ルカ………勇者ルカ………
僕を呼ぶ声が聞こえる。目を開けると、そこは荘厳なる光の空間。そして目の前に顕現する光の化身。
この世の誰よりも輝き、美しく伸びた金色の髪色。この世の全てを見渡す宝石色のブルーアイ。そして、この世の誰よりも麗しいご尊顔と御形を持ち合わせた絶対にして唯一の存在───女神イリアス。この星に生きるものたちはみな、彼女の事をそう呼ぶ。
「イ、イリアス様!!」
ルカ……あなたは洗礼を受けていない祝福されざる勇者。しかし、決して己を卑下してはなりません……
「イリアス様……いったいそれはどういう…?」
聞き返す僕だが、イリアス様の御姿がだんだん朧げになってゆく。
祝福されざる勇者よ………私はいつでもあなたを見守っていますよ………
その激励とも受け取れるお言葉を最後に、僕の意識は闇の中に落ちていった。
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「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
「うわぁぁぁぁっ!!いったいなんだぁぁっ!?」
辺りに響き渡る金切り声のような絶叫。そのあまりのうるささに飛び起きようとしたところ、身体が硬直して上手く動かすことができない。まさか、と思い辛うじて動かせる首を音の発生源と思われる方向に向けると、案の定、頭頂部に巨大な葉を生やした褐色全裸の妖魔がいた。
マンドラゴラ娘が現れた!
「もう〜〜〜!せっかく寝てたのに〜〜〜!」
不機嫌そうに顔を顰めるマンドラゴラ娘。彼女の傍らをよく見ると、尻もちをついたハカセさんが硬直していた。足元に散乱した野菜とざるから推察するに、朝食を作っていたハカセさんが地面に埋まっていたマンドラゴラ娘を山菜と勘違いし、誤って抜いてしまったのだろう。
「あ、あわわ…」
「……ふーん、私の悲鳴を聞いて死んじゃう人もいるのに、冴えない顔の癖して意外と胆力があるのね」
動けないハカセを見下ろしながら感心するマンドラゴラ娘。すると動けないことを良い事に、ハカセの両足を掴むと地中に引きずり込み始めた。
「え、えぇ!?」
「またしばらく寝るけど…その前にあなたから栄養を絞れるだけ絞っちゃうんだから」
「う、うわぁぁ!誰かぁ!」
口角を上げて悪どい笑みを浮かべるマンドラゴラ娘によって、筋肉が麻痺し、碌に抵抗出来ないハカセさんが手を万歳と上げた状態でズルズルと穴に引き込まれてゆく。
僕も助けに行きたいが、彼女の悲鳴を聞いたせいでまだ身体が痺れて身動きが取れない。そうしてる間にも、
「とりあえず味見でもしちゃおうかしら」
「ニチアサ作品でそういう描写はダメなのにぃ!」
膝下部分を完全に引きずり込んだところで、何気にメタ発言を繰り出すハカセのズボンに舌舐めずりをしたマンドラゴラ娘が手を伸ばす。このままでは豪快に強姦され、健全な戦隊作品がただの痴態作品になってしまう。
色々な意味で万事休すか─────と思われたその時、
「おい…」
低くドスの効いた声が聞こえる。ちらりと後ろを横目で見ると、足元にフライパンと人数分の目玉焼きをぶちまけたマーベラスさんが額に青筋を浮かべて立っていた。
「テメェのデケェ声で… 」
助走をつけて跳び上がる。
「えっ、ちょっ…!」
「朝メシが無くなっちまったじゃねぇかぁぁぁ!!」
マグマのように激しい怒りの雄叫びをあげて放った盛大なドロップキック。それをモロに顔面に食らい、吹き飛んだ先にあった木の幹に頭をぶつけると、マンドラゴラ娘はまもなく昏倒した。
「少しは僕の心配もしてよぉ」
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「ほら、満月草だ。口に含ませて根っこの部分を噛み砕け。染み出したエキスが身体の痺れをとってくれる」
「ありがとうございます、アリスさん」
