【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後   作:Telfe262

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14.日常と噂話、そして…

 昨年冬のダークエルフの集団亡命。ヴァルダーベルクの市街地建設。アンファングリア旅団の編成。そしてつい先日の編成完結式。

 忙しかった非日常は一通り終わり、新たな日常が訪れた。

 新たな日常というのは、なにもダークエルフに限った話でもない。代表例が国王官邸の前だ。今まではヴィルトシュヴァイン警察所属の警官による警備──諸外国の王宮や元首公邸に比べるとごくささやかな、ささやか過ぎて国内ですら問題視されるほどの薄い警備体制──だったのが、新たにアンファングリア旅団の騎兵部隊による警備が行われるようになった。

 美しい彼女らによる警備の姿は、すぐに市民たちの話題になった。そんな市民たちの中には、当然ながら民間ダークエルフも含まれていた。

 

「いやあ、さっきの小銃操演(ライフルドリル)、すごかったねえ」

「本当にね。私だったら落としちゃうかも」

 

 そんな会話をしているのは、ヴィルトシュヴァイン市役所へ書類の提出に向かった帰りに衛兵交代式を見かけたフィンリエルとシンウィアルだ。

 

「みんなめちゃくちゃ練習したんだろうなあ」

「この前猟兵になったうちの子と話す機会があったんだけど、みんなかなり練習してるの見かけたんだって」

「やっぱそうだよなあ…でもこんな短期間であそこまでになるのって、ほんとすごいや」

「私たちも頑張らないとね。早くそっちの書類も提出しに行っちゃいましょう」

「だね、こいつは農業の補助関係だから農務省か。ちょっとこの量はヴァルダーベルクの分室に出しておしまい、ってわけにもいかんしね」

 

 もちろん、ダークエルフたちにしてもまだ慣れない事は多々ある。だが、それでもオルクセンに命からがらやってきた当初ほどではない。

 

 オークをはじめとする元の住民たちへの偏見や緊張なども日を追うごとに薄れていっており、最初はヴァルダーベルクに引きこもるばかりだったダークエルフたちも今では休日などにはヴィルトシュヴァイン市街地へ買い物や食事に繰り出す者も多くなっている。つまるところ、ダークエルフたちは久々に精神的にも物質的にも余裕のある日々を過ごすようになっていた。

 

「ところで、シンウィー…」

「なに?」

「こんなとこで話すようなことじゃない気はするけど、あの噂。どう思う…?」

「あの噂? ああ、アレ、ね…」

 

 そんな余裕のある日々を過ごしていると、世間話だの噂だのといったものも顔を見せるようになってくる。そしてそんな噂の中には、ダークエルフも亡命白エルフも皆が姉さまと慕うディネルースのこともあった。

 

 ──ディネルースと、グスタフ王は、『非常に深い仲』にある。

 

 近頃オルクセンのエルフ社会のあちこちでささやかれているのは、専らこんな噂だった。

 

 証拠物件はない。だが、傍証となりそうな目撃証言は少なからずあった。

 

 アンファングリア旅団幹部が住む官舎はヴァルダーベルクの衛戍地のすぐ側にあるのだが。そちらのほうへ帰るディネルースを見かけた者はここ最近全然いないこと。

 対照的に、帰宅時間帯に衛戍地を出たディネルースがヴィルトシュヴァイン中央部方面──それは国王官邸があるあたりでもある──へ向かっているのを見かけた者はここ最近急増していること。

 これらとは逆に、朝の出勤時間帯に旅団幹部の官舎のほうからやってくる姿を見かけた者は全然おらず、ヴィルトシュヴァイン中央部のほうからやってくる姿を見かける者は大勢いること。

 

