【オルクセン王国史/二次創作】変わり者亡命白エルフと氏族長代理のその後 作:Telfe262
「ごめんフィンリー、ちょっと手伝ってほしいことができたんだ」
「どしたの急に」
壮行会から数日後のこと。
仕事場へやってきたシンウィアルは既に出勤していたフィンリエルにこう声をかけたものだ。
「ブレギエルの姉御殿の線で、参謀本部から頼まれごとが来てね…」
「へえ、どんな?」
シンウィアルが鞄から取り出したのは、それなりに分厚い本だ。題名は『エルフィンドにおける人跡未踏の道』とある。
「ええと、『エルフィンドにおける人跡未踏の道』、作者は…エリザベス・ホークって読むのかしら? この本がどうかしたの?」
「これ、参謀本部から送られてきてね。読書感想文書けってさ」
「…読書感想文?」
「まあ、真面目に説明するとだね…」
現在参謀本部は、対エルフィンド侵攻作戦を着々と組み立てている。その中核が参謀本部次長兼作戦部長たるエーリッヒ・グレーベン少将だ。
そしてそんなグレーベン少将はというと、山のような葉巻と海のごときコーヒーをお供にエルフィンドの地図をはじめとする参考資料と睨めっこする日々を送っているのだが、その参考資料の中にこの『エルフィンドにおける人跡未踏の道』もあるのだ。
キャメロットの女性冒険家が通訳と共にエルフィンド各地──文字通りエルフィンド各地、上は首都ティリアンから下は僻地の名もなき寒村まで──を巡った旅について記した旅行記であり、その内容たるや傲岸不遜なグレーベンをしてすごいと言わしめたシロモノだった。
しかし、この本が出版されたのは10年ほど前。さらに確かにいろいろなものを細かく見ているとはいえ、筆者は外国人。10年間で変わったことはあるだろうし、文化の違いや単純な見間違いや聞き間違いから事実誤認をしてしまっていることも十分考えられる。
そこで、グレーベンのとある部下が思いついたのである。エルフィンドから最近やってきたエルフたちがいるのだから、彼女らに内容を確認させてより正確な資料にしてもらおう。そうすれば作戦の精度も上がるはずだ、と。
「なるほど、そういう事情なのね」
「ただ、ディネルースの姉御殿とか、ダークエルフ旅団に入る面々は今旅団編成でそれどころじゃないからね。だから残留組にその仕事が回ってきたってわけ」
「ああ、ドルアノアさんもとても忙しそうにしてるしね…って、残留組? 亡命白エルフじゃなくて?」
「そ、1週間もしないうちに参謀本部から話がある事になってるし、本格的にこの本が大量にヴァルダーベルクに届く予定だよ。参謀本部は広い範囲で情報を集めたがってるってさ。ここに1冊あるのは…まあ、ブレギエルの姉御殿のせいというかおかげというか」
「というと?」
「ブレギエルの姉御殿、思い立ったら即行動するって感じで、結構せっかちなほうなんだよね。だからその話たまたま聞いて『じゃあさっそくその本もらおうか』と50冊くらい貰って来たんだ。で、こいつがそのうちの1冊ってわけ」
「ははあ…」
「とまあそんなわけなんで、どっちみち遠からず来るなら先に伝えておこうと思ったというわけさ」
「で、シンウィー1人でやるんじゃなくて、私にも手伝ってもらおうと思ったと」
「ご名答。あたし1人じゃ記憶違いなんかもあるかもだしね」
そして、その日の仕事が終わった夕方。2人はフィンリエルの居宅の応接間にいた。もちろんテーブルの上にはメモ用紙と筆記具、そして『エルフィンドにおける人跡未踏の道』が置かれている。
「それじゃ、やってみましょうか」
「まあその前に、とりあえず飛ばしちゃってもいい部分にはしおり挟んでおいたからね、そこは無視で」
「無視していい部分…? ああ、なるほど、確かに私、というか私たちの氏族のみんなもファルマリアとかアシリアンドとかティリアンとか、行った事ないわね…」
「うん、あたしもほぼない。だからその辺はあたしらじゃわからないからね、無視するほかないさ。ブレギエルの姉御殿とかだったらどうだか知らないけど」
「あの方エルフィンド軍では将校だったんだっけ? なら行った事あるのかもね…」
「みたいだね、詳しく聞いてないからアレだけど。まあともかくこのエリザベスさんが最初に上陸したファルマリアと次に行ったネヴラスはすっ飛ばしまして…ディアネン」
そもそもフィンリエルとシンウィアルが知り合ったのは、ディアネンにあったとある皮革加工品工場に勤めていたというところからであった。2人にとっては思い出の地ということになる。
