【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
フィンリエルとその氏族たち、そしてシンウィアルがエルフィンドを脱出し、1か月ともう少し経った頃。ついに、ダークエルフ族脱出支援作戦が完了した。
一時は危ない時もあったが、ディネルースとその仲間たちもエルフィンドを脱出。オルクセンへの逃亡を図るダークエルフは、エルフィンドから完全にいなくなった。
およそ1万2千。最終的にオルクセンへの脱出に成功したダークエルフの人数である。エルフィンドによる民族浄化前の、およそ7分の1強。
これを聞かされた時、フィンリエルは呆然とした。まさかここまで減らされていたとは思っていなかったのだ。
シンウィアルは顔を思い切り歪めた。そして一言吐き捨てた。「奴らイカれてるとは思ってたけど、ここまで狂ってるとは。あいつら一度滅ばなきゃ駄目だ」
既にヴァルダーベルクに来ていたダークエルフたちの反応も様々だった。
悲憤慷慨する者、フィンリエルのようにただただ呆然とする者、そのような状況を作ったエルフィンドへの敵愾心を再燃させる者、あからさまには態度に出していなかったものの、自分がその7分の6に入らなくて良かったと思う者、その7分の6に入ってしまった友人や仲間を思い出し涙を流す者、7分の6に入った友人の形見を手に、その仇を討つと改めて誓う者…
亡命白エルフの反応も様々だった。
声高にエルフィンドを非難──中にはダークエルフが驚くほどの事を言った者すらいた──する者、自分の想像以上に祖国は狂っていたことに愕然とする者、どこから調達したのかエルフィンド国旗をわざわざ持ってきて、踏みつけにしたうえでヴァルダーベルクのとある広場で焼いた者、持ってきていた祖国ゆかりのもの──例えば旅券だとか、あるいは軍服、あるいは軍人手帳など──を火中に投じ、改めて祖国との絶縁を明らかにする者…
各方面や当人たちを安心させたことには、さすがに隔意こそはあったものの、ダークエルフによる亡命白エルフへの暴行だとか迫害だとかの類はほぼなかった。
生き残ったダークエルフたちは異国でせめて気高くあろうと考え、自分たちより圧倒的少数──3桁の人数にはなっていたとはいえ、1万2千に比べれば文字通り桁が違った──に対しそのような真似をするのはその誇りが許さなかった。また、白エルフであるとはいえ、同じくエルフィンドに亡命という形で、あるいはシルヴァン川越えの時にはエルフィンド軍に対し実際に銃を撃つという形でもって否を突き付け叛旗を翻した者同士、手を取り合わなくてはならぬとも考えていた。
そして何より、ヴァルダーベルクの建設作業でその補助を行っていた姿や、普段の態度、もともと彼女らと親交のあった者たちの話を見聞きし、エルフィンド本国の白エルフどもと亡命白エルフは明確に違うと考えるようになっていたのだ。
「あいつらは白エルフじゃない。見た目は確かに似てるが、『亡命白エルフ』っていう別なエルフなのさ。ついでにエルフィンドにいる白どもより遥かにまともな奴らだ」
とあるダークエルフの発言である。少々極端な言い方ではあるものの、ヴァルダーベルクのダークエルフたちの認識、あるいは努めてこう考えるべきであるという考え方を端的に示した発言だった。
ともあれ、多少のぎこちなさはありつつも、ダークエルフと亡命白エルフは共存への道を歩まんとしていた。
余談ながら、この事態の推移に安堵していたのは参謀本部も同様だった。当初は亡命白エルフはいずれエルフィンドの国内事情に関する参考人となってもらうため、ダークエルフとのトラブル防止や安全確保も兼ねて参謀本部に近い集合住宅か何かを借り上げ、そこに住まわせるつもりだったのだが、その人数が殊の外増えたため──参謀本部は亡命してくる白エルフがいるにしても、せいぜい十数人程度だろうと考えていた──それは物理的にも予算的にも不可能になってしまったのだ。
