ヘッドショットすればどんな敵でも一撃で殺せるチート能力&ヘッドショット以外全て無効化される永続デバフ 作:銀髪幼女
悪魔は恐怖の象徴だ。多くの国にとって、最も恐れるべき存在であり、場合によっては神に匹敵する程の力を持つ事もある。悪魔借りは、その悪魔が地上に顕現するための器として生まれた人間の事を言う。悪魔から体を借りている、の意を取って。
「髪切ろうかな」
「白髪、気にしてんのか?」
傍でアレクが言った。
「別に気にしてない。邪魔なだけ」
「女の子は長い方がいいぞ。俺も長い方が好きだ」
「……うるさい」
じめついた獣道は小言を言い合うには余りにも緊迫している。中央に巨大な亀裂が走っているこの傾斜森は、大昔に悪魔絡みの戦争で空いた大穴が放置されたことによってできた原生林だ。実際、この森の亀裂に入った冒険者の中に、生きて帰った者は一人もいないし、この場所自体禄に探索されたこともなかった。
「にしても、でかい穴だな」
アレクが嘆息する。
「気を付けて。今歩いている場所がちゃんと地面になってるかだってわからないんだから」
雪山の崖と同じ理屈だ。この穴がどういう経緯を辿って空いた穴なのか判然としない以上、ただ巨大な穴に土が乗っかって固まり、地面に見えているだけの可能性だってある。もし仮にそうなら、踏み抜いた場所が悪ければそのまま転落死だ。
「わかってる」
ここの地下には、大戦で負けた悪魔が封印されているという言い伝えがある。そんな場所を占拠して拠点にするのだから、敵は相当肝っ玉があると言えるだろう。あるいは、ここなら万が一潰しに来られたとしても問題ないと考えたのかもしれない。
「だから言ってんだ、お前正気か? 敵が占拠してる峡谷まで進んで、直接拠点を叩くって」
「地の利はこっちにあるから。クレナの報告と私の記憶が正しければ、あの穴を見下ろせる場所があるはず。まずはそこを目指す」
アレクの諦観にも似たため息が耳に入るが、知らないふりをした。
今の私はモンテルの延命器具だ。偵察隊は延命器具で、偵察は延命措置。要するに、何をしようと時間稼ぎにしかならない。
延命器具如きに病を治すことはできない。
でもやはり、今敵拠点に被害を出すのは都合がいい。
彼らが悪魔の話を眉唾だと軽視しているのなら尚更、悪魔に対する恐怖を植え付ける良いチャンスだと言えた。
多少無理してでもやる必要がある。少なくとも、リリアやニーナが成人するまでの時間を稼ぐために。それはアレクもわかっているはずだ。
だから。
「……髪、切ろうかな」
髪が長いのは見つかるリスクに直結する。髪に反射した光を見られるか、悪魔借りの髪はそれ自体が魔力の塊であるから、魔力をうまく隠せずにいるとすぐに見つかってしまう。そういうリスクを孕みながらこの原生林を進むのは些か危険すぎるのだ。
「何回言うんだよ。そんなに言うなら俺が切ってやろうか?」
「嫌だよ。伸ばしてるの」
「は? なんで」
「短髪は似合わないって。前に短くした時にリリアに言われた」
「道理で」
「っていうか、アレクも笑ってたじゃん。忘れてないから」
「お前、こう見えて根に持つタイプなのかよ」
記憶力がいい、と言ってほしかった。アレクとは付き合いが長い。そもそも、私が来る以前の偵察隊は、その中の何人かを犠牲にすることで敵の拠点などの情報を持って帰る、言ってしまえば囮役だった。戦争が始まる以前は魔物や半神の獣などの観察を行い、戦争が始まってからは敵軍の情報を持って帰るために長期間潜伏する。情報は彼らの命より重く扱われ、情報を持ち帰るためなら命すら捨てるのが彼らの常識だった。
アレクはその偵察隊の生き残りだ。
だから、そのアレクが隊長にならなかったことに反発した隊員もいた。それを鎮めたのもアレクだった。
実力至上主義なら自分よりこいつの方が向いている。そう言われたのを未だに覚えている。
「私は一度見たものを忘れないの。記憶力がいいから」
「魔鏡の使い方はわからなくなってたけどな」
「あれは事故だからカウントしないで」
「はいはい」
アレクが適当に頷いた。
原生林の道自体には特に不審な箇所はない。人の気配は一切なく、獣の気配もない。
だが、獣が通っているのであろう不自然に折れた木などがある以上は、何者かがここで生活していることは間違いない。
昼間に何もいないのなら、きっと魔獣か魔物の類だろう。どの道、警戒するべきは敵に見つかることと、穴を踏み抜いて亀裂に転落する事だけか。
「やっぱ先いって」
「は? なんで」
「だって、アレクなら落ちても這い上がってこれるでしょ?」
