お隣の天使様:真昼視点   作:和泉将樹

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天使様と始まりの場所

 家の近くまで来た時には、すでに日は完全に落ちていた。

 

 急遽開催となった真昼主催の放課後の勉強会。

 その片付けまですべて終わった時点で、ほぼ日は落ちつつあった。

 普段であれば二人の関係を下手に推測されないために、同じマンションに住んでいても一緒に帰るという事はない。

 

 ただ、今日に関しては勉強会の片付けが遅くなったこと。

 そしてその勉強会で真昼がフォローできなかったクラスメイトを周がフォローしてくれていたこと。

 そしてここ一月半でほどで少なくともほぼ『友人』としての立場は確立できていること。

 すでに学校にほとんど生徒が残っていないこと。

 これらの要因から、少なくともこの状況で二人並んで学校を出ても、それを不自然に思われないだけの条件が揃っていた。

 ――というよりは狙っていた、というべきか。

 

 別に頼んだわけではないのに周が残っていてくれたので、結果としてそうなったわけだが、残って一緒に片付けをやってくれることを期待しなかったといえば嘘になる。

 

(そのくらいは、一緒にいるのを見られてもいい、とは思ってくれているんですよね)

 

 学校で真昼の側にいてくれることを以前ほどは――前は昼食を一緒にしようとした時点で逃げようとした――忌避してないだけでも、真昼にとっては進歩なのだ。

 

 時間はすでに十九時近く、すでに空は薄暮から暗闇に変わりつつある。

 点在する街灯が頼りなげに道を照らしているのみで、遠目には学生が二人歩いているだけにしか見えないだろうから、これなら噂になることもないだろう。

 夕食は家に帰ればすぐ準備となるが、今日は追加の買い物の必要はないので、特に急ぐ必要はない。

 

 本音を言えば手を――初詣やデートの時のように――繋ぎたいが、さすがにそれは出来ない。

 というか、したら周の方が戸惑うだろう。

 

 そんなことを思っていると、ふと、懐かしい、というには少し違うが、忘れがたい場所が目に入った。

 

「あ、ここ……」

 

 その声に、周も立ち止まる。

 それは、どこにでもある公園。

 遊具はブランコとジャングルジム、それに砂場のみで、あとは小さく広場があるのみ。

 もちろん通学路の途中である以上毎日この道は通っているわけだが、二人同時に通るのは実は初めてだった。

 

「……懐かしいな」

「はい」

 

 かつて、真昼が雨の中この公園のブランコで佇んでいたのは、もう半年以上前。

 あの時、真昼が傘を貸してもらったことから、今の関係が始まった、というのは間違いないだろう。

 その傘を貸したことで周が風邪をひき、真昼が看病し、そのあまりの生活の自堕落っぷりに食事を渡すようになり、それが食事を共にするようになり。

 そして――今ではお互いに、大切な存在だという思いを共有するまでになっている。

 

「今にして思いますけど、よく私に気付きましたね」

 

 こちら側の道からは、木々などが邪魔でブランコはかなり見えづらい。

 ましてあの日は今ほどではないがかなり暗かったうえに、雨だった。

 公園内にも灯りがあるとはいえ、気付くのすら難しいと思える。

 

「そうだな……俺も不思議だ。けど目に入ったからなぁ」

 

 気付いてもらえなければ、そして傘を渡されなければ、あのまま雨に打たれ続けていただろう。

 あの時は本当に何の気力もなく、その先のことを何も考えていなかった。

 それが、強引に傘を渡されて身体を打つ雨が遮られた結果、思考が戻ってきて、家に帰ることができたのだ。

 ある意味では、周は命の恩人でもあるのかもしれない。

 

「でもおかげで、今があります」

「……そうだな」

 

 あのきっかけがなければ、その後のことはおそらくすべてない。

 隣人である以上、あるいは関わるきっかけは別にあったかもしれないが、ここまでの関係になった可能性はないだろう。

 せいぜいが『天使様』と『友人の少ない男子生徒』が『クラスメイトで会えば挨拶する程度のお隣さん』というつながりを持った程度だ。

 

「ああ、そういえば真昼が足をくじいたのもここだったな」

「あ、あれは……その、猫ちゃんが急に飛び降りたから受け止めようとして、バランスを崩しただけです。足場が悪かったから。私がドジを踏んだわけではありません」

 

 恥ずかしい記憶を思い出されて、思わず反論する。

 実際あれは失態だったが……あれも今に至る道の重要な出来事の一つだろう。

 

「あれから……もう半年か。まだ、という気もするけどな」

「そうですね。いろんなことがありましたし」

 

 顔見知りとも呼べない隣人でしかなかったのが、いつしかお互いがいるのが当たり前に感じるようになっている。

 そして真昼にとって周はもう、彼以外を好きになることはできない、と思えるほどに愛おしい存在でもある。

 

(彼も、そう思ってくれてる……と思いたいですが)

 

 同じだけの熱量を持った想いかは分からない。

 だからまだ、真昼自身大きく踏み込むことができていない。

 

 その要因の一つが彼の自信のなさにある。

 今踏み込んでも、彼がその分引いてしまうと思えてしまうのだ。

 

 最近彼が勉強や運動を頑張っているのは、自信をつけるためだろう。

 彼が自分を成長させようとしているのは、真昼にも分かる。

 その自信が、きっと関係を進めるための一助にもなる。

 そしてその努力の成果は、真昼以外の人にも見え始めていた。

 実際今日の勉強会でも、ちらほら周に対する高評価を聞くことができた。

 

 彼は、本当はもっと多くの人に頼りにされ、慕われるだけの人物だと思う。

 今まで本人がそれをしないで済ませていた――関わらない様にしてきただけで。

 そしてこれからも、彼はきっと成長していくし、自信をつけていくだろう。

 うかうかしていると置いていかれるのでは、と感じることだってある。

 

(でも約束、しましたし)

 

 ずっと見ていてくれて、捕まえてくれるという約束。

 きっと周は、それを違《たが》えることはない。

 そして真昼も、周を支え、そして支えてもらっていくのだろう。

 互いに依存するわけではなく、互いを尊重し、助け合える、そんな関係。

 今でもそうなっているという自信はあるが、それをこの先もずっと続けたい、というのが真昼の望み。

 

「改めて、ですが。これからもお願いしますね、周くん」

 

 できる限りの親愛の気持ちと、そして愛しさを込めて。

 それに対し、周もわずかに微笑むと、頷いてくれた。

 

「ああ、こちらこそこれからもよろしく、真昼」

 

 はい、と真昼は精一杯の笑みで応える。

 

 この小さな場所から始まった関係は、かけがえのないものになった。

 そしてきっと、この先もずっと続いていく。

 あらためて、真昼はそれを強く願うのだった。

 




勉強会の後。
何気に多分二人一緒に帰ったのはこれが初のはず。
それまでは頑張ってタイミングずらしていたんだろうなぁ、とは。
公園の構造の設定はアニメ版準拠です。
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