【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後   作:Telfe262

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20.星歴876年10月26日

 星歴876年10月26日。

「国境有事に備えた大規模演習」のための動員が開始され、アンファングリア旅団もヴァルダーベルクを出立して数日。

 街は落ち着きを取り戻してはいないものの、初日に比べれば沈静化しつつあった。

 

 何しろまだ続報がないのだ。

 

 そのため、ヴァルダーベルクに残った面々は皆が落ち着かない気分を味わいつつも、すべきことをしていた。普段通り仕事や農作業を行い、普段通り各々の居宅へ戻り、普段通り夕食を食べた。

 この日もこうして過ぎて行った。

 

 …フィンリエルの氏族に属する者のうち、最初に「それ」を知ったのは、ギルルース・マルメネルとメレスアンナ・アインベスだった。

 夜7時半ごろではあったが、ギルルースができれば今日中に買っておきたいものがあったのを思い出し、それにメレスアンナが付き添う形で街に出ていたのだ。

 そしてそんな彼女らにただならぬ様子で近づいてきた、若いオークがいた。少し前にフィンリエルらを訪ねてきたロートバウアー教授の教え子のヴァーレンだ。

 

「そちらのダークエルフのお二方! 確かアダリル氏族長代理のところの方でしたよね!?」

「え? あ、ロートバウアー教授のところの! どうしたんですか突然!?」

「話はあとで! とにかくついてきてください!」

 

 ヴァーレンに言われるがままについていってたどり着いたのは、オルクセンの大手新聞社であるオストゾンネ社の本社の前だった。何があったのか野次馬が集結している。

 ヴァーレンはそんな野次馬を掻き分けつつ、ギルルースとメレスアンナを本社前掲示板の前まで連れて行った。

 

「………!」

 

 ギルルースとメレスアンナはしばし呆然としつつ、掲示板にいくつも貼り出された号外を眺める。

 そうしているうちに、ヴァーレンが戻ってきた。彼の手には号外が3部ある。彼女らの分も取ってきてくれたのだった。

 

「こういう事だったのです! こちらを!」

「あ、ありがとうございます!」

「自分はこれから教授のところへ向かおうと思います。アダリル氏族長代理と、他の皆様にもよろしくお伝えください! では!」

 

 ヴァーレンは号外を手にヴィルトシュヴァイン大学のほうへ駆け去って行った。

 

「ギルルースは姉さまのとこに行って! 私はシンウィアルさんのとこに行ってから戻るから!」

「わかりました!」

 

 このような形で第1報に触れたダークエルフは、それなりの数がいた。

 ギルルースらのように街にいたところを顔なじみの商人や作業員、役人などに声をかけられ、オストゾンネ社へ連れて行ってもらったり、あるいは号外を譲ってもらった者。

 居酒屋やレストランなどで過ごしていたところに、号外を持った客が現れた者。

 商人などと話をしていたところに、号外を持った従業員が駆け込んできた者。

 

 こうしてその知らせを持ったダークエルフたちは、皆一目散にヴァルダーベルクへ戻って行ったのだ。

 

◆   ◆   ◆

 

 この時、シンウィアルはブレギエル・アルリンド──参謀本部から依頼されていたちょっとした調査のため、シンウィアルたちの居宅に腹心と共に来ていた──と話をしていた。

 といっても本題は既に終わっており、雑談に興じていたところだった。ヴルストに一番合うのは白ビールで間違いないが、白ビールがなかったら何を頼むべきだろうか、という事を話している最中、何やら少々乱暴なノックがされたのだ。

 

「なんだ?」

「誰だか知らないが、随分焦っているようだね?」

 

 ドアを開けると、そこにいたのはオストゾンネ社から駆け付けたメレスアンナだった。息を切らしており上気している。だが顔が赤いのは全速力で走ってきたからだけではないようだ。

 

「あれ、君はフィンリーのとこのメレスアンナさんじゃないか、どうした?」

「シンウィアルさん、一大事です! 今すぐフィンリエル姉さまのところに…あ、すみません、お客さんいたんですね…!」

「一大事って、何かあったのか?」

「…始まりました!」

 

 何が始まったのかは、この様子を見ると聞くまでもなかった。

 

「…って事なんで、行ってきていいですかね?」

「ああ、気にしないでくれ。私の用事はもう終わっているからね」

「ありがとうございます! あ、これどうぞ!」

 

 ブレギエルに号外を渡すと、メレスアンナはシンウィアルと共に去って行った。

 彼女らを見送ってから、ブレギエルほか残った亡命白エルフたちは渡された号外を読み始める。

 

「『戦争!』…そうか、来るべき時が来たか」

「来てしまいましたね」

 

 腹心たちと言葉を交わし、しばし黙り込むブレギエル。だが、その沈黙は長くは続かなかった。

 