 国王官邸警護にあたる者たちや、旅団長の側近として活動している者たちの名誉のために言っておくと、彼女らはディネルースにしろグスタフ王にしろ、その行動について確かに見聞きはしているが、他者にはそれを話したりはしていないし、深堀りしようともしていない。むしろ「誰かに何か聞かれても、私は絶対話しません。相手が氏族長のお姉さまであってもです(ふんすふんす)」と鼻息を荒くする者までいるくらいだ。いやまあ、彼女のお姉さま含む氏族長たちも守秘義務の重要性はよく理解しているからこのことに限らず何か尋ねたりはしないので、その覚悟や決意は空回り気味ではあるのだが。

 

 とはいえ、やはり気にしている者は気にしてしまうし、顔を合わせればその噂話をしてしまうような状況になっている。止めることはできない。何しろそもそも軍事機密でも国家機密でもなんでもないのだ。

 

「あの噂、なー…まあ、ほら。ディネルースの姉御殿は、官邸警護をしているアンファングリア旅団の最高責任者なわけだからさ。その辺のあれやらこれやらもあって、官邸やその周辺でいろいろやらなきゃならないってだけなんじゃないかな。たぶん。おそらく。きっと…」

「まあ、たぶん、そうよね。常識的に考えて。たぶん…」

 

 フィンリエルとシンウィアルは、そう考えている。というか、そう考えることにしている。

 

 だが、そうは考えない者も多くいた──実のところフィンリエルの氏族に属するダークエルフにも、誰とは言わないもののディネルースとグスタフ王はそういう仲になっているのだ、と確信している者はいた──し、中には彼女ら自身は知る由もないものの、ディネルースの悩みの種になりそうな事を考えている者までいるのだ。

 

 ──ダークエルフを受け入れた『対価』、あるいは『返礼』として、ディネルース姉さまはグスタフ王に自らを差し出しているのではないか? 

 

 もちろん実際はそんなことはないし、フィンリエルとシンウィアルもグスタフ王はそんな事を容れるような御仁ではないと思っている。だが、そう考えている者が存在しているのも事実だ。そしてそんな話が出ていると、元々はそうとは思っていなくとも『まさか! いや、ひょっとしたら……』と思うようになってしまう者も出てくる。

 

 フィンリエルなどには平穏な日常ながら、少しばかり不協和音が鳴っているような気もする。そんな日常を送っていた。

 

 …そう、送っていたのだった。

 

◆   ◆   ◆

 

 ある土曜日、もうすぐ正午になり、一日半の休みが始まる頃。

 フィンリエルとシンウィアルを含むダークエルフたちは、今や完全にヴァルダーベルクの自治関係の事務所と化している集会所の1つで支援物資関係の資料をまとめていた。

 

「うまいこといったし、来週の半ばまでには出せちゃえそうね、これ」

「締め切りは再来週だけれど、さっさと出せるならそうするに越したことはないしね」

「心置きなく休めそうね…シンウィーは何か予定あったりする?」

「実は何も考えてない。今日の昼食すら」

「実は私も似たり寄ったり」

「お二人とも予定は決まってないのね。まあ私もなんですけど。そういえば、イーディケって行った事あるかしら?」

「イーディケ?」

「国王官邸近くにある喫茶店よ。国王陛下もたまにお忍びで行かれるとか」

「あそこの料理美味しいよね! 僕すっかりあそこのパン(ブレートヒェン)とヴルストの組み合わせの虜になっちゃって!」

「それも素晴らしいけど、オレンジシャーベットは最高よ…!」

「そんなに美味しいの?」

「ええ、本当に!」

 

 そんな雑談をしていると。

 

 バァン! 

