【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
春。
ヴァルダーベルクでは、今でもいろいろなものが出入りしている。シンウィアルも、今日は荷馬車を操り駅まで他の何名かと共に荷物を受け取りに行っていた。
「石灰やら何やらの運搬作業、終わったよ。みんな南の農業倉庫に入れてきた」
「お疲れ様!」
「うん、ところでさ…不思議な時に不思議な場所で不思議な人に会うことって、あるもんだねえ…」
「どしたの急に?」
はいこれ、と納品書を差し出すシンウィアル。その中の1枚を示している。
「いや、このキャメロットの商人なんだけどさ…」
「ああ、キャメロットの機械を取り寄せてもらったところだったかしら? で、この商会が?」
「この人がアレなんだ」
「アレって?」
「ほら、エルフィンドから逃げる時、あたし、オルクセンに逃げたらどうか、案外オルクセンは文明的だってキャメロットの商人から聞いた、って言ったじゃん? そのキャメロットの商人がその人なんだ」
「…ああ、あの話! その商人さん、オルクセンに来てたんだ!?」
「いろんなとこ行き来して、いろんなもの扱ってるそうでね。グロワールとかアスカニア、遠く道洋にまで行ったことがあるって言ってたよ。実際あたしがディアネンで会った時は道洋の陶器を扱ってたし」
「…信用していい商会よね?」
「その辺は大丈夫じゃない? 元はといえばファーレンス商会からの斡旋だったし」
そんなことを話していると、また集会所に1人入ってきた。農業省から出向してきているクリストフ・アルレスハイムという官吏だ。
補助制度などのアドバイザーとしてやってきた彼は、既にヴァルダーベルクではかなりの能吏としてダークエルフたちの間で知れ渡っていた。そんな彼はヴァルダーベルクのとある集会所──他にも参謀本部の小規模な分室や、ヴィルトシュヴァイン市役所の出張所なども置かれた、事実上集会所というよりもオルクセン各官庁の合同出張所と化している場所だ──を拠点としつつ、ちょくちょくあちらこちらに顔を出しているのだ。
「や、どうもこんにちは。さっき荷馬車がやってきたようなんで、納品されてきた感じですかね?」
「ええ、農業用資材やら何やら。納品書もここにあるよ。見てくれるかな?」
「では拝見…こいつとこいつ、あとこれは補助制度の対象ですね。5割出ますよ。んでもってこっちは別のやつの対象だから3割。そっちとこっちは書類の様式が違うんで気を付けてください」
「こっちのキャメロットの商会から買い付けたやつは対象になるのかしら?」
「これは…ああ、この品目なら補助が5割出ますね。でも物によってはキャメロットに限らず外国のを買い付けると2割や3割になっちゃう事もあるんで気を付けてください」
「そういうとこでも違いが出る事あるんだ…」
「オルクセン国内の産業振興のためってことで、輸入品より国産品のほうが補助率大きいものも結構あるんですよ。なんで定価だけ見るといくらか高くても、補助まで考えるとむしろ安上がりに済む事もちょいちょいあります。あと単純に案外馬鹿にできない額の関税かかるやつもありますし」
「いろいろ大変なのね…」
「それとここだけの話、農業関係の機械だと国内製のが性能良かったり頑丈だったりするんですよね…なんせ国王陛下からして農業にかなり力入れてますから、その分そういう機械への力の入れようもよその国とは段違いでして。さらにわが国には優秀な技術者でもあるドワーフ族もいますし」
「確かにドワーフ族なら凄いの作れそうね」
「ええ、それにこいつもここだけの話、付き合いか何かでグロワールだかキャメロットだかのを買った方と前会ったんですが、『素直にオルクセンのにすればよかった』って言ってたんですよね…」
そんなこんなで、今日来た分の補助については瞬く間に片付いていった。もっとも、フィンリエルや他の氏族長からすると完全に自力で瞬く間に片づけられたわけでもないので、少々忸怩たるものもあるにはあるのだが。
「どうか頑張ってくださいね…しかしまあ、皆さん前を向いていろいろやってるようで何よりです。弟にいい報告ができますよ」
「弟?」
