「……正直、疲れた、な……」
食事が終わり――お互い風呂に入ってから、真昼はまた周の部屋に戻ってきた。
今は少しでも長く一緒にいたい、という気持ちが強い。
こういう時、隣に住んでいると本当に便利だと思う。
寝る直前まで一緒にいることもできるからだ。
今は、二人並んでソファに座り、真昼は周に体を預けている。
肩や頭に感じられる周の体温が心地よい。
ただ、その周はさすがに少し疲れた様子だった。
「すみません……でも、多分今後は緩和されていくとは思いますし」
「ああ、まあ大丈夫だ。いずれはそうなるとは思うし……とはいえ今日が初日だったからな」
付き合うことになったのが三日前の体育祭当日。
週末の休みが明けて、今日は初めて二人で並んで学校に行った。
当然周も真昼も質問攻めに遭い――しかし結果として、二人がどれだけ思いあってるかをこれでもか、と見せつける格好になっていた。
というか、今思い返すと、さすがに少々気恥ずかしい。
これまで我慢していた反動でこのくらい、と思って振る舞っていたが、客観的にみると、とてもではないが普段の樹や千歳を笑えないレベルだった気がする。
(でも、仕方ないですね)
真昼としては自分に好意を向けても無駄だ、というのを示す意味もあったし、周が急に格好よくなったからといって、横恋慕しようとしても無駄だ、というのを示す目的もあった。
せっかく苦労して付き合うことになったのだ。横やりなどで邪魔されたくはない。
何より、これまでずっと我慢してきたのだ。
そこまで考えて――ふと、あることに気付いた。
「周くん」
「ん?」
「その、私がいつ、あなたのどこを好きになったかは学校で話しましたが……」
「いや、それはもう今後勘弁な。ホントに羞恥心で死ぬかと思ったから」
「それは……善処しますが」
「善処じゃなくてもうやめてくれ……」
「それはともかく、周くんが私を好きになったのがいつかとか、聞いてもいいですか?」
考えてみたら言われていない。
五月頃にはそういう情報は千歳からもらっていたが、一体いつからなのか、となると真昼にもわからなかった。
それくらい、周の態度はずっと変わらなかったからだ。
今思い返してみると、二年生になって以降少しずつ変化してた気もするが、それも今だから分かることであって、目立った変化はほぼなかったように思う。
真昼にしても、好きな気持ちが溢れて止められなくなったのは確かにあの春休みの出来事だが、あれは最後の一押しであって、それまでにも少しずつ好意を寄せていっていたのだ。
半年以上一緒にいたので、おそらく周も同じだとは思うが、だとしても同様のきっかけは何かあったののだろうか、というのは気になる。
「あー、その、言わないとダメか」
「私が言ったのですから、周くんも言うべきです」
ぺしぺし、と周の二の腕をたたく。
それが後押しになったわけではないだろうが、周は一度呼吸を整えると、真昼に向き直った。
「決定打は、実は真昼とほぼ同時期だよ。あの、お前が俺を頼ってくれて、甘えてくれた時。俺がお前の特別になれているかもしれない、と思ったら、真昼のことが好きなんだ、というのは誤魔化せなくなった。大切にしたい、と思った」
周が一度言葉を切る。
それで終わりというわけではなく、何か言葉を探すように一度視線を外すと――再び真昼を正面から見据え、口を開いた。
「どこが好きか、と言われると……全部、だな。もちろん、俺にだけ見せてくれてた素の真昼がとても可愛いというのはあるけどそれだけじゃなくて、真昼の強いところも弱いところも、意外と意地っ張りで負けず嫌いなくせに実は臆病なところも……全部だ」
それまで少し硬かった表情が、和らぐ。
真昼の好きな周の優しい瞳が、正面から真昼を見つめていた。
「そういう真昼が、俺を頼ってくれたら……寄り添って支えてやりたい、と思った。真昼の苦しみは真昼だけのものだけど、それを少しでも和らげてあげられるなら、ずっと一緒にいたいと思った。幸せになってほしいし――幸せにしたいと思ったんだ」
思わず頬が赤くなる。
改めて言われると、とても恥ずかしい。
二人だけでこれなのだ。
学校でこれをやられた周が、あの時口をふさいだ理由が今にしてよく分かった。
これを人前でやられたら、確かに口をふさぐしかない。
「まあ、正直に言えば、それ以前から気になっていた。意識しだしたのは……年明けくらいだ。初詣の時かな。振袖着てびっくりするくらいきれいなお前にかっこいい、とか言われてすごく照れくさくてさ。それからもちょくちょく無防備に振る舞われて、その、心臓がこれでもかってくらい苛められてたし」