「さすがにあの工場については書かれてないわね」
「まあ観光名所でもなかったし、伝統工芸品作ってるとこでもなかったしねえ。工場見学しに来る観光客も来た覚えないし」
「縫製工場については載ってるわね…?」
「なになに…ああ、国営ディアネン市縫製工場ね。あたしらが勤めてたとこと違って国営だし、それに結構上も力入れてたっていうしね。上ってのが政府なのか市庁なのかは知らないけど」
「そういえばシンウィーはここ入ろうとかは思わなかったの? なんか寮もあったとか書いてあるけど」
「ふふふ、あたしも裁縫はやってできないことはないけど、国営工場で働かせてもらえるほどの腕はないのです。ついでにそんな腕があったとしても年齢的にもちとアレだしね」
「ああ…」
話は工場などからその他の施設へと移っていく。
「この劇場って…たまに劇見に行ってたあそこじゃないか?」
「『茶色い屋根』『劇場建設に多額の出資をした篤志家の名前にちなんでいる』…間違いないわね、あそこだわ」
「『キャメロットの様式を再現するのはいいが、だからといって不便な部分まで再現するのはいかがなものか』…だって。わお、結構手厳しいなこの人」
「そうね…でもほんとに細かいとこまで見てるわね、正確だし」
「だよね、この辺はこの人の見た通りで間違いはなさそうだ。あたしの記憶通りだし」
「でも、次のここ『市庁舎から徒歩で10分くらい』…って、ほんとにそんな程度で辿り着く距離だったかしら…?」
「あたし的には30分くらいは欲しいとこだね…この人エルフィンド以前も随分いろんなとこ行ってたみたいだから、かなり健脚なのかも。だからあの距離でも10分で着いた…とか?」
「一応指摘事項に入れておこうか?」
「だね」
時には一応やっておこうか、程度でなく明確に指摘すべき事も見つけた。10年という歳月は確かに長寿を誇るエルフやオークなどの魔種族にとっては短い時間ではあるが、それでも変わるものはあるのだ。
「…と、こっちは指摘事項に入れなきゃならない案件だね。この『西にある、年季の入った小さめの公会堂』っての」
「それが?」
「ああそっか、フィンリーが故郷に戻ってからの話だったか。何が原因かは忘れたけど、壁の一部が崩れて閉鎖されたんだ。噂じゃ取り壊すって話だった」
「あー…確かにボロボロだったものね。見るたびにちょっと冷や冷やしてたっけ」
「実際どうなったかはわからないけどね。工事とか始まる前に、あたし軍隊に入ってディアネン離れちゃったから」
「あれ、案外目印になったものね。なくなったらなくなってたで少し不便、かも?」
中には外国人ゆえの事実誤認か、あるいは翻訳の問題らしき箇所も。
「ねえフィンリー、あたし思い出せないんだけどさ…ディアネンに『神学校』なんてあったっけ?」
「神学校? そんなの聞いたことないけど」
「うーん、でもここに書いてあるんだよね…」
「ええと…あ、わかったかも。もしかして、これ教義学校のことじゃない?」
「あー、そっか! 確かに言われてみればだ!」
「これ書いたの、よく考えたらキャメロット人だものね。私たちと違って聖星教のほうが馴染みがあるもの、そういう表現してもおかしくないわよね」
◆ ◆ ◆
「いやー…我ながら覚えてるもんだねえ…」
「私も正直我がことながらびっくりしてるわ…」
なんやかんや、2人がディアネンで過ごした期間はそれなりの長さがあった。そのため、ディアネンについて紹介した章ではいろいろと指摘した方がよい箇所を見つけることができた。
とはいえ、それ以外のところではなかなかそうもいかないのであった。誰しも行った事も行った事がある者から聞いた事もない場所については何も言えないものだ。
「で、このエリザベスさんはディアネンに寄って、それからタスレンにエルドインを経由して北方に行きました、と…一応聞くけど、フィンリーこっちのほうには全然行った事ないでしょ?」
「そりゃもちろん」
「まああたしも似たり寄ったりなんだけどね。確かに北方出身ではあったけど、名のある都市なんて一度か二度行った事がある程度だし」
「って事はノアトゥンやアシリアンドには行った事あるんだ?」
「ないというと嘘になる。ほんとに一度か二度だし、語れるほど見て回れたわけでもないけどね」
「そっか、じゃあノアトゥンとかの章も飛ばしちゃっていいかしら」
「うん、どのみちほぼわからないし」
