【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後   作:Telfe262

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16.珍しい客(1)

 本格的に夏の終わりが近づき、気の早いものは秋物の衣類の準備をし始めるころ。

 

 ヴァルダーベルクの集団農場では、ダークエルフたちが秋に向けた作業をしている。と、そんなところに近づく影が。

 若いオークだ。そんな彼はそのまま近づいていき、居合わせたダークエルフに声をかける。

 

「失礼します。アンファングリア旅団には属していないダークエルフの方でよろしいでしょうか?」

「へ? …ええ、そうですが?」

「では、氏族長の方は属してはいらっしゃいますか?」

「…いいえ?」

「となると、ヴァルダーベルクの民間社会で働いておられますか?」

「まあ、そうなりますけれど…」

「突然押し掛けておいて申し訳ないのですが、我々の先生が民間社会の代表の方とお話をしたがっております。予定を入れていただきたいのですが」

「…すみません、どちら様で?」

「申し遅れました、自分、ヴィルトシュヴァイン大学法学部、ロートバウアー研究室のテオドール・ヴァーレンと申します」

 

 ヴァーレンは案内されるがままに、別の区画で農作業をしているフィンリエルのもとへと連れてこられた。そして教授から渡すよう言われていたという教授の名刺を差し出しつつ名乗った。

 

「初めまして。自分はヴィルトシュヴァイン大学法学部のテオドール・ヴァーレンと申します。本日は我々の指導教授、ロートバウアー先生の使いとして参りました」

「フィンリエル・アダリルと言います。こちらの…ハインツ・ロートバウアー教授という方がお話をしたい、と?」

「おっしゃる通りです。できればお早めにしていただけるとありがたい、と」

「なるほど…エレンラエン、一番近い日ってどこが空いてたかしら?」

「ええと…来週の水曜日の午後なら」

「というわけですが、どうですか?」

「ではそのように。ありがとうございます!」

 

◆   ◆   ◆

 

「…という事があったのよ」

「そうなんだ、法学部の教授先生、ねえ…」

 

 農作業がひと段落した夕方、事務所で雑談がてらその話題となる。

 …そして、フィンリエルもシンウィアルも、居合わせた他のダークエルフたちも黙り込んでしまう。

 

「…どうしようフィンリー、これまで生きてきた中で最も関わりがなかった種類の相手だからどう反応すればいいか全然わからないんだけど」

「実は私もなのよね、大学なんて通ってなかったし」

「僕もそうなんだよね…氏族長の僕が言うのもなんだけど、うちの氏族貧乏でさ、僕にしろ他の子にしろ学費なんて出せなかったんだよね」

「私は氏族を代表して軍学校へ通いましたけど、でも軍学校と大学って、別物ですしね…」

 

 ここにいる一同、大学と言う存在には縁のない者ばかりであった。

 と、シンウィアルがある事を思い出す。

 

「そうだ! アルレスハイムさん! 農務省のアルレスハイムさんならなんか知ってたりしないかな?」

「そっか、そういえばアルレスハイムさん、ヴィルトシュヴァイン大学卒だって前言ってたものね!」

 

 というわけで、オルクセン農務省ヴァルダーベルク分室所属にしてヴィルトシュヴァイン大学法学部卒のアルレスハイムは呼ばれてきたのだった。彼はロートバウアー教授の事を知っていた。

 

「何事かと思ったら、そういう事でしたか。ロートバウアー教授の名前、久しぶりに聞きましたね」

「知ってるの?」

「ええ、ヴィルトシュヴァイン大にいた時にはこの方の講義も受けたので。解説がわかりやすい方で、面白い講義でしたよ。ただ…」

「ただ?」

「なんでダークエルフの皆さんと話したいって言い出したのかなあと。この方の専門、商法なんですよ。それも船の積荷やら船荷証券やら、貿易方面の専門家でしてね…皆さん大部分がそういうのとは縁のない暮らし送ってきたと思うんで、なんでだろうなあと」

「…確かにそういう系の話は縁がなかったわね。私が昔働いてた工場は、製品作るだけであとは問屋に引き渡すまでだったし。その後海外に行ったかどうかすらわからないわ」

「そういう系統のエルフィンドの法律の相談されても、何も答えられないですわね…」

 