ただ、これならどうも問題なさそうだ。ここはひとつ彼女らにもヴァルダーベルクに住んでもらおう、そっちのほうが正直管理も楽だし、必要な時には参謀本部まで来てもらえばいい。何ならヴァルダーベルクに分室でも置いておこうか…などと考えを改めていた。
そういうわけで、亡命白エルフの1人であるシンウィアルもヴァルダーベルクの建設作業を手伝いつつ、それなりに平穏な日々を送っている。
そんなある日のある朝。フィンリエルが、シンウィアルのもとに駆け付けた。
「シンウィー、シンウィー!」
「どしたの、そんな息せき切って」
「ディネルースさん…いえ、ディネルース姉さまが、ついにヴァルダーベルクにやってくるって!」
「ほんとかい!?」
そんな中。
エルフィンド領離脱後、あの山荘での休息や治療を終えたディネルースとその一行を含む約1200名がヴァルダーベルクへ移住する日が決まった。
既にヴァルダーベルクにいるダークエルフとしては、彼女らを迎えるというのにまだ街は完成していないのを──いや、さすがに1か月半程度で完璧な街を丸ごと全部作り上げるというのが無理な話ではあるのだけれども──残念がりつつも、ついに英雄たちを迎え入れられる事を喜んでいた。
そしてその気持ちは亡命白エルフにとっても同じであった。彼女らの大部分はダークエルフたちと行動を共にし、シルヴァン川をダークエルフたちと共に渡ってきた。すなわち、彼女らもまたディネルースに多大な恩を感じていたのである。
オルクセン王国北部、シルヴァン川付近。
ディネルースは、複雑な心境で国王グスタフの山荘を見つめた。どうにかシルヴァン川を渡りはしたものの、深手を負いもはや死にゆくばかりだった自分と、傷つき今後も見えないままに異国の地へ来た仲間とを救った王が、自分たちを最初に迎え入れてくれた場所。
そしてそれ以降の1カ月半、ダークエルフ脱出支援作戦の臨時司令部兼野戦病院として使われ続けた場所。作戦完了後、さすがに傷つき疲れ切った自分と仲間が療養していた場所。
──すべてはグスタフ王のおかげだ。だが、この建物がなかったとしても、これまでの全てはできなかっただろうな。
国王グスタフとそのスタッフたち、国境警備隊や第一七山岳猟兵師団だけでなく、この山荘にも感謝を捧げる。
そして、シルヴァン川、正確にはその向こう側を睨みつける。
──せいぜい今は喜ぶがいい。今に見ていろ、いつの日か、いや遠からずまたそっちに行ってやる。借金を、利子をたっぷりと付けたうえで、貴様らの血でもって取り立ててくれよう。
「姉さま、もうすぐ馬車が出ます!」
「ああ、今行く!」
駅まで移動し、鉄道に乗り換える。鉄道そのものや、車窓から見える景色に感嘆しつつ、列車に揺られる。
ヴィルトシュヴァイン中心部にある鉄道駅・アルブレヒト駅で降り、鉄道関係者たちの頭を下げる民間式の敬礼と、軍関係者の挙手の敬礼に見送られつつヴァルダーベルクへ向かうディネルースたち。
そんな彼女らを出迎えたのは…残存ダークエルフたちの大歓声だった。
「あの先頭の方がディネルース姉さま、ついにお顔を見られた…!」
「ようやく私たちみんなの恩人の顔を見られましたね、フィンリエル姉さま!」
出迎えの中には、当然ながらフィンリエルもいる。近くにいるのは同じ氏族のダークエルフたちだ。さすがにシンウィアルたち亡命白エルフは今は遠慮して自分たちの居宅に引っ込んでいた。
と、メレスアンナという名のダークエルフが、ディネルースより6,7列ほどあとにいるダークエルフを示した。
「あ、いらっしゃいましたよ!あそこにドルアノアさんがいます!」
「良かった、生きてたあ…!」
ドルアノア・ファロスディス──ディネルースの氏族と付き合いのあった近隣氏族の出身者であり、彼女らと共にダークエルフの脱出支援をしていた1人であり、フィンリエルと彼女の氏族、そしてシンウィアルを導いてくれた張本人だ──の姿も、一行の中にあった。過酷極まる脱出支援作戦をやり切り、彼女自身も脱出に成功していたのだ。
