ヘッドショットすればどんな敵でも一撃で殺せるチート能力&ヘッドショット以外全て無効化される永続デバフ 作:銀髪幼女
―—やがてほどなくして、モンテルは滅びる。繁栄の名残と、文明の遺骸を残して。
*
過ぎた過去としてのみ存在するかつての大国について、ストーリー上で語ることはそう多くない。名前と出身のキャラクタがいくつか登場するが、彼らの多くは、滅亡の兆しを受けて逃げ出し、その先で名を馳せた者たちばかりだ。
モンテル、という名前を出したところで、サナ実装前であれば、プレイヤーはおろか、ゲーム内のキャラクターたちですら、ピンとくるものは少ないだろう。
破壊され廃墟と化した拠点の前で、私は酷く絶望していた。
「ねぇ、アレク。もし私が、未来が視えるって言ったら、信じてくれる?」
「……気でも狂ったのか?」
夢オチを期待してプレハブで眠りについた私を待っていたのは、見慣れた自室の天井だった。
つけっぱのまま眠っていたらしいPCの駆動音が耳に馴染み、カーテンの隙間からは暖色の光が薄っすらと漏れ出る。
良かった、帰ってきた。
そう思い安心して、微睡の誘惑に負けて目を瞑る。春の二度寝の心地よさは、説明しなくても伝わるだろう。
だが、その時見た夢の内容は、心地よさとは無縁の、絶望だった。
*
火を放たれて燃える森。遠くから押し寄せてくる、黒い鎧を纏った幾千という兵士の軍。自分の居場所は既に割れているらしい。
一体どうして。そう思う暇もなく、いくつもの弾丸が、額の辺りを掠める。
狙撃兵は、決してその位置が割れることの無いように、慎重に戦わなくてはならない。一度見つかってしまえば、ただの的になってしまうからだ。
だが、この居場所は既に明るみになり、隣国の軍が向かってくる。
囲い込みによる罠を想定していない、決戦のための行軍。約束された勝利へと突き進む兵士たちの足取りは軽く、その表情も自信に満ちている。
少女は何度もライフルに装填を繰り返し、正確無比な狙撃で敵兵の頭を打ちぬいた。だが、たかが狙撃兵一人では、一個師団を相手取り壊滅させることなんてできない。
「——サナ、離れるぞ」
偵察から帰ってきたらしい男が、不愛想にそう言った。少女の返事は待たず、最低限の荷物だけを持ち、場所を離れる準備を進めている。
少女は男の様子を眺めながら、「……まだやれる」と呟き、狙撃銃に魔弾を込めるが、照準を覗き込み、その銃口を敵兵の頭へと移した時、男の手が少女の頭に触れた。
「もういいんだ、サナ。初めからわかってたことだろ? ここはもう持たないし、モンテルは終わる」
それは、仮にも上官である少女に向けられるべきものではなかった。長く銃を握ったせいか固くなった皮膚はがさがさとしていて、少女は鬱陶しそうに、男の手を払う。
「……何もかもお前ひとりに背負わせて悪かった。お前にはお前の人生があって、失いたくない友人もいる。家族はいないかもしれないが、必要なら俺がその役を担ってやる。だからお願いだ、少佐。ここを、離れてくれ」
生きていてほしいんだ。言外にそう伝える男の声は、今にも泣きそうなほどに震えていた。男とて、この先どうなるかなど想像がついているのだ。
それでも、男は逃げることを選んだ。たとえ気休めであっても、自分たちの未来が変わらないとしても。
この少女を一秒でも長く生かすために。
「逃げてどうするの」
だが、少女は冷たく言い放つ。
「逃げて、その先でどうするの? 私たちの逃げれる場所はもう帝都しかない。じゃあ、帝都に行ったらどうなるの? それより後ろは海で、その先に何があるのかはわからない。私たちは追い詰められてる、初めから逃げ場なんてないんだよ。なら、戦うしかない、違うの?」
一気に捲し立てる。
隣国の度重なる侵略により、モンテルの国土は残すところ、海沿いの都市が一つと、その周辺に広がる森だけになっていた。逃げ場はない。それなら、好転する可能性に掛けて、一人でも多くの敵を殺すしかない。
たとえそのために自分が死のうとも。
それが少女の覚悟だった。
「違う」
しかし男にもまた、少女とは別種の覚悟があった。
「お前はまだ子供だ、ガキなんだよ。ただのガキ一人には何もできない。現実ってのはお前が思ってるほど単純じゃないんだ」
「ならどうしろって言うの? 逃げた先で、私たちはみんな死ぬんだよ? 私は――」
