「……また寝ちゃいましたね」
これで二回目。
真昼の膝枕で周が寝る確率は今のところ百パーセントだ。
これはこれで、とても嬉しい。
警戒心が強いはずの周だが、自分の前では眠ってくれるくらいに心を許してくれていることを実感する。
お互いに心許していて、大切な存在であることを確信できる。
ただ、どうしてもその先にまだ進めないのがもどかしい。
「私の本当の望み――ちゃんとわかってくれるの、どのくらいかかるんですかね、周くんは」
微妙に不満げな気持ちの込めて。
ちゃんと『見ていてくれる』と約束した割に、肝心なところは本人も無自覚のうちに目を背けているのか、あるいは本当に気付いていないのか。
精一杯のアピールは、今のところそこまで実を結んでいない。
家族との絆を得られなかった真昼にとって、周と結びたいと思う新しい絆は、おそらくかけがえのない、そして何よりも大切になるものだ。
お互いを大切に思い合うこと。
相手を何よりも愛することが、これほどに自分自身嬉しいと感じられるとは、かつては思ってもみなかった。
「それにしても……よく寝てますね」
先ほどから頭を撫でたり、時々頬を指先でつついたりしているが、かつてと異なり、全く起きる気配がない。
時計を見ると、二十二時近く。
膝枕を始めたのは二十一時過ぎだったはずだから、そろそろ一時間ほどになる。
周が寝入ってからは、三十分ほどか。
ここまで完全に寝てると――いつぞや振り払った
「完全に、寝てます……よね?」
周の頬に指を這わせる。そこから唇に移動しても、起きる気配はない。
もう少し近くで見たい、と顔を近づける。
顔同士が触れられそうになるが――体勢的にそこまでが限界だった。
「……それに、寝てる間にするのは……反則ですよね」
この状態で周が起きたら、おそらくとんでもなく気まずい状態になるだろう、という距離。
ここまで顔を近付けたのは、後にも先にも周以外いない。
先日、バランスを崩して押し倒された時と同じかそれ以上に近い。
至近距離で見る周は、本当に気持ちよさそうに無防備な寝顔を晒しており、とても愛おしくなってくる。
「気持ちいいのでしょうかね……」
実のところ、膝枕が気持ちがいいのかはやってる本人にはよくわからない。
ただ、太腿に乗る周の体温がまるで毛布でも掛けられているように暖かい。
実際、体温は周の方がわずかに高いようなので、頭と一部肩も接していて、そこがとても暖かい。
もう暑くなってきているとはいえ、夜はとても過ごしやすく、適度に快適な空間の中、足から温まると――。
「ふわ……ちょっと……眠くなってきますね」
多分周を起こして、もう帰るべきだというのは分かっている。
分かっているが、こんなに気持ちよさそうに熟睡している周を起こす選択肢は、真昼にはなかった。
「ちょっとだけ……なら」
これもある種の添い寝だろうか、などとどこかで考えつつ。
真昼は、訪れる睡魔に抵抗するのを諦め、目を閉じるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なじんだ感触が頬に触れる。
これはいつも抱きしめているぬいぐるみの感触だ。
瞼の裏からわずかに眩しさを感じるので、おそらくもう朝なのだろう。
今日も学校があるから、そろそろ起きなくては――。
「……え!?」
がば、と真昼は上体を起こす。
見慣れた、自分の寝室だ。
頬に摺り寄せていたのは、周にもらった誕生日プレゼントのくま。
「……いつ、私、家に?」
周を膝枕していて、眠気が襲ってきた後の記憶がない。
おそらくそこで寝てしまったのだろう、と思うが――。
「そいえばなんか……周くんが言ってた、ような……」
なんとか昨夜のことを思い出してみようとする。
確か、部屋に入ることの許可を求められたような……気がする。
状況を見るに、周がここまで運んでくれたのだろう。
「……ということは、部屋を……見られた?」
慌てて机の上を見る。
そこには、周の写真が飾られている。
以前樹にもらった、周が珍しく笑っている写真だ。
「こ、これ見られていたら……」
軽くパニック状態になる。
「と、とにかく周くんに……あ、そもそも鍵……」
鍵を開けて入ったのは確実だろうが、周が鍵を開けっぱなしで行ったとも思えない。
玄関まで行くと、ボードの上にあのキーケースがあるが、真昼の家のキーが外されていた。
扉を見ると、ちゃんと施錠してある。
「とりあえず……あ、朝の準備をしてから……」
昨日周の家に行った時の服装のままだ。
制服に着替えて鍵を取りに行くのと――写真を見られたかどうかだけは確認しなければならない。
下手をすると、しばらく周の顔をまともに見れない気がする。
手早く準備を終えると周の家の扉の前に立つ。
深呼吸一つ。
どうしても気まずさはあるが、これを学校まで持ち込まないためにも、今確認をしなければならない。
一応インターホンを鳴らしてから、鍵を開ける。
「お邪魔します……」
なぜか、とても小さい声になってしまう。
顔を上げると、シューズボックスの上にあるトレイに、真昼の家の鍵があった。
小さなシールを貼ってあるので、間違えることはない。
とりあえず目的の一つは達成したが、最大の懸案事項解消のため、真昼は緊張をはらみつつも慣れた周の家に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋に戻った真昼は、大きく深呼吸をした。
「……とりあえず大丈夫だった……という事ですよね」
写真は見てない、という彼の言葉は真実だろう。
そういうところまで紳士的である周の徹底ぶりに感謝するとともに呆れるところもあるが。
それより自分が寝ぼけて添い寝を要求していたのは……さすがに油断しすぎた、と反省する。
いや、してもらいたいとは思っているが、寝ぼけて要求すべきことではない。
いっそいつぞやのように周のベッドで寝かせてくれてもよかったのに、と思うが、それはそれで、彼が寝る場所がなくなってしまうのはよくない、と思い直す。
以前は翌日が休みだったからよかったようなものの、さすがに学校があると彼に迷惑がかかるだろう。
それに。
「ホントにわかってませんね、周くんは」
正直、昨夜は何回も葛藤した。
頬にキスくらいはいいだろう、とは思ったが――耐えたわけではなく、体勢的に難しかっただけだろう。
「女の子を甘く見過ぎですよ、周くんは」
好きな相手に何をしてもらいたいか、という欲求は誰にだってある。
そこに性別の違いなどない。
触れてほしいし、抱きしめてほしいし――
「……周くんの、ばか」
指先が唇に触れる。
いつか――。
「さて、朝ごはん準備して、お弁当詰めないとですね」
寝ぼけまひるんとその翌朝の話。
あの状況で頬にキスもしない周くんは人外レベルだと思う(酷)
まあ、やっぱ寝てる相手にそういうことをしてはならない、と思うのかもですが。