Star Light Nightmare   作:えきねこ

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 また一つ、魂が積み重なる。


空言の魔術師

 次の目的地に向かって森の中を進んでいたサトシ達。森に生息するポケモン達を観察しながらのんびりと旅路を歩んでいた彼らだったが、その道中、密猟されたポケモン達に出くわした。

 

「酷い怪我だ……すぐに治療しないと、命に関わるかもしれない」

「ええっ!? 大変じゃない! どど、どうしたら……!」

「落ち着けヒカリ。こういう時にこそ冷静にならなきゃ」

 

 タケシは慌てふためくヒカリを諌めながら、リュックから傷薬を取り出すとポケモン達を治療しようと近付く。しかし、そのポケモン達は人間に対して酷く怯えているようで、威嚇しながらその場から逃げ出そうとしていた。

 

「怖がらせてごめん、でも俺は、君たちを治療したいだけなんだ」

 

 優しい声で、怖がらせないようにと努めても、ポケモン達の警戒は解けない。彼らにとっては、例えタケシとヒカリが本心から彼らを心配していたのだとしても、只々等しく「人間」でしかない。人間に傷付けられ、元の住処に帰ることもままならないポケモン達にとって、「人間」という生き物は悪魔に見えるのだろう。それをどうこう言う権利など、人間には無い。

 

 善悪がどうこうという話ではなく、彼らが「人間」であるかどうか。このポケモン達にとっては、それだけが問題なのだ。

 

 タケシがそうやって手をこまねいていると、サトシが一歩前に出て言った。

 

「タケシ、俺がやる」

「サトシ……?」

「……分かった、ヒカリ、少し離れていよう」

「う、うん……」

 

 ヒカリはタケシに促されるままポケモン達から離れた。心なしか、ポケモン達の警戒が薄くなったような気がした。

 

 ……ポケモン達は、サトシを全くと言っていいほど警戒していない。あのポケモン達が「人間」に酷く怯えているということは、ヒカリも理解していた。だからこそ、不思議に思った。

 

 サトシがポケモンに特別好かれやすい体質だから? 彼と旅をする中でサトシのポケモンホイホイぶりは分かっているつもりだった。しかし「人間」という枠組みに入るものを酷く怖がっているポケモンにも通用するものなのだろうか。サトシなら、ありえないと言い切ることも出来ないが。

 

 そこまで行くと、それは体質というよりも能力の類になるのではないか。

 

 ヒカリは疑問を頭の中で巡らせながらも、眼の前のポケモン達が助かることの方がよっぽど重要だと思い直して、湧き出た疑問を頭の隅に追いやろうとした。

 

 

 

 

 

「……なるホドネ……取り敢えず、まずハ君たちの傷を治サセテもらうヨ」

 

 

 

 

「…………?」

 

 追いやろうとして、しかしその前に更なる疑問が湧き上がった。

 

 サトシがポケモン達の傷口に触れたかと思うと、そこにポワ……と優しい光が溢れ出した。

 

 ……かと思えば、光を受けたポケモンの傷が、治っていた。

 

 サトシはその行為を、他の傷だらけのポケモンにも行う。最後のポケモンが光を受け傷を癒やすと、サトシは呆れ混じりに言った。

 

「言っておくケド、それは応急処置ダカラ。タケシとヒカリは信用シテいい人間ダカラ、チャント診てもらいナヨ」

 

 ポケモン達は頷き、今度は自分からタケシに近づいていく。どことなく俯いているように見える彼らは、まるでごめんなさい、とでも言いたげだ。

 

 ヒカリは頭の中がグルグルするような感覚に襲われたが、タケシの「ヒカリ、オレンのみを探してきてくれないか?」という言葉で正気を取り戻し、ポッチャマと共に森の中へとオレンのみを探しに出た。

 

 ちらり、と見えたサトシの眼は、金色に輝いているような気がした。

 

 

 

 

 

 

「……サトシ、どこに行くんだ?」

「ヒカリには散歩、とかテキトーナコト言っておいてヨォ」

「お前がその口調の時は、情け容赦とかしない時だろ」

「クックック、ソレハどうカナァ」

「……くれぐれも、やり過ぎるなよ」

 

 疑いが最大限込められた声でタケシは釘を刺す。その行為に意味がないのだと分かりきっていても、言わずにはいられない。

 

