5.5巻のSSとタイミング丸被った……まあパラレルってことでお願いします。
「それでは失礼します。おやすみなさい」
「ああ、お休み」
パタン、と藤宮家の扉が閉じる。
それに、一抹の寂しさを感じた自分に、真昼は意外さを感じた。
廊下で呆けているとこの時期、寒さで凍えてしまうので、小走りに移動して隣の扉を開き、自分の家に滑り込む。
そのまま、自室の寝台に腰かけると、手に持っていた紙袋を膝上に置いた。
ここ最近の日課である、周の家での夕食。
気づけばすでに一ヶ月近くこの生活が続いている。
だいたい十七時頃に訪れて、十八時過ぎから食事。
食後の片付けはどちらかというと周が担当するケースが多い。
最初こそ危なっかしい洗い方だったが、今は手馴れてきている。
その後は戻ることが多いが、最近は二十一時近くまで居ることもあった。
なんとなくだが、あの部屋はなぜか居心地がいい気がする。
そのため、最近は家から追加で持ち込む食材だけではなく、その後の時間をつぶすための本を持って行ったりすることもあり、今日も一冊、持って行っていた。
が、今日は持って行った時と異なる荷物が増えていた。
膝の上にある紙袋をのぞき込む。
入っているのはハンドクリームと、くまのぬいぐるみ。
誕生日を祝ってもらったのは、中学一年以来か。
あの時はささやかな誕生会として、いつもより少し豪華な食事を用意してくれていたが、プレゼントはなかった。
さらに幼いころから記憶をたどっても、誕生日を祝ってくれたのは、ハウスキーパーの小雪だけだ。
その小雪も、時間になると帰ってしまうので、誕生日に限らず、幼い頃の真昼は常に独りぼっちだった。
なまじクラスからも浮いていた――当時今のように外側を整えるほどのことはできなかった――ため、親しいといえる友人も皆無。
さぞ面白みのない子供だっただろう……今も中身はそう変わらないが。
だから、誕生日というのは真昼にとっては、改めて自分の孤独を再確認させられる日であって、むしろ嫌いだと言える日だ。
だから、突然彼から誕生日と言われたのには驚いた。
誰にも言うつもりもなかったから、真昼自身も完全に忘れていたのだ。
思わず反発してしまい、周が『じゃあ日頃の感謝の印で』と引き下がる風もなかったのでプレゼントを受け取ったが、よく考えれば、これは、生まれて初めてもらった誕生日プレゼントということになる。
十六年間生きてきて、初めての誕生日プレゼント。
紙袋からくまのぬいぐるみを取り出し、改めて見ると、あの不愛想な、でも意外なほど気配りができる周が選んだものとしては、納得できるようなできないような、そんな感じがした。
それ以前に、彼がどういう顔をして、これを購入したのだろう、と気になる。
ぬいぐるみを選ぶセンスがそもそもあるのか、というのも疑問だし、彼はそういう店に行くのはとても恥ずかしがりそうだ。
まあこれに関しては、彼の交友関係をまるで知らないので、あるいは助言してくれる女友達がいるのかもしれない。
その考えに至ると、なぜか少しだけ、胸の奥が疼いた。
「……?」
考えてみれば、彼のことはとてつもなく自堕落な生活をしてた、学業はそれなりにできる同じ学校、同学年の学生である、という以外、あまり知らない。
自堕落な生活については、幸い現在進行形にはなってなく、最近はちゃんとマメに掃除しているようだし、そこは訂正していいとしても、交友関係がどうなっているかは全く知らなかった。
ただ、漠然と部屋があんな状態だから、彼女がいる、ということはない、などと決めつけていたが、別に家に誘わなければ、別にそういう女性がいたところで不思議はない。
ただ、そもそもいたら、さすがに違う女性を家に上げる、ということはしないと思う。
まだ短い付き合いではあるが、そういうところはしっかりしている印象はある。
なので、正直に言えばいるとは思えない、とは思うが、それでも仲のいい女性くらいはいるかもしれない。
「考えてみたら、全然知らないですね……」
別に知りたい、と思ったことは今までなかった。
クラスが違うこともあり、貼りだされる定期考査の上位者名簿に名前がある人物。
その彼が隣人であることに気付いたのは、二回目の考査の頃だったか。
マンション内で制服姿ですれ違って隣の部屋に入って行ったのを見て、少しだけ驚いた。
制服のネクタイの色から、同学年というのはすぐわかった。
表札の名前を見て、それまで記号でしかなかった成績上位の藤宮周という人だというのはすぐに判断がついた。
ただ、それだけ。
それ以後も滅多なことですれ違うこともなく、関わることはないと思っていた。
あの時までは。
あの時、母にどうしても学校の書類のことで確認が必要で電話をかけた。
そしてぶつけられた言葉。
もう諦めていたつもりだったのに、それでもあの言葉は、真昼の心を打ち砕いた。
気付けば、雨の中、傘もささずにブランコに座っていた。
あそこに座っていたのは、あそこなら誰も見つけられないだろう、と思ったからだ。
いっそあのまま、雨に打たれて溶けてしまえば、とすら思っていた。
それが、傘を無理やり貸されて、風邪を引いた彼を看病して。
あまりの生活の自堕落っぷりに我慢できず、差し入れをして、さらに彼の部屋を掃除して。
怪我をした時におぶってもらったこともある。
今では夕食を共にする間柄だ。
「……冷静になって並べてみると……う……」
挙句に今日は誕生日プレゼントまでもらってしまった。
これでは少なくとも、客観的に見ればかなり仲の良い友人ではないか、と今更ながらに気恥ずかしさが先に来る。
ただ、それが不快ではない、というのは、真昼にとっては新鮮な感覚だった。
今まで真昼が会ってきた男性とは違う、と思う。
あらためて、ぬいぐるみを抱き上げる。
この年齢でぬいぐるみ、と思われるかもしれないが、可愛いものは可愛い。
首についたリボンが、とてもいいアクセントになっている。
つぶらな瞳は、それが作りものであるとわかっているのにも関わらず、まるで意志があるように見えてくるから不思議だ。
本当に彼が選んだのだろうか、と思う。
あるいは彼女でなくても、仲のいい女友達がいて、その女性が選んだのかもしれないが、それは真昼にも分からない。
ただ、あの時『独断と偏見によるおまけ』と言っていたから、彼が選んだのだとは思う。
一体どういう顔で選んだのだろう、と思うとちょっとだけ笑えて来る。
もう一度、ぬいぐるみを抱きしめる。
そのぬくもりと肌触りが、なぜか優しく感じる。
それが、このぬいぐるみのおかげなのか、それともプレゼントをもらった、ということの嬉しさからなのか、今の真昼にはまだ分からなかった。