【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
ヴィルトシュヴァイン大学法学部からやってきた、ロートバウアー教授。彼の目的は、対エルフィンドの開戦を民間ダークエルフ族からも働きかけてほしい、というものだった。
ただ、フィンリエルら相対したダークエルフたちは、あくまでもその辺りはグスタフ王の意思でもって進めるべき、と主張。教授は引き下がったのだった。
「ああ、ただですね…我らは我らで活動は続けるつもりです。今度…再来週あたりにヴィルトシュヴァイン大学大講堂で、演説会を行う予定です。学生だけではなく市民の方々も聴講できるようにする予定でしてね。もしお暇でしたら皆様も来ていただければと思います」
「そうなんですね…そういえば教授はヴィルトシュヴァイン大学の有志、とおっしゃってましたが、他にも教授と同じ考えの方がいらっしゃるんですか?」
「ええ、私のほか、6名の教授が同じ考えのもと活動しております。我らに賛同してくれる学生や市民も、それなりの数おりますよ」
「そうなんですね…」
「では、我らはそろそろ失礼しようかと。本日はありがとうございました」
と、教授たち一行が応接間から出ようとした、その寸前。ドアが外からノックされ、開かれた。
「ねえフィンリー、アルレスハイムさんが念のため確認したい事が…って、お客さん来てたか」
「この書類のこの部分なんですけど…あ、これは失礼!」
入ってきたのはシンウィアルとアルレスハイムだった。
…実のところ、シンウィアルはこの時油断していた。シンウィアルに限らず、亡命白エルフたちは普段ヴァルダーベルクの外へ出る際には長袖を着て手袋もしたり、ハンチング帽やキャスケットなどを目深にかぶり、なるべく目立たないようにしている。
普段はそのような格好をしているのだが、この日は外に出る予定はなかったため、そこまではしていなかった。つまり、見れば一目で白エルフとわかる外見だったのだ。
たった今一緒にやってきたアルレスハイムだとか、あるいはクライストを筆頭としたヴァルダーベルク周辺の飲食店や業者などはもう彼女らの存在は知っているし慣れてもいるが、ヴァルダーベルクに来る事自体初めてだった教授たちにとってはそんなことはなかったのだった。
「な…!?」
「ど、どうして白エルフがこんなところに!?」
当然ながら愕然とする教授たち。そして振り返った顔には『これはいったい何事ですか!?』と書かれている。
…これは、きちんと説明しなくては。
「あちゃあ…ごめんなさい教授、それに学生さんたちも…もうちょっとだけ、お時間ください。説明するので。それとアルレスハイムさんと、あとシンウィーも」
というわけで、フィンリエルはシンウィアル、というより白エルフがヴァルダーベルクにいる理由──もともとエルフィンドにいた頃から親交があったこと、エルフィンド政府軍による民族浄化が始まった時には脱走してまで助けてくれたこと、共にシルヴァン川を越え亡命してきたこと、その後もヴァルダーベルクで暮らしていること、何よりフィンリエル以外のダークエルフたち皆にも受け入れられていること──を説明したのだった。
「ははあ、なるほど。しかし驚きましたな、そのような白エルフもいたとは…」
「極少数派の変な奴だけどね。ダークエルフ族みたいにアンファングリア旅団みたいな部隊を組織してるわけじゃないし、表立って活動しているわけでもないし」
「アルレスハイム君、君から見て彼女は…どうなのかな? 実際にダークエルフ族に、オルクセンに味方しているならよいのだが」
「ええ先生、ヴァルダーベルクの農業とその振興、あと民生の充実のため熱心に働いているように私には見えますよ。こちらのアダリル氏族長代理や、その氏族に属するダークエルフたちと一緒に農作業や彼女の秘書役のようなことをしているのをよく見かけます」