都市や街をどんどん飛ばしていく。そして本の中の著者と通訳はどんどん北へ進んでいく。
「あ、今度は『北方の小集落』だって。ひょっとしたらシンウィーの生まれたとこも書かれてたりして?」
「いや、あたしの生まれたとこ、名前もない小さな寂れた村だぜ? まさかあ…」
「冗談だって」
ところが。
はっきり言おう。フィンリエルとシンウィアルは、2人ともエリザベス・ホーク氏の行動力を見誤っていた。
「いやいやいやいや、嘘だろ…」
ひとしきり目を泳がせるシンウィアル。そしてそれが終わると、少し俯く。その視線は明後日の方向を向いている。その口からは、エリザベス・ホークの行動力への感想が漏れていた。
「いや、あんなとんでもない山奥の僻地に来ちゃったの? あたしが覚えてる限り、あの村よそ者なんて来た事ないぞ? そんなとこに来ちゃうの? しかも通訳と2人だけで? マジかあ…行動力の化身ってやつかあ…おっかないなあエリザベスさん…ていうかついてくる通訳も通訳でだいぶヤバいよ…」
フィンリエルも脱出行以来久々に見る、本気で困惑するシンウィアルの姿がそこにはあった。
「…そんなに衝撃的だった? いやまあ私もちょっと驚いてるけど」
「そりゃそうだ。あたしはあの村で生まれてなんだかんだ短くはない間住んでたわけだけど、その間見ず知らずの客が来た事なんて一度もなかったもん。やってくるのは顔なじみの行商人くらいだったし…てかどうやってあの村の存在知ったんだか」
「そこまで言うのね…?」
「言ったじゃん? 名もなき寂れた寒村だ、って…」
困惑しつつもページを進める。
「『近辺の他の小集落にも言えることであるが、ここの住民は総じて保守的であり、教義とエルフィンド女王の素朴かつ敬虔な信奉者と言えるだろう』…実際どうなの?」
「エリザベスさん頭いいなあ。完全にあの辺の住民の気質要約してるし、まったくその通りなんだ。まあ素朴かつ敬虔な理由はそれ以外何もないってだけな気がするけど」
「『教義に則った生活を送り、女王への敬意を持ちつつ白銀樹のもとで慎ましい暮らしを送っている』…これも実際そうなの?」
「その通り、いや『慎ましい暮らし』ってのはなんというか、だいぶ控えめに表現してるな。実際のとこは贅沢のぜの字もない貧乏暮らしってだけだよ。これといった名物も産業も何もないだけさ」
「…そんなとこでシンウィーが生まれ育ったのって、正直信じられないわね…」
「あたしは元々ちょっと変わり者のひねくれ者だったからね。この前参謀本部に呼ばれた時にも言ったんだけど、教義きっちり守ってるのに全然暮らしは良くならないじゃないか、こんなの意味あるのかってずっと思ってたんだよね。他の連中はなんでかそんな事思いもしなかったみたいだけど」
「なるほどねえ…」
「ま、あたしとしてはこう意見具申しておきたいとこだね…」
ひどくつまらなさそうな顔をしつつ、すらすらとメモ用紙に何かを書き込むシンウィアル。
「なになに…『概ね記載の通り。これといった施設・産業等なく農地も小さいため補給拠点等には不適。人口は少なく気質は保守的であるため協力等は望み薄。主要街道及び都市からも離れており重要度は大変に低い。取り立ててこの村を占領する価値も極めて低いと思われる。追伸、我当村の出身者。疑問点等あれば問い合わされたし。シンウィアル・ブレギリル』…いや、ずいぶんな書きっぷりね…」
「事実をそのまま書いただけさ。まあ個人的な感情がまったく入ってないかというと自信はないけど」
「好きじゃなかったのね、故郷のこと」
「故郷を失ったフィンリーにこんなこと言うのはアレかもしれないけど、正直そうだよ。あそこには何もない。ほら、こんな性格してたから周囲からはいい目じゃ見られなかったし、仲のいい奴もいなかったし。帰りたいと思ったことも、故郷の連中と会いたいと思ったことも一度もないね。一生帰らないでいいや」
◆ ◆ ◆
一通り北方を見て回ると、本の中の著者と通訳はエルフィンドを南下していった。エルドインへ戻り首都ティリアンへ。それからアルウィン、アルトリア、そしてモーリアへ行き、ノグロストを見て再度モーリアへ。
…と並べてはみたものの、実のところこれらの都市にはフィンリエルもシンウィアルも行ったことはない。なのでこれらもすべてすっ飛ばし…シルヴァン川沿いの僻地が舞台となる章にまで行きついた。
「やっぱり、ロザリンド渓谷も見てたのねえ」