少女が言葉を紡ごうとしたその時、機関銃の照射される鈍い音が耳に入る。続けて、投げ込まれた火炎弾の爆発音が辺りに幾つも轟き、付近の木々が燃えだす。
「……逃げるぞ、サナ」
燃える木を眺めながら、男はそう言った。少女はそれでも狙撃銃の照準を覗き込み、引き金を引く。その瞬間、彼女の視界に、一つの銃弾が、避けようのない速度で近づいて――
―—目が覚めたら、ここにいた。
銃弾は確実にサナ――私を捉えていたはずだった。しかし寸前のところで、アレクが
死にたくない。
彼女は、黙ったまま踵を返し歩き出したアレクの背を少しの間見詰めて、彼を追うように逃げることを決めた。
確かストーリーでは、こんな感じだったはずだ。
それから、帝都に戻り、前線が維持できない事を報告する。アレクは皇帝に、民を撤退させることを提案するが、皇帝はそれを却下。民を敵に向かって突撃させ、それを盾に時間を稼ぎながら、自分たちは逃げ出すことを選んだ。
その言葉を聞いたアレクは、魔法を駆使してその場で王を殺害。周囲の衛兵も一人残らず虐殺し、サナの手を取る。呆気にとられたサナは、アレクに問う。
「どうするつもりなの」と。それに対してアレクは、ただ一言、「たった今、この国の王は俺になった」とだけ言い、サナに向けて微笑んだ。
*
アレクが怪訝そうに、私の顔を覗き込んだ。それからすぐに、いつもの強がった笑みを浮かべて、言う。
「仮に未来が視えたとしても、見えるだけじゃ意味がないな。それを変えられる力が無いと、そんな力持っててもなんの意味もない」
「……本当の事だとしたら? もし私に本当に未来視の力があって、これから何が起こるのかを知っているとしたら、アレクはそれを知りたいと思う?」
「思わない。そんなの知っていたって、未来を変えられるとは限らないからな」
確かに、その通りだと思った。
私はこの物語の終点を知っている。それに至るまでの展開の要所要所だって、大体は覚えている。
そしてその大筋は、ブレることなくこうして現実となった。二度寝前の私が体験したサナの視点で見る世界が、仮に今と地続きの現実であるのだとすれば、私が勝手に起こした行動は、未来に何の影響も与えていない。
昔見たアニメの記憶が蘇った。
未来は、既に確定した結末に向かって進み続ける。誰がどんな行動をしようが、その結末だけは常に一定で、そこに至るまでの過程に些細なズレが生じるだけだと、あの物語は言っていた。
もし本当にそうなのだとしたら、私は、これから起きるであろうストーリーによって確定した未来、
「どうした?」
「……なんでもない。行けるところまで行こう。どこかに、私たちを受け入れてくれる場所があるかもしれないから」
つい先ほどまで逃げることを拒否していたとは思えない発言だな、と、心の中で自嘲する。これまでがサナだったとしても、これから先は私なのだ。
だが、自分の中に流れるサナとして生きてきた記憶や感情が、私の自我を乗っ取り始めているような気がしていた。
しかし、誓いとは裏腹に、現実とは非情で惨たらしい物だ。帝都を出て、崩壊した第一拠点のプレハブ小屋に辿りついた私たちは、その後すぐに、小銃を持った黒服の兵士数人に囲まれた。
そのうちの一人が、私たちに向けて問いかける。
「お前たちは何者だ。答えろ、さもなければ撃つ」
そう告げて小銃を構える兵士に対して、私はどこか他人事のように、拘束しないあたり詰めが甘いな、と思った。
サナの顔はイドマートには割れていないらしく、素顔を晒していたにも関わらず、彼らは私に対して何も言わない。
アレクの案で一度自宅に戻り、私服に着替え、武器も捨ててきていた。それが幸いしたのか、親子のように見えたらしい。
アレクは大仰に両手を上げながら、「旅をしてるんです。娘に海を見せてやりたくてね」と、芝居がかった口調で言った。
しかし。
「白髪の娘か。……そいつ、悪魔借りだろう?」
男は、私の髪に眼を遣りながら、低い声で唸る。
悪魔借り。
サナは、その身に悪魔を宿している。
悪魔借りは、成長と共に身体が悪魔の器として作り替えられていく。
この白髪は、サナに宿る悪魔の持つ髪の色と同じだ。
尋常ならざる魔力総量も、彼女の右目である千里眼も、もとはといえば全て、彼女に宿る悪魔の持っていた物だった。
