【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
星歴875年秋。
「国境有事に備えた大規模演習」とやらが行われることになり、シンウィアル・ブレギリル一等兵の所属するエルフィンド王国国境警備隊のとある部隊は衛戍地であるモーリアを離れ、国境地帯へと移動した。
移動開始から数日後、演習地に指定された国境地帯の近くにある小規模な、集落と呼んでいいのかすら迷うような小さな村に宿営したとき、「それ」は起きた。
演習に関する詳細な説明と称して集められたシンウィアルたちは、部隊指揮官から真の目的…ダークエルフの民族浄化を聞かされたのだ。
そして。
「──隊目標、コリドヴィ村!」
シンウィアルの属する隊が攻撃することを命じられたのは、他ならぬ彼女の親友であるフィンリエル・アダリルの村であったのだ。
その時はそんなことまで考える余裕はなかったが、後日その時の事を思い出すとシンウィアルは思うのだ。
自分がその時立っていたのが最後列、他の将兵から見られるようなところじゃなくて良かった、と。でなければ間違いなく顔面蒼白になっていたのを見咎められ、その後の行動もうまくいったかわからないから、と。
その後。
どうにかこうにか平静を装いつつ、就寝時刻を迎えた。だが寝付くことなどできそうになかった。
(あたしが、フィンリーを? そんなの、絶対嫌だ!)
言われるがままにコリドヴィを襲撃し、他の兵士どもと一緒になってフィンリエルたちに銃口を向ける自分を想像する。
想像しただけで吐き気がした。
(どうしよう、どうすればいい…!)
上に抗議するか? いや、間違いなく無駄だろう。
出発前に噂になっていたが、この『国境有事に備えた大規模演習』はかなり上の決定らしい。であれば直接の上官に抗議したところで無意味だし、そもそもその上官自身かなり乗り気なのだ。
良くて殴り倒され、最悪の場合抗命罪で軍法会議にかけられる可能性すらある。そうなればあとは政治犯として処刑されるか、どこかの収容所に押し込められてそれきりだろう。
となると、正攻法での『攻略』は不可能だ。
であるならば、そうでない方法しかない。だが、つまり、それは。
(…叛逆)
シンウィアルは確かに良く言って非主流派であり、悪く言えば異端の変人ならぬ変エルフだ。ダークエルフとかつて対等に付き合いを持っていた事を知っている者からは白眼視されていたし、趣味も性格も態度も一般的な白エルフからは眉をひそめられるようなものだ。
とはいえ、自他ともにせいぜい「世間からずれた変な奴」程度のものとみられており、エルフィンド王国という国家に叛逆しようと思ったことまではなかったのだ…今までは。
だが。
(…なんだ、案外悪くないかもだ)
思えば故郷はとうの昔に捨て去っており、今の職場たる軍隊にも別に未練も何もない。守りたい立場や世間体、ついでに財産も別にない。
そして…これまでの生涯で一番楽しかった、と言える思い出の大部分はディアネンでフィンリエルとつるんで遊んでいた時期のものなのだ。
ならいい、この際全部捨ててしまおう。
そう考えた瞬間、視界が随分広がった気がした。
(かくなる上はやっちまおう。となれば実際どうやっていくべきか…)
最初に思いついたのは、このまま他の将兵と一緒に進軍し、コリドヴィに着いた瞬間かその寸前辺りで銃を乱射する、というものだった。
だが即座に却下した。1発目はともかく、おそらく2発目に装填する前に他の兵士たちに蜂の巣にされるのがオチだろう。そもそもその前に別の連中にコリドヴィが襲われていてフィンリエルが殺されていたりしては話にならない。
次に思いついたのは、指揮官たちを今のうちに襲撃し始末してしまうことだった。
だがこれも却下した。
現在シンウィアルたちは件の村の外で野営しているのだが、指揮官たちは村民の提供した建物の中で眠ることになる。当然ながら村の内外には番兵が複数いる。
さすがにそれらを搔い潜り、あるいは全滅させて指揮官を排除するのはまず不可能だ。それにそもそも指揮官を排除したところで次の部隊が来るなどするのは目に見えており、民族浄化を止められはしないだろう。
(軍隊自体を止めるのは不可能だ。となると…)