 例え相手が、自分の何倍もの時間を生きてきた、その気になれば人間など赤子の手をひねるように簡単に殺せるような魔術師であり、常に周囲はおろか、自分にすら嘘を付き、欺き続ける虚言師であったとしても。

 

 彼らの旅仲間、友人という関係に、嘘など微塵も無いのだから。

 

 

 

 

 サトシもそんなタケシの心境を分かっているのか、その瞳を爛々と輝かせてニヤリ、と笑うのだ。

 

「安心しとけッテ。頼まれない限り(・・・・・・・)殺しハシナイカラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がちゃがちゃと、物騒な装備を身に着けている男は今、森の中を走っていた。

 

 せっかくいい「商品」が見つかったというのに、運悪く逃げられてしまった。これでは商売上がったり、何としても「商品」を取り戻さねば。

 

 その考えだけが、男の脳内を埋め尽くしていた。他のことを気にしている余裕など、その男には存在しなかった。

 

「ッチ……あの商品共……見つけたらせいぜい高く売りつけてやる……!」

 

 

 

 

 

 

 

「ヤァ、探しものカイ?」

「!?」

 

 聞こえるはずのない、少女とも少年とも取れる甲高い声が周囲に響き渡る。男は装備の一つであるアサルトライフルを構え、声がした方を向いた。そこには誰も居ない。

 

 

 

 

「一体何処を見てイルノカナァ? ボクはコッチダヨォ」

 

 男は、反応することさえ出来なかった。

 背後から声がしたことを辛うじて認識できたと思ったら、瞬きの間にアサルトライフルがメキョォ、と音を立ててスクラップと化していた。

 

 男が振り向くと、そこに居たのは腰はおろか膝まで届くかという美しい黒髪に、金色の瞳を爛々と輝かせた誰か。男は最初、その誰かを少女だと思っていたが、それにしては格好が完全に男物で違和感を感じた。男装趣味の少女か、少女にしか見えないような男か。

 

 どちらにせよ、その問答には大した意味はない。アサルトライフルを破壊され、自分の認識外の動きをする何者かここに居るということは事実として認識するしかない。

 

 仕方なしにホルダーから拳銃を取り出し、恐怖の対象に向かって発砲した。子供である以上、発砲されたと分かれば逃げ出すに違いない。アサルトライフルが壊されたような気がしたが、きっと、気の所為に違いない。

 

 

 …………恐怖で混乱した人間の思考回路など、所詮はその程度のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーンナチンケな玩具程度デ、ボクを殺せるとデモ思ったノ?」

「……!?」

 

 男は、自分の目を疑った。

 確かに、その頭蓋を割らんと鉛玉を撃ち込んだはずだ。狙いがぶれて、あらぬ方向に飛んでいった様子も無い。

 

 

 

 

 ならば……何故、眼の前に立つ金色の瞳の子供は、鉛玉を手で弄んでいる(・・・・・・・・・・)のだ? 

 

 

「この程度デ恐れヲ抱く程度ナラ……最初から、ポケモンに手を出すべきジャナイんダヨォ」

 

 暗がりで、金色の鬼の目が怪しい光を放ち、悍ましいまでに美しい笑みが浮かべられた。

 

 

 

 

 

 

「……うわあああああああっ!!!」

 

 半狂乱状態になった男は逃げ出す。もう男の脳内に「商品」……もとい、密猟したポケモン達のことなど入っていない。

 

 逃げなければ。

 

 さもなくば、殺される。

 

 ただただ、生存欲求から湧き出る本能的で圧倒的な恐怖が男の思考回路を埋め尽くし、その身体を突き動かしていた。死への恐怖という命あるものにとっては絶対の恐怖が、その身体に染み込んでゆく。

 

 その男にとって、怪しく金色の瞳を輝かせた人物は、正しく死そのものであった。

 

「アハハ、鬼ごっこカナ?」

 

 幼気な笑い声すら、恐怖を伝播させる媒介にしかならない。男の首に鎌を押し当てるように、わずかに見える希望を塗りつぶすように、金色の瞳は男を射抜き、ただ只管に追い詰める。恐怖という本能を敢えて刺激するかのように、彼は駄々洩れになった殺気を隠そうともしない。

 

