【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
寒々しい冬の終わりと、穏やかで温かい春の始まりが見えてくる、そんな時期になった。
ヴァルダーベルクの市街地建設は概ね終わり、居宅に至っては100%完成。これまで演習地用の兵舎に仮住まいしていた者──ダークエルフだけでなく、亡命白エルフたちも──も、全員が居宅に移ることができた。おかげでダークエルフ旅団の編成も問題なく進みそうであった。何しろ、彼女らの兵営のうち兵舎についてはそれらを流用することになっていたのだ。
「俺らの仕事も、もうすぐ終わりそうだな!」
「そうね、本当にお世話になりました。寂しくなるわね」
「へっへ、そう言ってもらえるとちと嬉しいぜ」
「おいおい、そうへらへらするなって。奥さんにぶっ飛ばされるぞ?」
「勘弁してくれ…」
「あははは…」
そうなると、建設作業員たちの仕事も終わる。彼らがヴァルダーベルクに来ることは余程のことが起きたりしない限りないだろう。あちらこちらで別れを惜しむ作業員たちとダークエルフたちの姿が見られた。
「でもそれはそれとして、思ったより早く終わって良かったわ。何しろ住むところがないと、そもそも旅団の編成とかもできなかったでしょうし、従軍しない組もまともに生活できなくなっちゃう」
「確かになあ、まともな家ってのは本当に大事だ」
「思ったより早く終わったのは、みんなが手伝ってくれたおかげさ。本当に助かったぜ」
「いや、所詮は素人だったからアレだけどさ。そう言ってくれるなら良かった」
「ま、他にも一応理由はあったんだけどな。なんか知らんけど、結構な量の建築資材を、軍隊が近所にあらかじめプールしてたんだ。そいつを使わせてもらえたんで、持ってくる手間がだいぶ省けた。アレがなけりゃもうちょいかかってたかもだ」
「軍隊が?なんでだろう?」
「さあなあ、演習場はともかく、隣の農事試験場だったとこはもうすぐ潰す予定だって話だったし、そこになんか作る予定だったんじゃねえか?」
「まあ、なんでもいいけれどね」
彼らは、彼女らは知らない。
有事があり、さらに戦争に発展していた場合、ヴァルダーベルクには捕虜収容所が建設される予定だったことを。プールされていた資材は、本来はそのためのものだったことを。
そもそも、今回の市街地建設計画も、一部はその捕虜収容所建設計画を流用したものだったことを。
さらに、これよりしばらく後。エルフィンドと開戦した後、とある経緯でいくらか、いや相当な数の捕虜をオルクセン軍は得ることになるのだが、その際の捕虜収容所建設には今回のヴァルダーベルク市街地建設で得られた知見や教訓なども活かされていくことも。
彼ら彼女らがすべてを知ることになるのは、数十年後、ベレリアント戦争関係の計画などの軍事機密指定が解除され、一般公開される時を待つことになる。
ヴァルダーベルクで行われているのは、その市街地の建設に限った事ではない。
衣食住のうち、衣は一応もともとある。住は完成した。では、食は…という話になる。つまり農業だ。
「私の氏族に限らず、私たちダークエルフの大部分は山岳地帯の出身だったの。だから、ささやかに農業をやってはいたけれど、大した広さの土地ではやってなかったわ。だからあの広大な農地を示された時はありがたいと思うと同時に途方に暮れたわね。今までのやり方じゃ絶対無理って。しかも知っての通り、エルフィンドとオルクセンとでは農作のやり方からして違ったし。これまでの常識とか経験ってやつがあまり役に立たなかったのよね」
「近隣の農家の方や、国王陛下が派遣してくれた農学者の方とかがいなかったらどうなってたか。特に農学者の方は、第一級の農学者でもある国王陛下がこれと見込んでヴァルダーベルクに派遣されてきた方だったから、教え方もわかりやすくて。で、もともと広い土地で農業やってた少数派の子もいたから、その子を主に教えてもらって、オルクセン式の農業もできるようにしてくださって。本当にありがたかったわね」
氏族長級のヴァルダーベルク残留組として、他の複数名と共に本格的に非軍事面のまとめ役になる事になったフィンリエルは後日農業新聞の取材にこう語っている。
