【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
翌朝。シンウィアルは、ブレギエルをはじめとする他の幾人かの亡命白エルフと共に馬車に揺られていた。行先はヴィルトシュヴァイン中央部、オルクセン国軍参謀本部。
彼女らは皆ディアネンへの滞在経験、それもここ数年のものがあった。そのため、白エルフ、つまりは(少なくとも見た目は)多数派から見たディアネン及びエルフィンド社会の情報を欲した参謀本部から聴取の要請があったのだった。
他愛もない雑談をしていると、馬車が止まった。
「やあ皆さんどうも、参謀本部に着きましたよ」
御者のコボルト族──彼も参謀本部付の兵士だった。というか今乗っていた馬車自体参謀本部から差し向けられたものだった──に言われるがままに馬車を下りる。
「うお、でっか…」
大理石造りの巨大な参謀本部庁舎を見上げ、思わずそんな声が漏れる。こんな巨大建造物を独占しているというのだから参謀本部というのはすごいというのを通り越していっそ恐ろしい組織だとシンウィアルなどは思う。
「おや、シンウィアル君はここに来るのは初めてだったかな?」
「そりゃそうですよ、せいぜいいろいろ運んだりするとき遠目にちらっと見たくらいで。まさかここに入る時が来るだなんて思ってませんでしたよ」
「そうか…私は何度か呼ばれて来たんだがな」
「そりゃブレギエルの姉御殿、あたしなんぞと違って役付きなうえ元将校ですしね?」
兵士たちに誘導されるがままに参謀本部庁舎へ入り、それぞれ個別に小部屋へ案内される。ちょうど就職の面接のような格好だ。
シンウィアルが小部屋に入ると、中には既に2名の面接官、もとい聴取担当者がいた。片方はオークの少尉、もう片方はコボルトの中尉だ。いずれも軍服には参謀肩章が付いている。
「今日はお忙しいところ済みませんね、わざわざ来ていただいて。あ、自分はマルティン・ヒルデスブルグ中尉と言います。今日はよろしくお願いしますね」
「ヴェンツェル・シュタイン少尉です。本日はどうかよろしく」
「シンウィアル・ブレギリル。一応元はエルフィンド軍一等兵でした。あと、10年くらいディアネンに滞在してました。今日はよろしく」
面談はシンウィアル本人の事から始まった。まずはどのような身の上なのか、というのを確認したかったようだ。
「ふむ、北部の小さな集落出身、と。ノアトゥンには近かったのかな?」
「うーん…強いて言えばアシリアンドのほうが微妙に近かったような、そうでもないような…どっちにしろあの村はどちらからも同じくらい離れてたかな。寂れた、本当に小さな、貧乏な村でね。氏族もせいぜい6,70人くらいだった」
「これは単純な興味で聞くのだけれど、中央部に出た理由はどのような?」
「『もっといい暮らししたい』『こんなとこにいたくない』この一心だったね。今にして思うと、あの村にも氏族にも反発心だいぶ抱えてたと思うよ。みーんな保守的で、教義第一って感じでね。教義きっちり守ってるのに全然暮らしは良くならないじゃないか、こんなの意味あるのかって四六時中考えてたっけ」
「なるほど。となると、政府とかの中枢にいるような主流氏族というわけではない、と」
「冗談!非主流派って呼ぶのも馬鹿馬鹿しいような、権勢とか財力とかってやつとは全然縁のない、本当に小さな氏族だったよ。『うちの氏族の星』なんて言われてた出世頭も、確かティリアン市庁の下っ端になれたくらいじゃなかったかな?主流氏族のあれこれは他の亡命者を当たって…いや、そういやこっちに来たのはみんな似たようなもんかなあ」
そこから、北部氏族に関する話題へ移っていく。
「ふーむ、仮に君がエルフィンドのあれこれを差配するとしたら、北部の氏族は扱いやすい、与しやすいと思うかな? 話を聞く限りでは随分不遇なようだから、うまくやれば味方に付けられそうな気もするが」
「どうだろう。保守的な、教義大事にしてたり女王に忠誠誓ってたりする連中も結構多いからね。あたしの故郷の連中もそうだし。あたしみたいな捻くれ者に言わせれば、それしか拠り所がないだけな気もするけど。ただ、あたしなんかはそんな環境に反発しまくってついにエルフィンドからも飛び出したわけだけど、逆に下手な中央部や南部の連中よりがっつり中央や女王に忠誠を誓ってる奴も多い。有名どころだとアノールリアン・イヴァネメル中将とか」
「イヴァネメル中将…確か、かのマルローリエン旅団の指揮官だったか」
