【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
春は過ぎ、初夏になり。
星歴876年6月上旬。ダークエルフ族旅団改めアンファングリア旅団の編成は間もなく完了しようとしていた。
ヴァルダーベルク建設もダークエルフ族にとっては試練だったが、アンファングリア旅団の編成もまた、彼女らにとっては試練であった。
もちろん、嫌々ながらオルクセンで生きていくため仕方なく従軍することになった、とかいったわけではない。むしろその辺のオーク族やコボルト族、ドワーフ族の将兵よりも遥かに士気は高かった。では何が試練であったかというと、「オルクセン軍の新しい部隊を作る」という点であった。しかも単なる新しい部隊ではなくグスタフ王肝いり──何しろ名前からして王自らが考案したのだ。国内外から注目は集まっていた──なのだ。
確かに彼女らの事実上のトップであるディネルースを筆頭に、エルフィンド軍にかつて籍を置いていた者は多い。単なる一下士官兵でなく、士官だった者もいる。そんな元エルフィンド軍将兵からしても、オルクセン軍には未知の領域が多かった。だがそれでも──ある時はエルフィンド軍ではなかったような書類や手続きに頭を抱え、ある時はエルフィンド軍とオルクセン軍の違いに唖然呆然とし、ある時は必要な物品や予算といった数字と格闘し、ある時は慣れない装備に四苦八苦し、またある時はクライストやその他の居酒屋でやけ酒ややけ食いに溺れたりしつつ──ダークエルフたちは懸命に旅団を作り、自分たちの種族の誇りとグスタフ王の意思に泥を塗る事がないよう、オルクセン軍の一員になろうとしていた。
そして、ついに編成完了が見えてきた。ファーレンス商会は隣国のロヴァルナやグロワール、果ては海を越えたキャメロットからもダークエルフ族の騎兵が乗るメラアス種の馬をかき集め、軍や馬車製造業者はその馬に合わせた馬車を設計・製造した。エアハルト造兵廠やヴィッセル社の工場は、彼女らが使うべきGew74小銃や山砲を日夜製造した。被服廠や民間の業者たちは彼女らの体格に合わせた軍服や軍靴を作り上げた。それらをもって、アンファングリア旅団へ志願したダークエルフたちはもう間もなく名実ともにオルクセン軍の将兵となる。
そんな中には、フィンリエルの氏族の者もいた。あくまでも亡命白エルフとの関係やヴァルダーベルクの銃後を守るため残留を要請されたのはフィンリエル本人やその他幾人かの氏族長級のダークエルフ本人だけであり、彼女らの氏族の者は対象外だ。
最終的に、フィンリエルの氏族からは21名中14名が従軍することとなった。5名が騎兵、4名が猟兵、1名が工兵、2名が砲兵、2名が輜重兵。また、エルフィンドからの脱出行の際合流し共にシルヴァン川を越えた者たち──正確には彼女の氏族の者ではないものの、いずれも本来の氏族長はあの民族浄化の際命を落としており、また氏族の他の生き残りもほぼいなかったため、ヴァルダーベルク移住後もフィンリエルが面倒を見るような形で暮らしていた──12名のうち、9名が従軍する道を選んだ。内訳は騎兵4名、猟兵5名。なお、フィンリエルの氏族の者もそうでない者もいずれも狩猟などで銃を扱った経験はあるものの、エルフィンド軍での従軍経験はない。そのため、全員が兵卒となることになる。
エルフィンドからの逃避行、そしてシルヴァン川越え。その時フィンリエルらが会ったドルアノア・ファロスディス──ディネルースの氏族の近隣の氏族出身者であり、亡命時にはディネルースらと共に殿を務めた面々の1人だ──は、以前から中隊長くらいにはなると見込まれていたが、事実その通りになった。
「じゃあ、ドルアノアさんは正式に『ドルアノア・ファロスディス中隊長』になったんだ」
「まあそう呼ばれることになるのだろうな。より正確には『山岳猟兵第2中隊長』ということになる。ちなみに階級は中尉だ」
「すごいわね…!」
「一応エルフィンドにいた頃士官学校は出ていたからな、どうもその辺も買われたようだ。でもって、我々山岳猟兵のトップは連隊長のエレンウェ・リンディール中佐になる」
「知り合いなの?」