 と、アルレスハイムは何かを思い出したらしい。ああ、そういえば…と続ける。

 

「そういえば、ロートバウアー教授なんですけども…結構なエルフィンド嫌いでしたね。講義であからさまに非難したりって事はしてませんでしたけど、話の節々からそんな感じがするというか…それに反エルフィンドの集会に出席してたとも聞きますし」

「なるほど…」

「…まあ、話を聞いてみる他ないかと。学生さんも何の話かは言ってなかったそうですし」

「そうなんですよね…」

 

◆   ◆   ◆

 

 そして翌週水曜日、ヴァルダーベルク、フィンリエルらの居宅、応接間。

 来客がやってきた。2名のオーク──うち1名は先週アポイントメントを取りに来たヴァーレンという学生だ──に、ドワーフとコボルトが1名ずつ。

 相対するのはフィンリエルと彼女の氏族2名、そして都合がついた他の氏族長1名。

 

「お忙しいところ、我々のために時間を取っていただきありがとうございます。改めまして、私こういう者です」

 

 4名のうち唯一年かさと言っていい年代の、柔和な顔つきと話し方をしたオーク──年かさとはいえ、フィンリエルには以前編成完結式の際に見かけたゼーベック上級大将やツィーテン上級大将よりはそれなりに年下のように見えたが──が、名刺を差し出す。

 名刺には『ヴィルトシュヴァイン大学法学部教授 法学博士 ハインツ・ロートバウアー』とある。先週受け取ったものと同じだ。

 

「そして、こちらの3名は私の研究室の学生たちです」

「こんにちは」「本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそどうもご丁寧に!」

 

 早速本題に入る。何しろ本題がわからない事には何も話しようがないのだ。

 

「来ていただいてなんですけれども、正直なところロートバウアー教授がいらした理由が想像できないのですよね。先生の専門は商法、それも貿易や海運関係のものと伺ったのですが、私含むダークエルフの大部分は山岳地帯で暮らしていたもので、そういったものとは縁のない生活をしていたのです。ですので、そういった面ではお役には立てないかと」

「いやいや、申し訳ない。実を言うと、本日お話させていただきたい事というのは、そういった事ではないのですよ。特にエルフィンド法について質問がある、というわけではありません」

「と、おっしゃいますと?」

 

 ロートバウアー教授は、居住まいを正し、言った。

 

「結論から申し上げましょう。皆様方ダークエルフの民間社会の幹部の方々からも、どうかエルフィンドに対し戦を宣するよう、国王陛下やアンダリエル旅団長閣下に働きかけてはいただけますまいか」

 

 フィンリエルたちからすると、意外な発言だった。てっきりエルフィンド法について聞かれるか、そうでないなら恨み言でも聞かされるかと思っていたのだ。

 

「…その、理由をお伺いしても?」

「我々ヴィルトシュヴァイン大学の有志は、常々憂いておるのです。皆様も、我らがオルクセンは120年前のロザリンドで散々に打ち負かされたことはご存じでしょう」

「ええ、まあ、それは…」

「確かに我らがオルクセンの外患となりうるものはエルフィンドだけではありません。60年ほど前には、デュートネ率いるグロワール軍に攻め込まれましたし、それに領土獲得に野心を燃やす国は星欧に数多くございます。キャメロットは今でこそ我らがオルクセンに融和的ではありますが、裏を返せばキャメロット以外は信用はできません」

「それは、まあ確かに」

「ですが一応、そう一応は、それらの星欧諸国は条約やら共同声明やら何やらもありますから、ただちに攻め込んでくることはないかとは思います。我らがオルクセンは列商ですからな。ですが、エルフィンドは別です。皆さまは、我らがオルクセンとエルフィンドの間には条約の類はいくつ結ばれていると思いますか?」

「すみません、その辺りは詳しくないもので」

「やや、これは失礼。責めているわけではないのですよ。正解はですな、なんと1つもないのです。0です」

「そうなんですか?」

「ええ、私も専門家の端くれ、まさかそんな馬鹿なと見直してみたのです。ですがやはり見つけられずじまい、国際法の専門家である同僚にも聞いたらやはり1つも存在しないと。私の驚き、想像できますまい」