「さあ、情報統制解除だ! こうなった以上、これまでヴァルダーベルクでやっていた事を続けるだけでなく…オルクセンを、我らがオルクセンを情報面でも全面的に支援するぞ! エルフィンドの悪行をオルクセン中、いや星欧中、いや、世界中に知らしめさせてやろう!」

「エルフィンドへの非難声明案、報道陣への対応予定に記者会見の台本…用意していたものが日の目を見ますね」

「そうだ、やってやろう。見てろよエルフィンドの奴らめ、私たちに友を殺させようとしたことを深く後悔させてやる」

 

◆   ◆   ◆

 

「ついに、来た…!」

 

 オストゾンネ社から全速力で帰ってきたギルルースから号外を受け取ったフィンリエルの第一声だった。

 

『戦争!』

 

 でかでかと見出しにかかれ、グスタフ王の肖像画も入ったその号外には、今日10月26日にオルクセン王国はエルフィンド王国へ宣戦布告、両国は戦争状態に突入したことが書かれていた。

 

『猛きオーク族の祖より選ばれ、諸種族三五〇〇万の民草を統べる重責を託されしオルクセン国王は、ここにエルフィンド王国に対し戦を宣す』

 

 手の震えを抑えつつ、オルクセン外務省がキャメロット経由で送達したという宣戦布告書のところまで読んだところで、居宅に誰かがやってきた。

 

「フィンリー、ついに来たって!?」

 

 扉を開き駆け込んでくるなり開口一番そう聞いてきたのはシンウィアルだ。メレスアンナが彼女を連れてきてくれたのだった。

 

「ええ、ついに…!」

「それが例の号外か、あたしも一緒に見ていいかな」

「もちろん!」

 

 一緒に号外を読み進める。号外には、開戦の理由としてのちに『エルフィンド外交書簡事件』と呼ばれるようになる事件の詳細も書かれていた。

 

「シルヴァン川流域、オルクセン領からも出てけ、しかも文書で確約しろって…」

「…はは、すごいなあ、増上慢にも程があるだろ。逆に笑えてくるな。もしかしたらこの調子だと、そのうちメルトメアとかの北方もよこせとか言い出してたんじゃないか」

「…あり得ない話じゃないわよね。あいつら私たちダークエルフ族の土地も奪ってるわけだし」

「前科はドワーフ族の王国の件もあるわけだしね。オルクセンが今回宣戦布告したわけだけど…これだと遅かれ早かれエルフィンドのほうから戦争吹っ掛けてきたのかもしれないな…」

 

 皆で号外を読んでいるうちに、居宅にはフィンリエルの氏族の者やシルヴァン川越えの際合流した者、さらにはその友人たちまで集まってきている。

 いつの間にやら居宅はダークエルフたちでごった返していた。やはり望んでいた事が本当に始まったとはいえ、皆不安を感じてはいたし、そうでなくとも興奮を皆で分かち合いたい、というのもあったのだ。

 

 しばらくして、フィンリエルが手を叩く。

 

「みんな、注目!」

 

 ざわめきは止まり、皆がフィンリエルのほうを見る。

 

「みんな、ついにこの時がやってきたわ! でも、少なくとも今のところは、今まで通りよ」

「参謀本部のグレーベン少将はおっしゃったそうよ。『軍隊は、オルクセンという国家の尾っぽだ』と。なら、尾を強くするには、身体も強くて健康でいなければならないわよね」

「オルクセンという身体を強くて健康なものにするには、私たちも日々のあれこれを一生懸命やっていく必要があるわ! だからみんな、明日も、明後日も、これからも、いつも通りにすべきことを頑張りましょう! それが、私たちヴァルダーベルクに残ったダークエルフの、いえ、銃後に課せられた責任というものよ!」

「それじゃあみんな、明日からも頑張りましょう! 今日のところは、解散ということで!」

 

◆   ◆   ◆

 

 午後10時ごろには、開戦の報はヴァルダーベルク中に広まっていた。

 外から開戦の号外を持ち帰ってきたダークエルフは結構な数がいたし、顔なじみのダークエルフに開戦を知らせるためヴァルダーベルクまでやってきた者も多くいた。

 とどめに、オストゾンネ社が手配した売り子たちはヴァルダーベルクにもやってきたのだ。それも1名だけでなく、4,5名ほど。彼らはヴァルダーベルク中心部の広場に陣取り、猛烈な勢いで号外をバラ撒き始めた。そしてこれまた猛烈な勢いで号外を受け取りに来たダークエルフたちが押し寄せ…結果、彼らが持ってきた号外約2500部は1時間もしないうちに全滅することになった。

 

 だが群衆の興奮は、号外が弾切れになった程度では収まらなかった。何しろ群衆の大部分は昨年多数の同族を殺され、国を、故郷を逐われたダークエルフであったし、そうでない者たちも彼女らと接する機会があり、そのため彼女らの意思や感情をよく知っている者がほとんどだったのだ。

 