 隠しておくことに意味など無い。

 喉元過ぎれば熱さ忘れるというならば、そもそもその喉笛を掻っ切って、冷める喉元をなくしてやればいいだけの話なのだ。

 

「君ミタイナ人間、たまに見かケルんダヨネ。ヤレヤレ、醜いんだヨォ」

「っ……ただ、それだけの理由か……!?」

「金目当てニポケモンを売り物ニスル君ヨリハ数段マシダト思うヨォ。ボクは、何も悪いことヲシテナイ人間ヲこうやって面白半分に追い詰めるヨウナ、たちの悪い趣味ハシテナイシネ…多分」

 

 少年はくっくっ、と嘲笑うかのように喉を鳴らす。

 

 其れは、鬼の囁きだった。

 言葉だけじゃなく、その声色から、男の自我を蝕んでいく。崩していく。壊していく。

 聞いてはいけない、認識してはいけないと本能では分かっていても、それでも、目を離すことが出来ない。耳を塞ぐことが出来ない。意識を逸らすことが出来ない。

 

 

 

 そうして、男は理解する。

 

 この化物からは、逃れられないのだと。

 

 

 

 

 もはや、逃げるという選択肢を取ることすら出来なくなった男は、まるで魂を抜き取られたかのように意識を失った…否、自我を砕かれ、永遠の闇に屠られた。もうこの男が先程と同じ自我でもって動くことは、二度とない。目覚めた時、その男は自分の全てを忘却していることだろう。

 

「フーン、君モ所詮ハ小物ナンダネェ……もう少しくらい、耐え忍ぼうっていう気概ヲ見せてホシイモノダヨォ。

 

 狩りをするッテイウノナラ、狩られる覚悟くらいハナイトネェ……」

 

 自我を砕き折って、眼の前の玩具に興味がなくなったのか、金色の瞳の人物……サトシは、近くに居合わせた虫ポケモン達にその男を糸でグルグル巻にしてもらうと、虫ポケモン達に感謝を述べてからその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通の人間は知らない、とある噂話がある。

 

 ポケモン達が密猟者の被害に遭った時、どこからともなく金色の瞳の「鬼」が現れて、密猟者に鉄槌を下して行くというのだ。

 

「鬼」は自分も他人も欺き続ける嘘つきで、不可思議で恐ろしい魔法を操るが、ポケモン達にはめっぽう優しく、密猟者によって傷つけられたポケモンが近くに居れば、魔法の力で助けてくれる。密猟者が近くに居るのなら、魔法の力を密猟者を懲らしめるために振るうという。ある時には、人間の作った陳腐な機械を魔法の力で鉄屑に変え、またある時は、密猟者でひとしきり遊び、彼らが恐怖に慄く姿を嘲笑いながらその自我を砕き壊し、またある時には、密猟者の肉体そのものを、人間が出来る限り苦しむ方法で壊すのだという。

 

「鬼」は普段は人間に化けているが、ポケモン達には「鬼」が人間ではないと本能的に理解る。ピンクの宝石のペンダントを身に着けたピカチュウを肩の上に乗せたポケモントレーナーを人間ではないと認識したのなら、そのポケモントレーナーは、「鬼」であるという。

 

 密猟者の被害にあったポケモン達を救い出す「鬼」は、しかし聖人君子なわけではない。

 

 「鬼」は密猟者の自我を崩し、虚無に屠る恐ろしい魔法を行使する。

 人間がどうすれば最大限に苦しみ、その生を呪いながら息絶えるかを知っている。

 「彼ら」にとっては下等な生物でしかない人間という生き物が、いかに救いようがないのかを「星」から直々に聞かされている。

 

 人間という生き物が、星にとっては単なる蛆虫と同等の存在であるということを、その目で、その耳で知り、その身をもって識っている。

 

 情け容赦が無用だと一度「鬼」に思わせてしまえば、ただの人間には抗う術などない。子供じみた無邪気な声の裏に隠された狂気を、人間に受け切ることなど出来るわけがない。

 

 人の仮面を被り、その下に底なしの狂気を隠し、ポケモンをただいたずらに傷付けた者の自我を壊す、金色の瞳の「鬼」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かの「鬼」は、野生のポケモンや外界の魔法使いの間でこう呼ばれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空言の魔術師、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

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