最終的な結論は、脱走だった。
夜の闇に紛れ脱走し、フィンリエルとの合流を目指す。
(問題はそのあとだな…)
脱走とフィンリエルとの合流に成功したとして、その後どうするか。考えようによってはそっちのほうがむしろ本番だ。
エルフィンド領内を転々と逃亡生活を送るのは不可能だろう。なにせ軍隊、いやもはやエルフィンドという国家全部が敵になるのだ。遅かれ早かれ追い詰められ、最終的には死刑台にたどり着くのがオチだ。
となれば国外逃亡か。
ならキャメロット…と思い、やっぱり無理だと判断する。キャメロットは島国であり、当然エルフィンド、というか大陸から行くには船が必要になる。
国境を流れるシルヴァン川には、船の類はほぼ浮かんでいない。事実上の国境線であるうえ、流れもそれなりに速いため、船を浮かべて漁などをする者はほぼいないのだ。近くに住むダークエルフもせいぜい川岸から釣り糸を垂らす程度だとフィンリエルから以前聞いた事がある。
それにそもそもシルヴァン川に浮かべる船といえば、せいぜいボート程度のものになるだろう。そんなものでキャメロットにたどり着けるわけがない事はシンウィアルでもわかる。
ではキャメロットに行けるような船はというと、そんな船が入れる中で一番近そうなのはファルマリア港になるわけだが…このあたりからそこまで行くのは無理だし、可能だったとしてもファルマリアは海軍の本拠地。既に包囲網が張られている可能性が高い。
さらに仮定を重ねてファルマリアに到着し海軍の包囲網もすり抜けられたとしても、客船に乗るような金はないし、漁船や小型貨物船などをシージャックしたところで操船技術は持ってないため動かせない。
(くそお、国外逃亡もだめか…いや待て、シルヴァン川…)
シルヴァン川の向こう側は、基本的には外国だ。オーク族たちの国、オルクセン。
そして、シンウィアルは以前ディアネンで話したキャメロット人商人の話を思い出していた。
──オルクセンかね? 行った事はあるよ。魔種族ばかりで驚きっぱなしというのを除けば商売はしやすかったね。治安はいいし、規則などもきちんと公平に整備されていた。
──…食人? まさか! 今のグスタフ王は、ずっと昔にそういうのを禁止したそうだよ。法律もちゃんとあるそうだ…まあ知り合いのオークからの受け売りだがね。
──何にせよ、今となっては我らがキャメロットとオルクセンは結構いい仲だよ。デュートネ以来の仲さ。いろいろ投資してくれているし、私みたいに商売もできるしね。グスタフ王には感謝せねば。
(…これだ!)
今のうちに出来る限り装備を整え、今夜のうちに脱走し、フィンリエルと合流し、オルクセンへと脱出する。
文字にすれば1行か2行程度で収まってしまうが、実際やってのけることができるかと言えば相当厳しいものがある。だが、シンウィアルは断念するつもりなどなかった。
深夜。具体的には午前3時。
シンウィアルは、自分のテントからこっそりと抜け出した。もちろん銃もナイフも背嚢も装備済みだし、同じテントで寝ている連中を起こすような事もしていない。皆ぐっすりと眠っている。
(さて、第1関門突破だ。次は…)
村の方を見る。
指揮官たちが泊っている家屋の窓は既に真っ暗だ。消灯し、寝ているのだろう。光源は建物の外にいる番兵が使っているランプ1つくらいだ。
家屋の隣にある納屋を見る。現在そこは弾薬庫として使われているはずだ。母屋ほどではないがそれなりに大きい納屋であり、今回の作戦期間中ずっと弾薬庫として使うらしい。
シンウィアルの目標はそれだった。
こっそりと、村に近づく。
番兵たちは随分と気が緩んでいるらしい。帰ったあとのことでも考えているのか、焦点の合っていない目でぼんやりと突っ立っている者もいれば、椅子に座って舟をこいでいる者もいる。
真面目に警備している者は見当たらない。
(ま、あたしもあんな感じだったしね…)
とはいえ油断していいものではないので、足音を立てないよう、見つからないよう荷物や馬車、樹木などの陰に隠れつつ、慎重に納屋の裏手に回る。
納屋の裏手には窓がある。ガラスなどははめ込まれていない、ただの穴だ。そこから入り込む。
(よしよし、うまく入れた!)
