Star Light Nightmare   作:えきねこ

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 その毒が僕を殺してくれるなら
 喜び勇んで総てを飲み干すというのに



夢人

 ここ数十年、サトシは夢というものを見ていない。

 彼が今拠点としているこの星でも、彼の生まれ故郷の星でも、どんな場所でもおかまいなしに、夢を見ていない。眠って意識がなくなっても、「夢を見た」という感覚に陥ることもなく目が覚める。今では、夢を見るということがどういう感覚なのかすら、忘れてしまった。

 

 これをサトシが今居る星で誰かに伝えたところで「疲れでも溜まっているんじゃないか」と言われて終わりだろう。

 

 だが、彼の生まれ故郷でそんなことを口走ってしまえば、大騒ぎになることはまず間違いない。

 

 彼の故郷では、夢を見ないということは、イコールで星に何らかの異常があると同義なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かに、「夢」がエネルギーを持つことは泉で実証されている。今の君にその力が毒だってことも理解出来るけどさ……

 

 それは、流石に異常だよ」

「……痛いトコ、突くナァ」

 

 自らを貫くオッドアイの光。サトシは冷や汗を隠しながら紅茶を啜る。やはり、自分はこの幼馴染には弱いらしい。

 とは言っても、サトシにだって譲れないものはある。

 例え、自らの魂を焼き焦がす選択肢であろうと。この鼓動が止まろうと、譲れはしない。

 

「いい加減、自分を赦してあげたら。そうまでして、君が傷付き続ける理由が何なのか知っている僕には、あまり強く言えないけどさ」

「……その言葉ガ、一番残酷であるコトニ、君の方こそ気付きナヨォ」

「分かってて言ってる」

「アッソ」

 

 真綿で首を絞められるほど、苦しいことは無いだろうに。

 あの時からずっと、彼は自ら望んで首を吊り続けている。

 誰も彼に容赦などかけられない。

 

 彼が、自分のことを赦さない限り。

 

「……君も、大概頑固だよねぇ」

「ソッチこそ」

 

 だから、星の子は慈悲をかけ続ける。

「赦してやれ」と、幼馴染に説き続ける。

 その行為に、意味がないとしても。

 

 だって、そうでもしないと、彼は知らないうちにどこかに行ってしまうだろうから。

 

 ああ、そうだ。

 これは、ただの意地だ。

 

「僕の知らない所で勝手に死んだら、地獄の果てまで追いかけてやるから」

「怖いナァ」

 

 嘘ばっかり、って言葉は、胸にしまっておいてやるから。

 いつか、彼が自分を赦せるようになるまで。

 

 

 

 

 

 

 ……そんな日は永遠に来ないことなど、マナはとっくの昔に知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シゲルにとって、サトシは不可思議な存在だった。

 自分が物心ついた頃からの付き合いがある彼は、しかし出会った時と一切変わりない容姿のままだった。いつまでも子どものような姿で、出会った時は圧倒的に彼の方が高かった身長も、いつの間にかシゲルが抜いていた。

 

 これはおかしい、と思って祖父に尋ねたことがある。

 何故、サトシは子供なのにいつまでも変わらない姿のままなのか、と。

 

 シゲルの祖父、高名なポケモン研究家であるオーキド博士は、少し困った顔をしてこう答えた。

 

「それは、サトシが子供ではないからじゃ。いや、少し違うかの……あやつが、そういう産まれだからじゃ。ああ見えて、サトシは儂よりも歳上じゃぞ」

「お祖父様より?」

「そうじゃ。あやつは儂よりうんと長い時間を生きてきたんじゃ」

 

 にわかには信じられない話だったが、サトシの不可思議さを考えればあり得ない話ではない、とシゲルは思った。

 

「人間の一生は、他の種族から見たらあっという間じゃ。ポケモンも、人間よりも長生きするじゃろう?」

「サトシは、ポケモンなのですか?」

「ポケモンではないが、人間でもない。後は、本人に聞いてみたらどうじゃ?」

「…………」

 

 オーキド博士はそう言ったが、その時のシゲルには真偽を確かめる勇気などなかった。

 その金色の瞳の奥底からは、常に冷たい光が溢れている。

 聡明なシゲルは、早い段階から気が付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また、やったのかい」

 

 鉄のガラクタの山の上に腰掛けるサトシに、シゲルは呆れたようなため息を一つ。金色の瞳を揺らす彼の口には、煙を上げるタバコが咥えられている。

 

「ボクは森でポケモン達を襲ッテタ妙ちきりんな機械を壊したダケダヨォ」

「……誰が後始末をする羽目になると思っているんだか」

「上手いコト誤魔化しトイテ」

 