一方、その補佐役として日々いろいろとやっていたシンウィアルはこうも語っている。
「確かに近隣農家の方とか、農学者の方とかは本当にありがたかった。でも、どうしてもみんなオーク族だからね…基準というか、そういうのがオーク目線になっちゃって、なかなかうまく行かない部分もあったんだ。例えば、オーク族の言う所の『一つかみ』はあたしら的には『3つかみ』とかだったりさ」
「だからその辺をうまく修正できる、これまで結構広いところで農業してた経験のある子もいて助かったよ。あの子…ええと、黒髪で、そばかすもある…駄目だ、名前が出てこない。黒にんじんちゃんって渾名は思い出せるんだけど。ともかく、ああいう子が幾人かいて、かつアンファングリア旅団に入らずこっちに残ってくれてほんとよかったよ」
「もし従軍するって言い出してたら?恥も外聞も全部かなぐり捨てて、土下座してでも引き留めたね。いや、なんなら腰にしがみ付いて泣き喚いてでも残るよう頼んでただろうなあ。何しろダークエルフは大多数が狭い農地でしかやった事がない山岳出身者だし、あたし含む亡命白エルフの半数に至っては農業経験ゼロだから完全に役立たずだった。そんなとこからいなくなられたらヴァルダーベルクはおしまいだ、って」
一番重要だったのは誰だったか、あるいは役に立ったものは何だったか。そのあたりの認識には個人差はあったが、とにもかくにも皆の力でもって、試行錯誤しながらヴァルダーベルクの農業は始まる事になる。
そして。
「はああ…くたびれた。大規模農場だと、やっぱ今までのと全然違うわ。便利な道具はいっぱいあるけれど…」
「あたしさ…オルクセンのすごいとこ、また見つけたよ。いやオルクセンというよりオーク族かな…」
「なあに…?」
「馬鹿力もそうなんだけどさ、何なんだろうね、あの無尽蔵の体力…」
へとへとになっているフィンリエルやシンウィアル、その他ダークエルフや亡命白エルフたち。その奥では、協力を買って出てくれた近隣農家(オーク族)が種まきに向けた農作業をしていた。自分たちと同じくらい、いや面積で言えば自分たちよりもやっていたはずなのに、まるでついさっき作業を始めましたといったような元気さで農作業をしているのだ。
師団対抗演習でディネルースたちが目の当たりにすることになるオーク族の体力や膂力その他を、ダークエルフや亡命白エルフたちも目の当たりにしたのだった。
「まあ…今更じゃない?だってほら、ヴァルダーベルクの建設の時もすごかったじゃない?」
「言われてみればそっかあ…」
オークたちに言わせれば自分たちには基本ない魔術力を持っており、しかも魔術通信ができるエルフたちはすごいとか、自分たちが乗ろうものならその重量で物理的に潰してしまいかねない馬を乗りこなすエルフたちはすごい、という話になるのだが…まあ、自分の長所は自分じゃ気づきにくい、というやつなのだろう。
農業とは、作物を育てる事だけではない。家畜を育て、肉や卵、乳に毛皮を得るのもまた農業だ。
ヴァルダーベルクにおいても同様であり、彼女らは牛や鶏を飼うことになった。こちらは穀物・野菜の栽培よりも比較的容易に軌道に乗せることができた。
「もともとダークエルフはエルフィンドでは小規模な農業と狩猟、そして酪農で暮らしてたのよ。私がいた村でも、鶏とか牛とか飼っていたし。で、他の村もだいたいそんな感じだったの。牛じゃなくて山羊だったとこもあるし、中には牛や山羊みたいな大きめの家畜は飼ってない、小規模なところもあったけれどね。でもそんなところでも鶏は飼ってた。つまり、家畜飼う経験持ってる子は私含めて結構多かったんだ」
「ただ…元々いたところと、ヴァルダーベルクは…やっぱり違うわけでね。それにオルクセン式と私たちの今までのやり方も違いはいろいろあったし。中には昔は気づかなかったけど、非効率だったとこも少なからずあってね…農学者の方に『もっといい方法がありますよ』って教えてもらって、実際その通りにしたら卵も乳も今までのやり方より明らかに増えた時には、私たち今まで何やってたんだろうって思ったわ…」