アリスから受け取った満月草をアイムがハカセの口に放り込む。ちなみにマーベラスが吹っ飛ばしたマンドラゴラ娘は、あの後目を覚ましたアイムたちによって丁重に埋め直された。さすがに今回ばかりはこちらに非があったため、薬草を飲ませて傷を癒しつつ元に戻しておいたわけだが、植物に薬草を与えるなど割とおかしな話だ。
「それにしても植物に擬態してる魔物もいるとはねぇ」
「油断も隙もないな」
朝食を食べ損ねた海賊たちがため息をこぼす。ナメていたわけではないが、いざ仲間が襲われかけると認識も改まるというもの。未知の星という事もあって、これからは一層気を引き締めなければならない。
「そういえばあの勇者見習いの子、どこ行ったんだろう?」
身体の痺れがだいぶ楽になったハカセが身体を起こしながら、マンドラゴラ娘を埋め直してから姿が見えなくなった少年ルカについて言及する。
「勇者さんならさっき、茂みの向こうで跪いて天に向かってお祈りしておりましたよ?」
「お祈り…?」
「みんなおまたせ〜!」
ウワサをすればなんとやら、少年ルカがやけに清々しい顔を浮かべて戻ってきた。
「何してたの?」
「イリアス様に向けて感謝のお祈りを捧げてたんだよ。イリアス信仰には"イリアス五戒"っていうのがあって、その内の一つに朝昼晩に一回ずつ深いお祈りをしなくちゃいけないっていう決まりがあるんだ」
イリアス信仰には女神イリアス様が定めた禁忌、"イリアス五戒"というものがある。
一、「神に剣を向けることなかれ」
一、「魔物と交わることなかれ」
一、「祈りを欠かすことなかれ」
などといった決まりを、信仰している者は厳守しなければいけないのだ。
「はっ、お前らの奉る神様ってのは随分と自分がかわいいらしいな。人が飢えそうになってるってのに、助けねぇ神への感謝で腹が満たされるか」
「同感だ。そもそも貴様ら人間はそんなに神の奴隷でいたいのか?」
すっかりご機嫌斜めな腹ペコの二人が八つ当たり気味に吐き捨てる。普段は仲が悪い癖にどうしてこういうときに限って息が合うのだろうか。
それと昨日からの言動で気付いた事だが、二人は人から指図されるのが気に入らない体質らしい。だから最初からイリアス様を毛嫌いしてる魔物のアリスは勿論、アリスと性格が似通っているマーベラスさんがイリアス様のお言葉に従う筈がない。
────間違ってもイリアス様には会わせられないな。
それにしたって、一食抜いただけでこうだと、この先の旅が思いやられる。
「そもそも貴様の崇拝するイリアスは我々魔物を忌み嫌っているではないか。それは貴様の信念と矛盾せんのか?貴様は人と魔物が暮らせる世界を作りたいのだろう?」
痛いところをドスドス突いてくる。確かにイリアス様は人間を愛している分、魔物をお嫌いになられている。
例を挙げると、イリアス五戒の中で二番目に重い罪である『魔姦の禁』。イリアス様は魔物と姦淫した人間を決して許さない。
しかし───人間には分からない深い考えをお持ちなのだろう……。
「思考が停止してるぞ」
「でもそうだとしたら色々とおかしいんじゃない?」
「その通りだ。だいたい何だその魔姦の禁というのは。殆どの魔物は人間の男と交わらないと繁殖できん。……つまり、魔物の数だけその掟を破った者がいるという事だ」
「あっ……確かに…」
今いる魔物の数はこの星の人間の数より多いと聞く。だとすれば今まで果てしない数の男が魔姦の禁を破り、魔物との行為に及んだという事になる。イリアス様の教えがすっかり形骸化しつつある事に心苦しくなるが、そうなると僕の理想と現実がひどく矛盾していることに気付いてしまう。
魔物を増やすにあたって、必然的に魔姦の禁を破ることが横行するのだが、逆を言ってしまえば禁忌を破らないと魔物は増えることができない。
あれ?そうなると僕が理想とする、人と魔物が共存する世界というものが、ただ魔物を減らす排斥活動になってしまうのではないか?