「あとでみんなでお礼言いに行かなきゃ!」
「何日待ってでもお礼言います…!」
直接会って礼を言うつもりであったフィンリエルたちだが、それが実現するまではしばらくかかった。何しろそのあといろいろあり過ぎたのだ。
国王グスタフより勅令が発せられ、内定していたヴァルダーベルクのダークエルフ族への下賜が正式に決まった事を皮切りに、いろいろな、本当にいろいろな事が起きた。
ヴィルトシュヴァイン市役所による、ダークエルフ及び亡命白エルフたちの戸籍の作製。
共同農地に関する説明や、オルクセン式農業に関する講習。
ダークエルフ旅団の編成開始に向けた諸手続き。
その他諸々。あれやらこれやら、本当にその他、諸々。
さらに同時進行でこれまで行われてきたヴァルダーベルク市街地の建設や、完成した住居への入居なども引き続き行われていたため、ヴァルダーベルクに住まうエルフは皆目が回るほど忙しく過ごすことになった。フィンリエルやシンウィアルですらそうだったのだ、その責任者となったディネルースや、幹部となったアーウェン・カレナリエンやイアヴァスリル・アイナリンドといった面々はそれはもう途轍もない事になっていた。そして、彼女らに比べれば責任の軽いほうであったドルアノアもドルアノアでなかなかに多忙な日々を過ごすことになる。
そして彼女らは生き残ったダークエルフたちの幹部でもあるうえ、ダークエルフ皆の命を救った英雄でもあるのだ。是非ともお会いしたい、会って直接お礼を言いたいという者もまた、それはもう多かった。
「ええー!今の私より、遥かに忙しいですよねこれって!ていうかこんなにきついスケジュールだったら、マネージャーさんも私も、過労死しちゃうかも…」
ずっと後年、オルクセンにおいてもテレビジョンとテレビ放送が実用化され、国営放送以外の民放も立ち上げられ、様々なバラエティー番組も放送されるようになった頃。とある人気絶頂中のダークエルフのアイドル──彼女はベレリアント戦争も、その後の戦争も終わった後に生まれた世代だった──が、この時代の出来事を紹介する歴史系バラエティー番組に出演した際こぼした一言である。
これにはこのエピソードを聞いたディネルースたちも乾いた苦笑いをこぼすほかなかったそうな。
星歴875年は、そうこうしているうちに暮れていった。
富める者と貧しい者。若き者と老いた者。加害者と被害者。なんであれ、生きている者に時間というものは平等に訪れ去っていく。だが、死んだ者には…
ダークエルフという種族の星歴875年の年末は、オルクセンへの脱出に成功した者──実際のところはエルフィンド軍に囚われ、劣悪な環境下に置かれつつも生存している者も少数ながらいるのだけれども──にのみ訪れた。
例年通りであれば、年末は冬至祭を迎え、賑やかで浮かれている者は多数いた。事実、ヴィルトシュヴァインの各家庭ではユールクランツが飾られ、街中では冬至祭に向けた市が連日開かれ、装飾品や菓子、玩具やら何やらを買い求める者や、屋台での買い食いを楽しむ者でごった返していた。だが、今年多くの、余りに多くの同胞を失ったダークエルフたちの住むヴァルダーベルクだけは例外だった。確かにまだそこまでの余裕はなかったというのも理由の1つではある。だが、それ以上に同胞を失い過ぎ、冬至祭を祝う気にはなれなかったというのがが大きかった。
だが、ヴィルトシュヴァインの畜産農家組合と食肉加工業・販売業組合から共同で、彼女らが全員腹いっぱいになるまで食べてもなお余りそうな量の豚肉やガチョウ肉の寄贈があった。せめて生き残った方々には、少しでいいから冬至祭を味わってほしいという配慮であった。それらは皆に公平に分配され、消費されていった。昨年の、まだ平和だった頃、仲間たちがいた頃の冬至祭を思い出し、涙を流す者が続出した。だが、誰も残しはしなかった。いくら豚肉などが比較的安いとはいえ、さすがにここまでの量になると、金額にすれば結構馬鹿にできないくらいになる。そんな量を寄付してくれた有志たちの思いやりを無下にはしたくはなかったし、何よりも。