「そ、それを言ったら、私も……好きになったのは多分もっと前です。自覚したのも……その、バレンタインの頃にはそうだろう、とは。ただ、その頃は友人関係以上になれると思ってなかったのですが……。周くんの側が心地いいと思っていたのは、それこそ……去年からだったと思います」
正直に言えば、もうよくわからない。
好きだと自覚したのは確かにバレンタインの頃だが、それ以前から周の側が居心地がよかったし、それは本当に最初からだとすら思えていた。
実際に思い返してみると、最初などそもそも警戒心丸出しだったし、可愛げない、などと言われても仕方ないような対応しかしてなかったし、そもそも好意を持つはずなどない、と決めつけていた。
それが、いつから変わっていたのかというと、もう覚えていない。
強いて言うなら、あの誕生日プレゼントをもらったあたりか。
気づいたら、周の側が居心地がよくなっていた。
それ以後、一緒にいて、周の他の人にはない魅力を多く見て、それが好意に変わるまでにはおそらくそう時間はかかっていなかったのだろう。
ただ、自分が自覚して認めるのに時間がかかっただけで。
「お互いなんかいるのが普通だと思えたあたりから、いてくれると嬉しい、というのになったんだとは思うが……はっきりする契機はあったにせよ、それ以前からお互い様だったってことだな」
「そ、そうですね……」
あるいは、だからこそお互いがいることが心地よかったのかもしれない。
お互いに好きな相手と一緒にいれるから、それだけで嬉しかったのだろう。
ただ、最初はその自分の気持ちに気付かず、気付いてからも一方通行《片思い》だと思い込んで、踏み込めなかっただけだ。
「私たち、結局お互い好きだと思った時期って、ほとんど同じだったってことですね」
「そうなるな」
「なんかすごく……遠回りしたというか空回りしてたというか」
「それはそうかもだが……まあ、俺に真昼と付き合う覚悟がなかったのもあるとは思うし」
それは確かにそうだろう。
周が真昼を好きでありつつも、周は真昼さえ幸せなら、という考えがあったとは聞いている。
そういう意味では、あの春休みからここまでの三カ月近くの時間は必要だったとは言える。
ただ。
「それでも、私はやっぱりものすごくヤキモキしました。二年生になってから、どんなにアピールしても周くんはずっと態度を変えないから、私に興味なんてないんだろうって悩んだし」
「いや、それは……俺はもう、その前から真昼のことが好きだったから、今更態度が変わらないというか」
相変わらずの不意打ち。
頬が急激に熱くなるのを真昼は抑えることができなかった。
「ホントに……そういうところがダメなところなんですよね……天然ジゴロ……でしたっけ」
「ちょ、なんだそれ」
はぁ、と半ば諦めに近い境地でため息が出る。
「なんかとても酷い言われようをされてる気がする」
「いいえ、とても正当な評価です。この際、私がどれだけヤキモキしてたか、周くんには知ってもらわないと納得できません」
「それを言ったら、俺がどれだけ真昼に心臓苛め抜かれたか、だって同じだろう」
「私のは意図的ですもん」
「……添い寝要求もか?」
一瞬で顔が真っ赤になるのが分かった。
「あ、あれは寝ぼけてただけで……!!」
「だからそういうところ。真昼が意図的に、あるいは無自覚に色々やるから、本当に俺は苦しかったというか」
「でも……それも全部、私の本心ですから」
我慢できず、真昼は周に抱き着いた。
周は驚いて硬直している。
「ま、真昼……?」
「全部、あなたが大好きだからしてたことなんです。気付いてもらえなかったら、振り向いてもらえなかったらどうしようって、ずっと不安に感じてたことは、
「……ああ」
突然抱き着かれた混乱から回復したようで、周も真昼を抱きしめてくれた。
「これからは、ちゃんと言葉にするよ。真昼が誰よりも、何よりも好きだから」
「はい。私ももうこの気持ちは抑えません。周くんが誰よりも、何よりも大好きです。この気持ちだけは、ずっと変わらないと断言できます」
周の温もりが心地よい。
これからもこの人と一緒にずっといたいし、離れたくはない。
「ずっと大好きです、周くん」
「ああ、俺もだ、真昼」
真昼は、ただ強く強く、周を抱きしめる。
周もまた、それに応えてくれた。
この想いが、お互いにいつまでも続くと信じて――。
これで本当に最終話です。
作中の『真昼がいつ周を好きになったのかを話すシーン』は原作5巻をお読みください。
『小説家になろう』にはないシーンなので。
なろう版だとまひるん構い倒してるのでこのシーンが成立するか怪しいけど(笑)