「……無茶言うな。俺が下に悪魔がいる底なし穴から這い上がれるような怪物に見えるか? 道がわかるのはお前なんだからお前が先に行くべきだ」
お互いに一瞥もせず雑談をする。本来ならそんな余裕はないが、不思議と、アレクといる時なら何が起きても平気な気がした。
***
どこまでも木々が続く。鬱蒼と茂る手入れのされていない林は、進むにつれてやや傾斜がかり、頂上に着けば崖に立つ。そこから見下ろせるのは幅約20メートルの巨大な亀裂で、それが続き峡谷をつくっている。どこまで続いているのかはわからないが、この森全体を覆う程はあるのだろうと推測できる。その反対側に、敵の拠点はあった。本来そこに生えていたであろう木々は伐採され、崖に背を向ける形で、その空き地に建てられた仮設テントと、その辺の木を切り倒して作ったような適当な家具。およそこちら側の侵攻など気にしていないかの様なリラックスぶりに、アレクは思わず噴き出したみたいだった。
「流石にふざけすぎじゃないか?」
問いかける声は酷く愉快そうで、聞いているこっちも何か楽しいことが起こりそうな気がした。彼らは宴会でもしているみたいに、円卓を囲って食事を摂っている。言ってしまえば敵陣の真ん中でこれほどまでの事をできるその胆力は褒めるに値するかもしれない。
「ねえ、誰から狙えばいいと思う?」
円卓を囲んでいるのは屈強な兵士たちで、銃や杖《ロッド》は木やテントなどの家具に立てかけられていた。
「そうだな、こういう時は混乱させるのがいい。まずは酒を飲んでいる下っ端から狙って、次にあの一番偉そうな髭面。次は魔法使いだな」
「わかった」
狙撃銃を構える。
反動軽減の魔法で無反動となったこの狙撃銃は、やろうと思えば五歳の子供でも撃つことができる程軽い。取り回しと持ち運びの良さを強化するため照準などは外し、また弾も魔力を押し固めただけの魔弾を装填するだけだから簡単だ。
問題は、当たるかどうかは持ち主の実力次第という事。
ただ、それ以上に無問題なことはない。
何故なら。
「当たった」
音もなく魔弾が射出される。放たれた弾は抵抗を受けずまっすぐに相手の頭へと飛んでいき、そのまま着弾した。魔力の塊が突然高速で放たれ、それが頭に当たった瞬間死に至る。魔力探知には映るが、高速故反応することも知覚することもできない不可視の凶弾。
私の場合はそれが、ほぼ百発百中になる。目視できる範囲なら当然、目視できない距離にいようが、遮蔽がないなら千里眼で問題なく視認できる。そして、視認できるのなら外さない。
魔法防御の類により貫通力のないスナイパーなど恐れるに足らないこの世界で、ただずっと狙撃だけを学び鍛錬してきた。その結果がこれだ。
「次はあの髭の人ね」
「ああ」
視認する。現場は特に何事もなかったかのように宴会が続いている。当然だろう。ただの雑兵一人が宴会中に机に伏したからといって、いちいち騒ぎ立てるような集団はそうそういない。
いつから続いている宴会なのかはわからないが、酔いつぶれたとでも思っているのだろうか。死んだ兵士に構うものは一人もいなかった。
魔弾を編む。空間の魔素を一か所に集め、それを銃身に押し込む。
「……当たった」
髭の男がその場に崩れ込んだ。流石に不審に思ったのか、兵士の一人が男に近寄る。すかさず、そこを狙撃した。
「三人目」
「俺はどうすればいい?」
「……今のところは大丈夫」
アレクを私の傍に置いている理由は、私の位置が敵に見つかり囲まれた時に私を守れるのがアレクくらいだからだ。それ以外ではアレクのすることはない。言ってしまえば保険だった。
「三人残して終わる。あと二人撃ったらすぐに帰るよ」
「ああ、了解」
***
偵察隊は兵力を持たない。10人以下で構成された少数部隊で、命と引き換えに情報を持ち帰る帝国の道具だ。かつては彼らが持ち帰った情報を基に敵の拠点を襲撃し撃退したこともあった。それ以前はリングドシャに住む悪竜の観察などを行う精鋭で、軍とは別の物として数えられている。
そのため、一応王の命令という事にはなっているが、偵察の内容については私に一任されていた。ただその報告だけは欠かさないように、という理由で、毎回戦況報告書を書かされている。
イドマートの兵は、一人一人の練度や実力ではなく、全体で見た時の数が強い。大陸南を支配するモンテル対し、大陸北から東全土を支配するイドマートは、その気になればモンテルなどすぐに征服することができるのだろう。
ならなぜそれをしないのか。王から度々、その理由を探れと言われていた。
