【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後   作:Telfe262

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5.食はすべての根幹、食欲もいろんなものの根幹

 ダークエルフの集落として、もうすぐ最初の春を迎えようとしているヴァルダーベルクには、様々な馬車が出入りしている。

 

 例えば、建築資材を積んだ馬車。

 ダークエルフたちが住むための住居はすべて完成したものの、何もかもが出来上がったわけではない。まだ建設中の建物はある。

 とはいえ、夏を迎えるころにはそれらも完成し、建築資材を積んだ馬車は見かけなくなっていくだろう。

 

 例えば、様々な農業関係の物資を積んだ馬車。

 ヴァルダーベルクの一部区域は元々は農事試験場だった場所であり、そこ以外も開墾すれば豊かな農地になるであろう土地は多い。それを活かし、ダークエルフたちの集団農場となった土地の面積は広い。

 ともなれば求められるものは農機具である。もともとあったものに加え、追加で導入されるものも多い。ヴァルダーベルク外からもたらされた様々な農機具を乗せ、馬車は農場へと向かっていく。

 さらに、最寄り駅には家畜のエサや肥料なども運び込まれてきており、それらを駅から農場へ運ぶ馬車もまた、ヴァルダーベルクへと入っていく。

 

 例えば、オルクセン軍の輜重馬車。

 ヴァルダーベルクは単なる集落兼集団農場ではない。正式に人員の募集が始まり、目下編成中のダークエルフ旅団の衛戍地ともなる予定だ。建物は以前からあった、演習地用の兵舎などを流用したり、あるいは市街地と一緒に建てられたりしたものの、まだ軍需物資や備品はすべては揃っておらず、運び込まれる途中である。

 様々な武器や備品を乗せた軍用馬車も、ヴァルダーベルクを出入りする主役たちだ。

 

 何なら馬車だけではなく、馬そのものもやってくる。

 もちろん農業用に使われる輓馬たちではない。今後ダークエルフ旅団の主力となる騎兵部隊に配備される、メラアス種の軍馬たちだ。とはいえ、数はまだ多くはない、というか少ない。

 だがそう遠からず、定数は揃う事になるだろう。ダークエルフの亡命からこっち、軍も行政もなりふり構わずいろいろな事をしているのだ。きっと馬もなりふり構わず集めるのだろう。例えば、近隣諸国から輸入するとか。ほぼ鎖国しているエルフィンドには逆立ちしてもできない真似だ。

 

 そして、この地に住まうダークエルフや亡命白エルフたちにとって、生きるにあたり最も重要なものを積んだ馬車もやってくる。

 馬車はヴァルダーベルクの演習地兵舎──今まではまだ住居のなかった者が住み、今後はダークエルフ旅団の将兵が過ごすことになる──の前に停車し、バケツリレーの要領で中身が積み出され、兵舎の一室へ送られる。

 

 その一室には『食糧庫』という名がついている。

 

 食料品は兵舎にある厨房──何しろ演習時には数千、場合によっては5桁の将兵の食事を作っていたため結構な規模がある──で第1師団から派遣されてきた炊事兵と、調理要員の募集に応じたダークエルフたちにより調理され、ヴァルダーベルクに住まうダークエルフや亡命白エルフへと支給される。

 

 エルフィンドからの脱出から既にある程度の月日は流れたものの、まだ暮らしぶりは万全とは言い難い。何より農業をはじめはしたが、当然まだ収穫はできない。

 そのようなわけなので、当分の間はオルクセン政府や軍、民間有志から彼女らには食糧の支援も行われている。確かに今後ゆくゆくは政府などによる援助なしで自立・自活していってもらうことにはなるが、今はまだそんなことができる段階ではなかった。この給食事業はダークエルフたちの自立に伴い、主食のみの支給を経て原材料の穀物などの支給へ変わっていったものの、完全に終了したのはベレリアンド戦争終結後のことであった。

 

◆   ◆   ◆

 

「こういう事してるとホントに実感するわね、オルクセンって、びっくりするほど豊かな国だ、って…」

「いやあ、本当にね…」

 

 ヴァルダーベルクの集会所の1つで、事務作業をするフィンリエルとシンウィアルたち。フィンリエルはダークエルフ旅団に参加しない氏族長級のエルフの1人として、民生方面の幹部の1人という立場になっていた。シンウィアルもいつの間にやら幾人かのダークエルフともどもその補佐役とでも言うべき立場になっている。