 

「「「ひゃっほおおおううう!!!」」」

 

 歓声と共に、突然集会所の扉が勢いよく開かれた。

 

「え!?」「なに!?」「うん!?」

 

 扉をぶち破らんばかりの勢いで集会所に押し入ってきたのは、アンファングリア旅団に従軍している面々だった。いずれもフィンリエルやこの場にいる他の氏族長の氏族に属するダークエルフたちだ。皆が皆、満面の笑みを浮かべはしゃいでいる。

 

「姉さまたちこれから休みですよね! どうかお付き合いください! お祝いです!」

「お、お祝い…?」

「こんなとこでのんびりしてる場合じゃありません! みんなでクライストに行きましょう!」

「ほら、姉さまもみんなもシンウィアルさんも!」

「ちょ、ちょっと!?」「ちょい待ち、せめて扉に鍵かけないと!」

 

 何が起きたのかよくわからないまま、フィンリエルもシンウィアルも、皆が皆、乱入してきた面々に引っ掴まれ、そのまま連行されていったのだった。

 

◆   ◆   ◆

 

 十数分後、ヴァルダーベルク近郊の居酒屋『クライスト』。

 うまいこと席を確保できたこの集団は、アンファングリア旅団に属している者はこれ以上ないくらいの上機嫌で、彼女らに半ば強引に拉致されてきた者は唖然呆然としたまま席に座っていた。

 

「ねえフィンリー、あの子たち『お祝い』だって言ってるけど、なんか心当たり、ある…?」

「全然…」

「特に今日はダークエルフ族の祝日とかがあるというわけでもないですわよ…?」

「ヴァルダーベルクがものになって1周年、とかってわけでもないし…僕もわからない…」

 

 ひそひそと何のお祝いなのか聞いてみるも、心当たりは誰にもない。

 困惑していると、アンファングリア旅団に属するダークエルフ──フィンリエルの氏族の出身者で、従軍している中では一番年上だ──が立ち上がった。

 エルフィンド脱出前から一緒に暮らしていたフィンリエルも滅多に見たことがないくらいの上機嫌だ。

 

「えーとですね、先ほど、正午になる直前にですね、旅団長より通達がありました!」

 

 顔を見合わせる非従軍組。通達? 漏らしてよいものなのか…? 

 

「なかなか大切な吉報だったので、そのまま姉さまや皆様にもお伝え致します! 『旅団長である。どうにも私のことが気になって仕方のない連中がいるようだから、一度だけ告げてやる。いいか、これっきりのただの一度だけだ』」

「『私は故郷でただの一度も獲物を仕留めそこなったことはない。いいな、私は仕留められたのではない』」

「『私の、この私自身の意思で、ちょっとばかり大きな獲物を仕留めたのだ。以上、終わり』以上です!」

 

 フィンリエルたちの脳内に、『?』が浮かぶ。その『?』は、今聞いたセリフで出来ている。

『ただの一度も獲物を仕留めそこなったことはない』『私は仕留められたのではない』『私自身の意思』『ちょっとばかり大きな獲物』

 

 そしてその『?』に、あるものが溶け込んでいく。いくらか前からヴァルダーベルクで流れている噂、『ディネルースとグスタフ王は深い仲にあるらしい』という噂だ。

 それらが溶け合い…『?』は『!』に変わった。

 

 要するに、フィンリエルたちも、どういう事か完全に理解したのだ。

 

「あ、ああー! そういうこと!」

「あっはっはっは! そりゃすごい!」

「確かにそれはお祝いしないと!」

「ディネルース姉さまバンザイ! グスタフ陛下バンザーイ!」

 

 その後はみんなで痛快に食べ、飲み、笑い、歌い、酔った。

 

 この現象は『クライスト』にやってきたフィンリエルらだけに限った話ではなかった。当直のため残った者を除き、休暇で外出したアンファングリア旅団の面々は皆が皆大はしゃぎしたのだ。ある者は軍隊で仲良くなった者とレストランに入り、ある者は氏族長や市井にいる同じ氏族の者と合流し居酒屋へ向かった。またある者は市場で料理や酒などを買い込み同氏族の者の家へ押し掛けた。

 そんなわけでこの日、『クライスト』を筆頭としたヴァルダーベルク近辺の居酒屋やレストランは、軒並み空前の売り上げ記録を叩き出したという。

 

「…それにしても、本当に良かった」

「何がだい?」

「ディネルース姉さまにも、対等に付き合える相手ができたって事だもの」

「本当にね!」

 

 

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