「そう、そのイヴァネメル中将。確かあの御仁、北部の非主流派だったはずだしね。そこまで出世してないにしろ、似たような奴は少なからずいると思う。非主流だからって舐めてかかるのは危険だと思うよ。正直、そういったガチガチの連中を裏切らせるのはほぼ不可能だと思う」
「裏を返せば、ガチガチではない連中なら転ばせることはできるかも。そう解釈してもいいかな?」
「…どうだろう? 確かに女王の事は敬していても、中央の官僚や閣僚まで敬してるとは限らないけど、如何せんオルクセンはオークの国、国王陛下もオーク族だからねえ…」
「確かにな、そういう面もあるか」
「あたしら亡命白エルフを基準にしちゃいけないよ、あくまでもあたしらは変な奴ら揃いで、エルフィンド一般から見れば異端だから」
エルフィンド北部に関する聴取が終わり、本題、すなわちディアネンに関することに話題は移った。
「で、ブレギリルさんはディアネンへ来たわけだ。ディアネンにした理由は?」
「あそこ、鉄道とかそういうのも通ってるし、働き口がむしろティリアンより多いんじゃないかと思ってさ。あとほら、ティリアンは確かに首都だけど、同時にエルフ族の理想郷として建設されてるのもあって、出身氏族やら教義への意識とかが重視されててさ、審査に通った奴しか住めないとこなんだよね。あたしみたいな跳ねっ返りは真っ先に落とされちゃう。その点ディアネンはそんな事ないから、あたしみたいな異端の跳ねっ返りでも潜り込めるのさ。実はこんな程度の理由だったんだなこれが」
「ははあ…」
「で、金も正直心もとなかったから住み込みで働けるとこ探したら、従業員募集中の皮革加工品工場が見つかって、そのままそこに潜り込んだ感じだね。んでもって、そのいくらか後にフィンリー…フィンリエル・アダリルと出会ったんだ」
「一緒に亡命してきたご友人だったかな?」
「そう。彼女と一緒にいろいろ回って遊んだからね、劇場とかギャラリーとかの地理はだいたい覚えてるよ。ただ、あまり高尚なとこは期待しないでくれ」
かくして、簡単な地図をシンウィアルは描くことになる。
かつて働いていた皮革加工品工場とその親会社の事務所、寮、役所、うろ覚えながら軍事施設などなど。それだけでなく、言われるがままに劇場などの位置も記入する。
「いやまあ、頼まれたからにはできる限り描くけれど…あたしの元職場とか劇場とかって必要あるのかな…?」
「まあとりあえず描いてもらえると助かるよ。目印にもなるだろうしね」
実のところ、確かに目印になりそうというのも理由の1つではある。だが、シンウィアルは知る由もないが、参謀本部としては元々軍事基地や役所として使われているところだけでなく、臨時に兵舎やその他の軍事施設として使えそうなところも把握しておきたかったのだ。うまく占領出来て、接収して使えるならそれでよし。エルフィンド軍に利用されているのであれば、それはそれで攻撃目標として位置を把握しておく必要がある。
およそ1時間ほどで作業は終わった。
「…まあ、こんなもんかな。とはいえ正確とは限らないけれどね。少なくとも1年半くらいあたしは軍に入ったから、それ以降ディアネンがどうなったかはわからないし、あと記憶違いもあるだろうし」
「いやいや、全然ないのに比べれば相当マシだよ。助かるね」
「ところでさ…」
「何だろう?」
シンウィアルは、ヒルデスブルグ中尉とシュタイン少尉を見つめる。口元には軽薄そうな笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「今になってこんなこと調べ出してるってことはさ…もしかして、事は近い、って事なのかな」
「…いやあ、どうだろうね?」
「………」
「真面目な話、我々は確かに少尉と中尉って階級をいただいているけど、参謀本部の中ではほぼ下っ端でね。そんな下っ端如きじゃそのようなアレがいつ起きるかはわからないさ」
「ありゃ、そうなの」
「仮に知ってたとしても言えないけどね。どう考えても軍機になるし」
「そっか。まあそりゃそうか」
「ああ、それとさ…」
聴取が終わりに近づいたころ、シンウィアルが告げたのは、幾人かの白エルフの名前だ。いずれもディアネンの政財界の関係者だった。中にはかつてシンウィアル、そしてフィンリエルが働いていた工場の工場長や親会社の経営者──正確にはその会社は倒産しているのでいずれも「元」がつくが──の名前も入っていた。