モンテルの都市は、残すところあと湾岸都市デザリの一つだ。だがデザリは、数十年から数百年に一度の頻度で、地割れと津波による壊滅的被害を受ける。
幸いにも最後に津波の被害に遭ったのは50年前だ。ならなぜ未だに攻めてくることがないのか。国境線がイドマートに面し、大陸南の湾岸、巨大な半島地形全体に追いやられているモンテルに、イドマートの内情を知る術などなかった。
「でもなんとなく思い出せる」
シャワー室の前で呟いた。
扉の向こうで水音が反響する。静謐な森の中だが、水路を通し、基本的な衣食住は充実させている。それ以外で必要な物があれば、私の底なしの魔力で無理やり何とかしている。森の中と言えど、それなりに人間らしい生活を送っていた。私に比べれば、底辺冒険者の方が酷い生活をしている気がする。
「イドマートは国土の東側にヴェルヅェルの心臓があったはず。確かそれの封印が危なくて、戦争どころじゃなくなった」
朧気だが、前世の記憶を思い出せる。自分に前世があるとわかった時以上に鮮明には思い出せない。けれど、なんとなく何がどうなっていたのかは思い出せた。
ヴェルヅェルの心臓。悪魔の心臓だ。大昔に大陸で起きた悪魔絡みの戦争の首謀者で、心臓がある限り肉体が滅びないという意味不明な能力を持っていた。
結局どうしようもなくなって、捕らえたあと解体し、むき出しになった心臓と骨をそのまま封印したとか。どうやって捕まえたのかはわからないが、その封印が今になって解けたか、あるいは解けかけたか。それで、モンテルに構っている余裕がなくなった。
「でもそれはただの勘違いで、実際は何の問題もなくて、わかった後にモンテルは攻め込まれて、それで」
「なにをぶつぶつ言ってんだ?」
「——ひ、アレク? ふ、服くらい着て!」
声に驚き視線を上げると、そこには今しがたシャワー室から出たばかりであろうアレクがタオル一枚を肩に掛けた状態で立っていた。
思わず上ずった声が出る。
「なら風呂場の前に居るなよ」
「……それはそう、かも」
なにか悪態をつこうと思ったが、何も言えなかった。
「それで、何を言ってたんだ?」
「考え事してた」
「だから、その中身を聞いてるんだよ」
アレクが怪訝そうな目を向けてくる。短く切り揃えられた短髪から水が滴っている。体からは湯気が上がり、私が座っているからか、あるいは服を着ていないからか、いつもより数段大きい気がした。
「……まずは服着て」
促し部屋を出る。水音は集中できる。なんとなく誘われるがままに向かったらとんだ災難に遭った。いや、自分のせいか。
自室に戻り戦況報告書を開いた。といっても、言ってしまえばただのノートだ。そこに鉛筆で日記のように何があったのかを書いていく。
前線基地を壊滅させ、数人を残して帰還したこと。後日また現場に向かい、前線が下がっているか確認すること。イドマートがなぜこちらに攻めてこないかは依然として不明なこと。
それらを鉛筆で書きなぐる。黒鉛がノートの白雪に絡まる。痛めつけるようなさらさらという音に体がむず痒くなった。
そういえば私、まだシャワーを浴びてない。
箪笥を開け、タオルを取った。あとのことは、風呂にでも入りながら考えればいい。水音は集中力を高めてくれる。
***
イドマートの前線基地が崩壊した。その情報がイドマート本隊に入ったのは、サナが基地を襲撃してから三日たった日の事だった。
数週間前に東部山脈の雪山に封印されているヴェルヅェルの心臓の封印が解けたという報せが入り、元々のモンテルへ征服戦争を仕掛ける予定が大幅に遅れた。イドマートはそのための前哨基地として、モンテルがかつて閉鎖した亀裂の原生林を占拠し、そこに拠点を構え、ヴェルヅェルの一件が落ち着くまで潜伏することにした。
しかし、その最中に、駐屯していた兵士数名が不審死を遂げる。亀裂の原生林は大戦時に悪魔が作ったと言われていて、その地下には今も悪魔が住んでいるという噂がある。彼らはヴェルヅェルの心臓を国土に保有しその実物を何度も見てきている。亀裂程度の眉唾の噂など、信じる器ではない。
だが今は、そのヴェルヅェルの心臓の封印が解けた。そのタイミングでの不審死だ。
モンテルに侵攻するためには、亀裂の原生林を越えなければならない。しかしそこには悪魔が住み着き、実際にヴェルヅェルの封印が解けた時期に兵士が倒れ死んだ。これ以上長居するのは、より多くの兵を失うことにつながる。そう考えたイドマートは止むを得ず前線を後退させた。
これまでも何度か、イドマートの兵士が流血も外傷もなく死んだ事例が存在する。故に彼らは思った。
モンテルは悪魔を飼いならしている。攻めるのならば全力を持って潰すしかない。