「………」
別にどうこうしたいワケではなく、目の前の皿に盛られた付け合わせのポテトを、キリトは右手に持つフォークで転がしていた。
「どうしたの?食欲がないの?」
「ああ……いや……」
「?」
そんなキリトを見、レナが声をかけてみるものの、先ほどからずっとこの調子。要領を得ない生返事ばかりが返ってくるのみで、どこか上の空気味。これには、妻として彼の一番の理解者であると自負するレナも、きょとんと眼を瞬かせることしかできなかった。どこか調子が悪いのだろうか。いや、そんな筈はないはず。じゃあ食事が気にくわなかったとか?いやいや、いっそすがすがしいくらいにグルメな彼の事だ。どんなゲテモノ、異色を放つ食材ですら美味であれば食べようとする彼の食通ぶりからしてこのランチが気に入らないわけがない。
ムムム、やっぱりここのポテトは美味しいではないか。外はカリッと、そしてジャガイモ自体がホクホクしている。なのに口当たりは軽やかで、揚げ物特有のキツさがない。揚げ物を食べる量が減ってきたら年を取ったんだとしみじみ自覚する人もいるらしいが、このフライドポテトならば、そんな人たちでもパクパクと、それこそスナック感覚で食べれるのではないか。NPCメシ、いと侮りがたし。でも、やっぱり料理は私の方が……いいよね?フォークに突き刺したポテトを口の中へとほうりこみながら、レナは知らず未知のシェフと戦っていた。
あの会議が、彼らの予測しうる中で一番最悪の結果にて幕引きとなった後、とりあえずは何か腹に入れようかと、街の中央区へと足を運んで少し遅めの昼食とありついていた。この街――つまり、レッドプレイヤーの手によって前線が六十九層へと繰り上げられたときに、対策本部を思い切って上げた――《ビックベン》は、その名の示す通り現実のイギリスを彷彿とさせる巨大な時計塔がシンボルの層だ。
ベースとなった時代は大英帝国の絶頂期、王室はヴィクトリア女王が統治していた産業革命期だろうか、石畳の道の上を軽やかに走る馬車と無数に聳え立つ煙突からもくもくとあふれる煙が空を覆わんとするその光景は、このアインクラッド内でも目新しい趣がある。発展しているのは主に鍛冶関連の技術、そしてそのほか生産系の技術だが、その手の者、生産職に従事するプレイヤーからすればまさにこの場所はかの楽園もかくやと言わんばかりの理想郷である。最高級の素材がこれでもかと言わんばかりに流通し、今までとは一線を画す上位互換スキルが手に入る。未だに多くは解明されていないこの層だが、一説によると生産系のクエストがそのほとんどを占めているのだとか。
当然、食文化に関してもイギリスのソレに準じており、彼らが街の食事処で頼んだのはその名を世界に轟かす……かも知れないティピカルなフィッシュアンドチップス。が、現実世界でまことしとやかに語られる“イギリスの食文化は壊滅的”神話はここでは違うようで、意外なことにこのアインクラッド内でもかなりおいしい部類に入る。初めてこの層で食事をとったときはかなりの勇気を必要としたものの、蓋を開けてみれば驚きの結果であったことは彼らにとって記憶に新しい。
イギリスは発展と引き換えに食をポイしたとかまともな味覚を持っていないだとか散々な言われようだが、実際それはただ面白おかしく誇張しているだけではないのかとキリトとレナが口にしたところ、このメンバー内で過去に海外旅行でイギリスへと赴いた経験があるというアスナの語るところには、言いすぎな部分はあれども的を得ているらしい。美味しいイギリス料理を口にできるレストランはどこか、と現地の人に尋ねてみたところ、割と真剣な顔をして中華料理とかフランス料理を提供する店を紹介されたらしい。それでいいのかイギリス人よ、とアスナは幼いながらに感じたのだとか。
そもそも、人によってはコーヒーを泥水と称しティータイムを紅茶片手に優雅に嗜む文化がありながら食文化が乏しいというのは甚だ理解に苦しむが、そもそもの原因は産業革命がもたらした多大なる効率化のせいで労働環境が劣悪となり、生活水準が劇的に低下したからではないか、というのが有力な説だ。
だが、そんなにもおいしいフィッシュアンドチップスの味すら、今の彼らにはどこか上滑りしてゆく。その原因は、言わずもがなレンの事だ。そして、今キリトの脳裏を占めているのも、まさにそのレンの事だった。今、彼が受けているその嫌疑をゆるぎないものとしているのは、ここ六十八層にて起きたことが大いに関係していることはまず疑いようがない。例えば、“前提として彼に単身でボスを突破できるだけの戦力はなく、だからレッドと手を組んだのだ”など。あの場では、キリトは“レン裏切り者説”を支持する彼らの主張を否定することができず、またそれを可能にするだけの材料もなかったが、こうして時間のある今なら、落ち着いて考察することができる。
