「なぁトレーナー。今からゲームをしないか?」
ニット帽を被ったウマ娘が対面にいるスーツを着た男。年齢は二十代前半くらいだろう。ナカヤマフェスタはトレーナーに対して気軽に話を持ちかけた。
「いいね。どんなことをするんだい?」
トレーナーは、無表情でナカヤマの提案を受け入れた。しかし激動の三年間を共にしたナカヤマの目は誤魔化せない。男の口角がほんのり上がっていることはバレバレである。
「ゲームといっても簡単なモンだよ。ほら、私の持っているこの飴。今から私がこれを右手か左手のどちらに隠しているか当てるゲームだ」
「なるほど。時間潰しにはちょうどいいね」
「正解したらこの飴をアンタにやるよ。但し、もし正解できなかったら………」
「できなかったら?」
トレーナーが唾を飲み込む。
「帰りにあの屋台の牛すじ、奢ってもらおうかね」
「了解。早速始めようか」
ナカヤマとトレーナーの戦いの火蓋が、今切られた。
●
(昔とずいぶん変わったなぁ、アンタは)
私は眼前のトレーナーを見て、ふと懐古する。
三年前、私とアンタが初めて出会ったとき。あの頃のアンタは新人のトレーナーってこともあって随分と落ち着きがなかった。
不良たちとしたあのチキンレース、今でも覚えてるぜ。まさか下手にビビるくらいならブレーキを使うなとは言ったが、本当に海に突っ込んでいくとは思わなかった。
アンタを助けるために私も海に飛び込んで、二人ともビチョ濡れになって。そして上がる頃には心臓がサイコーにうるさかった。
久しぶりに"生きてる"って感じたんだ。やっぱりこれが私の欲しているものだと再認識した。
そうして不良に勝ったアンタと私はバイクを海に突っ込ませたことを有耶無耶にして逃げたんだっけな。
その時に私は名乗らずに逃げちまったが、すぐに選抜レースで見つかっちまった。けどそれでよかったのかもしれないな。
なんだってそうしたからアンタとトレーナー契約を結べたんだからな。あまりこういう表現は好きじゃないが、まさに運命ってやつかもな。
(さて、どっちの手に隠そうか?)
両手を背中で隠しどちらに飴があるかを見られないようにする。数学的に考えりゃ確率は50%。運試しのように思えるがそれは少し違う。
ポーカーと同じように相手の表情から読み取るのさ。右手を選んだときの反応、左手を選んだときの反応。その僅かな落差を見て、どっちの手にあるのかを推測する。
勿論バカ正直な反応をする必要はねぇ。寧ろその反応をブラフにして相手を騙すのも立派な作戦だ。今回は私が騙す側。アンタの私を出し抜いてやろうとする気持ちが私の心臓をうるさくさせる。
五感全てを使って私の腹の中を探ろうとしてくるアンタを騙しきれるか……。ククッ、楽しい勝負になりそうじゃねぇか。
飴を右手に隠し両手を突き出す。
「さて、どっちだ?」
トレーナーは途端に鋭い目付きに変わり、私の手を睨んでいる。私の顔を逐一確認しながら。
生憎ポーカーフェイスは得意なモンでね。私の表情を見ても何もわかんねぇぞ?だからそこ以外から私の心理を読もうとするよなぁ?
……ほら来た。ウマ娘特有の耳と尻尾を見たな?多くのウマ娘は耳や尻尾に感情が出ちまう。だからアンタは絶対に見てくると思ったぜ。
だが私はそれを利用する。私の尻尾は感情に左右されない。だからアンタが左手を選んだ瞬間僅かに尻尾を揺らすこともできる。
普通のヤツならわからないほど微か。けどアンタは私のトレーナーだ。わかっちまうだろ?……ふふ、一瞬目付きが変わったなぁ。アンタはやっぱり優秀だから気づくと思ったぜ。
およそ一分くらいか。トレーナーが口を開いた。
「わかったよ。どちらに飴があるか」
「ほぉ、もういいのかい?まだ時間をかけてもいいんだぜ」
トレーナーは微笑む。
「いや、十分さ。さぁ答え合わせといこうか」
自信ありげだがいいのかトレーナー?この勝負、私が白星をあげるぜ?
