キミのどこからどこまでが虚言なのか。
本心というものをキミが今でも抱えていられているのかすらも。
親友だけど、相棒じゃない
「相棒? ピカチュウは親友だぜ?」
『僕はサトシの相棒じゃないよ』
それは、ごく普通の昼飯時に、ごくごく当たり前のように相棒同士だと思われていた二人から飛び出た発言だった。
その発言を聞いた少女は驚愕のあまり持っていたスプーンをカラン、と皿の上に落とし、発言者の少年と付き合いが長い糸目の少年は以前にもその発言と似たようなことを聞いたことがあるのか呆れ返り、彼らのポケモン達は皆一様に固まった。
「え、ちょちょ、待って待って待って……」
ポケモン達よりも一足早く固まりから回復した少女、ヒカリは、しかしパニック状態であることには変わりないようだ。何度も同じ文字の羅列を繰り返している。爆弾発言をかました張本人であるサトシは、ヒカリがパニックになっている理由が分からずに首を傾げた。
「? オレ、そんなにおかしな事言ったか?」
「サトシ、今までこの発言をして、驚かなかった人物を頭に思い浮かべてみろ」
「……………………ああ、そういうことか」
糸目の少年、タケシの発言でサトシはようやくヒカリ達がパニックになった理由を思い至った。サトシの最初のポケモンがピカチュウであるということは客観的な事実であるし、二人はとても仲が良い。サトシがシンオウ地方に来る際に今までに旅をしてゲットしてきたポケモン達をマサラタウンのオーキド研究所に預けて、ピカチュウと勝手についてきたエイパムだけを連れていたことと、ヒカリが、サトシがエイパムをゲットしてからまだ日が浅いことを知っていることも大きな要因だろう。
始まりは、なんてことのない昼飯時の会話の中、ヒカリが放った「サトシとピカチュウっていい相棒同士よね」という言葉だった。それに便乗してか、ポケモン達もピカチュウに同じようなことを言っていた。サトシとピカチュウはまさにベストパートナーだとか、息ぴったりな相棒同士だとか。
そのまま終われば、ほのぼのとした会話で終わるなぁ、といったところに先の爆弾発言だ。ポケモン達がどういう会話をしていたのかは憶測でしか無いが、ヒカリとポケモン達が固まるのも当然だと、タケシは思った。
ヒカリより一足遅く石化が解除されたポケモン達も、もう一人の爆弾発言犯であるピカチュウに詰め寄っていた。普段はこういうことに興味を示さないグレッグルでさえ、少し分かりにくいが耳を傾けている。
『え、ピカチュウってサトシの最初のポケモンでしょ?』
『……まあ、そうだね』
『それって、相棒ってことじゃ……』
『違う』
『うーん、えーっと……??????』
混乱したポケモン達を代表して、ヒカリのポッチャマがピカチュウに問いかけるも、ピカチュウの返答は彼にはよくわからないものだった。ポッチャマを筆頭にポケモン達は頭の上にはてなマークを浮かべまくる。
『まあ、最初のポケモンがイコールでそのトレーナーの相棒と繋がるとは限らないが……』
『サトシとピカチュウは相棒だと思ってた……』
『ふたりはなかよしじゃないの?』
唖然としながらブイゼルとエイパムが、最後に舌っ足らずにピンプクが言った。特にピンプクはどこか不安そうな眼差しをピカチュウに向けていた。ピカチュウの話は、産まれたばかりのピンプクには少し難しかったらしい。ピカチュウはピンプクの頭を優しくなでてやって、口を開いた。
『そんなことはないさ。僕とサトシは親友、とっても仲良しだよ』
『……なのに、あいぼう、じゃないの?』
『あー……』
ピンプクの眼差しから不安は消えていたが、疑問は今だに尽きることはなかった。それは、他のポケモン達も同様で、疑問がたっぷりと詰まった視線をピカチュウに向けている。
