

 

 想像だけで恥ずかしさのあまり頭がくらくらしそうなほど熱くなっているのが分かった。

 

 周が好意を抱いてくれているのは確信している。

 だがだからといって、勢いでそんなことになったら、多分周は後悔するだろう。

 だから、これでよかったのだとは思う。

 

「……うん、無理は、よくない、ですよね」

 

 勢いで何とかなるなら、今までとっくに何とかなってると思う。

 じれったいとは思うが、多分この進み方が、自分達には合っている。

 

 真昼が本気で周のことを好きだと気付いてから、まだたったの一ヶ月ちょっとだ。

 正直、体感ではもう一年以上、という気すらするが、知り合ってからでもまだ半年である。

 高校生活は三年もある。

 受験などのことを考えればそこまで余裕はないとしても、一時の勢いでその後ずっとそれを後悔するよりは、自分達で納得できるペースで行くのがいいだろう、と思う。

 

(もっとも、私がそんなに我慢できる自信はないのですけど)

 

 格好をつけているが、真昼自身、現状でもいっぱいいっぱいなのだ。

 我慢できなくなったら、自分でどういう行動に出るか、自信がない。

 だから――。

 

「それまでに、ちゃんと私の気持ちに気付いてくださいね、周くん」

 




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