「あたしが今伝えた連中。こいつらは信用しない方がいいと思う」
「理由を聞いてもいいかな?」
「5年くらい前だったかな。この会社、その時創立何十周年かの記念式典をやってね。そのあれこれにあたしら従業員も駆り出されたんだけど、その時話してた内容が問題なんだ」
「というと?」
「昔商売敵のコボルトを嵌めて破産させた、とか、あるいは近隣の連中唆して私刑の末に死なせた、とか、あるいはドワーフ族の工場や鉱山を乗っ取った、とか、そういう昔話をしてたんだよね。武勇伝とばかりにでかい声で」
「…ほう?」
「そんなわけだから、もしあっちから近づいてきた時は警戒したほうがいいんじゃないかと思うんだ。味方のフリしてとんでもない事してくるかも」
「参考にさせてもらいたいね」
亡命白エルフらが参謀本部に伝えた信用ならざる白エルフたちの情報は、参謀本部やその他政府・軍関係者により調査・追補されつつ、信用すべきでない理由と共にまとめられリスト化され、エルフィンドへの軍事侵攻とその後の占領政策で活かされることになる。さらには、どこをどのような経路を辿ったものか、政府及び軍と関係のある工業・商業関係者にも伝わることになる。
そして…かつてのコボルト族弾圧や、ドワーフ領侵攻に端を発する、あるグループによる百数十年越しの凄惨な復讐劇の幕が開き、リストに載った名前の幾つかが永久に削除される結末となる事件へと繋がってくるのだが、それはまた別の話である。
「ついでに、差別感情はダークエルフに対しても同じだったね」
「というと?」
「さっき、あたしは皮革加工品工場に勤めてた、って言ったわけだけど、あの工場と経営してる会社は今はもう潰れてる。けど、潰れる前に何度か工員クビにしててね。真っ先にクビにされたの、フィンリエルたちダークエルフの工員だったんだ。あたしなんぞよりよっぽど真面目に仕事してたのにさ」
「ふむ」
「それにさ…その次にクビにされた身だからわかるんだけど、明らかにフィンリー、というかダークエルフの退職金、あたしら白エルフの工員のそれより低かったんだよ」
「なんとまあ…だが、以前アダリルさんから話を聞いた時は、そんなことは聞いてなかったのだが」
「あの子ら、というかダークエルフ全般、言い方はアレだけど、差別に慣れちゃってるんだよ。だから明らかに変な待遇受けててももはやそれが差別だと気づけない、なんてのがちょいちょいあったんだ。これは退職金に限った話じゃないけどね。フィンリー、つまりダークエルフと一緒にいろんなとこ遊び歩いてたあたしが言うんだから間違いない」
「…根深い問題だな、いろんな方面で」
「ほんとそうさ。というわけなんで、あたしが言うのも変かもしれないけど、ダークエルフのみんなを大切にしてあげてください。これはあたしに限らず、亡命白エルフはみんな思ってることだと思う」
その後いくつかの質問に答え、聴取は終わった。
「それじゃ、お疲れさまでした。大変参考になりそうだ、ありがたい限りだね」
「それは良かった」
「さて、君たちには昼食の手配をしてあるんだ。食べてからヴァルダーベルクに帰るといい。ああ、もちろん帰りも送っていくからね」
「至れり尽くせりだね、ありがたく頂いてくよ」
参謀本部の食堂で亡命白エルフの皆で昼食──牛すね肉のグラーシュや黒パンなどだった──を食べ、来た時と同じく馬車に乗せてもらいヴァルダーベルクへ帰還する。
シンウィアルが向かったのはもちろんというべきか、普段フィンリエルらと共に働く集会所だった。
「た、ただいま…うう…」
「おかえり…って、なんか顔色良くないわよ? 大丈夫?」
「うん、平気…」
「いや平気には見えないって…何かきつい事でも聞かれたの?」
「ううん、そんなことはないよ。紳士的に接してくれたし、聞かれたくないこと聞かれたわけでもない、ただ…」
「ただ?」
「昼食の量が、凄まじかった…凄まじ過ぎた…」
「………」
よく見ると、シンウィアルの腹は膨れている。ずいぶんたらふく詰め込んできたらしい。
外を見る。シンウィアルと同行していた亡命白エルフがそれぞれの場所へ向かうのが見える。皆顔色は冴えておらず、腹は膨れている…
「…いや、どんだけだったの」
「たぶん、担当者、食べるのがエルフじゃなくて、オークだと勘違いしてたのかも…」
「ああ…」
「そんなわけでもう夕食はいらないや、ていうか明日の朝食も昼食もいらない気がする…」
「…まあ、仕事は少し休憩してからね」
「お言葉に甘えて…」