 彼女らが現在確認しているのは、食糧支援の帳簿だった。食糧支援を受けているからには、無計画に消費してしまうわけにはいかない。そのような思惑から細かく帳簿をつけているのだが…実際のところ、仮に無計画にやっていたとしても飢えることはなさそうな具合なのだ。

 

「特にこっちの帳簿。小麦やライ麦とかの穀物はこっちにまとめてあるんだけど、すごいわよね、小麦がこんなになんて…」

「そっか、ダークエルフはだいたいが山暮らしだったもんなあ。小麦を育てるのはなかなか難しいか」

「ええ、基本はライ麦とかオーツ麦とかよ。小麦粉使った白パンなんて、それこそ冬至祭とかの祝祭日くらいしか食べられなかったもの。それがこんなだから…」

「あたしも毎日白パンばかり食べられるような暮らししてたかっていうと、そんな事ないしねえ…」

「じゃあどんなのを?」

「ジャガイモ粉混ぜてかさ増ししたライ麦粉使ったパンとか」

「…味は?」

「…まあ、うん。あたし個人としては、微妙って感想かな」

 

 思い出話をしていると、集会所に誰かが飛び込んできた。フィンリエルの氏族のダークエルフだ。名前はマルウィングといったか。

 

「フィンリエルお姉さま、今週の分が届きましたよ!」

「思ったより早かったわね。数字はわかる?」

「ええ、メモにとってきました!」

 

 マルウィングから渡されたメモを見る。これまたダークエルフの小規模な氏族程度なら数年は何もせずとも食べていける量だ。

 しかも半分は小麦である。ダークエルフの小規模な氏族ならば、毎日白パンパーティーをブチかましても1年は持つ量だ。

 

「ありがと、マルウィング。しかしほんと、すごいわね、オルクセン…」

「ええ、本当に…私たち、明らかにエルフィンドにいた頃より白パン食べる機会、増えてますよね…なんだか結構な贅沢しちゃってる気分です」

「私たちが白パン食べられるのなんて、冬至祭とかのハレの日くらいだったものね…」

「シンウィアルさんは、エルフィンドにいた頃はどうだったんですか?」

「ふふふ、あたしにも別にそこまでの収入はなかったのさ。ていうかどっちかと言えば生まれからして貧乏なほうだったからね」

「あらら…」

 

 太陽は既に高く昇っている。そして時計は11時半を指している。つまり、もうすぐ昼食の時間だ。

 自然と意識は食事のほうへと向かう。

 

「やっぱり、白パンにはバターですよね…」

「それよね…」

「白パンとバター、これぞ最高の組み合わせ…願わくば、もっと塗りたくりたい…」

 

 うっとりとした表情で正直な感想を漏らしたのは、フィンリエルの氏族で最も正直なエルフことギルルースだった。食欲にも正直であった。

 

「わかるよ、でもそうそう贅沢言うわけにもいかんしね」

 

 肩を竦めつつ発言するシンウィアル。

 バターはさすがに穀物に比べると保存が難しい。刻印式魔術のご利益で冷蔵技術のあるオルクセンと言えどそれは同じだ。下手に扱って集団食中毒が起きるのも怖い。ゆえに、バターの配給は他のあれこれに比べれば控えめであった。

 確かに全体としては結構な量ではあるのだが、約1万2千に公平に分配するとどうしてもたっぷりとは言い難い量になるのだ。

 

「いっそ、自分たちで作っちゃう、っていうのもひとつの手段なのかもですね…!」

「はい?」

「だってほら、ヴァルダーベルク、牛も飼ってるじゃないですか。で、牛乳もできますよね。これ、行けるんじゃないかと!」

「ふむ…」

 

 考え込むフィンリエル。

 確かに、牛乳を加工した製品も作ってはどうか、という意見はマルウィングやギルルース以外の住民たちからも出ているのだ。さらに、今のところはまだ牛乳の生産は多くはないものの、今後増えていくのは確実。

 となると、逆に乳製品に加工しなくては過剰になるという可能性すら出てくる。それに、外部への売却も考えると加工品もあったほうがよいかもしれない。

 