「ううむ…正直なところ、微妙なところでな…確かに、一応お互いもともと付き合いのあった氏族の出ではあるんだ。顔見知りではある。少なくとも私はリンディール中佐の顔は知っている。でも話したことはそんなにないからな…」
「あらら…」
フィンリエルが初めて見るドルアノアの困り顔であった。
「まあ、関係はこれから深めていけばいいさ。どのみち嫌でも付き合うことになるわけだからな」
「頑張ってね、それと…」
「それと?」
「うちの子たちも、よろしくね。私の氏族からは4人、あの時一緒になった子たちからは5人、合わせて9人が猟兵になったの。もしかしたら何人かはあなたの部下になるかも」
「ああ、任された」
さて、少しばかり時間を遡る。
アンファングリア旅団に所属することになる予定のダークエルフたちは、2カ月ほど前までは公的な説明が地味に面倒な立場にあった。
確かにディネルースはオルクセン王国陸軍の少将であるし、エレンウェ・リンディールやアーウェン・カレナリエンなどもオルクセン王国陸軍の中佐である。彼女ら旅団の幹部士官となる面々については既に今年初旬ごろに人事局から辞令は発令されているため、彼女らがその階級にあるのは疑いようのない事実だ。
だが、実は下士官兵についてはまだそのあたりが追いついていなかった。普通の徴兵や志願兵ならばまずは一律二等兵に任ぜられ、訓練やら何やらを受けていき、その後は各々の適性やら功績やらで配属されたり昇格したり…という流れになるのだが、アンファングリア旅団の場合はそう悠長に構えてられなかった。何しろグスタフ王にしろディネルースにしろその他オルクセン軍幹部にしろ、エルフィンドとの戦争はそう遠くない将来に起きることになると睨んでいたため、旅団の編成、できれば練成もそれまでに済ませておかねばならないのだ。さらには上は司令官から下は文字通り下っ端まで昨年10月まではオルクセン王国の民ですらなかったダークエルフ族で構成されることになるのだ。当然ながら中間管理職の下士官やその下で働く兵もその中から振り分けていくことになる。
というわけで、極めて異例ながら、アンファングリア旅団への従軍を希望するダークエルフはさしあたり全員二等兵待遇の軍属ということにされたうえで、これまでの経歴や魔術力、体力や体格、その他諸々を確認したうえで正式な階級を与えられることとなった。
…と、このように書くと簡単なことのように思われるが、そこが一番難しい箇所だった。アンファングリア旅団の総員は約8千名。つまり、ディネルースら幹部を除くその全員の能力や体格などを確認し、細かく階級を割り当てなくてはならなかったのである。
「私が中尉に任ぜられたのも、この時のことだ」
ドルアノアは後日こう語っている。
「エルフィンドからの脱出行の初期のころから活動していたのもあって、小隊長か中隊長には…という話にはなっていたんだ。だが、さすがにそのくらいの中堅幹部までは手が回っていなくてな。私以外の中隊長や小隊長になった者も、だいたいこのころに正式な階級が授けられた」
「で、正式に士官になったらなったで即座に下士官や兵士の階級認定にも駆り出されてな…ああ、正直かなり多忙な時期だったとも」
「軍もいろいろと手は打ってはくれていたし、徴兵時の検査項目のリストだとか、適性試験の要領だとか、そういった参考になりそうな資料もよこしてはくれたがな、どうしてもオークやコボルト、ドワーフとはいくらか違ってくるからな…」
「誇れた話ではないが…深夜までいろいろ作業していて、うっかり寝落ちしていたことも何度かは、ある。本当に誇れない恥ずかしい話だがな」
「あの時期、旅団長や連隊長たちは、私より遥かに多忙だったんだ。あの時思ったさ、ああ、やっぱりディネルース殿たちには敵わないな、と」
結局全員に階級が割り当てられ、兵科や所属部隊も概ね決まった──あくまでも内定という話であり、アンファングリア旅団はまだ公的には存在していない以上、全員オルクセン陸軍省人事部付という扱いではあるが──のは、5月中旬であった。
そして、階級や兵科によって違いはあるものの、それでも6月5日までには全員が衛戍地の兵舎に入る事にはなった。
