一日の全ての工程が終わり、真昼がベッドに入ったのは二十三時を過ぎていた。
普段より、一時間近く遅い。
遅くなった原因は分かっている。
家に戻ったのはいつもより少しだけ遅い二十一時過ぎ。
それでも、遅すぎるということはなかったはずだった。
しかしそこから、実に一時間近く、リビングで呆けていたのだ。
「食べろ」
そういわれて目の前に突き出された、フォークの上にあるケーキの欠片。
それを食べた、ただそれだけのことだったのに、その後に来た羞恥心の塊は、想像以上に真昼の心拍を引き上げた。
そして直前、自分が何をやったのかを自覚し、それが追い打ちとなる。
その熱は、周の家を出て自分の家に戻ってからも続いていたのだ。
何なら、今から外に出て――今は十二月――火照った体を冷ましたい、と思うくらいには体が熱くなってる気すらした。
実際にやったら、さすがに風邪をひくだろうから自重したが。
ただ、そうやってリビングで呆けていたので、普段よりお風呂に入ったりする時間が遅くなり、今に至る。
お風呂ではただひたすら無心に、いつものようにしていたので、いつの間にか体の熱も冷めていた。
だが、改めてベッドにもぐりこむと、また先ほどのことが思い出されてしまう。
「な、なんで私、あんなことを……」
精神安定のため、と思って枕元に置いてあったくまさんのぬいぐるみを抱き寄せる。
それで、少し安心しかけ――それが、周に贈られた物であることを思い出した。
とたん、熱は冷めるどころか、さらに体中を駆け巡っているかのようだ。
自分が最初にやった時は、別に何とも思わなかった。
ごく普通に、それが当然だと思えるくらい自然に、彼にケーキを差し出していたのだ。
しかしよく考えれば――いや、考えなくても、ああいう行為はごく親しい間柄、普通は家族か、あるいは恋人同士でしかやることはない、というのは、真昼だってわかっている。
わかっているが、あの時はそれが自然だと思ってしまっていた。
正直、あんなことはしたこともされたことも一度もない。
両親は言わずもがな――そもそも一緒に食事をした記憶すらない――で、小雪もあくまでハウスキーパー、という立場であったから、一緒に食事をすることはあっても、あのような行為をした記憶はない。
幼い頃はおそらくしてもらっていたのだろうが、少なくともそれと、先ほどの行為では意味が違う。
それでも自然に、ああいう行為が出来てしまった、ということが、真昼にとっては衝撃なのだ。
ただ同時に、どこかでそれが当然だと納得している自分もいた。
彼の側は安心できる。
家族との縁がほぼ皆無である真昼に取っては、藤宮周という存在は、家族とまではいかなくても、小雪以来の心を許せる存在になっているのだ。
なまじ同じ空間をずっと共有しているだけに、その安心感はあるいは小雪に匹敵するかもしれない。
その気安さを、いわば家族のような、と感じていたから、あのような行為を自然にやってしまったのだろう。
とはいえ、実際には家族ではない以上、その気恥ずかしさに真昼は悶えるしかない。
「つ、次から気を付けましょう、うん」
ただ。
そうすると、彼もこの羞恥を味わった、ということになる。
果たして彼は、どう思ったのだろうか。
恥ずかしかっただけか。
それとも――そこまで考えて、真昼は自分が恥ずかしかった以外の感情を抱いていることに気付く。
それは、安心できる、というのとも違う、彼に対しての想い。
ただ、それは明確な形をとる前に、まるで泡沫のように消えて、真昼にも分からなくなってしまった。
「……何でしょう……なんか、もやもやするような……」
それでいて、どこか夢心地のような。
そんな不思議な気持ちの残滓が、いつの間にか体から熱を奪ってくれていた。
その正体が分からず、真昼は「なんでしょうね、くまさん?」と目の前のくまのぬいぐるみに語りかける。
だがもちろんそれに応える者はいない。
「……さあ、もう寝ましょうか、くまさん」
ぬいぐるみを抱きしめて目を閉じる。
「おやすみなさい、周くん」
そう、名を呼んだことを、この時の真昼は自覚していなかった。
真昼の試験学年一位ご褒美のケーキの『あーん』事件のその夜のお話です。
少しずつ少しずつ、周の存在が真昼の中で増えていく様子ですが……。
これを周視点でちゃんと描いてる原作者はホントにすごいわー、と思います。