「だね。『100年ほど前にはオルクセンとの決戦場となっていたというが、防御用の堡塁は草生しており、少し見ただけではわからなかった。彼女が指摘してくれてようやくそれとわかったほどだ』だってさ」
「まあ、さすがに放置されてるって事かしらね」
「別に要塞があるとか聞いた事ないしね。それに整備されてたところで今の武器とか相手だとどのくらい役に立つのやら」
「確かにね…ディネルース姉さまやブレギリルさんみたいに実際にロザリンドで戦った経験持ってる方だったらまた違った考えなのかもしれないけども」
「あたしもフィンリーも、ほんの子供の頃だったしねえ…当然戦場なんか出てないし」
そして。
著者と通訳は、国境沿いの集落群…ダークエルフの集落をも訪れる。
その中には…
「………」
目頭を押さえるフィンリエル。シンウィアルの表情も硬い。エリザベス・ホークは、フィンリエルの故郷の村もかつて訪れていたのだった。
「………」
「…席、外したほうがいいかな」
「行かないで!」
殊の外強くフィンリエルの言葉が部屋に響く。
「思い出せる限りのことを話させて。この本に書いてあること以外も聞いて、覚えていて」
「…いいのかい?」
「…どこの誰が言ったのか忘れちゃったし、正確にはなんて内容だったのかも忘れたけど…『人は二度死ぬ、一度目は生物として死んだ時、二度目は覚えてる者が誰もいなくなった時』」
「………」
「氏族長は、あの時逃げられた私と21人以外は…一度死んだ。あの村は一度滅んだ。お願い、二度目の死、二度目の滅びをみんなに迎えさせないで。この本に書いてある事以外も覚えていて。シンウィーの頭の中にも住まわせてあげて」
「…わかった。フィンリーさえ良いのなら」
本の中で著者と話をしていた氏族長は、確かに著者が抱いた感想の通り実直で真面目な人柄だったが、それはそれとして賑やかな祭りも大好きだったこと。
本の中で住宅の屋根の修理をしていたダークエルフは、エルフ族には珍しく下戸で、火酒を飲んだ時はそれはもう大変なことになったこと。
本の中で牛の世話をしているダークエルフは、フィンリエルがディアネンに行くと聞いた時はひどく心配してくれ、帰ってきた時も心底喜んでくれたこと。
彼女と共に牛の世話をしていた若いダークエルフはディアネンなどのような都会に憧れており、お土産の工芸品をとても喜び、一生大切にすると言っていたこと。
著者に狩猟に使っている旧型のキャメロット製猟銃を見せていたダークエルフは、あの民族浄化の時には先頭に立ってエルフィンド軍と銃火を交え、最期は命と引き換えにフィンリエルたちの脱出の時間を稼いでくれたこと。
本には出てこなかったとあるダークエルフは、正直なところ怠け者ではあったが、それはそれとして彼女の作るチーズ料理は絶品だったこと。
本には出てこなかった別のダークエルフは、猟銃はてんでダメだったが弓矢の扱いはピカイチで、しかし本人は銃の腕を上げたがっていたこと。
本には出てこなかったまた別なダークエルフは、キャメロット文学に傾倒しており、運よく手に入れた中古のキャメロットの小説を何よりも大事にしていたこと。
本には出てこなかった古株のダークエルフは、古典アールブ語に精通しており、フィンリエルの名前も彼女につけてもらったこと。
本には出てこなかった鶏の世話をしていたダークエルフは、村の中で一番卵料理が好きだったが、自分の立場をいいことに卵を横領するような真似は一度もしなかったこと。
本では言及されなかったが、20年ほど前に生まれ、だが生まれついての奇病により生後半年程度でこの世を去ってしまった赤ん坊がいたこと。
本では言及されなかったが、フィンリエルが幼い頃に亡くなった先々代の氏族長はロザリンドの戦いに従軍しており、そこでオルクセン相手に勝利を収めた事を誇っていたこと。
この時ばかりは参謀本部からの依頼を忘れ、思い出せる限りの村の皆…今はもうどこにもいない、故郷の村、そして村と共に消えた皆の話をするのだった。
余談ながら、このような事は他のダークエルフたちのところでも起きた。故郷の話をするのはまだ辛いが、だが滅ぼされたうえに忘れ去られてしまうのはもっと避けたかったのだ。
いつしか故郷について語るだけでなく、記録として残そうという話も出てきて、最終的には分厚く何巻もあるダークエルフ族集落の文化史や民族史の資料が完成することになるが、それはベレリアント戦争終結後決して短いとは言えない時間が経ってからの話になる。