「君が飴を持っている手は………」
■
眼前にいる僕の担当ウマ娘、ナカヤマフェスタは不貞腐れた表情で私に問う。
「何で私が右手に持っているとわかったんだ?」
ナカヤマは勝負師だ。今まで幾度との賭けを繰り返したベテランでもある。僕も最初は全然で、賭け事のイロハもナカヤマから教えてもらったようなものだ。
そんな彼女には並大抵の技量では太刀打ちできない。彼女のポーカーフェイスは完成されていて、全く読み取れるものがない。しかも、彼女は演劇が上手だから騙される可能性が高い。
だから僕は表情以外から読み解くことにした。今思えばそれも彼女に誘導されて行ったことだから、やはりナカヤマの技量には頭が上がらない。
呼吸、手の震え、体のリラックス度合い。どれも手掛かりとはなり得なかったが、わかりやすい部分が一つだけあった。彼女の尻尾だ。
通常ウマ娘は耳や尻尾に感情が出やすい。そんな安直な考えで彼女の尻尾を見ると、案の定左手を見たとき一瞬だけ揺れ動いていた。
やはり尻尾の制御は彼女であっても難しいのだな、と思いながら飴が左手にあることを信じようとした。
しかし、ここで思考に待ったをかける。彼女は自分の弱点をそのままにしておくだろうか?答えは否。そんなことは絶対にない。寧ろ彼女ならそれを利用して相手を騙すくらいはお手のものだろう。
相手が他のウマ娘ならそのまま左手を選んでいた。だがナカヤマは違う。僕はこの三年間で彼女の強さを見た。彼女の元担任が病魔に襲われているときでも、微かに残された光を信じて走り続けた。ナカヤマが"生きる"ということを元担任に教えてもらったように、彼女もその"生きる"可能性を伝えたかったのだ。
彼女はその賭けに勝った。そして僕はそんな彼女と共に歩んできたのだ。僕は彼女を信用している。それが勝因だった。
けれどこれじゃ説明が長すぎる。だから僕は一番言いたいこの言葉だけを彼女に伝えた。
「君を信じたからだよ」
「……私だってアンタを信用したんだけどな」
ナカヤマは小さな声で何か呟いた。けど僕はウマ娘ほど耳がよくないので聞こえなかった。
「何か言ったかい?」
ナカヤマは頭を振る。
「いや、何でもない。これからはもっとアンタを信じてみようと思ったのさ。今以上にな」
「ふふ、それは嬉しいね。より君との絆が深まりそうだからね」
「……ああ、そうだな」
……僕もこの三年間で少しは観察眼が鍛えられたんだ。だから無表情を保とうとしているけど、少し赤くなっている君の顔がわかるようになった。
あぁ、また悪い癖が出てしまった。何故かナカヤマだけなんだけど、無性にイタズラしたくてしょうがないんだ。普段は滅多に見れない彼女の照れた顔……。これが堪らないんだ。
けどこんなことをするのはよくないね。勝負に勝ったとき昂るからついやってしまう。お詫びにお誘いをしようかな。
「ところでナカヤマ。今美味しい牛すじを食べたい気分なんだけど、何処かいいとこないかな?」
ナカヤマは短く溜め息を吐く。
「全くアンタはいつも……。いいぜ、私も食いたかったところだ。あの屋台に行くか」
そうして僕はナカヤマと肩を並べていつもの屋台へと歩いて向かう。自分でも誘いかたがちょっとキザだと思うが、演技はこれくらいしかできない。でも彼女が受け入れてくれるから、別に変えなくてもいいかなとも思っている。
薄暗い路地裏を歩いていく。最初は怖かったこの雰囲気も、今ではすっかり慣れてしまった。いや、少し違うかもしれない。
ナカヤマと過ごした記憶が路地裏の恐怖を薄めさせてくれているのかもしれない。彼女と最初に出会ったのも、路地裏だったからね。
そして屋台に着いた僕たちは、腹一杯美味しい料理を堪能した。ナカヤマは美味しそうに牛すじを頬張っていたよ。
尚親愛度は既にカンストしている