ヘッドショットすればどんな敵でも一撃で殺せるチート能力&ヘッドショット以外全て無効化される永続デバフ 作:銀髪幼女
「もう終わりだ、俺ら全員死ぬんだ……!」
「うるせぇ弱音を吐くな、早く逃げるぞガキ共!」
「んなこと言ったって、俺、足が、」
先導する男が眉間に皺を寄せる。
怒号を飛ばそうにも意味がないことはわかっている。今は一人でも多くここから逃げなければならない。そのためにできる事は、こいつらを宥めるか、置いて行って自分だけ逃げるかのどっちかだ。
手付かずの林が広がるここら一帯は、モンテルに侵入するための最後の砦であり、最も困難な箇所の一つだ。亀裂の原生林。かつてのモンテルでは閉鎖されていたらしいこの林が、何故閉鎖される様な事になったのかを知る者はあまりいない。
悪魔が住んでいるとかいう噂はただの子供騙しだと思った。亀裂の規模も範囲もわからない以上、この原生林のどこに落とし穴があるかわからない。そんな危険な場所を歩かせるわけにはいかない。そういう理由で出た眉唾だと。
「早く走れこの薄ノロ! 死にたいのか!?」
「わかってる、わかってるけど、う——」
いい終える間なく若い男が転倒する。その場に蹲り、足を抑えて悶えた。
蹲る男を蹴り飛ばす。ひっくり返った男はされど足を抑えたままで、悶えるばかりだ。
男の手を払い足の状態を確認する。目立った外傷はなく、転んだ時に付いた土が所々にあるだけで、それ以外は普通の足だった。
置いていくか? いや、仲間を見捨てるわけにはいかない。
「ああもういいから早く立ち上が——は? なんだ、これは、」
ふと冷静になり辺りを見渡す。林の至る所に、黒い人影のような物がある。もうすでに日は落ち書けており、夕暮れの朱色が林全体を包んでいた。何かの逆光か、
あるいは見間違いか。
その数は10、いや20以上だ。見間違いなわけがない。この数を見間違えるのなら、もはや幻術の類だろう。こんな大規模な幻術を使えるものがいるとは思えない。それ以上に、これだけの魔力を消費しておいて、魔力探知に引っかからないわけがない。
「一体何がどうなってんだ……?」
瞬きする度に人影は増えている。数えているわけではない。体感的に、明らかに増えている。あるいは、近づいてきている?
「おいお前……! あれ、見ろ」
蹲る男に呼びかける。男はされど足を抑えたまま、首だけを上げて指さした方向に目をやった。
まるで幽鬼の影のような不自然な動きをする黒い物体が、風に揺れながら徐々にこちらに近づいてきている。もし仮に逆光なら、その全てが黒く一切の光を纏っていないわけがない。そもそも四方全てにおいて逆光が重なるわけがない。
「立てるか?」
「……なんとか、でも走れそうには、」
「うるさい、走るぞ。ここは呪われてる、さっさとここを出るんだ、ここを出れば、どっちにしろモンテルの眼は届かない」
男を促す。この会話をしている間にも、影は常に迫り続けている。
その足取りは遅く、ただ瞬きをする度に数を増やしている。今では視界全体に、どの方角を見ても10体は見える。それぞれとの距離は曖昧で、遠くにいる物もいれば近くにいる物もいる。
早くここを出なければ。ふと、ここに悪魔が住んでいるという噂を思い出した。
悪魔は会話が通じない。自分のしたいことに貪欲で、そのための狡猾さを持ち合わせている。魔力量は甚大で、大陸を焦土に変えるなど造作もない。
「やっぱりここは呪われている……」
悪魔の仕業だ。モンテルがここを閉鎖した理由がなんとなく分かった。
ここにはやはり悪魔が出るのだ。もしかしたら、この林全体が悪魔の縄張りで、モンテルとは何らかの関係を持っているのかもしれない。
いや、憶測はよそう。今は逃げることが最優先だ。
「行くぞ、ガキ共!」
「……はい、!」
ここで一つ、違和感を覚えた。ガキ共。男が前哨基地を逃げ出した時、自分の周りには他に二人いた。
今目の前にいるのは、足を引き摺りながら歩く若い男の一人だけだ。
もう一人はどこに行った?
