【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後   作:Telfe262

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15.士気と文化と大切なものと

 夏の終わりが近づきつつあるものの、秋津洲の童謡で言うところの「ちいさい秋」はまだ見当たらない、そんな時期。

 ヴァルダーベルクに、参謀本部から来客があった。フィンリエルからするとおなじみとなったリッテンバウム大尉だ。

 

「あら大尉、こんにちは。今日のご用件は?」

「ええ、実を言うとですね…」

 

 今回リッテンバウム大尉が持ち込んできた案件は、ダークエルフ族の民俗研究であった。

 さて、ダークエルフ族は昨年エルフィンドを脱出してくるまでオルクセンにはいなかった。また、ロザリンドの戦いで接触した者は確かにいるものの、それは敵として戦った、というもの。

 要するに、彼女らの文化などに詳しい者はオルクセンにはダークエルフ族自身しかいないのだ。

 

「…で、なんで参謀本部の将校さんがそんなことを?」

「まあはっきり言ってしまうと、士気向上のためですね。我々皆さんのことについてはなかなか詳しいとは言えないですからね。何か士気を上げるもの、それこそゲン担ぎとかそういったものでも知ってはおきたいですし、逆に知らずに何かしてしまって士気を損ねるような真似はしたくない。そういう話になります」

「そう言う事なんですね。アンファングリア旅団には?」

「あちらは、まずは部隊を錬成させなくてはなりませんから。優先順位的に、どうしてもこういったことまでは投げるわけにはいかないもので」

「そこで我々に、と」

「そういうことになります。特段至急、というわけでもありませんのでお願いします」

 

◆   ◆   ◆

 

「…って流れで宿題を出された、というわけ」

「なるほどなー…」

 

 かくしていつものようにフィンリエルはシンウィアルにも相談を持ち掛けたのであった。

 

「といってもなあ、あたしもあたしでそんな詳しいわけでもないから、今回は役に立てるかわかんないな。今でこそ大勢のダークエルフと一緒に暮らしてる身だけど、エルフィンドにいた頃は親しいダークエルフなんてフィンリーくらいだったし」

「確かにそれもそっか…でも、部外者だからこそわかることってのもあるんじゃない?」

「一理あるな。でもなあ…ぱっとはなかなか思いつかないなあ…」

「そっか…」

 

 水は一緒にいるフィンリエルの氏族のダークエルフたちにも向けられる。

 

 ギルルースの意見。

 

「うーん、士気向上、ですか…白パン食べ放題とか?」

「私たち向こう側にいた頃は白パンなんて滅多に食べられなかったですしね…」

「オルクセン軍はすごい軍隊だけど、さすがにそれは無理な気がするわ…」

「そういえばアンファングリア旅団に入った子、言ってましたもんね。基本的には軍隊パン、おっきなライ麦パンだって」

「あんなのを1日1名1個とか、オークの胃袋ってすごい…」

 

 マルウィング。

 

「そうですね…そうだ、護符の扱いについてはどうでしょう」

「護符?」

「ええ、私たちエルフ族にとっては一心同体、生まれてから死ぬまで外さないものですけど、たぶんオークとかコボルトにはそういうのないでしょうから」

「そういえばそうよね……そっか、何かあった時単なるアクセサリーの類と思われたら困るわね」

「まあ、その辺はディネルース姉さまから既に伝えてありそうな気はしますけど…」

「でも別の方向から伝えておくのもいいかもしれないわね」

 

 エレンラエン。

 

「マルウィングの意見に付け加えて、あちらで持ち主の遺体が見当たらない護符を見つけた時の事も言ったほうがいいかもしれませんね」

「…そうね、回収できなかった犠牲者の護符も、少なからずあるものね」

「もしそういうのを見つけたら、いつどこで見つけたかを記録して、とりあえずヴァルダーベルクに送ってもらう……そんな制度を作ってもらえたらいいんじゃないかと」

「その辺りも伝えてみましょう、もしかしたらこっちに逃げてこられた同じ氏族の生き残りもいるかもしれないし」

「…氏族長たちの護符、取り戻せるといいんですけどね」

「ええ、本当に……」

 

 ヤヴァサノア。

 

「エレンラエンの案ですけど、『持ち主の遺体が見当たらない』ってところをきちんと強調しないとですね」

「確かに…エルフィンド兵からわざわざ回収とかされても困るしね」

「基本的には国境沿いの地域に限る、とかってしておいたほうがいいんでしょうか」

 

 ──やっぱ、護符は大事だよなあ。

 

 意見を交わすフィンリエルたちを眺めつつ、シンウィアルはそんな事を考えていた。なんやかんや彼女もエルフ、いくら祖国と、故郷と決別したとはいえ、さすがに護符を捨てるまでする気にはなれなかったのだ。

