Star Light Nightmare   作:えきねこ

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 春風とともに掻き消えて、最後に残されたのは慈悲だった


春風とともに

 サトシにとって、春風とは春のうららかな日に吹く暖かな風を指す言葉ではない。春一番のように、春に吹く突風を指す言葉でもない。そもそも彼にとって春風とは、風を指す言葉ですらない。

 

 では、何を指す言葉なのかというと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー、すっごーい!」

「ふふっ、コンテストに向けて、毎日練習してるもの!」

「ポチャ!」

 

 ある町のポケモンセンターに併設されたバトルフィールド。そこにあったのは、ポッチャマとの演技を披露するヒカリと、その演技を無邪気に褒め称える薄紫色の髪の少女の姿。

 

 その少女は、胸元に結び目に星の装飾が施された大きなリボンが着いた薄紫色のフリルのワンピースに身を包み、薄紫色のブーツを履いている。薄紫色の髪を腰まで伸ばしており、星の飾りが付いたピンクのリボンを髪留めにしている。見た目は十歳ほどに見えるが、雰囲気はそれよりも数段幼い少女。

 

 青と紅のオッドアイをキラキラと輝かせながら放たれた少女の称賛の声は、まさしく純真無垢そのものであり、ヒカリとポッチャマは少し照れくさそうに笑った。

 

「ほんとにすごかったよ。まるで、パパとママがドンパチって喧嘩した時のキラキラみたい!」

「……それ、褒めてるの?」

「褒めてる褒めてる、すっごい褒めてる!」

 

 少女の独特というか、変わったというか、とにかく謎な褒め言葉にヒカリは流石に少し動揺を見せる。綺麗だったと言いたいのだろうが、もっと他に例えはなかったのだろうか。というか、その例えの意味がヒカリには分からない。少女の両親は喧嘩するとポケモンバトルで決着をつけるのだろうか? 

 

「ぼくも出来るよ、キラキラ!」

 

 少女は楽しげな声でそう言うと、掌からポンッと星を出した。俗に言う五芒星の形をしたそれは、黄色く輝きながらクルクルと回っている。それは、単発のスピードスターのようにも見えた。

 

 少女はその星を空中に向かって投げる。すると、その星は大きく膨らんだ……かと思ったら破裂し、周囲に流星群のように飛び散っていった。

 

「えっ、今のって……」

「あれ? 魔法って知らない?」

「やっぱり、今のって魔法なの?」

「うん、そうだよ! パパ直伝の魔法サ!」

 

 ふんす、と少女は胸を張った。

 

 

 

 

 

 ヒカリは、魔法というものの存在は知っている。

 旅に出る前は単なるおとぎ話としか思っていなかったそれが、実在するものであるということも知っている。

 旅仲間の一人が、その魔法を操る者だからだ。

 旅の途中、彼が魔法を使うところを目撃したことも一度や二度ではない。寧ろ、彼は日常生活において要所要所で魔法を使う。傷を癒やす魔法が使えるということは、ついこの前、密猟者に襲われたポケモン達を治療した時に初めて知った。

 

 ポケモンバトルで傷付いたポケモンに治療の魔法を使わないのは何故かとあの後彼に問うたら、

 

「治療の魔法ハ苦手なんだ。余程切羽詰まった時……あの時ミタク、それ以外に治療ノ方法ガナイって状況にならなければ使う気はナイヨ。寧ろ、ポケモンバトルノ傷は治療の魔法デ治さない方がイインダ」

 

 という答えが返ってきて、ヒカリはその意味が理解出来ずに首を傾げた。今でも完璧な答えは分からないが、彼なりに何らかの理由があってのことだということは分かっている。その理由が、魔法については無知でしかないヒカリにはまるっきり理解出来ないものであるということも。実際に説明されても、ヒカリには「何らかの理由で短期間で何度も繰り返し治療の魔法に頼りすぎると、逆に自然治癒力が少しずつ低下していく」ということしか理解出来なかった。閑話休題。

 

 

 

 

 そんな彼の幼馴染みだというこの少女は、彼女の足元であくびをしているナエトルが最初のポケモンなのだという。だが、ジムやコンテストを回ったりはせず、あっちこっちを風の吹くまま気の向くままに、ふらふらとしているそうだ。本人曰く、旅好きのくせにちゃんとした目標を持って旅をすることそのものが苦手なんだとか。

 

「明日は明日の風が吹く。明日の風は今日吹かない。

 ぼくはあっちこっちにふらふらするのが好きなんだよ」

「そっか……それも一つの旅の形、なのね」

「そーいうこと! 今はこの星をふらふらするのがマイブームなんだ。しばらくはシンオウに留まってあっちこっちする予定〜」

 

 自由な子だな、というのがヒカリの正直な感想だった。

 ぽやぽやとした雰囲気は、ポケモンが一緒とはいえ一人旅などさせて大丈夫なのかと不安になるが、聞けば彼女はずっと昔から相棒と共に色々な場所をあっちこっちしてきたので、実は旅上級者だったりするらしい。人とは見かけによらないものだと、ヒカリは思った。

 

「じゃあ、またどこかで会うかもね。私はトップコーディネーターになるために旅をしているの」

「そうなんだ、だからコンテストに?」

「ええ、まずはリボンを5個集めて、グランドフェスティバルへの切符を掴んで見せる! 