「例えば種として弱い人間と、種として強い魔物の均衡を保つためとかは?」
「それだと結局ある程度禁を破る事を許容しているようなものだろ」
「つーか、お前らの言う神ってのがそんなに魔物が嫌いなら、魔物を滅ぼしちまった方が手っ取り早いだろ。なのになぜ魔物ではなく、人間たちに罪を強いる」
腕を組んだマーベラスが無愛想に極論を吐き捨てる。それに少し考えるような仕草をしながら、アリスは言った。
「滅ぼせないから人間たちを束縛するのだろう。…尤も、時間を掛ければ可能かもしれぬが」
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道中で会話を交わしながら北へ進む。イリアスベルクまで歩いて約半日。この調子で行けば、予定より少し早く夕方前には到着する筈だ。
「ところでイリアスベルクってどんな町なんだろう?この大陸で一番大きい町って聞いたけど」
すっかり身体の痺れが取れ、元気を取り戻したハカセが少年ルカに質問する。
「小さい頃に一度だけ行ったことがあるんだけど、人がいっぱい住んでて、各地から集まる商人や冒険者で賑わっていて、店には食べ物とか色んなものが売っているんだよ」
ふと蘇る幼少の頃の記憶。まだ元気だった頃の母との最初で最後のお出かけ。あの時は馬車だったので、魔物にも襲われずに済んだのだが、それにしたって終始外が平穏だったのを覚えている。
「へぇ〜!」
「それは楽しみです!」
「余も楽しみだ……くくっ……」
ハカセやアイムが期待に胸を膨らませるなか、気味の悪い声をあげるアリスに、もしや悪い事を企んでいるんじゃないだろうな?と少年ルカが怪訝な目を向ける。
「イリアスベルクの老舗宿、『サザーランド』には名物、ハピネス蜜をたっぷり使った『あまあま団子』があるという。いかなるグルメも舌鼓を打つという妙味、しかと味わおうではないか」
「へぇ、なかなか美味そうじゃねえか」
「やっぱり食べ物の話か…」
ほんとにこの二人は食べ物関連の話になると途端に意気投合する。普段からこんな感じだったらよっぽど楽なのに…。
「というかその旅行情報誌、五百年前のやつじゃないか!?」
アリスが取り出した古びた旅行ガイド。写本時代に作成されたその雑誌に載ってる殆どの町は既に無くなっている。
「うわー、随分と年季の入った旅行雑誌。それ古本屋に売ったらかなりの額になるんじゃない?」
「誰が売るかこのドアホ」
「はぁ?なによ?」
「なんだ、やる気か?」
「まあまあ落ち着いて!」
暇さえあれば些細な事でも揉める海賊と妖魔。これがこの世界における人間と魔物との関係を表した縮図とは考えたくない。人間と魔物との間には、まだまだ多くの壁がある事を、僕は改めて実感した。
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「うわぁー、大きな町」
日が暮れる直前、順調に旅路を進んだ勇者一行は、無事イリアス大陸で一番栄えている町『イリアスベルク』に到着した。夕陽に照らされ黄金に染まったレンガの町並みを目にしたハカセが感嘆の声を漏らすと、マーベラスたちは堂々と町の中に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ」
「今余は空腹だ。その余の歩みを止めるとは、相応の理由でなければ許さぬぞ」
「マーベラスさん達はまだしも、アリスがその姿のまま入るのはマズいだろ?」
ここ近辺は魔物排斥の思想が強い。魔物であるアリスがそのまま町に入れば大騒ぎになってしまう。
「ハカセ、着ぐるみとかあるか?」
「ないよ。それにもしあったとしても余計に怪しまれちゃうよ」
「人間の姿などに変わる事は出来ますか?」
「人に化けるのは簡単だが、少々不愉快だな。なぜ、余たる者が姿を偽らなければならんのか……」
「そのまま町に乗り込んだらあまあま団子は食べられないぞ?」
「くっ…!」
アリスが渋々了承する。なんとなくだが、アリスの扱い方が分かってきたような気がする。
「仕方ない、これでいいか?」
アリスは露出の高い服を纏い、スラリと長い生脚が刺激的な人間の女性に化けた。少々姿が目に毒だが、これならハレンチな格好をした旅人として通る。