ピカチュウは首にかけているピンク色の花のペンダントをそっと撫でると、困ったように笑った。
『僕は、サトシの相棒にはなれないんだよ』
「オレは、ピカチュウの相棒にはなれないんだ」
ピカチュウの鳴き声は、ヒカリにはその意味が分からないけれど。
なんとなく、サトシとピカチュウは同じようなことを言っているのだと思った。
人もポケモンも、生き物が全て眠りにつく丑三つ時。
活動するのは夜行性のポケモンと、夜を忍ばぬもの好きな人間と、
「君はマダ、囚われ続ケテいるんダネ」
そして、眠ることを知らぬ、魔を生きる者たちだけ。
平べったい石の上で月を見上げていたピカチュウは、どこか嘲笑うかのような声に不機嫌そうな声で言い返す。
『同じ穴の狢にだけは言われたくないんだけど。君だって、ずっと引き摺り続けているじゃないか。あれからもう、どんだけ経ったんだと思ってるの?』
「おっと、コレハ失礼。デモ、それを言うナラいつまで経っても拗らせ続けテル奴には言われたくないナァ」
『…………何度も続けてると、流石に不毛に思えてくるや』
「それには同意するヨォ」
クスクスと、不毛だなんて一切思っていないような笑い声を響かせる金色の瞳の少年は、昼間の少年と同一人物とはとても思えない。姿かたちこそ昼間のそれと同じ、違いと言えば瞳の色くらいだが、普段表に出している熱血さなど、今の彼からは一切感じ取ることが出来ない。
それが彼の本来の性格と口調なのだと理解しているピカチュウは、別段疑問に思うことはなかった。同時に、普段彼が対外的に見せているあの性格が嘘偽りではなく元々のものであるという事実も、疑問に思うことなど、とうに諦めた。
自分も彼と同類である事実は、変わらないのだ。
前を向くことがかの御方の遺志であることは分かっているはずなのに。それでも、忘れることなんて、出来る筈がない。失ったという事実に縛られて、引き摺られ続けている。瞼を縫い付けられて、どこにあるのかも分からない希望を求めて彷徨い歩く亡霊。それが、彼らの正体であり共通点である。
だからこそ、サトシとピカチュウは、親友や同類にはなれても、相棒にはなれない。お互いでお互いの傷を舐め合うことは出来ても、本当の意味で背中を預け合うことなど、出来るはずもない。それをするには、サトシはあまりにも多くの狂気を抱え過ぎ、ピカチュウはあまりにも過去に縛られ過ぎ、そしてお互いに、お互いの立ち位置を、理解し過ぎていた。
お互いにそれを分かっているから、相棒という関係を望まない。何十年と一緒に居続けた二人の共通認識がそれだ。第三者にどうこう出来るものでは決してなかった。
『……』
とはいえ、ここまでサトシの口調が変わるのに、彼が抱く両面性に、そして、真に彼を彼たらしめる狂気に、ピカチュウはいつまで経っても慣れることはなかった。
恐らくは、ずっと慣れることはないのだろう。誰にだって、そう、かの下界の勇者にだって不可能なのだとピカチュウは思う。疑問に思わないのと慣れることは、微妙に違うのだ。
『……君も、父親そっくりになってきたね』
「言うホド似てるカイ?」
『うん、口調はもちろん、虚言癖とことか特に』
「失礼ダナァ、口調はともかく、虚言癖ナンテ……ナイワケじゃないケド」
『否定しないんだ』
「噓ジャナイからネ」
こういう潔いところは似てないなとピカチュウは思いはしたが、口に出すことはなかった。墓穴を掘るだけであることが、分かり切っていたから。結局自分は、本物の「虚言師」には敵わない。いつまでも、いつまでも。
「デモ、ボクは君よりはマシ、だからネ」
……やっぱり、虚言の魔術師の血筋だなぁ、ともピカチュウは思ったが、それを口にすることもなかった。
代わりにこう言い返してやるのだ。
そう、単なる仕返しである。
『嘘つき』