そもそも、キリトはレンがレッド側に堕ちているとは信じていない。アイツは、そんな冷血な人物ではないのだから。それだけは自信をもって言える。相棒の誤解を晴らす。そのために今自分ができることを一つ一つ重ねてゆく。例えそれで完全には無理だとしても、少しでもこの牙城を崩すことができるのならば……キリトにはそんな一抹の希望があった。
今回の会議を踏まえ、キリトは改めて“レン”というプレイヤーの戦闘能力について考え直していた。例えば、前提からしてはき違えていたとしたら?キリトの中では、レンにはフロアボスを単独で攻略できるだけの力はないとしているが、これはあくまでも“キリト”の考えだ。実際にはそうでないとするならばどうだ。そこでキーとなるのが、レンの持つユニークスキルたる《A-ナイファー》の特性だ。キリトの主観と、レン本人から聞いたことをまとめると、《A-ナイファー》とは超至近~近距離の対人に特化したスキルだ。高い機動性、そしてソードスキルに縛られない自由性。どうしてもソードスキルに頼るしかないプレイヤーにとって、レンは天敵そのものだ。もしこのゲームがデスゲームでなかったとしたら、その名を轟かせていただろう。そこら辺のmobに対しても、選択肢の多さを武器に小細工で対処できる。
だがこれが“フロアボス”となると話は全く違ってくる。理由として、ソードスキルを使えないが故にダメージソースを持ちえないということと、素の与ダメージ能力が低いこと、そして以外にも射程距離の短さがある。内臓のバネの力を利用して刃を飛ばすB-ナイフやS-ナイフは当たり前だが遠距離まで飛ぶだけの力がない。更にC-アックスやトマホークの飛距離は完全にプレイヤーの筋力ステータス依存のため、AGI特化のレンとは嚙み合っていない。
つまり、レンはどっちつかずなのだ。アタッカーとしてもダメージディーラーとしてもない、タンクは論外。かといって支援タイプと言われればそうでもない。ソードスキルが使えないために、他のプレイヤーとスイッチなどの連携も取れない。火力を叩き出せないが故に攻めあぐね、じり貧となる。レンが対Mob、とりわけフロアボスに対して力がないといわれるのはこれが原因だ。数多くのMMO、しいてはゲームをプレイしてきたキリトにならば、この性能にも納得ができる。PvPはいうなればRPGの醍醐味の一つだが、あまりにも理不尽なスキルは嫌われるのが常だ。明らかに、与ダメージの少なさは対人に焦点が置かれている。所謂“ぶっこわれ”や“厨性能”とされないための調整。バランスが取れているといえばある意味でそうだが、デスゲームであるこの世界ではデメリットでしかない。
そこまで考えて、キリトはある疑問を持った。確かにレンはフロアボスと相性が悪い。だからと言って役立たずなわけではない。まるで全体を見渡しているかのような視野の広さと、ソードスキルに縛られないその自由さでもって、要所要所でかゆいところに届く孫の手のような存在だ。ふと、キリトはある仮説に至った。
――もしかしたら、レンはその実力を隠しているのかもしれない。俺が、あのスキルをひたすらに隠すように。
それならば、レンが単独でフロアボスを撃破できる可能性も否定はできない。だが、あまり現実的な仮説であるとは言い難い。レンは、中層以下のプレイヤーの救援、支援活動を行っている。それは、死んでいったカズの遺志を受け継いでいるのだ、とはエギル談。そして、一口に救援とはいえ、言うは易く行うは難し。その過酷さを、キリトは身に染みて知っている。デスゲームであるこの世界では一つのミスが死に直結する。レベルキャップをクリアし、装備が整っていても死ぬときはあっさりと死ぬ。
キリトが忘れることはない、今でも鮮明に思い出すことのできるその記憶もそうだ。自分のステータスを偽り、仲間を欺いたその代償に失った、大切で温かかった居場所。あの時はキリトも当時ではレベルが高かったが、それでもサチとその仲間たちを守ることは叶わなかった。それだけ、“他人を守りながら戦う”というのは大変で、Mobに対して効率の悪い“A-ナイファー”を主軸とするレンならばなおさらだろう。つまり、力をセーブしつつプレイヤーを守り通すなんて余裕はないと考えるのが自然だ。
――じゃあ他に何がある?俺は、何を見落としているんだ?