「ふむ、そうかね。なら…問題はない、のかな?」
「少なくとも、我々ダークエルフは彼女を受け入れています」
さしあたり、教授一行は理解してくれたようだ。だが、もう1つ伝えておくべきことがある。
「それとですね、彼女のような亡命白エルフがいる、ということについては、当分の間は他言無用ということでお願いします」
「…何か、明かすべきでないことでも?」
「その辺は張本人のあたしから説明するよ。まずそもそも、さっき彼女が言った通り、あたしはエルフィンド軍があんな事をしでかす前に脱走したんだ。つまりあたしは脱走兵、普通にその時点でお尋ね者になったってわけなんだ」
「単に脱走兵、ということであればダークエルフにもいるのでは?」
「いえ、実はあの時…星歴875年の時点では、もうエルフィンド軍に所属するダークエルフはいなかったんです。あの1年くらい前に、エルフィンド女王の側近だったダークエルフが失脚する事件が起こりまして、それに連座するような形で、皆軍を逐われていたのです。それに、そもそもそれ以前からダークエルフに対する風当たりは強く…」
「…そうなのですか」
「エルフィンドの奴ら、ダークエルフ族の事を露骨に見下してるんだよ、ろくなもんじゃない…それじゃ続けるよ。さらにあたしが脱走したのは事が起きる本当に寸前でね、野営している時に脱走したんだ。つまり銃なんかも既に持たされてたし、武器庫から銃弾も盗んだんで、その辺も余罪に追加される。ねえフィンリー、あの時のエルフィンドのキャメロット語紙って、まだあったりする?」
「ええ、保管してあるわよ。メレスアンナ、取ってきてくれる?」
「わかりました!」
どうやらすぐ取り出せるようなところに保管してあったらしく、メレスアンナはすぐ戻ってきた。
「こちらです!」
「ありがとう…ここ、見てもらえるかな?」
シンウィアルが指し示す部分の見出しは『新規重要指名手配犯一覧』とある。ご丁寧にシンウィアルの項は赤いインクで囲われていた。
「ええと、教授先生と学生さん、キャメロット語、読める?」
「ええ、もちろん。では拝見…『氏名、シンウィアル・ブレギリル。出身地、北方小集落群。現住所、モーリア、国境警備隊駐屯地。罪状、脱走、軍の備品の横領及び窃盗、抗命罪。備考、エルフィンド・オルクセン国境地帯南西部にて所属部隊を脱走、銃を持ったまま脱走しているため武装している危険あり』…ほうほう、これはこれは…」
「というわけなんだ、こういう事情だからさすがに大っぴらに表舞台に立つわけにはいかないんだ。ダークエルフの件はあっちとしても相当後ろ暗いところがあるから何も言えないだろうけど、あたしは見てくれは白エルフだからね。万が一にもオルクセンが指名手配犯を匿ってる! みたいにされて、外交的な失点になるわけにはいかないんだ」
「なるほど、そういう事でしたか。ところで、もしやブレギリルさん以外にも、似たような方は…?」
「悪いけどその辺は黙秘させてもらうよ。あたしらみたいな連中の事が表ざたになる可能性は少しでも減らしたいんだ…少なくとも今は」
「少なくとも今は、ですか」
「そう。もし『そういう事』になったら話は別だけどね…その時はよろしく」
「…なるほど、なるほど! ええ、こちらこそ」
ところで、と教授は続ける。
「念のため聞いておきたいのですがね…エルフィンドについては、どのようなお考えで?」
「というと?」
「まあ、脱走してオルクセンに来ているという時点で反体制派くらいに考えてもいいのでしょうが、実際のところはどんなものかと」
「そうだなあ…ちょっと下品な話になっちゃうけど、いいかな?」
「…ええと?」
「ダークエルフにしろ白エルフにしろ…ほぼトイレは行かないわけなんだけどさ、それ踏まえて言うよ…『クソ喰らえ』だね」
「…ふふふ、なるほど、我らが言うよりさらに強烈な意味というわけですか」