疑問符を浮かべるフィンリエルたち。ああ、私事になってしまうんですけどね、とアルレスハイムは続ける。
「いえね、実を言うと、私は北部メルトメアの出身でしてね。でもって、私の弟、軍に入ってるんですよ。私と違って魔力がなかなかある奴でしてね。私が母の中に置いてきた分もまとめて全部持って生まれてきた、なんて言われたもんです」
「…?」
「…あ、確かエルフの皆さんは親から産まれるんじゃなくて、特別な樹木のそばに現れるんでしたっけ? いや、それならピンと来ませんよね…失礼を。ともかく弟は魔術通信が得意な奴でしてね…」
「もしかして、ひょっとして、弟さんが所属しているのは、第一七山岳猟兵師団…?」
「ご明察です。弟も、皆さんの脱出支援作戦に携わったそうでしてね。みんなボロボロだった、オルクセンに来てから元気にやってるといいけれど、と心配してたのですよ。いい報告ができそうです」
思わず顔を見合わせるフィンリエルたち。人の繋がりというのは、本当に思いもよらないところで繋がっているものらしい。
「そうでしたか…弟さんに、ご伝言をお願いしても?」
「何でしょう?」
「『おかげさまで新天地で元気にやっています。私たちが生きてオルクセンに来れたのは、ひとえにあなたを含めた皆様のおかげです。あなたも命の恩人です、本当にありがとう』とフィンリエル・アダリルが言っていたと伝えていただければ」
「わかりました、弟も喜びますよ」
「ちょっと追加してくれるかな。『あなたのお兄さんにも助けられっぱなしです。おかげでいろいろ作って暮らしを豊かにするだけでなく、新しい故郷に貢献することもできそうです』ってシンウィアル・ブレギリルが言ってた、って」
「あはは、照れますね…」
数十年後、ヴァルダーベルクが正式に自治区とされて数十周年の節目を迎えた頃、それを記念してヴァルダーベルク史が編纂されることになる。その別冊として『我らが恩人たち』という文書も作成された。
グスタフ王を筆頭に、最初期のダークエルフ族の脱出支援作戦に携わった国境警備隊及び第一七山岳猟兵師団の将兵や、ヴァルダーベルクへの移住後様々な支援を行ってくれた者などを官民共に顕彰するものであり、名を刻まれた者は多い。だが、さすがに1家族で複数名が載った者はそこまでは多くない。
オルクセン農業省官吏のクリストフと、第一七山岳猟兵師団所属の通信兵のベルンハルトのアルレスハイム兄弟は、そんな数少ない1例となったのだった。
「いやあ…今日は本当に、いろんな縁を見れた気がするわね」
「ほんとにね」
ああ、縁といえば、そういえば…とシンウィアルが続ける。
「あたしら亡命白エルフのまとめ役してる方、いるでしょ?」
「確かブレギエル・アルリンドって名前の方だっけ? 実のところまだ話す機会があまりないからどういう方かはそこまで知らないけど…もしかして元々シンウィーの知り合いだったり?」
「ううん、全然。会ったのはこっちに来てからだよ。ただね…ディネルースの姉御殿との縁はあったって聞いたんだ」
「そうなの!?」
「ブレギエルの姉御殿は魔力量やら戦歴やら年齢やら的にも氏族長やっててもおかしくないんだけど、氏族では実際変な役についてたのもその辺関係してるらしい」
「変な役って?」
「副氏族長補佐代理心得」
「………はい?」
「副氏族長補佐代理心得」
「………何その役。うちの氏族にはそんなのなかったし、よその氏族でも聞いたことないわよ」
「うん、あたしも初めて聞いた」
「…どういう事なの?」
「まあこれには結構深いわけがあってだね…」
ブレギエル・アルリンドは、初期にオルクセンに亡命した白エルフたちの中では、唯一氏族内での役についていたエルフだ。その肩書は『副氏族長補佐代理心得』というなんとも珍妙なものであったが、これには理由がある。
彼女はかつてロザリンドの戦いで小隊を率いる身だったのだが、その小隊が所属する大隊は当時のオルクセン軍の猛攻によりほぼ崩壊、指揮官クラスもほぼ全員が討ち取られた。しかし彼女の小隊はどうにかこうにか半数以上が生き残り、味方のところまでたどり着いた。その味方というのがディネルース・アンダリエルが率いる隊だったのだ。