5月末ごろの、ある日の夜。
ヴァルダーベルクの一角にある集会所の1つに、フィンリエルの氏族の面々や、シルヴァン川越えでの合流組のダークエルフたちが集合していた。彼女らは皆が皆荷物を抱えてきている。ある者は街で買ってきたベーコンやヴルストなどを、またある者は昼のうちに調理した肉や魚などの料理を、またある者は酒やジュースの瓶を抱え、集会所へ入っていく。
アンファングリア旅団に入れば、当然皆正式に現役の軍人ということになる。ともなると自由に兵舎などから出るわけにもいかなくなる。というわけで、従軍組が兵舎に入っていく前にフィンリエルの氏族と合流組の皆で壮行会をしよう、という話になったのだった。
「あれ、姉さま、そういえばシンウィアルさんは?」
「シンウィーは用事が入っちゃってるから、今日は来ないって。『まあ今日は氏族と他のみんな水入らずで楽しんでよ』って言ってたわ」
「そうですか、ちょっと残念かもですね」
「ま、仕方ないわよね」
ギルルースに応えつつも、実際はシンウィアルは用事があるのは事実にしても遠慮して欠席したのではないか、とフィンリエルは思っている。
ギルルースやマルウィングら元からフィンリエルの氏族の出身者だった、つまりシンウィアルの事を以前からフィンリエルから聞いたこともある面々などは、シルヴァン川越えの時にエルフィンド軍将校の手から自分たちの氏族の幹部、敬愛する姉さまであるフィンリエルを助けてくれたというのも相まって、今ではシンウィアルも半ば以上自分たちの氏族の一員だと思っている。
だが、シルヴァン川越えの時に合流した、元々はよその氏族出身者だった者からするとなかなかそこまでは思えないフシがあるようだ。確かにあの時襲ってきた白エルフどもとはまるで異なる人格の持ち主であることはよく知っているし、なんなら他の亡命白エルフともども親しみやすい、いい連中だとも思っている。とはいえ、師団対抗演習の時、大鷲軍団長であると同時にかつてのエルフィンド政府による大鷲族駆逐政策の生存者でもあるラインダースがディネルースに語ったように、生き物とはだれしも、頭でわかっていても、心はそれに追いつかないものなのだ。
「この世のすべての命ある者から好かれようというほうがどだい無理な話さ」とシンウィアルは達観してはいるものの、フィンリエルとしてはどうにかできないものかと思う問題であった。まあ、具体的にどうすればいいかはちっとも思いつかないため、外には出さず自分の心の中にしまい込んではあるが。
堂々巡りする考えをいったん打ち切り、フィンリエルはテーブルの前に立つ。既に料理や飲み物は並べられ、皆も席についていた。
「それじゃあ、準備も整ったことだし、壮行会を始めましょうか。でも、その前に」
テーブルの、とある席のほうに目を向ける。
そこには誰も座っておらず、代わりにいくつもの護符が置かれている。本来の持ち主はフィンリエルの氏族の者や、脱出行の時に合流した者たちの元々の氏族の者たちだ。
いずれも昨年の民族浄化の際に犠牲となっている。
「…昨年の犠牲者たちに、献杯」
皆でグラスを掲げ、黙禱する。そして。
「それじゃあ、改めて。長々と挨拶するのもなんだから手短に済ませるわね…私たちのうちからは、全部で23名がこれからオルクセン陸軍アンファングリア旅団に入る事になる。そしてもうすぐ兵舎で暮らして訓練とかをする生活を送る事になる。みんなこれまで正式に軍人だった経験はないから、きっといろいろ苦労することもあると思う。でもきっと、みんななら乗り越えられるわ」
苦労を乗り越えた先の『目標』については、敢えて口にはしない。今更口にするまでもないのだ。
「そして忘れないで。私、そしてヴァルダーベルクに残るみんなも応援しているわ。頑張って、そして何より怪我や病気に気を付けてね。それじゃあ挨拶はこれでおしまい。今日はみんな楽しみましょう、氏族長もこういう賑やかな行事は好きだったことだし」
その日は真夜中まで皆で飲み、食べた。
アンファングリア旅団に入った者も、ヴァルダーベルクに残留する者も。フィンリエルの氏族の出身者も、そうでない者も。
この日の事は後々まで思い出せたという。