 紫煙を吐き出し、冷たい瞳でシゲルを見やるサトシ。シゲルに迷惑をかけているという自覚はあるが、ポケモンハンターの行動を阻止して、時にはハンターそのものを引っ捕らえる手伝いをしているのだからおあいこだろうとサトシは思う。

 

 ただし、肉体的精神的共に、ハンターの生死は問わないが。

 

 シゲルは再びため息をつく。

 吐き出された紫煙がシゲルにかからなかったのは彼なりの譲歩であり気遣いなのだろう。そこまで気を遣っておいて、一応正真正銘の子供であるシゲルの前でタバコを吸うのを辞めないのには疑問が浮かぶ。

 

 辞めないのではなく、辞められないが正解なのだろうか。

 思えば彼は、シゲルが幼い頃から既にタバコを吸っていたような気がする。彼が常に懐にタバコの箱を隠していることも、シゲルは知っていた。

 

 サトシは咥えているタバコを指で摘みながら、その金色の冷たい瞳をシゲルに向ける。

 

「興味アル?」

「冗談、僕は年齢詐欺をしている君と違って、まだタバコは吸えないんだよ。健康にも悪いし」

「ソ。ま、頼まれても吸わせないケド」

「懸命な心がけなことで」

 

 金色の瞳が冷たく光る。ぞくり、と背中に薄ら寒いものが伝う。

 

 サトシが腰掛けている鉄のガラクタの山は、ポケモンハンターがポケモンを捕まえるために使っていたマシン、だったものだ。バンギラスの破壊光線を受けてもびくともしなかったそれを、サトシは文字通り串刺しにして破壊した。

 

 無人で動くそれに、なればこそ容赦などいらないとばかりに、執拗に、念入りに。

 人間がそれを受ければ、骨までバラバラに砕けていただろうというほどに、ぐちゃぐちゃに。

 

 

 いや、人間が乗っていようと、サトシは何の躊躇いもなくその鉄の塊をぐちゃぐちゃにしたのだろうが。それこそ、生暖かく甘ったるい香りの赤いものと一緒に。

 

 

 

 

 

「……君にとって、人間は一体何なんだい?」

 

 それは、ただの興味本位だった。

 

 金色の瞳に冷たい光を宿す彼は、人間など簡単に殺せるほどの力を持っている。曰く、人間が特別脆いだけらしいが。それでも、彼が人間にとって大きな脅威と成り得る事実は変わらない。彼の手で物言わぬ肉塊に変えられた人間を、シゲルは何度も見たことがある。普段は後始末が面倒だから、その手段を取らないだけだ。

 

 酷く脆いくせに、ポケモンを使役し、時には必要以上に傷付ける。そんな愚かな人間は、人間以上の時間を生きてきたという彼にはどう写るのだろうかと。

 

 ただの、興味本位。

 それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………愚かダト、ボクにそう言ってホシイノ?」

「……」

 

 呆れたような声音と共に紫煙が吐き出される。本当に彼が呆れているのかは分からない。

 

「言っておくケド、愚かなノハ人間に限った話ジャナイ。知性と理性を持ち、自分の意思で何かを成そうとスル生き物ハ、皆等しく愚かナ生き物なんダヨォ。

 

 ……生きているコトこそが、一番身勝手なコトダトハ思わないのカイ?」

 

 ああ、その目だ。

 

 シゲルが恐れ、そして囚われたのは。

 

 

 

 

 人間にも、ポケモンにも、それ以外にも。

 

 この世に存在する何一つにも、全く期待していない目だ。

 

「本当の意味での聖人が居たとしたナラ、さっさとその首を自分デ掻っ切っているハズダヨォ」

 

 いつもは嘘つきな彼が、ふと垣間見せる数滴の本音。

 彼の過去に一体何があったのか、シゲルは詳しいことは知らない。

 

 どの彼が本当のサトシなのか、それすらシゲルには分からない。

 

 本人にも分からないことが、シゲルに分かるはずもない。

 

「生きているカラ愚かなんじゃナイ、愚かだから、生きたいと望むノサ。

 

 ……デ、ソレの何が悪いンダイ?」

 

 サトシは再びタバコを咥えた。

 

「聖人君子シカ生きてちゃイケナイナンテ、そんなアホなコトを決めた輩がいるワケデモあるまイシ」

 

 クスクス。

 嘲笑を零し、ガラクタの上に立ち上がる。

 歯車のような意匠が青く施された白衣にも似た白いローブと漆黒の長髪が風に揺られ、金色の瞳が冷たく輝く。

 

「毒なら毒デ、毒らしく醜く愚かに生きればいいジャナイカ」

 

 それは、シゲルだけでなく、サトシ自身にもかけられた言葉であると、シゲルはなんとなく思った。

 

 

 

 

 

 

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