「ええ、彼女は確かに悪魔借りです。名もなき悪魔が、彼女の身に宿っている」
「なら、それは見過ごせないな。脅威となり得る物は、対処できる内に対処しておく。それが連合国から俺達に課せられた兵士としての命なんだ」
男の言葉に合わせて、背後にいた数人の兵士が小銃を構えた。
「悪く思わないでくれ、嬢ちゃん。お前は最初から生まれるべきではなかった、それだけの事だ」
そう言って、構えた小銃の引き金に指を掛ける。少しずつじりじりと、引き金が今にも引かれようとしている。
私は武器を持たない。仮に持っていたとしても、何もできない。あるいは私が私ではなく、サナであるのならば、この場をどうにか潜り抜けることが出来たのかもしれない。
しかし、ただの平和ボケした日本人である私には、どうする事もできない。
終わるのだ、ここで。私の長い夢が。現実と見紛う程繊細で明瞭な、硝煙の匂いの立ち込める様まではっきりと知覚できるこの悪夢が、今、終わる。
私はアレクの服の裾を右手でつかみ、少しだけ引っ張った。アレクはこちらを一瞥もせず、代わりに一歩だけ私の前に出て、その体で私の事を隠し、先頭で小銃を構える黒服の男を睨む。
「……銃を降ろせよ、下っ端」
そして、聞いたことない程に低い声で、怒りを隠すことなくそう言い放った。
「アンタのそれは勝手な行動だ。俺達がどこの誰かも知らねぇ癖に、国の脅威に見えたから殺す? そんなの聞いて、誰が納得するんだ」
「旅人風情にはわからない事だ。いいから下がれ、」
「下がるわけないだろ。彼女は俺の
「無謀だな。ならいい、お前ごと撃ち殺すだけだ。——総員、構えろ」
銃を構える黒服を前にして、アレクがその手に魔力を込めるのが薄らと見えた。
何故そこまでして、サナを守ろうとするのか。
そして、私はようやく思い出す。
アレクは数年前に娘を亡くしていた。
ちょうどサナと同じ歳ほどの娘を一人。子を喪った虚無から、彼は、自分が何を守ろうとしていたのかを見失った。
その時丁度、サナが従軍したのだ。
『必要なら、俺がその役を担ってやる』
夢の中でアレクが言ったこの言葉は、紛れもなく本心だった。
私はそのことに、ようやく思い至った。
「アレク、ダメだ――」
私の前に立ち、確実に庇う気であるアレクに向かって叫ぶ。
「なあ、サナ。俺はもう二度と、娘を失いたくないんだ」
小さく、だがはっきりとそう呟く。
「お前がどう生きてどう死のうが、俺には全く関係ない。だが、俺の知るところで、俺より先に死なれたら、俺は、自分が許せない。だから逃げてくれ、サナ。——たった今、モンテルは滅んだんだ」
そう言って、アレクは小銃を構える兵士の集団に向かって跳躍した。右手に込められていた魔力が、彼の周囲に防護壁を築く。
まさか向かってくるとは思わなかったのか、呆気に取られていた兵士一人の首元に至近距離から魔法を撃ち、瞬間小銃を乱射し始めた兵士の目を持っていたナイフで刺した。
「だめだ、やめてくれ、アレク――」
「逃げろ、サナ――!」
次の瞬間、一瞬乱れた防御壁の隙間から小銃を浴びたアレクは、壁を維持する力を失った。
服の繊維が吹き飛び、血と肉片が豪雨のように周囲へ撒き散らされる。
彼は倒れることすら許されず、次々と叩き込まれる弾丸によって、まるで目に見えない太い鎖で繋ぎ止められているかのように、全身を跳ねさせながら空中で痙攣し続ける。
私にはその一瞬が、永遠のように引き引き伸ばされて感じられた。
一瞬、アレクが私を見た。その目に、光はなかった。
「——」
未来は、変えることなどできない。なら、私はどうすればよかったのだろう。
どうすれば、彼を救う事が出来ただろうか。どうすれば、国を救う事が出来ただろうか。
どうすれば、自分を許すことが出来るだろうか。
昔の事を夢に見た。
長い夢を見ていた。最初はそんな感覚だった。目を瞑る度に、脳髄に直接情報を流し込まれたみたいに目まぐるしく、見たことのない世界の見たことのない景色が広がっていく。聞いたことのない声や、感じたことのない空気の匂いが、まるで目の前にあるみたいに。
軈てそれは、現実でありながら夢に居るような、あるいは夢でありながら現実に居るような。奇妙な感覚と共に、暗転する。
そして、次に目を開けた時、私ははっきりと、自分がサナであることを自覚できた。
故に。