お隣の天使様:真昼視点   作:和泉将樹

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天使様の大掃除

「周くん、じゃあ、テレビボードを動かして……ああ、引きずっちゃダメです。床に傷がつきます。って、きゃあ、テレビ!!」

 

 真昼の指示に、周は慌ててボードを持ち上げ……勢いがつきすぎて、上に乗ったテレビが倒れそうになる。

 それを真昼がかろうじて押さえた。

 

「……す、すまん」

 

 本当にすまなそうに謝る周に、真昼は苦笑しつつも、とりあえずテレビを落ち着かせつつ「気を付けてくださいね」と言って、ボードが動いて空いたスペースに掃除機をかけていく。

 

 今日は十二月三十日。

 この日、周の部屋の大掃除が行われていた。

 ちなみに、真昼の部屋の昨日のうちに大掃除は終わっている。

 周が「手伝わなくていいのか」と言ってきたが、部屋に上げるわけにはいかないし、真昼の部屋の家具は備え付けのものとベッド以外は、ストッパー付きのキャスターがついているものが大半のため、家具の下を掃除するのはそれほど苦労しない。

 元々、普段からこまめに掃除している上に、最近では周の部屋で過ごすことの方が明らかに多くなっているため、部屋が汚れるようなこともほとんどない。

 なので、大掃除といっても本当にすぐ終わってしまったのだ。

 

 一方、周の部屋は普段から真昼も上がり込んでいるので、やはり人が活動すればそれなりに汚れてくる。

 普段から周も掃除するようになっているとはいえ、やはり見えにくい場所や見えない場所の掃除は甘い。

 そういうわけで、朝から真昼指揮官の元、大掃除が開始されたわけである。

 

 今年の正月は、周も帰省しないため、大晦日から正月はほぼ一緒に過ごす約束になっている。

 お互いやることもないのだが、それでも気心の知れた相手と一緒にいられるのは、実は真昼にとってはとても嬉しいことだが、さすがに言葉にはしない。

 

 ちなみに一昨日、周の母である志保子から、真昼に電話があった。

 周が正月帰らない、と伝えた直後のことで、なぜか周にではなく真昼に電話がかかってきたのだ。

 

 要約すると、『息子をよろしく』という内容だったが、その際にかつての周の正月での姿などを延々と教えてもらった。

 すぐ横に周がいたので、聞こえない様に少し離れて、相槌を打ってごまかしていたが、果たして彼は気づいていたのかどうか。

 過去のほほえましいエピソード(多分彼はそれも嫌がる気がするが)をひとしきり聞いてしまった。

 周がずっと訝しげに見ていたので、ちょっと悪いことをしている気になったが、その顔と、聞いているエピソードのギャップに吹き出しそうになったのは内緒だ。

 

 そして、今日の大掃除。

 朝から二人で取り掛かってはいるが、正直、かつてのあの嵐の後のような周の部屋を片付けた時に比べたら、はるかに楽だった。

 なので、前回では手が回りきらなかった、本当に部屋の隅などの汚れすら徹底的に落としにかかった。

 この手の汚れは一度残ると、そこから延々と汚れが蓄積される。なので、落とせるうちに落とすのが鉄則だ。

 まあ、彼が入居する前からあったと思われる汚れなども散見され、さすがにそれは落としきれないにしても、それ以外は十分にきれいにすることができた。

 真昼はやるとなったら徹底するため、結局、終わった時はすでに日が落ちていた。

 元々、冬至を過ぎたばかりのこの時期は、日が落ちるのが早い。

 

「……買物行く時間、微妙ですね」

 

 時計を見ると、すでに十八時過ぎ。

 本当は今日は、明日のおせち料理や年越し蕎麦のための買い出しも行う予定だったのだが、荷物を抱えて暗い夜道を歩くのは、若干の不安があった。

 

「俺が行くけど?」

 

 周の言葉に、真昼は「ちょっと難しいんじゃないかと」と応じると、周が明らかに不満気な顔になる。

 

「いや、俺がいくら料理できないからって、さすがに買い物くらいは……」

「別にそういうわけではないのですが、でも、おせち料理の食材の買い出しとなると、細かい指示を出しても、周くんはわからないものもあるのでは?」

 

 真昼の言葉に、周が「うっ」と言葉に詰まる。

 

 本来のおせち料理は日持ちする料理を用いて、正月の間――つまり神様が来ている間――は火を使わないようにするためのものだった、とされている。

 そしてそれぞれの食材に意味を持たせて、縁起物とされるものだが、その調理の手間ゆえに、最近ではデパートなどで買うのが普通だろうが、あれは予約がいる。

 元々は帰省する予定だった周はそんなものは予約していないし、真昼はそもそもおせち料理を買う理由がない。大抵、売られているのは家族向けで、とてもではないが一人で食べられる量ではないのだ。

 

 ただ、おせち料理に関しては、そもそもそれぞれを小分けにしてスーパーなどでも売っているし、ある程度は自分でも作れる真昼は、おせち料理を自分で作る予定である。

 もっとも、自分一人だったらそこまでするつもりはなかった――せいぜいいくつかの縁起物を用意してお雑煮を食べるくらい――のだが、今年は周が一緒にいてくれる、ということで、気合が入っているのは内緒だ。

 すでに必要な食材はある程度購入済みだが、いくつかまだ不足しているものはあるので買う必要がある。

 まあ細かく指示を出せ大丈夫な気はするが、今の反応だと周は少し自信なさげだ。

 