「あ、うん……」
「まあ!人の姿もお美しいです!」
「どうでも良い。さっさと入るぞ」
こうして僕達はイリアスベルクに入ったのだった。
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「おい、聞いてた話と違うじゃねえか」
「一体全体どうなっている?」
「そんな…!」
イリアスベルクに入場したルカ達。しかし活気に満ち、賑わっているという話は何処へ。大きな通りは静寂に包まれ閑散している。人どころか、犬猫一匹すら見当たらない。
「みんなこの時間はお昼寝しているとか?」
「そんな馬鹿げた習慣があってたまるか。それに今は夕暮れ時だぞ」
確かに今は夕方だが、本来この時間も多くの人でごった返している。明らかに異常事態だ。
「取り敢えず店を探すぞ。一軒くらいは開いてるだろ」
顔を顰めながら歩くマーベラスさんを先頭に、町を散策する。やがて町の中心にある広場に繋がる大通りに出ると、マーベラスさん達は一瞬広場の方に視線を送るが、すぐに興味が失せたのか何食わぬ顔で素通りする。
不思議に思った僕は、広場の方に目線を移すと、
「なっ……!?」
思わず立ち止まり、唖然としてしまう。
広場に広がる、賑やかな町並みの風景とはかけ離れた戦士たちの死屍累々の数々。正確に言えば、みな息はあるが当分動く事は出来ない───そして倒れる戦士たちの中心に立つ一人の武人。僕にはそれが誰であるか、すぐに理解った。
「魔王軍四天王の一人、炎の魔剣士グランベリア……!!」
巨大な剣に無骨な鎧を装った竜人。知らない者は魔物含めて誰一人としていない世界最強の剣士。魔王軍四天王のグランベリア本人が僕のすぐ目と鼻の先に佇んでいたのだ。
「……なんと他愛のない。この町に強者は誰一人としておらんのか!?」
夕焼けに照らされたグランベリアの影が揺らぐ。咄嗟に街路樹に隠れたため、まだ僕に気付いていないが、グランベリアの放つ威圧的な武のプレッシャーに僕の足が竦み、震えが止まらない。
「マ、マーベラスさん……!」
無意識に心強い同行者の名を口に出すが、一向に返事が返ってこない。振り返ると、既にマーベラスさんたち海賊とアリスの姿はそこになく、ポツリと僕だけが取り残されていた。
「な、なぁっ……!?」
「ふん、残るは三人か……さて、どうする?この町が我が手に落ちるのを傍観するか?それとも敵わんと知りながら勇者としての責を果たすか?」
置いてかれたのか、見捨てられたのか、愕然とする僕が再び視線を元に戻すと、孤高の魔剣士に立ち向かう戦士の姿が三人。しかしどれもグランベリアの圧に気圧され、勝ち目がないことは明白だった。
そして瞬く間に残った二人の戦士が倒され、最後に残った戦士は一目散に逃げ出し、遂に広場に立つ者はグランベリアただ一人。向かってくる全ての戦士に手加減をした上で制圧し、絶対的強者として君臨していた。
「……ふん、その選択が最も賢明だな。だが、今後は勇者とは名乗らぬ事だ」
逃げ出した戦士の背中に冷ややかな蔑視を送ると、グランベリアは咆哮する。
「これで全てか!?ならばこの町は魔族が占拠するが、文句は無いのだな!?」
身体が重い。寒気がする。ドクドクと鼓動する心臓の音が耳の中に反響し、鼓膜が震える。
どう考えたって今の僕には無理だ。勝てっこない。今すぐここから逃げ出したい。心の中で燻る弱い自分が溢れてくる。
そうだ。無理に戦う必要なんてない。次に強くなった時にここにまた戻ってきて、戦えば良いじゃないか。今は仕方ない。またいつか。そんな自分を説得する文言がつらつらと沸き出てくる。
でも、ここで僕が逃げ出したらこの町はどうなる?きっとこの町の人々は魔物の脅威に怯え、一生惨めな気持ちを抱えて生きていく事になるだろう。僕もここでおめおめと逃げ出して、町を見捨てた上で勇者として魔物との共存なんて謳えるだろうか?否、出来る筈がない。ここで逃げ出してしまえば、僕は魔物と戦わずに屈した本物のニセ勇者になってしまう。
理解している。理解しているのになんで…どうして……
「どうして……僕の足は動かないんだ……!」
暁に照らされ色濃く地面に映る僕の影。大きく伸びたその黒い影は、まるで僕の恐れを表しているように、暗くゆらゆらと揺れていた。