 あるダークエルフと肩を組み、右腕を突き上げながら何事かを叫ぶオークは、昨年ヴァルダーベルク市街地の建設にあたっていた作業員だった。

 車椅子のダークエルフの右隣に立つドワーフは彼女の車椅子の設計に携わった技師であったし、左隣に立つオークは近隣に住み、時には彼女らの農作業を手伝っていた農家だ。彼らの横で号外を握りしめているコボルトは、ダークエルフたちが農作物を売却している農業組合の職員だ。

 あるダークエルフと一緒になってオルクセン国旗を振り回しているコボルトは、ヴァルダーベルクに肥料などを売っているファーレンス商会の従業員である。

 群衆に対し興奮気味に何事かを捲し立てている身なりの良い年かさのオークは、よく見るとロートバウアー教授である。ヴァーレンほかあの時一緒にやってきた学生たちも一緒だ。

 いったいどこで調達したのか、オーク用サイズのベッドシーツほどはありそうな巨大なオルクセン国旗を力いっぱい振り回しているのは2名のダークエルフと、なんとその友人の亡命白エルフだ。

 

 最初はてんでバラバラに叫んだり歌ったりしていた群衆たちだが、ちょっとした変化が起きた。

 

「母なる大地 母なる国よ」

 

 誰か──今でも誰が最初だったのかはわからずじまいだったが──が、オルクセン国歌を歌い始めたのだ。

 

「母なる大地は 我らのもの」

 

 それは周囲に広まっていき、1番が終わる前には大多数が歌いだしていた。

 

「母なる豊穣は 我らのもの」

 

 結局この集まりは、翌27日の明け方まで続いていたという。

 

 脱出から約1年。

 ダークエルフたちは、新たな味方、新たな友人、新たな居場所、新たな祖国を得ていた、その象徴のような出来事であった。

 

◆   ◆   ◆

 

 一方、その群衆の中にはおらず、静かに過ごしていた者もいた。フィンリエルも、そんな1名だった。

 彼女が向かったのは、民族浄化の犠牲者たちの護符が安置されている集会所、通称葬祭殿だ。ここにはエルフィンド脱出時になんとか持ち出すことができたフィンリエルの氏族の犠牲者の護符も安置されている。彼女らに、ついに復仇の機会が来たことを知らせておきたかったのだ。

 そして何より、アンファングリア旅団には彼女に縁のある面々もいる。皆フィンリエルにとっては大切な友人であり、可愛い妹分だ。だからこそ、皆に生きて、無事で帰ってきてほしかった。そう考えていると、あの群衆に入るより、あの日死んだ同胞たちに祈りを捧げたかったのだ。どうか、彼女らが勝利し、無事に帰ってこれるよう守ってやってほしい、と。

 隣にはシンウィアルもいる。今となっては彼女にとっても出征した面々は大切な友人であり、生きて帰ってきてほしい存在だった。

 

 他にも少なくはない数のダークエルフが葬祭殿には来ていた。考えることは皆同じ、ということか。

 そこに新たな人影が現れた。ダークエルフではなくコボルト族。アルレスハイムだった。

 彼もまた脱帽し、頭を下げた。

 

「あれ、アルレスハイムさん?」

「ああ、おふたりもいらしてたんですね」

「あの中に入るより、みんなにこの時が来たことを伝えたかったんです。それに、戦地へ向かう皆のことを守ってほしい、とも…」

「あたしも同じく。あの子ら、あたしにとっても今じゃ大切な友達だからさ。ところで、なんでアルレスハイムさんもここに?」

「…怒らないで、聞いてほしいんですけどね。こういう事態になったからには、第一七山岳猟兵師団も間違いなくエルフィンドに行くわけなんですよね」

「まあ、そうだよね」

「前話したかとは思うんですけどね、第一七山岳猟兵師団には、弟が所属してまして。なので…アンファングリア旅団の皆さん守るついでに、できればでいいから、第一七山岳猟兵師団を…弟のことも、守ってやってくれないかな、と…!」

 

 開戦になるか半信半疑だった分、そして肉親が戦争へ行く、という状況になって、彼も彼で少々動揺しているらしい。

 

「きっと、守ってくれるよ。ダークエルフは義理堅いんだ。あたしがディアネンにいた頃一番義理堅い奴だなあと思ってたのはフィンリーだし、他のダークエルフたちも同じくらいだったしね」

「…私たちの氏族長は言ってたわ。『受けた恩は返さなくてはならない、でないと次に助けてもらえないかもしれないし、何より恥ずかしい』って。きっともうこの世にいないみんなも、オルクセンの皆さんが何をしてくれたかは知っている。少なくとも、あの日いなくなったみんなは全力で守ってくれると思う。みんなそういう性格してたから」

「…ありがとうございます」

「…みんな、無事に帰ってきてほしいね」

「ええ、本当に」

 

 葬祭殿から出て、北の空を見つめる。

 その下には、きっと出征した同胞たちがいるはずだ。

 3名とも、武運長久と皆の無事を祈るのだった。

 

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