 とはいえ、自分が死んだあと故郷の白銀樹へ護符を還してほしいとは露ほども思っていなかったが。彼女としてはむしろヴァルダーベルクの片隅にでも埋めておいてほしいところだった。

 

 脱出行の際回収された死者たちの護符は、大部分がヴァルダーベルクのある集会所──もはや誰も集会所とは呼んでおらず、葬祭殿とか霊廟とか霊安所とかと呼ばれている──に安置されている。氏族で祭祀などを行う際には一時的に持ち出されることはあるが、基本的にはそこにある。本格的に場所を移すのは、いつの日かエルフィンドを下し、彼女らの故郷の白銀樹に還せるようになった時だろう。

 

 ──そういえば、あの霊廟の中には……

 

 霊廟の中には、あの脱出行の時、まだエルフィンドに残って活動するドルアノアさんたちから託されてオルクセンへ持ち込まれた護符もあるんだよな。シルヴァン川を越える直前、背嚢の中に残っていた銃弾やもう使わない装備品をドルアノアさんたちのために全部取り出して置いていくことにして、その分空きができたところに護符を詰め込んできたんだ。あの護符はどれもあたしらと接触する前にドルアノアさんたちが回収した犠牲者たちの物だったから、あたしはもちろん、フィンリーたちにとっても見ず知らずのダークエルフの物だったけど…それでも無事にここへ送り届けることができたのは良かったと思う。

 

 シンウィアルの追憶は続く。

 

 やっぱ、あの合流はフィンリーと再会したあと一番緊張した瞬間だったなあ。フィンリーが先に行って、あたしの事説明してからとはいえ白エルフのあたしが姿を見せた時、フィンリーのとこの子は驚愕してばっかだったけど、ドルアノアさんたちの目は敵意とか警戒心に満ちてたし。先にフィンリーに行ってもらってなかったら間違いなく撃たれてたな、いやあの時の状況からして当然だけど。いやしかし、あれはあれでわかりやすい瞬間だったな。誰がフィンリーのとこの子で、誰がそうじゃないか一発でわかったし。表情だけでなく、ドルアノアさんたちはなんか顔に模様が入ってたからってのもあるけど…

 

 …ん? 待てよ? 

 

「ねえフィンリー、護符とは関係ない話になっちゃうんだけど、ちょっといいかな?」

 

◆   ◆   ◆

 

「あの時ドルアノアさんたちがやってたアレね。あれはダークエルフ伝統の戦化粧よ」

 

 シンウィアルがフィンリエルに聞いたのは、脱出行のときにドルアノアらの顔に描かれた模様の事だった。『そういえばあの時のドルアノアさんたち、なんか白い模様が顔に入ってた気がするけど、アレって?』と聞いたのだ。

 

「へえ、そうだったんだ。いや、あの時はそんな事聞いてるような状況じゃなかったし、オルクセンに来てからも何かとみんな忙しかったからさ、なんなのか聞く前に質問すること自体忘れちゃってたんだ。ようやく疑問が解けた」

「ええ、昔、私が生まれるずっと前からダークエルフはここぞという時にはあの化粧をしていたそうよ。神話時代に『ヴィラ―ル』が齎したとか、あるいは『ヴィラール』を讃えるためするようになったって言い伝えがあるの。模様は氏族によって少しずつ違うわね」

「そうだったんだ、なら納得だ…ってことはフィンリーの氏族にも固有の模様あるんだ?」

「ええ、もちろん。結構幼い時にみんな習う事だから、ギルルースもマルウィングも、もちろん私もみんなやろうと思えば戦化粧はできるわよ」

「そうなんだ」

「あの時は私たちは襲われてそのまま逃げだしたわけだから戦化粧なんかする余裕なかったけど、ドルアノアさんたちは一度オルクセンに渡ったわけだからその余裕というか、準備ができたんだと思う。顔料はどこかの村で回収したのかも」

 

 シンウィアルとしては久々のダークエルフ関係の新鮮な知識だった。まったく、この親友とその仲間たちは付き合ってて本当に飽きない。

 だが、それはそれとしてある疑問も出てくる。戦化粧関係のことを、オルクセン軍は知っているのか? 

 

「そういえばさ、その辺ってオルクセン軍は知ってるのかな? この前の編成完結式であの戦化粧してたら確定なんだけど」

「いや、してなかったわね。確かに言われてみればあれはまさしくここぞという時だし、戦化粧しててもおかしくない状況だったかも。ということは、オルクセン軍は知らない可能性、あるわ…」

「この辺情報提供したほうがいいかもね。あるとないとじゃ気分は違ってくるんじゃない?」

「そうね、もし自分が戦いに臨むとなったら、できれば戦化粧はしておきたいところね。祖先も、それにロザリンドで戦った先々代の氏族長もやっていたはずだし。自分たちだけ何もしないっていうのはなんかこう、気が引けるというか、調子が狂うというか」