嫌な想像が頭を過ぎる。既に死んだか、あるいは悪魔に連れ去られたか。
耳を生暖かい風が通り過ぎた。鳥肌が立つ。冬に入るというのに、夏の終わりのようなまとわりつく気色悪い風だ。
「走れ! 早くしろ……!」
男に促す。目前に黒い影が迫る。
「早く! もう少しでここを抜けれるんだ!」
男の肩を持つ。無理やり走る。原生林から出られる道はいくつか存在する。一つは来た道を戻る事。もう一つは、一方向に進み続けることだ。来た道を引き返せば、林の中を二日ほど進み続けることになる。一方、一つの方向に進み続けるのなら、余程運が悪くない限りモンテルの田園地帯に抜けれるはずだった。
そしてそのための西日が目の前まで来ている。
あの西日に飛び込めば、ひとまずは森を出られる。そのためなら男の肩だって持ってやる。そうすることで二人が助かるなら、この森で何が起きたのかを伝えることも、その説得力を持たせることも簡単になる。
「敵前逃亡? 笑わせるな、」
緊迫し、焦りからか薄い笑みに頬が引きつった。
「情報を得るために命を捨てるバカが、どこの世界にいるってんだ」
***
敵の背後に周り杖を構える。その先端には輝石を加工した魔晶石が浮いている。薄暗い森の中では淡い光を放つが、その光が魔力の正体そのものだ。
視界に映るのは逃げ回る兵士の姿と、その周囲を埋め尽くすほどの黒い人影。幻惑。幻術の類であるこの魔法は、人のみでは到底行使することのできない理から外れた魔法だ。
付近全体を巻き込み別世界を作り出す。その中にいる全ての生物を対象に、自分の思うがままの景色を半強制的に共有させる。幻覚というよりは、結界や創造に近い。
「残念だけど、君たちが森の外だと思ってるところは、大穴への入り口」
少女が不敵に笑む。魅了の悪魔と同じ滑らかな白髪を靡かせ、逃げる兵士を見詰める。
「ここを、出れば……! 俺たちは、助——」
それはこの場における唯一の希望だった。この森から出てしまえば安全。モンテルの放棄した廃村が広がる田園地帯に出るだけで、安全な道を通りイドマートまでの中継地点へと戻れる。
だが現実はそう甘くない。
先導する男が穴へと転落する。続いてもう一人も穴に落ち、逃げ惑う二人は少女の目の前から消えた。
「見てたでしょ? この森に入った時点で、君たちは私の客なの」
若い男の息遣いが荒くなる。男は木に寄り掛かったまま、何か必死にもがいている。
まるで滑稽だ。男を縛る物は何もない。ただ木の傍で、何かに捕まったようにもがいている。逃げようと思えば逃げられるのに、どうして逃げようとしない。
少女は不思議そうに男を見る。
「お、おれを、どうするつもり、だ……!」
上ずった声は悲鳴に近く、されど敵意と殺意はむき出しに、諦観の一つも感じられない。
「なんか言えよ、なあ。お前、モンテルの人間だろ……? 俺に何かすれば、イドマートはお前らに報復として」
「うるさい。モンテルだかモルテンだか知らないけど、騒ぐなっていったの覚えてないの?」
男に杖を向ける。額には脂汗が浮かび、少女を見上げるその目は見開かれ、頬は引きつっている。
「君たちの目的が何かなんてどうでもいい。私はこの森で騒いでほしくないだけだって、何回言えばわかるの?」
「俺はイドマートの兵士だ、お前みたいなガキ一人なら、俺だって、俺は、」
無言で杖に魔力を注ぐ。薄らと先端の魔晶石が光り、その輝きが徐々に実体を帯びていく。
「動けないのに。自分の事を過信しすぎなんじゃない? 人間なら人間らしく、ただ私たちに頭を垂れて恭しくしてればいいの。悪魔なんて所詮俗物なんだから、人みたいなわかりやすい弱者を下に置いて優越に浸りたいだけなの」
「悪魔……? 何言ってんだお前、悪魔って、悪魔ってなんのことだよ!?」
男がわめく。
そんなの聞こえないかのように杖に魔力を注いでいく。
「お前、モンテルの人間なんだろ!? 他の二人はどうした、俺らに手を出せばお前らの国なんて一瞬にして滅」