脳内にある情報を、ひたすらに模索してゆく。ありとあらゆる可能性、仮定が生まれては消え……そして、
――そういえば
彼は、一つの疑問を新たに抱く。
――あいつ、いつからあんなに強くなった?
キリトは何度か、カズと会話を交えたことがある。その時に、カズは言った。
『レンは、たぶんそこまで強くならない』
『どうして?』
『あいつ、この世界に馴染めていないんだよ。不適合とかそういうんじゃなくて、感覚的にな』
『というと?』
『例えば、地球には重力があるだろ?けれどこの世界ではそんなのはない。つまり“接地感”が違う。リアルと同じ動きをしていても挙動が違う。あり得ない動きが、ここではできる。俺たちはその違和感を、“無自覚に感覚的に”消しているが、アイツはそうじゃない。自慢じゃないけど、俺とアイツって結構運動できるんだよ』
『へ、へぇ』
『で、意外なことにそういうやつに限ってフルダイブ型VRの世界に馴染めないんだ。そんな奴からしたら、異常でしかないからな。適応能力があるないじゃなくて、これもまた一種のセンスだから』
『なるほど』
この世界に、レンは馴染めていない。故に強くなれない。それが、カズがキリトへもたらしたことだった。言われてみれば確かにそうで、決して弱いわけではないが、あのグループの中ではたぶんレンが一番弱かった。そんな彼が、今となっては攻略組でも中堅に食い込むようになり、対人に至って《A-ナイファー》と相まってアインクラッド随一とまで噂されるようになった。一体、幼馴染だというカズをして強くはないと宣言されたレンは、ここまで強くなったのか。今までは人外じみた体捌きと広い視野で様々な武器を多彩に扱うその姿に気に留めもしなかったが、そんな和人の会話を思い出した今のキリトには、ソレが不思議に感じた。
――丁度あの時か……アイツの予想外の実力に驚かされたのは
蘇るは、キリトにとってのターニングポイントであり、当時の自分が自棄になっていた、雪の舞い降るクリスマスの日の事。ただ一つだけ、死んでいった彼女が今わの際に発した言葉の真意を知るため。狂ったようにひたすらレベルを上げ、仲間へ刃を向けたキリトを止めたのは、他でもないレンだった。
――『ふざけるなよキリト。お前、ここで人を殺すつもりか?』
背筋が凍りつくかのような、底冷えのするそのセリフは、今でも耳に残っている。あの時、キリトは確かに冷静ではなかったものの、それでも尚本気だった。なのに、気づけば雪の舞う夜空を見上げていたのは、キリトの方だった。勝算は十二分にあったはずなのに。今までのレンとは、明らかに“何か”が違った。
――アレは……
「キリト、ねぇキリトってば」
「あっ悪い。聞いてなかった」
「もぉ、ホント大丈夫?」
「うん、それで?」
頷き、キリトが聞き返すと、片頬をぷくぅと可愛らしく膨らませていたレナは、促すように視線をアスナへと向けた。目がかち合い、そこでアスナは口を開く。
「私、一度レン君の事を詳しく調べてみようと思う。嘘かホントか、私自身の手で」
それはとても凛とした口調で、そのしばみ色に瞳には、強い決意の色があった。
「こうなった責任は私にある。あの時、私にそれは違うといえるだけの勇気があれば、こんな風にはならなかったかもしれない。だから、これは私がするべきことだと思う」
「私も、アスナと同じ気持ちなんだ。だって、あのレンがこんなことするはずがないもん」
レナが頷く。同じ理由、同じ目的があって彼女たちは決意していた。特にアスナには、その思いが一層表れている。二人は、決意に滾々とくすぶる瞳を、神妙そうに黙るキリトへ、同意を求めるように向けた。そしてもちろん、己が発するべき言葉を、キリトは既に理解している。
「解ってるさ。丁度、俺も同じことを考えていたんだし。むしろ、レナ達が行ってなかったら俺が言ってた」
安心したように、二人はほっと息を吐いた。そうと決まれば話は早い。真か偽りかを調べるために、必要なのは情報だ。
「それで、どこから手を付ける?」
「問題はそこだよねぇ……ホラ、今の私たちには有力な手掛かりがないんだしさ」