「…割と本気で考えるべきかも。今後は取れる牛乳の量も増えてくはずだし、そうなると牛乳のまま保管ってのも厳しくなってくるかもだし」

「本当ですか!?」

「私の独断で決められることじゃないから、他のみんなと話し合ってからだけどね。撹拌機とかを新しく買う事にもなるだろうし。場合によってはディネルース姉さまにもお話ししないと」

 

 というわけでこの話は非公式な自治組織──正式に定められたものではないものの、さすがに直接民主制の導入は不可能だったので、主に残留組の氏族長級エルフが中心となって自然に組織されていたものだ。ベレリアント戦争終戦後、自治区となったヴァルダーベルクの区役所へ発展していくことになる──で諮られることになった。

 

「やっぱりフィンリエル殿のところでも出ましたか、そういう話」

「あなたのところでも出たのですか?」

「ええ、白パンにも付けられるし、量を作れるなら外部への売却もできるのでは、と。まあかくいう自分も魅力的な提案なのではないかと…」

 

 蓋を開けてみれば、バター作りを提案する声はフィンリエルほか自治組織の面々が想像していたよりも多かった。実のところ自治組織の面々も魅力的に感じていたため、この提案は通ることになった。

 さらに、作ることが決まったのはバターだけではなかった。

 

「私のところでも確かにバターの提案は出ました。ですが、それだけではないのです。お話してもよろしくて?」

「と、なると何でしょう?」

「チーズも作ってはどうかと。実を言うと、私の妹分が村を脱出するとき、スターターやレンネットも持ち出すことができていたのです。保管しているだけではどうしようもないので、それを使ってはどうか、と」

 

 これらの提案は、自治組織を通じてディネルースへと伝えられ、ディネルースからグスタフ王へと伝えられることになる。そして、グスタフ王の反応はというと。

 

「ふむ、バターにチーズか。いいじゃないか、どんどん作るといい。確か撹拌機とかの類は補助制度もあったはずだ、その制度を使えば設備投資は安く抑えられると思うぞ。いや、この際だからヴァルダーベルクにその辺の専門家も送り込むとしようか」

 

 かくして数日後、ヴァルダーベルクにオルクセン農業省からアドバイザーが差し向けられることとなった。

 

「どうもお初にお目にかかります、オルクセン農業省より参りましたクリストフ・アルレスハイムと言います。農業関係の補助制度についてなら何でも聞いていただければ!」

 

 軽快で闊達なコボルト族ダックス種の若き官吏は、彼の敬愛するグスタフ王と共通点があった。とにかく腰が軽いのだ。そして仕事も早かった。

 ヴァルダーベルクに来て挨拶を済ませるや否や「さっそく新しく導入する予定の農機具や、それを設置する予定の場所を聞かせてほしい」と説明を求め、さらに実地への案内を求め、数日間はヴァルダーベルクのあちらこちらを見て回っていた。そして適切な導入予定の農機具の数やサイズを割り出し、さらにそれらを扱う企業のリストアップまで済ませたのだ。ダークエルフ側がやる事は、あとは実際に農機具を選んで購入し、申請書──既に必要な箇所はほぼほぼアルレスハイムにより記入済みであり、ダークエルフ側で記入しなくてはならないのはほんの数か所程度だった──を記入し窓口に提出する程度であった。

 

「今回は最初ですし、何より皆さんまだオルクセンのお役所仕事には慣れてないでしょうから、必要なあれやらこれやらはこっちで概ね作っておきました。これらの申請書は写しも作っておきますからね、次似たような申請する時にはそいつを参考にしてください」

 

 フィンリエルからはこっそり「可愛い…」、シンウィアルからは「モフい…」などと変な感想を抱かれていたが、「このコボルト、とんでもない能吏だ…!」という感想も追加されたのだった。

 

◆   ◆   ◆

 

 数週間後。ついにヴァルダーベルクに、撹拌機をはじめとする乳製品製造に必要なあれやらこれやらがやってきた。実のところ、当の本人であるフィンリエルたちも少しばかり呆然としている。思った以上に何もかもが進んでいったのだ。

 ダークエルフたちの様々な努力のおかげではあるが、アルレスハイムの能力抜きでもここまで早くはできなかっただろう。

 