「あーうるさい。モンテルとか知らないって。そんなに説明してほしいなら言うから。いい? 私はこの森に住んでるの。この森の木の一本一本が分割された私の体そのものなの。そういう契約をしたから。その木を切ったのはだれ? 君たちでしょ? だから話をしに来たの。そしたら逃げたから、一回穴に落としてしっかり話をするつもりだったの。ここまではわかる?」
一気にまくしたてる。されど杖には魔力を注ぎ続けている。魔晶石の輝きは増し、もはや一帯を明るく照らしている。
「は……?」
意味不明といった表情で少女の言葉を聞く。まるで脳が理解を拒んでいる。理解するために必要な大事な情報が一つ抜け落ちているかのような感覚に、心臓が冷たく脈を打つ。
「あと、私は子供じゃない。子供っぽい見た目の方が何かと上手くいくからこうしてるだけ。君みたいなのがナメてくれるから。それで、ここの木を切ったわけだけど、私の体を傷つけた責任はどうやって取る?」
「何を言ってんだ、お前。お前、だから、お前は誰なんだ!?」
「誰? 確かに、私は誰なんだろう。名前なんて付けてもらったことないからわからないや。強いて言うならヴェルヅェルの妹とか? それもちょっと違うか」
少女のような存在に家族はいない。略式的な関係性をいい表すのなら妹が的確だが、厳密には自分に兄も姉も存在しなかった。
ならどう表現するべきか、長いこと地下で暇を潰していた彼女に、その辺りの常識はない。
「ヴェルヅェル? ヴェルヅェルって、あの心臓の事か?」
「心臓? 何言ってるの?」
「お、お前こそ何言ってんだよ。ヴェルヅェルは心臓の事だろ!? 悪魔の心臓だよ!」
「ヴェルヅェルは心臓になったの? 悪魔に心臓なんてないけど?」
「は? 悪魔に心臓なんてない?」
「ほら、ないでしょ?」
男の手を取り自分の左胸に押し当てる。自分には心臓がない。悪魔には心臓がない。悪魔は魔力生物で、普通の生命体ではない。心臓を使って血液を循環させる必要がない以上、心臓が存在する価値はなかった。
「そもそも
男は理解を拒むみたいに少女の腰のあたりをただ見詰めている。あるいは、考え事でもしているかのように。
人は極限状態になると逆に冷静になると聞いたことがあった。今の彼はそういう状態なのだろうか。
「……まあいいや。で、どう責任を取る? 別に怒ってないから、決めたいなら自分で決めていいよ」
「……ヴェルヅェルはもう死んでる? じゃああの心臓は? あれは一体なんなんだ?」
「話聞いてる? ヴェルヅェルヴェルヅェルって、そんなにヴェルヅェルの事が好きなら——あ、いいこと考えた。そのヴェルヅェルの心臓? って、君たちの国にあるんだよね? 私をそこまで連れてってよ。もしそれが本当に
「……は? お前、さっきからなにを言って、」
「いいじゃん。それを君たちの責任にしよう? 君たちは私をそこまで連れていくだけでいい。私はお兄ちゃんに会えるかもしれない。悪くないでしょ? 会いたかったんだー、殺したのは私だけど」
「だから、お前は誰なんだ? 俺たちはどうしてお前をそこまで連れて行かないといけない!?」
男が発狂するのを宥める。しゃがみ込み、男に目の高さを合わせ、彼の瞳を覗き込む。
「だから、私は悪魔だって。ほら、私の眼をみて」
少女の藍色の眼に吸い込まれる。まるで意識を持っていかれるような眩暈を覚える。
そのまま気が付けば、男は森の外にいた。
少女が隣を歩いている。滑らかな白髪を腰まで伸ばし、その途中から二本に別れ左右で結んでいるおかしな髪型の。
「君はここで待ってて。動いちゃダメだよ? 私はやることがあるから」
少女の瞳に視られたものは魅了される。それがだれであろうと、少女より劣った魔力の人間は確実に彼女の支配下になる。
魅了の悪魔に名前はない。名前はないが、関わってはいけない。間違いなく、決して触れてはいけない最悪の悪魔の一人だ。
「約束は約束だから」
でも、人の寿命って短いんだっけ? と呟く。知らないことは多い。興味がない事をいちいち覚えていられるほど、長く生きる事は簡単じゃない。
自分と約束した人間はもういないかもしれない。ふとそう思った。
「面倒だけど、海まで歩くか」
それでも、約束を反故にするような真似はしない。それは悪魔である彼女が己に定めた規律だ。
この場所を離れるなら、それを誰かに言うべきだ。