ぱくり、とアイスクリームを一口食べる。
考えてみれば、これはつい先ほど周が使っていたスプーンなわけで、いわば間接キスになるのだが、さすがに今更、この程度でうろたえることは……あまりない。
いつぞやのケーキの逆で、周の方から意識せずにああいう行為をしてくれたことの方が嬉しい。
それだけ、お互い意識することなく、近しい存在だと認識してくれているのだ、と思える。
もっともその後にそれに気付いたから、慌ててアイスクリームを渡してコーヒーを淹れる、などという行動に出たのだろうが、スプーンもそのままにしてる時点で、今更という気もする。
もう一口。
限定の高級アイスだけあって美味しい。
さすがの真昼もアイスクリームは作ったことがない。調べたことはあるが、さすがに専用の道具が必要で、あまり作る機会がないと思ったから手を出していない。
ただ今後考えてみてもいいかもしれない、と思う。研究し甲斐はありそうだ。
どうせなら、周好みの甘さ控えめのアイスクリームを一緒に作るのは楽しそうだ。
キッチンではコーヒーメーカーの前に周が佇んでいた。
別にフィルターと豆と水さえセットすれば戻ってくればいいのに、なぜかその前に居座っている。
顔を背けているので表情は分からないが――推測はついた。
(ああいうところが可愛いんですよね)
前に真昼が知る限りでは最も純情な人だ、と評したのは間違っていないと思う。
もっとも、真昼が知る男性自体そう多いわけではないが、目に入る範囲、つまりクラスの男子生徒全員と比較しても、彼ほどに紳士的でかつ純情な男性はいない気がする。
だからこそ、真昼も彼が側にいることは嫌でなかった。
気付いたら、いてくれると嬉しいと思うようになっていた。
今では、ずっと一緒にいたいとまで思っている。
多分この気持ちは強くなることはあれど、弱くなることは――もうないだろう。
周が自分のことを大事に思ってくれているのは間違いない。
多分、あと一つ、何かきっかけがあれば、最後の一歩は踏み出せる。
先日、頬にキスをしたのは――自分でも誤魔化してしまったが、それでもすべてがリセットされたわけではなかったと思う。
少なくとも、気持ちは伝わっているはずだ。
本当に、あと一押し。
ただ、未だにそのきっかけがつかめないが――。
多分もう、これ以上ないほどにはっきりと伝えるしかないだろう、とは分かっている。
そしてそれは、彼の逃げ道も塞ぐことになる。
そこまでしても大丈夫か、という最後の不安は、真昼にもあった。
ただ、遅かれ早かれ、真昼と周の関係は露呈する。
何より、真昼がもうそれほど我慢する自信がなかった。
学校で親しく話すようになっているが、最近周の前ではかなり素に近い状態になっているのを自覚している。
自分自身、『天使様』の殻はもう要らない、と思っているが、それを外せば、周への好意はおそらく隠せない、というのはよくわかっていた。
いずれ周にも影響が出てくる。
実際、どのくらい周の環境に影響を与えるか、というのは完全には読み切れていない。
そして周がそれを許容できるかどうかは――まだ分からない。
それでも、真昼はもう止まるつもりはないし、止まれないだろう。
その環境の変化を乗り切るのは、周一人の問題ではないはずだ。
二人で協力すれば、きっと大丈夫。
「あとは何か一つ、きっかけがあれば……ですね」
呟いた言葉は、空気に解けた。
気づくと、アイスクリームは最後の一口だけになっている。
考え事をしながら食べていたらしい。
美味しいアイスクリームだったのに、ちょっともったいないことをした気がするが、周のことばかり考えていたので、心は満たされている気はした。
ふと思いついて、ソファから立ち上がるとキッチンに向かった。
いまだに背を向けている周の背後に立つ。
「周くん」
「ん? なん……?!」
すぐ目の前に最後のアイスクリームを掬ったスプーンを差し出す。
「ちょ、真昼、まっ」
「はいどうぞ。最後の一口。周くんが買ってきたんですから」
後ろに下がろうと思えば下がれるだろうが、唇に付きそうなほどに近付けられたスプーンから逃げるのは、実際難しいだろう。
周は諦めたように、スプーンをくわえこんだ。
「これ、本当に美味しかったですね。ご馳走様でした」
何でもない、というように真昼はスプーンとカップを水で軽く洗い、カップはゴミ箱に入れる。
周の顔が真っ赤になっているのが分かるが、あえて気付かない振りをした。
「コーヒー、いただいても?」
「あ、ああ……もう終わるから、持っていくよ」
真昼は「じゃあお願いします」というと、リビングに戻る。
こんな、なんでもないやり取りがとても心地よい。
多分に照れくささもあるとはいえ、周も同じだろうと思う。
お互いに大事に思っていて、おそらくは――好きだと思ってくれている。
ただ、それを表に出す最後の一押しが、まだできていない。
時間の問題ではあると分かっていても――難しい。
(でも――なんとなくですが、きっとどうにかなる気がするんですよね)
根拠はない。
予感や予言など信じない真昼だが、これはなぜかそう思える。
その時が近づいていると――真昼はなぜか、確信していた。
アイスもらった直後ですね。
この次の話は、第一話の『天使様へのお題』へとつながります。
多少前後してますが(お題の最初のシーンはこれより前)
最初はこれで終わりの予定でしたが、もう一話、『最終話』として追加することにしました。