「まひるん、今回は攻めたねぇ」
千歳の言葉に、真昼は少しだけ苦笑いした。
学校の放課後。
今日はいつものクレープ屋ではなく、少しおしゃれな喫茶店に千歳と二人でいた。
よくあるカフェとも違う、古い喫茶店の雰囲気でありながらお値段がリーズナブルというなかなかの穴場で、千歳が最近樹と一緒に見つけたらしい。
ボックス席は隣り合っていても間に衝立があるので個室のようになっていて、あまり大きな声でなければ他人を気にしなくていいのも利点である。
「攻めたというか……もうあまり隠し切れないとは思いましたし、それならああ言った方が逆に下手な詮索はされづらいという狙いもあります」
最初に周――とは一部の人以外には全く気付かれていないが――と一緒に歩いていることが話題になったのは、今年の一月。
あの時はまだ周のことが好きだという認識はなく、ただ彼との交流が途絶えることの方が嫌で、明確に交際を否定した。
しかしあの時から、真昼の中で周の存在の意味は大きく変わっている。
それに、ゴールデンウィークで一緒にいるところを見られていたのならば、あれは客観的に見ればどうやっても仲の良い男女のデートにしか見えなかっただろう。
実際自分はそのつもりだった。
その関係を問われた真昼は、デートであることを肯定した上で、その相手――周を『大切な人』だと明言したのだ。
相手が周であることは気付かれていないだろうが。
「まあ、確かにねぇ。男子は怖くて聞けないだろうし、女子も前回のことがあるから、下手な噂は流しづらい。まひるんが断片的とはいえ情報を出した以上、どちらかというと続報を出してくれるのを待つ、となりそうだしね」
「もっとも、これ以上はお答えするつもりはありませんが」
少なくとも現状で言ってしまうことは周の迷惑になるのは確実だ。
だからこれ以上情報を出すつもりはないが、変な方向に進もうとしたらそれを修正するくらいは必要だろう。
「ま、私も口はつぐんでおきますよ。私が知らないっていったら、まひるん本人以外は誰も知らないって分かるだろうし」
二年生になって、真昼と千歳が仲の良い友人であることは誰の目にも明らかであり、休みに会っていることも認知されている。
その千歳が知らない、と言えば、少なくともそれ以外の人間に余計な詮索の目が向くことはないだろう。
「ありがとうございます、千歳さん」
こういう時、千歳の存在は本当にありがたかった。
事情を知り、かつ応援もしてくれる彼女がいなければ、今頃どうなっていたか。
「まあ、周も気が気ではないだろうけど……でも、そんなにわかんないの? 周が化けた姿って」
「化けたって……まあ、確かに……化けたっていうのが一番……失礼ですけどしっくりくることは否定できませんが」
実際効果は絶大だ。
何度か目撃されていても、周だと気付いた人間は正面からまじまじと見た優太だけ。
彼ですら、目の前で見てもすぐには確信できなかったくらいだから、親しくない人間が距離を置いて見てもまず分からないだろう。
言い方を変えれば、彼はそれだけ、自分の容姿を徹底的に隠していた、ともいえる。
無論本人は無自覚だろうが。
「よく見ると分かるし、私はもう……見慣れた、とは言わないまでも何度も見てますが、知らないとすぐには分からないくらいですね」
「昔のいっくんみたいなものかー」
「赤澤さんって昔と違うのですか?」
「あー、うん。そのうち話すね。雰囲気とかも含めて結構違うよー。私もだけど」
真昼は周を通じて知り合った二人しか知らないから、雰囲気や姿が違う二人は全く想像できない。
ただ、樹の父と千歳の確執の話は少し聞いてるし、彼女らは彼女らで、何かしら苦労があったんだろう、という事くらいは推測できる。
「ともあれ、今回はもう誤魔化すのは無理と判断してのことですし、実際嘘は言ってません」
「『大切な人』ってこと?」
「はい。周くんが私にとって大切な人であるのは……周くんが私に踏み込んできてくれるかくれないかに関係ないことです」
「……なるほど」
「これで『好きな人です』って言ったら周くんを追い詰めるだけですし、まだそれは時期尚早……だとは思います」
「まあねー。私としてはじれったい、と思うけど」