「となるとアレかな。まずは戦化粧の存在自体について。次に顔料のレシピと製法ってとこかな? いやまあ製法は氏族ごとの秘伝とかだったりするとアレだしそう簡単にはいかないかな、現物を渡すのもアリか?」

「別に秘伝ってわけでもないわよ、あれの作り方って。模様は確かに氏族ごとにある程度違うけど、顔料のほうは細かい違いはあっても材料も作り方もだいたい一緒ね。でも、材料の石の砕き方とか、砕いた石の細かさとかにコツはいるのは確かね…」

「製法だけでなく現物も作って引き渡すのが無難かなあ」

「そうかもね。それじゃ、さっそく材料も仕入れないと。アルレスハイムさんってその辺詳しいかしら?」

「どうだろうね? アルレスハイムさん農務省だから、どこまで石とかそういうのに関わってるやら」

 

◆   ◆   ◆

 

 民間ダークエルフから参謀本部へ寄せられた意見は多数にのぼり、そのうちいくつかはアンファングリア旅団を支えるために活用され、またいくつかはダークエルフ文化の尊重に生かされた。

 

 そのうち、フィンリエルの氏族などから出された意見については、2つが採用されることになった。

 

 まず戦化粧について。

 実のところグスタフ王は、その存在を知っていた。ディネルースらシルヴァン川越えの最終便がオルクセンへ脱出、いや帰還した際立ち会い、自らディネルースを出迎えた。その時ディネルースやその仲間たちの顔に模様があるのを見て、そしてきちんとその事を記憶していたのだ。

 だがグスタフ王も神ならぬ身、存在は知っていても顔料の材料や製法などは知らなかった。そしてそれは参謀本部をはじめとするオルクセン軍全体も同様だった。さらに当時は戦化粧やその顔料より優先すべきことはいくらでもあったため、戦化粧関係の事は埋もれっぱなしになってしまっていたのだった。

 

 が、ようやくその情報が齎されたのだ。

 

 民間ダークエルフのうち、戦化粧用の顔料作りが得意だった者。参謀本部兵站部から派遣されてきた将校。ドワーフ族の石工。さらには地質学者まで。

 特命を受け作られたチームにより、まず最初にオルクセン国内における顔料の材料に向いた石の産出地の探索が行われることとなった。

 場所の目星をつけ、実地調査も行い、安定供給先となる場所が見つかり、さらに顔料の生産体制が整うまでにはそれはそれで様々な探索や交渉、試行錯誤に失敗談などがあるのだが、それはまた別の物語となる。不人情なようだが、ここはおいておく。

 

 ともかく、彼ら彼女らの努力は実り、顔料の生産は始まり……10月26日には、グスタフ王からアンファングリア旅団への御下賜品として輜重馬車2台分──アンファングリア旅団参謀長のイアヴァスリルに言わせれば「半年や一年は存分に暴れて御覧に頂ける」だけの量──の顔料を供給することができたのだった。

 

 そして、護符の取り扱いについて。

 

 こちらはフィンリエルの氏族のみならず他の氏族からも多数の意見が寄せられ、またもともとアンファングリア旅団からも提言があったこともあり、護符の取り扱いについては正式な規則が作られることになった。

 また開戦当初は国王大本営から「持ち主が不明であり、エルフィンド軍将兵のものでないと思われる護符は可能な限り回収するように」という指示も出されることになった。

 

 これにより、ベレリアント戦争当初に発見された──多くの場合、殺害されそのまま放置されていたダークエルフの遺体と一緒に見つかった──多数の護符は無視されたり遺体と共に埋められたりすることなく、丁重に回収され、兵站の後送ルートに乗せられ、本国へ輸送されたのちヴァルダーベルクへ運び込まれることになった。

 この時に回収・輸送された護符の中には。

 

「…姉さま、お久しぶりです…!」

「良かった、あいつらに焼き捨てられてたりしないで本当に良かったあ…!」

 

 シルヴァン川越えの際にフィンリエルたちと合流した、すなわち自分以外氏族が全滅した者たちの、本来属していた氏族の者の遺品だった護符もあり、多少なりとも彼女らを慰めることとなった。

 そして。

 

「まだ良かったな、フィンリー…」

「ええ、回収できないよりははるかにマシよ。ありがたい話よね、本当に…氏族長、姉さま、それに他のみんなも…久々ですね。私…フィンリエルも、あの時逃げ切った21名も、なんとか元気でやってますよ」

 

 コリドヴィ──エルフィンドとオルクセンの国境からさほど離れていないあたり、ベレリアント半島南西部にある村であり、フィンリエルたちの氏族が本来暮らしていた村だ──をツィーテン上級大将率いる第二軍に属する部隊が占領し、現地に入植していた白エルフたちから在り処を聞き出して掘り起こして回収した、氏族長をはじめとするフィンリエルの氏族の主だった面々の護符がヴァルダーベルクへと運ばれてきたのは、12月17日のことだった。

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