「だよな、さてと……」
調べると決めたがいいが、問題はどうやって調べるか、だ。彼らには、レンの事を調べるだけのツテがない。攻略組の中で一番情報を有しているのは“タークス隊”だが、彼らがレンを“裏切り者”とした以上、頼ることはできまい。
「彼の……家を調べてみるってのはどう?」
「あいつの家……か」
「どこにあるか、キリト君知ってる?」
「いや、残念だけど知らなかった。それどころか、アイツが自分のホームを持ってるってのが驚きだ。いや、持ってて悪いわけじゃないけど……さ」
「ね、私もあの時は驚いちゃった」
キリトとレナの、その驚きは全く突拍子的なモノでも何でもない。主たる原因は彼の“A-ナイファー”の維持費の高さ故だが、彼は自他ともに認める貧乏神だ。懐は常にうすら寒く、火車なのは当たり前。いつもボロボロの、むしろよくそんな物件見つけたなと
称賛するくらいの格安の宿を利用しているイメージが強い。本人からすればもしかしたら甚だ不本意かもしれないが、残念ながらソレがレンというプレイヤーに抱かれた印象の一つ。それこそ、ベノナがあの場所で口にしなければ、キリト達は思いもしなかっただろう。
「意外すぎて、全く見当もつかないんだよな。アイツ、そんなこと一言も漏らさなかったし」
「うーん」
二人がそんなレンの家の場所で頭を悩ませている中、アスナは一人ある記憶を思い返していた。
***
アレはまだ妙に残暑厳しかった立秋後の頃だっただろうか。妙に蒸しっとしていて肌にまとわりつく騎士服がうっとおしかったその日は、攻略組の士気高揚のために全体を上げて一日休みとなった。アスナ自身、その決定は多少不本意ではあったものの、決まったものは仕方ない。どこか弾んだ表情の団員たちのお誘いをやんわりと断りつつ手持無沙汰となったアスナはふと何とはなしに三十二層へと涼みに行こう、と思った。その日の気候に正直なところ暑苦しさを覚えていたことも相まって、中々に魅力的に思えたソレは、すぐに実行に移された。当時よりリゾート地あるいは避暑地として人気だった三十二層《アマリゴ》の浜辺へと足を運んだアスナは、そこで偶然、波打ち際ギリギリの所一人で涼んでいたレンを見つけたのだ。
「珍しいこともあるのね。あなたが休んでいるなんて。明日は、雨でも降るのかしら?」
「それを他でもない攻略組の鬼軍曹“閃光様”が口にするのか」
「む」
「大体な、お前のなかで俺はどんな社畜生活を送ってるんだよ」
「あら、違った?」
「さぁ?どうだろな」
「ふふ。何よ、それ」
穏やかなさざ波をBGMにそよやかに吹く海風は感じていたうっとおしさを忘れさせてくれ、心地よかったのも相まっていつも何かといがみ合う二人の口ぶりは、皮肉を交えながらもどこか穏やかだった。
「気に入ってるの?この場所」
「まぁ、わりかしな。ここにいると、日々の喧騒がどこか遠くに感じられるからさ」
「そうね、否定はしないわ」
そよ風に煽られる自分の髪を指で搔きあげながら、その心地よさに目を細めてアスナは頷く。
「こんな場所に、マイホームでも建ててみたかったな」
「え?」
思いがけず、アスナからそんな気の抜けた声が漏れた。いつもぼろ宿を利用している彼の口から、まさかそんなことが出てくるとは思いもよらなかったのだ。すると、レンは不機嫌そうに眉をしかめた。
「あのな、どうにも誤解があるようだから言っておくが、俺だって好き好んでぼろ宿を利用しているんじゃないんだからな?」
「わ、解ってるわよ。それ位。うん」
「どーだか」
ジト目に視線をくれるレンをごまかすように、アスナはコホンと一つ咳払いをする。
「じゃあ、ここにマイホームを構えるの?」
「そうすると、一体いくら借金すればいいんだろうな。貸してくれるか?」
「イヤよ」
「ま、期待なんかしてなかったけど」
「じゃあどうして聞いたのよ?」
「さーて、アスナをからかうのは楽しいからじゃないか?」
「アナタねぇ……」
「おお、怖い怖い」