「本当に助かったわ、アルレスハイムさん。ここまでいろいろ早くできたのはあなたのおかげよ」

「いえいえ、皆さん方の努力のおかげですよ。皆さんがいろんな数字や情報をいち早く出してくれたし、申請に必要なあれこれをきっちり出してくれたからこそです。みんなこんなにきっちり流れるようにやってくれれば、私の同僚たちの仕事も楽になるんですけどねえ」

「…結構うまくいかないことも?」

「ええ、何度言っても具体的な数字や話を出さない申請者に、わからないの一点張りで押し通そうとする者もいれば、なんでこんな面倒なんだと逆切れしてくる者に…」

「おおう…」

「いやまあ、素直にきちんと出してくれる方も多いんですけど、ね…失敬、愚痴になってしまいましたね。まあそれはどうでもいいとして、私ができるのはここまでになっちゃいますからね。我々は確かに農業やる方を応援しますけど、乳製品を実際作っていくのはご本人たちですから」

「そうね、まずは少しずつね。どうしても私たちがかつて住んでいたところとは、気候とかが違うから」

 

 バターは上手く行った。撹拌機その他のおかげで量産体制が整い、ヴァルダーベルクの牧場の一角に設けられたバター工場は牛乳の生産が増えていくにつれ順次稼働し、数か月後にはフル稼働し始めた。結果、ギルルースをはじめとするバター大好きダークエルフたちの野望は成就し、たっぷりバターを塗った白パンを堪能するダークエルフたちの姿が食事時には多数見られるようになった。

 また、大量に作ったバターはヴァルダーベルク外部にも売却されるようになり、貴重な収入源となった。ちなみにいち早くヴァルダーベルク産バターを仕入れるようになった店の中には『クライスト』という名前もある。

 

 フィンリエルは後日、これらの顛末についてこう語っている。

 

「ある意味国王陛下のお言葉は正しかったのよね、『食はすべての根幹』って。何しろヴァルダーベルクの貴重な収入源の1つができたきっかけは、白パンにバター付けたいっていう食欲だったんだから。敢えてあのお言葉をちょっといじるとすると『食はすべての根幹、食欲もいろんなものの根幹』ってとこかしら?」

 

 その反面、チーズは最初はなかなかうまくは行かなかった。一番重要なスターターやレンネットを持ってオルクセンへ逃げてきたダークエルフは幾人かいたものの、何分エルフィンド山岳地帯とは気温も気候も違うのだ。熟成がうまく行かず腐ってしまったり、あるいは予期せぬカビなどが発生するなどして泣く泣く廃棄処分せざるを得なかった試作品は少なくなかった。だが、チーズ作りを最初に提案したグローリエン・エゼルロスというダークエルフ──彼女こそがエルフィンドからスターターやレンネットも抱えて逃げてきた、とある氏族長の妹分である──とその仲間たちは、その程度では挫けることはなかったのだ。

 試行錯誤を繰り返し、ベレリアンド戦争終戦間際になってついにフレッシュチーズを作ることに成功した。終戦後帰還したアンファングリア旅団所属のダークエルフたち、特にスターターやレンネットの提供元である氏族の出身者は『故郷の味をもう一度味わうことができるとは』と泣いて喜んだという。

 

 後世ではヴァルダーベルクにおけるダークエルフのチーズの第一人者としてオルクセンだけでなく星欧で広くその名を知られることになるグローリエンは、取材に対しこう語っている。

 

「確かに皆の食生活を少しでも豊かにしたいだとか、あるいは一般社会に売って収入源にしたいだとか、そういう思惑もありました。でもそれよりなにより…我々の文化を、故郷を、こういう形でも残しておきたかったんです」

「確かにオルクセンの食文化はとても豊かで素晴らしいものです。でも…それでダークエルフの食文化が全部塗りつぶされてしまうのは、寂しかったのです。あの山岳地帯で暮らしていた時の記憶、あの集落と共にこの世からいなくなってしまった同胞たち…どういう形でも、そういったものを残しておきたかった。そのためには、いくら失敗しようが挫けるつもりはありませんでした」

「もちろん、食生活を豊かにしたいっていう理由も大きいですよ。『食はすべての根幹』って王様もおっしゃっているくらいですから!」

 

 

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