「まあそういう事になるかな?」
「…はは、それは傑作ですな!」
「何なら聖星教式に『地獄に落ちろ』でもいいかもね。あたしは危うく親友を自分の手にかけることを強制されかけたわけだし」
「確か、アダリル氏族長代理の村も襲撃対象に入っていたのでしたか」
「そう、だからこそさ。もともとは別にエルフィンド現政府はそんな好きでもなかったけど、今は滅び去ったほうがいいくらいに思ってる」
「なるほど…いえね、『事が済んで』、現体制が崩壊したら帰りたいと思ってらっしゃるのか気になったもので」
「ああ、それかあ…全然」
「全然ですか」
「そう。故郷に思い入れは全然ないんだ。離れてから一度も帰りたいと思ったことはないし、なんなら一生帰らなくても別にいいかな」
いくらかシンウィアルやアルレスハイムと話をしたのち、今度こそ教授たちは帰って行った。
「お疲れ様フィンリー、悪かったね、余計な手間増やしちゃって…」
「まあ…仕方ないわよ。事故みたいなものだし」
「以後気を付けます…」
「いや、非は私にあるんですよ。ちょっと近くまで来る用事があったからとブレギリルさんに頼んで通してもらったの、私ですから…」
アルレスハイムの本来の目的だった、ある書類の確認はすぐに終わった。
そして彼は、それにしても意外でした、と言い出した。
「意外って?」
「いえね、ロートバウアー教授、確かにエルフィンド嫌いでちょこちょこそういう発言もあったのは事実ですけど、学生さんまで引き連れてやってくるとは…大丈夫でした?」
「ええ、特に責められたりっていうのはなかったわ。ただ…」
「ただ?」
「エルフィンドと開戦するよう、国王陛下と旅団長に働きかけてほしい、と。まあ、私たちとしてはあくまでも陛下の意思を尊重したい、ということで決着はついたけど」
「ははあ、やっぱりエルフィンドの法律絡みの話ってわけじゃなかったんですね」
「まず、エルフィンドはオルクセンの民を蔑視していて、しかも国交もろくにない。そんな国がすぐ近くにあるのは危険すぎる、と。それから教授自身にしても、父と兄、間接的に母も失っているから許せない、と」
「なんとまあ、そんな過去が教授にあったとは。初めて聞きましたよ」
「そうなのね…あと、ほかにも同志の教授が6名いて、今度演説会を開くとか」
「へえ、他にも同志がいるんですね…しかも6名と。1名は心当たりあるけど、ほかは誰なんだろう」
「あ、心当たりあるのですわね?」
「ええ、刑法専門の頑固親父でして、はっきりエルフィンド嫌いを公言してましてね。なんでもあの教授自身ロザリンド戦で死ぬ寸前まで行ったとかでして」
「わあ」
「だから生かしてオルクセンに帰してくれた国王陛下の事を深く尊敬してますし、エルフィンドの事も相当嫌ってるんですよね。そうそう、曲がった事が大嫌いな御仁でもありましてね、エルフィンド政府がダークエルフ族裏切って虐殺した、って話聞いた時、間違いなく激怒しただろうなあ…」
「やっぱりいろいろなところにエルフィンドと因縁のある方、いるものなんですね…さっきロートバウアー教授と一緒にやってきた学生さんもそうらしいですし。祖父母世代がひどい目にあったと」
「ああ、確かにそうですねえ…私の同僚にも、祖父母や親がひどい目にあわされたとか、あるいは生まれる前にロザリンド戦とかでいなくなったから顔も声も知らない、ってそれなりにはいますから…」
「…そういう方たちって、ダークエルフについてはどんな感じなんですの?」
「少なくとも私が知る限りでは、ダークエルフをあからさまに敵視してるっていうのはいませんね。むしろ『エルフィンドの奴ら、ついに同胞まで手にかけるのか! なんて奴ら!』とエルフィンド政府を敵視してたり、あるいは『エルフィンドにひどい目に遭わされた者同士、支えていってやらねば』と義侠心出してるのが大多数ですね」
「それは、本当にありがたい話ですね」