トーンの下がったアスナの声を意に返すことなくレンはくつくつと笑うと、パッとその身をはね起こし、波打ち際から海へと向かう。やがて海の中に足を浸すと、清々しいくらいに冷たくて気持ちの良い海水をその手ですくい、いきなりの行動に少々戸惑っていたアスナめがけて水をかけた。
「きゃ!」
「おっと手が滑った。今度はちゃんと当てないとな」
レンにより投げ出された水は、穏やかにカーブを描きながらアスナの座るそのとなり、先ほどまでレンが座っていた場所へと落ちてった。量こそ少ないものの、地面にはねた冷たいその水が、アスナの体を震わす。ああは口にしているものの、レンの表情を見て、アスナは確信していた。手が滑ったなどと、よくもまぁ口にできるものだ。常日頃から、サーカス員でも目指しているのかと尋ねたくなるくらい鮮やかにトマホークやC-アックスを投擲するレンが、ミスるわけなどない。あれはそう、間違いなく挑発しているのだ。いっそ小気味よい程に笑っているその顔が、何よりの証拠。ぷちっと、アスナは自分の中で何かが切れる音がした。今の自分を他人が見たら、さぞ朗らかに笑っているだろうと。
「よくもやってくれたわねぇ」
「へぇ、いい笑顔してるな。なんだ、やるのか?」
「上っ等よ!見てなさい、泣いて謝っても許さないから」
「はははナイナイ。アスナの腕じゃ、俺には届かないさ」
「言ってなさい。その余裕、いつまで持つのかしら」
「やってみろ、閃光様」
「もうあったまきた!!」
はははと笑いながら逃走を始めるレンめがけて、アスナも海水を救い上げ、その背中めがけて投げ放つ。イメージは投げ放つのではなく、救い上げたソレを、リニア―のように押し出すような感じ。そうすることで液体状の物を分散させることなく、鋭く投げ放てる。果して、アスナの狙い通り鋭く投げ放たれた海水はレンへと急接近し―――くるっと身を翻して飛び越えたレンによって回避された。
「そんな」
「ほら、上がお留守だよっと」
「きゃあ」
その上空から、レンが新たに投げた海水がきれいにアスナの体を濡らす。手からこぼれ、空地位に手分散したそれは量でいえばさきほどアスナが救い上げたのにも及ばないがいつもの騎士服ではなく、自分がカリスマお針子であるアシュレイさんに頼んで作ってもらったオフの時にだけ着るお気に入りの普段着は、その少ない水を受けて湿っていた。
「…………」
「あー、アスナ?」
「……の……」
「アスナさーん?」
「この色魔!変態!ホント信じらんないだから!!!」
もういくら濡れたっていい。そんなものは知らない。アスナは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の
結果、完全にスイッチが入ったアスナによってその、世に恐ろしい乙女のプライドをかけたその泥仕合は優に一時間にも及び、結局レンが服を買いなおすということにて収束した。めでたしめでたし。
***
そんな記憶を思い出してみて、当時の自分の謎のはっちゃけ具合に顔を赤くしながらもまさかとは思うがレンのホームは三十二層《アマリゴ》にあるのではないかと思い至ったが、その考えにいまいち確信が持てなかった。そんな時だった。不意にアスナの横からヒョイっと手が伸びてきて、テーブルの上にある皿に残っていたフライドポテトを摘まんだ。アスナが何事かと慌てて後ろを振り向くと、そこにいたのは
「ウン、やっぱりココのはオイシーネ」
もくもくとそのポテトを咀嚼しつつ、隠されたフードの奥から三対のおヒゲをのぞかせる
「ア、アルゴ?」
「ヤーヤーレーナっち。久しぶりだネ」
金さえ積めば自身の情報すら商品にしてしまうといわれる“鼠”と名高いアインクラッドきっての凄腕情報屋、アルゴであった。
なんだこの、ラブコメじみた波動は
おかしい。如何してこうなった?
最初はこんなつもり無かったのに、一体なぜ?
でも書いてて楽しかった。
イギリスのくだりは留学に行ってた友人が口にしてたことです。白身の魚を揚げただけのフィッシュアンドチップスを如何してあそこまで不味く仕上げられるのか不思議で不思議でしょうがないと言ってたのが印象的でしたね。