集中し夜目を利かせ、目的のものを探す。
すぐに見つかった。577/450メイフィールド・マルティニ弾。その名の通りエルフィンド軍制式小銃であり、今シンウィアルも持っているメイフィールド・マルティニ小銃用の銃弾だ。
今後に備え、できる限り予備の銃弾を盗んでいくことにしたのだった。
(第2関門突破! あとは逃げるだけだ…!)
数十発の銃弾を盗んで背嚢に詰め込み、納屋を脱出し、そのまま村の外へ出る。
ちらっと番兵を見る。さっきとほぼ同じだし、船をこいでいる者に至ってはそのまま寝落ちしている。大丈夫だ、バレていない。
急ぎ足で、ただし音を立てないよう、野営のテント群の間を進んでいく。
このまま進んでいけば野営地から脱出できる…
「おい、こんな時間になにをしている?」
テント群から少々離れたあたりでびくりとしてシンウィアルが声のしたほうを見ると、そこにはエルフィンド軍兵士がいる。巡回の警備兵に見つかった。
「ああ、いや、トイレ。めちゃくちゃ緊張してるせいか、催しまして…」
すっとぼけた答えを返すと、警備兵は暗い中でもわかるほど、ひどくげんなりとした表情になった。
エルフ族は基本的に排泄をしない。だが例外はあり、不調な時には出るものは出る。その分そういったものへの忌避感も強い。
「ああそうかい、とっとと行け、私の目に入らないところでやってくれ」
「失礼…!」
足早に去ろうとするシンウィアル。が、警備兵はまた声をかけてきた。しかも声色も表情も怪訝そうなものになっている。
「…おいちょっと待て。なんでライフルを持ってる?」
「ああ、万が一熊とかに遭遇したら嫌だなー…と」
「…なんで背嚢まで持ってる? 貴様怪しいぞ。ちょっと来てもらおうか」
「え、あ、はい…ところで」
「なんだ?」
「いえ、あれ、なんだろうなーと…」
警備兵の背後を指し示してみるシンウィアル。そこには何もない。演技だ。
だが騙された警備兵は後ろを振り返る。
と同時に、シンウィアルはライフルで警備兵の頭を思い切り殴りつける!
「ぐほっ!」
フルスイングが効いたのか、警備兵はそのまま気を失った。
(見るなよ、誰も気づくなよ…!)
気を失った警備兵の襟首をつかみ、ずるずると引きずっていく。
いくらか離れたあたりで茂みに押し込む。このくらいすれば本人が目を覚ますまで見つからないだろう。
「よし、なんとかなった…!」
既に村やテント群からは十分距離がある。もう忍び足でいる必要もないだろう。
シンウィアルは全速力で駆けだした。
「あとはフィンリーと合流して、オルクセンへ逃げるだけ!」
簡単なように言ってみるが、実のところ非常に分の悪い賭けであることは十分承知している。
「…捕まったらまず間違いなく同じ隊の奴らには半殺しにされるな、それから改めて銃殺刑ってとこか」
銃弾の大部分は背嚢に、いくらかはベルトに装着したポーチに。そして、1発はポケットに。賭けに負けて追い詰められた時には、この1発は自分に使うつもりだ。
だが、彼女としては親友を見捨てたり手にかけてこの先も生きていくくらいなら、多少足掻いてから死にたいところだった。
もはやエルフィンド軍一等兵ではなくなったシンウィアル・ブレギリルは、夜の闇へと消えていった。
(拙著『変わり者白エルフと氏族長候補の逃避行』へ続く)