「否定はしませんが……その、私も出せるカード全部出してもダメだと、本当に何もできなくなりますし……」
「最後の手段は色仕掛けだねー」
「そんな常識のないことはできませんからね!?」
千歳の提案は、圧倒的に経験不足の真昼にとってはありがたいものであるが、真昼では絶対にできないようなものが時々混じる。
少なくとも色仕掛けなどは真昼にとっては想像するだけで頭が茹るレベルであり、到底考えられない。
ついでに言うなら、同じく常識的、かつ女性に対して大丈夫か、と思うレベルで紳士的な周だと、色仕掛けで迫るとむしろ引かれてしまうという気がするので、逆効果だと思う。
男性の本能として耐えられなかったら、おそらくその後に絶望的なほど後悔している図しか浮かばない。
で、そのうえで責任を取る、などと言い出すだろう。
だが、そんな関係になりたいわけではないのだ。
「常識ないって言われるとちょっと心外だけど……まあまひるんがそんなことやるタイプには見えないし、むしろやったら驚くけど」
「ご理解いただいているようで何よりです……というか、そういう方っているんですか……?」
真昼からすれば、色仕掛けというのは、付き合ってからそういう関係に進みたいと思ったから、というならまだ理解できるが、付き合ってもいない相手にするのは非常識というか、愛情すらないままそういう行為をするのに等しいと思えてしまう。
「うーん。私もまあ、正直さすがにない、とは思うけどね。ゆーちゃんあたりはなんか苦い思い出があるようなことを言ってたような」
ゆーちゃんというのは『王子様』とも呼ばれる門脇優太のことなのだろうが……。
思わず唖然とする。
彼と自分はある意味学校での立ち位置は似ているが、さすがに真昼にそのようなアプローチをしてきた者はいない。
が、性別が逆になるとそういうこともあるのか。
「……世の中色んな人がいます、ね……」
半ば呆れ気味に呟くと、千歳も「だよねー」と応じた。
千歳は色々明け透けに言うが、根本的なところでの倫理観は真昼と同じようなので、そこは安心できる。
この辺りは周も同じであり、まさに『類は友を呼ぶ』というところか。
そういう価値観の一致は、真昼にとっても嬉しいことだった。
「でも、今日帰ったらまた周の家に行くんでしょう? どう説明するの?」
「……別にそのままですよ。私にとって周くんが『大切な人』なのは現時点ではっきりしてますから、そのまま言うだけです。さっきも言いましたが、嘘は一切言ってませんから」
「まあ、まひるんがそうならいいけど。周も大変だねー」
「?」
何か含みのある言い方が気になったが、それ以上会話を続けない以上、千歳も話すつもりはないらしい。
その後雑談を少し続けた後、千歳とは別れて帰路に就いた。
買い物は先に周にお願いしてある。
同じ方向に帰るし、同じく部活に所属していないから、同じクラスである以上普通に帰ろうとするとどうしても同じタイミングになってしまい、一緒に歩くのを避けるため、こうやって片方が時間をつぶしたり、買い物をしたりと苦労している。
朝はまだずらすのは容易だが、帰りはいつも面倒だった。
「一緒に帰れるといいのですけど、ね」
せめて友人としてでも一緒に帰れれば……と思うが、同じ方向にずっと帰るのを見られれば、やはり遠からず周との関係は発覚するだろう。
やはり恋人として交際できるまでは、面倒でもこうするしかない、と思うと、少しだけため息が出る。
五月の連休も終わった直後は、もうかなり日が長くなっており、結構時間をつぶしたつもりでもまだ空は明るい。
これがすぐ暗くなる時期でれば、あるいは一緒に帰ることもできるかもしれないが――そうなるのはまだ数ヶ月も先で、そこまで自分が我慢できるかというと、多分無理だろう。
とりあえず今日の時点では、周に対して誰よりも『大切な人』だとはっきり言えるようになるだけで満足しておこう。
それが『大好きな人』と言えるようになることを信じて、真昼はまだ明るい空の下、少しだけ浮き立つ気持ちを感じながら家路を急ぐのだった。
真昼の『大切な人』発言の後の千歳とのやり取り。
周の家に帰る前の一幕ですね。
千歳も説明は受けているだろうな、と思いまして。