──生きなくては。死んでいった仲間の分も生きねば。そのためには、食わねばならない。
皆が皆、こう考えた。失われた平穏、失われた同胞を思い出した者も、大粒の涙をボロボロと流しながらも食べた。
そして冬至祭が終わり、激動の星歴875年も終わり、星歴876年が始まった。
年末年始は同氏族の皆と過ごしていたフィンリエルのもとにシンウィアルがやってきた。新年の挨拶に来たのだ。
「あんなことがあった翌年におめでとうと言っていいのかわからないけれど…ともあれ、今年もよろしく」
「正直どんな年になるかちっともわからないけれど…今年もよろしくね、シンウィー」
「ほんと、どんな年になるかわからないもんなあ。断言できるのは、ようやくヴァルダーベルクの建設もひと段落しそう、ってくらいかな?」
「あとはダークエルフ旅団が設立されそうっていうのも。もう少ししたらグスタフ王…国王陛下から正式に発表されるはずっていう噂よ」
「そうなんだ…フィンリーはどうするんだい?」
「なんとまだ決められてないのです」
「そっかあ…ま、じっくり考えるんだね。さすがに時間はいくらでもある、とまでは言えなくなりつつあるけど…」
「そうなのよね…そろそろ決断しなきゃならないのかも」
年始から数週間後、ようやくフィンリエルたちはドルアノアに会って礼を言う事ができた。
いくつもの氏族や生き残りたちと会って国外脱出の説得をしていたドルアノアだったが、割と初期だったのにすんなりとオルクセン行きを決意したうえ、何やら変わり者の白エルフもくっついていたフィンリエルらの事は印象に残っていたらしく、彼女らのことを覚えていた。
「ドルアノアさん、あなたが生きていて本当に良かったわ。正直心配だったもの!」
「何度か危ない時はあったが、なんとか命は拾えたよ。君らも息災のようで何よりだ」
お互いの無事を喜びつつ、話はこれから生まれるダークエルフ旅団に関するものに移って行った。当然ながらドルアノアはその幹部…おそらくは中隊長あたりにはなるだろうという話だった。
「あちらで今まで戦い続けた私から言わせてもらうとだな…もし入るのなら、相当な覚悟が必要だと思う」
「相当な覚悟…」
「ああ。白どもを撃ち、刺し、縊る。確かにこれにも覚悟が必要だ。だが…」
「………」
「見たくもないものを見る羽目になる可能性も大きい。少なくとも私は、いやディネルース殿ほかあちらで戦った全員が見てきた。確かに君たちも仲間や同胞の死は見ただろう。だが…多くのそういったものや、もっとひどいものを見ることになるだろう」
ドルアノアの表情は険しい。
脱出作戦を展開していったとはいえ、逃げようとするダークエルフを皆逃がせたかというと、残念ながらそうではない。
その途上で命を落とした者や、助けようとして間に合わなかった者は確かにいた。護符すら回収してやれなかった者もいる。そのような過酷な、どこまでも残酷な現実を見てきた目だった。
「その覚悟があるのなら、私は歓迎しよう」
「…もしその覚悟を持てないのなら?」
「銃後を支えるのも重要な役割だとも。いかに優れた猛禽であっても、帰る巣がなくてはどうしようもない。特にフィンリエル殿、君は氏族長代理という話だったな」
「私より上の立場がみんないなくなっちゃったから、一応ね。将来的には氏族長にする候補に、って事でいろいろ教育は受けてたわ」
「それは必ずしも軍で活かさなくてはならないわけではない。銃後でも十分役に立つと思うぞ」
フィンリエルが内心抱え続けている迷いは、ドルアノアとの話でまた深くなっていった。
自分は今後どうしていくべきなのだろうか。
だが、数日後。彼女が考えていたのとはまるで違う方向から結論はやってくることになった。