「あの収穫量にはみんな同じこと思ってたみたいでね…組合に売って収入にする分の牛乳とか加工品とか卵とかが運ばれていくのを見送る時、みんななんか複雑な顔してたわね。最初考えてたより自分たちで使える分も売却分も増えたから喜ぶべきだったんだけれども、ね…」
後日、フィンリエルは遠い目をしつつ語ったものだった。
ちなみにシンウィアルはというと。
「こっちではまあ、微妙に役に立つことはできたかなあ、と。牛とか鶏とか育てるには、当然餌が必要なわけだけど、その運搬とかやってました。エルフィンドにいた頃は辻馬車の御者として働いてたこともあったから、荷馬車動かすくらいはできたからさ。鉄道で最寄り駅まで送られてくるよそから買いつけた餌とかを、荷馬車に積んでヴァルダーベルクの農場まで運んだりしたっけ」
「あとは、よそ…農業組合とか、商人とかに売却する分の農作物をこれまた荷馬車で運んだり。特定の1か所とヴァルダーベルクの往復だけ、ってわけでもなかったから、おかげでちょっとヴィルトシュヴァインの土地勘はできたよ。ま、最初は地図とにらめっこしながらで、大変だったけどね…」
「…正直さ、ちょっと安心したよ。あたしは農業は、栽培も酪農も畜産も全然経験なかったから、完全に役立たずになっちゃうんじゃないかとちょっと心配してたんだ。自分にもできることがあって安心した。昔はそんな事考えたこともなかったんだけどね…あたしの顔は潰れても、っていうかあたしには潰れるような顔すらないわけだけど、フィンリーの顔は潰したくなかったから。こっちに亡命できたのも、あの時フィンリーが庇ってくれたからだし」
「それに、面子云々だけでなくて、友達のためなら頑張ってやりたいと思ったしね。我ながら随分エルフィンドにいた頃より勤勉になったもんだよ」
なお、想像よりもヴァルダーベルクの収穫量がだいぶ増えた背景には、もちろんグスタフとその部下たちが導入したオルクセン式農法や各種補助制度もあったわけだが、それだけでなく農機具も重要な役割を果たしている。
そしてそんな農機具の開発や量産、そして修理には、ドワーフ族たちの技術もふんだんに活かされていた。
ヴァルダーベルクの農業が始まってそう経っていない、ある時の事。最新式のとある農機具が動かなくなってしまったことがある。
オルクセンで近年開発されたものだ。
確かにオルクセン国内ではそれなりに広まってきているものの、まだ輸出するほどの大量生産体制は整っておらず──もっとも、オルクセンとエルフィンドは国交すら存在しないため、仮にオルクセンがこれを輸出していてもエルフィンドには輸入されなかっただろうが──国外ではまだちっとも見られないものだったため、つい最近やってきたばかりのダークエルフたちも使い出したばかりのシロモノだった。
そのため、修理方法もわからない。そもそもどこが不味い事になったのかもわからない。
途方に暮れる彼女らの前に騒ぎを聞きつけ現れたのは、ヴァルダーベルクの市街地の建設にあたっていた技術者のドワーフだった。
「おう、ちょっと待っててな。見てみるから」
まるでちょっと買い食いにでも行ってくる、程度の気安い態度で工具片手に農機具へ近づいた彼は「へえ、ふーん、おお、ここか」と独り言をつぶやきつつ、数か所で何かしらいじった──その場にいたエルフたちはまだ機械には疎く、皆その時は彼が何をしていたのか理解できなかった──だけで戻ってきた。
本当に大丈夫なのだろうかと思っていると。
「とりあえず応急処置はしておいた、動かしてごらん」
言われるがままに動かすと…無事に動いた。むしろ今までより動きが良くなったような気がするくらいだ。
「あくまでもこいつは応急処置だからな、明日か明後日には専門家に見てもらうこと。今度壊れたらたぶん専門家じゃない俺じゃどうしようもないと思うから」
そんな彼がこの日の夕方ダークエルフたちに居酒屋クライストでビールを奢ってもらったのは言うまでもない。本人は大した事してないし別にいいよと辞退しようとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
ダークエルフは誇り高く、だからこそ義理堅いのだ。