「周くん」
食事の最中、いつもより明らかに言葉少なかったのがどうしても気になって、真昼は周の洗い物が一段落したのを見計らって、声をかけた。
「その、私に話したこと、後悔していますか?」
食事前。
真昼は周の過去に何があったかについて聞いた。
話の流れで聞いてしまった、という感じだが、今まで彼が抱えていたことを話してくれたことは、純粋に嬉しかった。
ただ、それを彼が話していいと思っていたのかについては、真昼は確信を持てない。
そのためか、食事中の会話はいつもよりずっと少なかった。
無論、その直後のやり取りの気恥ずかしさもあったとは思うが。
「ああ、大丈夫だ。情けないな、思うところはなくもないけど、なんか……うん、もうどうでもいいことだと思えてるって、自分でもわかったから」
その言葉に嘘はないのだろう。
ただそれでも、他人に話してもいいと思っていたかは、わからない。
「話して楽になったってのも……あるしな」
「これまでに、赤澤さんとか千歳さんには……」
「話してないよ。まあ、話すようなことでもないし、あいつらもそのあたり弁えてるから、そこは触れてこなかった」
なんとなくそうではないかとは思ってはいた。
同時に、あの二人にすら話していないことを聞き出してしまった、という事に、急に罪悪感が芽生えてくる。
「……ご、ごめんなさい……」
「いや、だから謝らないでくれ。俺が話していいと思ったから話したし……さっきも言ったが、もうどうでもいいと思えてるって、改めて分かったから、むしろ感謝してるくらいだ」
そういう周の表情にも言葉にも翳りはない。
本当にそうなのだと思うと、少し気が楽になった。
「それなら、いいのですけど。少しは借りを返せたようです、し」
思い出すと少し恥ずかしくなる。
男性を胸に抱き寄せるなど、間違いなく周が最初だ。
そして――彼だけで終わらせたい。
「お釣り来るレベルだったが……いや、まあそれはいいけど」
周も思い出したのか少し顔が赤い気がする。
意識はしてくれてると思うと、嬉しい気持ちが沸き上がる。
もう一度抱きしめたくなるが、さすがにダイニングテーブルに座った真昼の位置からキッチンに立つ周のところまで行くのは無理がある。
というかこの距離のおかげで我慢できた。
「でも、周くんにああいう癖がついた理由……なのでしょうけど。ならなおさら、ああいう癖はやめるべきです」
「いや、まあそれはそうなんだが……」
「私や千歳さん、赤澤さんや門脇さんは周くんが好ましい人物だから、一緒にいたいと思ってます。その私たちの評価より、そんな……失礼な言い方ですが、とても無礼だった人たちによって植え付けられた評価を優先されるのは、とても悔しいですし、悲しいです」
周が言葉に詰まる。
「周くんの良さは私が――私たちがよく知ってます。周くんが何を言おうが、そこは絶対に譲りませんし、妥協もしません。理由が分かったらなおさら、です。そんな人たちに、私は負けたくありません。周くんが前向きになるためなら、私は何だってしますよ」
我ながら理不尽なことを言ってる気がするが、周がこの関係をさらに進めるのを躊躇っている理由でもあると思うと、なおさらここは譲れない。
すぐに考えを変えることは出来なくても、周が自信を持ってくれるなら、本当に何だってする覚悟がある。
一方の周は、真昼の言葉に目を丸くし――「だからそうい事を軽々しく口にするなと」と言ったが、真昼がなおも正面から見据えていると、あきらめたように大きく息を吐いた。
「……わかったよ。まあすぐに変わるのは……難しいけどさ。お前がそう思ってくれてるのは嬉しいし、ありがたい。樹たちも同じだろうしな。だからできるだけ頑張るよ。俺だって、真昼や樹たちにとって誇れる友人でありたいとは思ってる」
「友人……」
「ん?」
「いえ、何でもないですっ」
この話の流れでは仕方ないと分かっていても、また不満に思ってしまった。
一年以上付き合いのある樹と同じに評価してもらっているのだから、いいことのはずなのに、悔しいと思ってしまうのはどうしようもない。
一方で周は真昼をなぜか不満そうにさせてしまったのかと、やや慌てている様子だ。
相変わらずわかってくれない――が、わかってくれたらこの恋はもっと楽なのだろう。
「真昼?」
洗い物を終えた周がキッチンから出てくる。
その間に、真昼はソファに移動して、クッションを抱え込んでいた。
最近このスタイルが不満を隠す――隠しきれてない気がするが――定位置かつ定番になってしまっている。
周はそのままソファの空いた方に座ると、やや困ったような表情になる。
「いや、なんか……その、あまり前向きなこと言えてなくて悪いが……」
「何でもありません。周くんは悪くはないのです」
「どう見てもそういう風ではないんだが……」
「分からないなら仕方ないのです。これは私の問題ですから」
なおも困惑する周に、我ながら子供っぽいことをしていると呆れる。
すると、周は真昼の頭を撫でてきた。
「前にも言いましたが、こうすれば私の機嫌が直ると思っていませんか?」
「そこまでは思ってないけど、してあげる方がいいとは……思ってるな。喜ぶって言ってたし」
悔しいがその通りだ。
周に触れてもらうのは、何よりも嬉しいと感じてしまう。
わずかに疼いた気持ちも、あっという間に解《ほど》けて消えてしまうのだ。
なので、真昼も抵抗はしないし、されるがまま。
(いつになったら、私の気持ちにちゃんと気付いてくれるのでしょう)
周が好意を寄せてくれていても、おそらくそれはあの春休みより前の真昼の状態なのだろう。
踏み込むことで関係が変わることを恐れている状態。
踏み込んだ結果、その恋が実らないくらいならこのまま、と思っている状態だ。
そこにさらに、周自身の評価の低さが合わさると、仮にこちらが今強引に踏み込んでも、多分どこかぎくしゃくしたものになるのは、明らかだった。
彼が自分に自信を持ってくれること。
そして、自分が気持ちを溢れさせて止まれなくなったように、彼もきっといつかは同じように思ってもらえるために。
(本当、恋は――大変ですね)
よく『恋愛は一筋縄ではいかない』とは聞くが、本当にその通りだ。
これだけ面倒なケースが果たしてどのくらいあるのか――機会があったら千歳あたりに聞いてみたいものである。
そんなことを考えながら、真昼はただ周が撫でてくれるのに身を任せていた。
周の過去の出来事を聞いた後の夕飯の後の話です。
真昼側の気持ちは固まってるのに、実はまだ三巻の末。
付き合うようになるのが四巻の末なので……まだ文庫本一冊分時間がある……(笑)
この直前のやり取りで『ずるさ』についてありますが、正確に文章にするのは難しいのでそこは割愛……(汗)