 

 ……って、息巻いてたんだけど。上手く行かないことばかりで……」

 

 ヒカリはため息をつく。2回続けてコンテストで一次審査落ちし、リボンの数は未だに一つだけ。これでは、母のようなトップコーディネーターになるなど夢のまた夢でしかない。

 

 

 

 

 

 

「……眠る時に見る夢、こうなりたいと叶えたい夢。それはどっちも同じ夢。ヒトにとっては移ろいやすく、掻き消えやすい」

「?」

「夢を夢で終わらせないかは、君次第。泉の夢はいくらでも湧き出るけれど、君の夢は君が手放してしまえば、儚く脆く、崩れ去る」

 

 先程までの幼い雰囲気ではなく、どこか荘厳な空気を漂わせて、少女は語る。その内容はヒカリには難しいものだったが、なんとなく、応援されているのかと思った。

 

「夢を現にしようと藻掻き足掻く、その姿にこそ、本当の意味が、命の輝きが、あるんじゃないかな?」

「……難しいことを言うのね、意外と」

「そうかな? アイツよりはマシだと思うよ?」

 

 確かに、少女が言う「アイツ」の、魔法に関する論理的過ぎる話と比較してしまえばわかりやすくはあるが、ヒカリにとっては正直どっこいどっこいである。ベクトルが違うだけだ。

 

 だが、少女の言葉は何故か、ヒカリの心を少しだけ軽くした。

 

「……そういえば、あなたの名前聞いてなかったわよね」

「あ、言うの忘れてた。ぼくは君の名前知ってるけどね、ヒカリ」

 

 どういううっかりだ、とお互いがお互いを笑う。

 少女から荘厳な雰囲気はすっかりと消え失せ、元の幼い雰囲気のまま少女は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくはマナ。とってもおぼえやすいなまえでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君ってさ、バカのフリしたインテリ……に見せかけて、実は本物のバカだよね」

「ハ? 喧嘩売ってんナラ良い値デ買ってヤルヨォ?」

「ほら、そういうとこ」

『あーもー、マナも喧嘩売らない、サトシも買おうとしないの』

 

 昔の話だが。

 サトシは正直に言って、この幼馴染みが苦手だった。

 

 いつまでも幼さの残る青と紅のオッドアイは、しかし誰よりも他者の仮面を見通すことに長けているように見えた。彼女には本当の意味で壁など無く、どんな壁を作っても、いともたやすく乗り越えて……いや、そもそも、壁など無視して突貫してくる。それが、マナという星の子だ。

 

 明日は明日の風が吹く。

 これほどこの言葉が似合う人物を、サトシはこの宇宙上でもたったの二人しか知らない。

 

「そうだ、今度ワールドツリーの麓でお花見しようって、タランザが」

「ワールドツリー……ああ、もうそんな時期ナノカ」

 

 彼らが生まれた時から、かの天を貫き浮遊大陸への足となっている大樹は、絶えず満開の花を咲かせている。それは、彼らの故郷が持つ奇跡のちからによるものなのか、それとも……

 

『…………なら、ちょうどいいや。この街の名産は紅茶なんだって。お土産に買っていこうよ』

 

 サトシの肩の上に飛び乗ったピカチュウが、しかしその眼には遠くの景色を映しながら言った。

 

 彼の心の内を分からぬ者などここには居ない。

 彼は昔、紅茶を淹れるための身体をずっと欲していて、それでも、手に入れた時には既に遅かった。

 

 彼が真にそれを振る舞いたいと、そう願った相手は、永遠なる眠りに微睡んでいる。

 

「そう言うと思って、ぼくさっき買ってきたよ、紅茶」

『ああ、ありがとう、マナ』

「ナンナラ、味見を兼ネテここで振る舞ってミタラ?」

『君は紅茶が飲みたいだけでしょ』

「全部、ダナンテ言ってナイヨォ」

 

 くだらない話もそこそこに、二人と一匹は帰路につく。

 

 時空間に穴を開けて、そこを通り抜けた先こそが、彼らの故郷。

 

 

 

 

 その国は、星は、今日も呆れ返るほど平和だ。

 

 

 

 

 

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