「…国交はほぼないとは聞いていましたが、まさかそこまでだとは思いませんでした」

「それに、言っては何ですが、彼女らは我らオルクセンの民を蔑視しておりますからな…オーク族は言わずもがな、コボルトもドワーフも、大鷲も巨狼も叩き出し…ついにはあなた方ダークエルフまでも手にかけた」

「………」

「時間をかけ、少しずつではありますが…彼女らは、明らかに他の魔種族の居場所を侵食している。そのようなエルフィンドがすぐ近くに存在しているのは、私…いえ、我らヴィルトシュヴァイン大学有志は危険極まりない事態であると考えておるのですよ。たとえ、陛下のお考えが共存路線であったとしても、あなた方にとってはいつの日か帰りたい故郷の地であったとしても」

 

 それに、これは私事ではありますが、とロートバウアー教授は続ける。

 

「皆さまは『巨兵連隊(ギガント)』をご存じですか?」

「いえ、まだオルクセンの歴史には詳しくはないもので」

「まあ、今となっては我らがオルクセンの民ですら、若い者はなかなか知りませんからな、無理もありますまい。巨兵連隊(ギガント)というのは、要するに先王アルブレヒト2世陛下の近衛部隊です。体格が良く、膂力もある者が特に選抜された精鋭でした。我が長兄リヒャルトはそこに選ばれたのですよ。我が一族…いえ、我々の集落の誇りでした」

「アルブレヒト王の近衛、ということは…」

「ええ、そうです。陛下とともに玉砕したと聞き及んでおります。遺体も形見も、ついに何一つ帰らずじまいでした」

「………」

「同じく出征した父も帰らず。国にいた母は父と長兄を一度に失い、狂いました。幻覚を見て、食事もとらず、そのまま衰弱してそれきりでした。私としてはこのようなところからも、かの国の事を許せんのですよ。たとえ逆恨みと言われようとも、ね」

 

 ロートバウアー教授と一緒にやってきた、彼の研究室に属する学生たちも似たような境遇だった。

 

 ヴァーレンの祖父は父方も母方も、ロザリンドから帰らなかった。

 コボルト族の学生の父方の祖父はエルフィンドでの弾圧の際に暴徒に連れ去られ行方不明となり、残された祖母は当時幼かった父を抱きオルクセンへと脱出するも、苦労を重ねた末に若くして亡くなったという。

 ドワーフ族の学生の祖父母は、全員がロザリンド戦直後に起きたエルフィンドによるドワルシュタイン侵攻時に祖国と運命を共にした。そのため彼は祖父母の顔を知らない。

 

「…お気持ちは理解しました。ですが、我々の一存では決められません。それに、我々としてはあくまでも国王陛下御自身でご判断していただきたいと思っています」

「…なるほど」

「私たちは国王陛下のご判断に皆救われたのです。国王陛下がダークエルフ族を移住させる、とご自身で決意してくださったからこそ、今生きていられる身なのです。ですので、陛下のお考えを第一にしたい…そう考えています。どうかご理解を」

「…なるほど、なるほど。わかりました。では我々も大人しく引き下がるといたしましょう」

「無論、陛下のお考えが『そういう事』であれば、我々も惜しまず協力する所存です。それから…」

「何か?」

「教授は、先ほど『あなた方にとってはいつの日か帰りたい故郷の地であったとしても』と、おっしゃいましたよね?」

「ええ」

「少なくとも私は、もうエルフィンド、ベレリアント半島へ帰るつもりはありません。あの地に私の氏族の白銀樹は、もうありません。ここ、ヴァルダーベルクこそが、もう私たちにとっては故郷なのです」

「私も同じく。ディネルース姉さま…いえ、アンダリエル旅団長の氏族にも、こちらのアダリル氏族長代理の氏族にも言えるのですが、あの民族浄化の際、白銀樹を切り倒されたり、あるいは焼かれたりしたところは多かったのです…かくいう私も同じですわ」

「…皆様の意思はわかりました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

 

 

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