臨時にその指揮下に組み入れられた彼女は「ダークエルフの指揮下に入るとは、どうも自分はこれまでのようだ」などと考えていたのだが、蓋を開けてみればディネルースの見事な指揮によりオルクセン軍を返り討ちにすることに成功。彼女自身も生き残った。
それまでは他の多数の白エルフ同様ダークエルフを軽んじていた彼女であったが、この出来事によりその考えは様変わり──本人に言わせれば「ディネルース・アンダリエル殿に迷妄を晴らしていただいた」──し、身体の色など関係ないという考え方の持ち主になった。
しかし、それゆえ氏族内での立場はあまり強くはなかった。むしろ大多数の氏族の同胞に軽蔑まではされなくとも奇異なものを見る目で見られ、本来であれば氏族長に抜擢されてもおかしくないような指導力と魔術力を持ちながら低い立場に甘んじらされていたのである。『副氏族長補佐代理心得』という珍妙な肩書も、「いい加減あれほどの魔術力の持ち主であり長い事生きてる者を下っ端にしておくわけにもいかない」という消極的な理由から授けられた立場であった。もちろんほぼほぼ名誉職──こんな肩書に名誉と言えるものがあれば、だが──であり、実質的な権力はほぼなかった。
「…とまあ、そんなわけでブレギエルの姉御殿はディネルースの姉御殿と元々縁があったし、エルフィンドじゃ冷遇されていたし、シルヴァン川越えもやってのけたってわけ」
「なんか想像以上に波瀾万丈ね…!?」
「あたしも正直びっくりしたね。ロザリンドの戦いで指揮官級だったのに全然名前を知られてなかったのも含めて」
「確かにそうよね…随分冷遇されてたのね…」
「ある意味大した情報統制っぷりってのもあるし、本人もそういうのあまり自分からは話さない方だしね。さっきの話もブレギエルの姉御殿本人じゃなくて、もともと付き合いのあったダークエルフとか、あと一緒に亡命してきた腹心が教えてくれた話だし」
「おいおい人のいないところでそんな事話すんじゃないよ、照れるじゃないかね」
突然そんな声が集会所入り口のほうから聞こえてきた。見ると、いつの間にやら白エルフの姿があった。少々小柄で優し気な顔つきをしているが、太めな眉に意志の強さが現れているようにフィンリエルなどには思われた。
今の今まで噂をしていたブレギエル・アルリンドその人だ。腹心も一緒に来ている。
「あれこんなとこまで来るとは珍しい、どうしたんです?」
「君を探してたのさ。君だいたいフィンリエルさんと一緒だからここかな、と思ったけど、正解だったようだね」
「あたしを?」
「そうとも。悪いけどフィンリエルさん、ちょっと明日は朝からシンウィアル君借りていくよ」
「どうしたんですか?」
「ちょっと参謀本部が話聞きたいって言っててね」
ブレギエルが目で促すと、腹心は持っていたカバンから書類を取り出しシンウィアルに渡す。
「ふむ、なになに…エルフィンド国内の調査、ですか。なんか今更感ある気もしますけど?」
「ある程度ヴァルダーベルクの状況が落ち着いたから、ってのもあるんだろうな。でもあまりに待ち過ぎてエルフィンドの事を忘れられても困る、ってことなんだろう」
「ははあ…ただ、あたしをご指名ってどういう事です? わざわざブレギエルの姉御殿が来るってことは余程な気がしますけど」
「ああ、参謀本部のお歴々はディアネンについて聞きたいんだとさ。確か君、何年かいただろ?」
「そうですね、フィンリーと会ったのもそのころです」
「というわけさ。我々亡命白エルフははっきり言ってみんながみんな非主流派の日陰者だったからな、実はある程度の期間、それもここ数年以内にディアネンやティリオンで暮らした事がある奴、案外なかなかいないんだな」
「あー…確かに」
「なら、私も行ったほうがいいですかね? 私も何年かディアネンに住んで働いてましたし」
「ああ、それなんだが、参謀本部のお歴々は今回は白エルフだけをご所望でね。どうも白エルフ…一応見てくれだけは多数派から見た情報が欲しいらしい」
「じゃ、悪いけど明日は出かけてくるからね」
「わかったわ、今シンウィーにやってもらってる奴は…ギルルースかマルウィングあたりにやっておいてもらうわね」
「済まないけれど、よろしく頼むよ」