アルレスハイムは話は変わりますが、と続ける。
「ところでロートバウアー教授たち、演説会なんか開くんですね」
「教授だし普通じゃないの? あ、教授がするのは普通は講義で演説はちょっと違うか…」
「いえね、最初っから反エルフィンドって集会の類って、案外少ないんですよね。まあロザリンド戦の追悼式典とか追悼集会が徐々にそういう方向に進んでいく、というのはちょくちょくありますが」
「そうなんだ‥」
「…こういう話聞いてると、正直、ここ最近情勢がきな臭くなってきてる感じがしますね」
「…軍隊関係じゃなくてもそう感じるんだ?」
「ええ、まあ具体的なことは守秘義務とかもありますから言えないですけどね。それにふたを開けてみれば戦争だの軍隊だのとはまるきり無関係でした、ってオチにもなりそうな話ですし」
…アルレスハイムの脳裏に浮かんでいたのは、3,4ヶ月ほど前に農務省から発表された肥料増産計画だった。
その計画、確かに草案はもともとあったものの、去年の今頃、つまりダークエルフ族の集団亡命以前はまったく具体的なものではなかったという。ずっと前に何かあった時のために、と草案を作ったはいいものの、そのまま塩漬けにされていた案件だったらしい。
で、その塩蔵品がグスタフ王の指示のもと引っ張り出され、急ピッチで、普段の似たような計画案よりもはるかに短い期間で具体的な数字などが詰められ、きちんとした計画案になり、グスタフ王の決裁が下りて「案」の字が外れ、日の目を見たという経緯だったとか。
しかも、それが発表された1,2ヶ月後には実際に南星大陸から大量の硝石──それこそ平時であれば数年分の輸入量に匹敵するほどの量だった──をファーレンス商会が買い付け、その筋では話題になったという。
この山どころか山脈ほどはありそうな硝石は本当に肥料にされるのか、実のところアルレスハイムとしては疑問だった。もちろん口には出さないが。
…アルレスハイムが思い浮かべたのは、それだけではなかった。
ここのところ、ヴィッセル社が製造する農業用機械の出荷が随分減り、品薄だという話がよく入ってくるのだ。ダークエルフたちは運が良かった、と思う。彼女らが購入した農機具も、少なからず品薄リストの中に入っていたのだ。彼女らはこの現象から間一髪逃げ切った事になる。
奇妙なことに、この現象が起きているのは今のところはヴィッセル社だけなのだ。ほかの、例えばハイラム・ゾンネンシャイン社などのような農機具メーカーは通常通りの出荷体制となっている。もちろん品薄にもなっていない。
商務省に勤めている学生時代の同期によれば、ヴィッセル社のこの現象は何やら別の製品の製造を最優先にしているためであり、ほかの製品はどれもこれも後回しにされているからだという。「あくまで噂だし、自分も『別の製品』とやらが具体的には何なのかは知らない」と彼は言っていたが。
なんにせよ、この事は目の前にいるダークエルフたちには言わないでおいたほうがいいだろう。守秘義務があるのは事実だし、何より変な期待を持たせないほうがいい。両方とも本当は対エルフィンド情勢なんかちっとも関係なく、前者は本当に肥料を大量生産しまくり、オルクセンを星欧、いや世界に冠たる農業超大国にし、食糧の輸出で一山当てるかどこぞの外国に恩を高く売るためかもしれないし、後者は後者でヴィッセル社は何か画期的で革新的な新製品を開発したから、国内外問わず大々的に売り出すために大量生産している真っ最中というだけなのかもしれないではないか…!
少々現実逃避じみた考えだとは自覚しつつも、アルレスハイムは話を逸らす。しつこいようだが言えないものは言えないのだ。
「まあ、10年後、いや5年後の星欧情勢は様変わりしているかもしれないですね。エルフィンドに限らず、あちらこちらでいろいろ起きているようですし」
「とりあえず、オルクセンには健在でいてほしいものね…」