 本当は二人で買い物に行ければいいのだが、万に一つ、誰かに見られてしまうと、お互いに困ったことになる。

 こういう時は、自分が注目されている状態であることを恨めしく思う。

 

「なので、買い物は明日、午前中に私が行きます。すでにある程度買って、冷蔵庫に入れてありますから、まだ買ってないものを追加で買うだけですし、明日はスーパーが朝早くからやってますから。ただ、今日の夜ご飯どうしましょうか。やっぱりちょっとだけ買いに行ってもらうか……でも遅くなりますね」

 

 今から買い物に行けば、どうやっても帰ってくるのは十九時を回る。そこから準備を始めれば、早くても二十時近くの夕食となる。

 遅すぎる、ということはないが、明日は午前中からおせち作りに邁進したい真昼としては、今日は早めに休みたいのも本音だ。

 明日は大晦日だから、きっと深夜まで起きていることになるだろう、というのもある。

 あり合わせで何とかするか、いっそカップラーメン――これは周の家にはある程度ストックがある――で済ませるか。

 

「あ、じゃあピザ取るか」

「ピザ」

 

 ちょっと懐かしい気がした。

 あれは今日のように大掃除をした後、周の部屋で初めて食べた食事。

 今思えば、あれは、実に数年ぶりに自分以外がいる環境での夕食だった。

 ついでに言えば、数年ぶりの、いわゆる『天使』の外面を全くなしに、素の自分を――警戒心は最大に近かったが――出しての、自分以外の人が一緒の食事でもあった。

 

 それから二ヶ月あまり。

 当たり前のように毎日夕食を共にするようになるとは思わなかったが、真昼はさすがにピザを夕食に並べることはしなかったので、あれ以来、ということになる。

 

「真昼もそれでいいか?」

「あ、はい。それでいいです」

 

 そういうと、周がピザのメニューを真昼に渡す。

 

「この間、樹達とのクリパで少しは食べただろうけど、好きなの選んでいいよ」

 

 先日、周と樹、千歳らのクリスマスパーティーに巻き込まれた際、一切れだけピザをもらったが、残念ながらすでにかなり冷めてしまっていた。

 渡されたメニューを見ると、以前見たものとかなり違うメニューがある。

 

「ああ、この手のは結構季節で変わるんだよ」

 

 真昼の疑問を察したのか、周が説明してくれる。

 カニや牡蠣など、ピザに使うのか、と驚くようなメニューもある。

 あまり馴染みのないメニューに、真昼はいろいろと目移りし――結局、『冬の四種食材ピザ』というのを選んだ。

 

 小一時間ほどでピザが配達され、二人は早速食べ始めた。

 店から特急で届けられたピザは、まだ出来立てのようにチーズがとろけており、食べるはしから糸が伸びるように溶けたチーズがこぼれそうになる。

 それをすくって食べるのも、ピザの醍醐味だろ、という周の言葉に、あまり上品ではない、と思いつつ、指ですくってチーズを口に入れると、わずかに熱を持ったチーズの味に顔がほころんでしまうのがわかる。

 

「やっぱ、美味しそうに食べるな」

「実際美味しいですし」

 

 嘘ではない。

 繊細な味付けとはいいがたいが、こういうはっきりした味が、一日掃除で疲れた身には、とても美味しく思えるのは事実だ。

 前は見られて恥ずかしい、という気もあったが、一か月も食卓を共にしている以上、それは今更だった。

 

「ご馳走様でした」

 

 そうしているうちに、Mサイズのピザはあっさりと二人のお腹に収まってしまった。

 カニや牡蠣がピザに合うのか、と思っていたのだが、存外全部美味しかった。

 固定観念で決めつけるのはよくない、と分かる。

 今度、新しい料理に挑戦してみたくもなった。

 

 いつもだと、この後食器を洗う必要があるのだが、今日使った食器といえば、取り皿二枚とコップくらい。

 それを周が何も言わずにキッチンに持って行って、水を張った洗い桶に一度沈めると、すぐ戻ってきてピザの箱をたたんで、ゴミ箱に入れた。

 その後、すぐ洗い物にかかる――と言っても、ものの五分ほどで終わってしまう。

 その間、真昼はそれらの動きを、なんとなしに見ていた。

 その手際に、二カ月ほど前からの成長を感じて、おかしくなる。

 

「……何だよ」

「あ、いえ。手際が良くなったな、と」

「そりゃあな。毎日やってれば、少しは」

 

 もともとが怠惰だったのと、やる気がなかっただけで、実のところ生活能力皆無ではなかったのかもしれない。

 実際、掃除だってちゃんとできている。

 もしかしたら、そのうち料理もできるようになって、ちゃんと生活できるようになるのだろうか。

 そうなれば、自分はお役御免になる――と思って、その未来はあまり望ましくない、と思ってしまった。

 普通に考えれば、周がちゃんと一人で生活できるようになるのは、正しいはずなのだが。

 

「なんだ?」

「何でもないです」

 

 なぜかその未来を望んでいない自分の考えに戸惑う。

 

(なんでしょう、これ)

 

 真昼は頭に浮かんだその戸惑いを、軽く頭を振って振り払うと、明日の予定を頭の中で確認するのだった。

 




原作ではさくっと終わっていた周くんの家の大掃除。
このシリーズでは珍しく、ほぼ完全な二次創作だと思います(笑)
しかしピザってさすがのまひるんでもあまり作らないですよね、多分。
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